歴史の転機
日本の針路は
世界とつながってこそ
毎日新聞2017年1月1日 東京朝刊
私たちは歴史の曲がり角に立っている。
明日の世界は、昨日までとは異なっているかもしれない。
そんな思いにとらわれる新年だ。
理念よりも損得というトランプ氏がいよいよ米大統領に就任する。
時代の変化は周辺部で始まり、想像を超えて中心部に及ぶことがある。
1989年11月にベルリンの壁が壊された時、どれだけの人が2年後のソ連崩壊を予測できたろう。
今回は初めから国際秩序の中枢が舞台だ。
冷戦の終結に匹敵する大波が生まれても不思議ではない。
資本と民主主義の衝突
トランプ氏の勝利と、それに先立つ英国の欧州連合(EU)離脱決定は、ヒトやカネの自由な行き来に対する大衆の逆襲だ。
グローバルな資本の論理と、民主主義の衝突と言い換えることもできるだろう。
フランスの経済学者ジャック・アタリ氏は「21世紀の歴史」(2006年)で、歴史を動かしてきたのはマネーの威力だと指摘した。
その法則を21世紀に当てはめると、地球規模で広がる資本主義の力は、国境で区切られた国家主権を上回るようになり、やがては米国ですら世界の管理から手を引く。
その先に出現するのは市場中心で民主主義が不在の「超帝国」だと説いた。
先進国を潤すはずのグローバル経済が、ある時点から先進国を脅かし始める。
各国から政策の選択肢を奪い、国内の雇用を傷める。
ここまではアタリ氏の見立て通りだが、私たちが昨年目撃したのは国家の「偉大なる復権」をあおり立てるポピュリズム政治家の台頭だ。
しかも彼らの主張は、国際協調の放棄や排外的ナショナリズムといった「毒素」を含んでいた。
欧州の極右勢力も勢いづいている。
軍事力、経済力ともに抜きんでた米国がこうした潮流をけん引する影響は計り知れない。
国際秩序は流動化し、国際経済は収縮に向かう。
日本はこの転換期にどう立ち向かえばいいのだろうか。
戦後72年、米国の動向を最大の指標としてきた日本である。
その土台が揺さぶられるのは間違いない。
特に外交・安全保障政策は試練に直面する。
トランプ政権が日米同盟をその都度の取引と考えた場合、中国の海洋進出や北朝鮮の脅威に対抗していくのは難しくなる。
しかし、ここでうろたえずに自らの立ち位置を再認識することが肝要だ。
それは、他国との平和的な結びつきこそが日本の生命線であるという大原則にほかならない。
米国が揺らぐなら、開かれた国際秩序のもたらす利益の大きさを、日本自身の行動で説くべきだろう。
自由貿易を軸とした通商政策やグローバル企業への課税のあり方、地球温暖化の防止対策なども、多国間の協調なしには進められない。
グローバル化がもたらす負の課題は、グローバルな取り組みでしか解決し得なくなっているのだ。
日本は率先してその認識を広めたい。
ただし、戦略的に国際協調の路線を歩むには、足元の安定が欠かせない。
日本の弱点がここにある。
持続可能な国内対策を
まずは財政だ。
国と地方が抱える借金は1000兆円を超えた。
国内総生産比で約2・5倍という債務は終戦時のレベルに相当する。
それでも国債価格が暴落しないのは、日銀が買い支えているためだ。
増え続ける社会保障費を前に、国債依存から抜け出せない。
根本的な原因は、支えられる側の高齢者の割合が増えるのに、支え手の数が減る人口構成のアンバランスにある。
日本の少子化、その下での社会保障政策、借金頼みの財政、日銀の異次元緩和というサイクルが長続きしないのは明らかだ。
破綻すれば国際協調どころではなくなる。
さらに日本がグローバリズムと共存していくには、国民の中間的な所得層をこれ以上細らせないことが最低限の条件になる。
民主主義の質に深くかかわるからだ。
民主主義は社会の意思を決めるためにある。
多様な意見を持つ個々人が多数決の結論を受け入れるには、社会の構成員として何らかの一体感を持っていなければならない。
ところが、所得分布が貧富の両極に分かれていくと、この一体感が損なわれる。
トランプ現象で見られたように、選挙が一時の鬱憤(うっぷん)晴らしになれば、民主主義そのものの持続可能性が怪しくなっていく。
人類は豊かさへの渇望とテクノロジーの開発によってグローバル化を進めてきた。
その最先端にいた米国と英国が逆回転を始めたのは歴史の大いなる皮肉だ。
この先に何が待っているのか、まだ誰も知らない。
日本にとっては手探りの船出になるだろう。
ただ、ささくれだった欧米の政情と比べれば、日本社会はまだ穏健さを保っている。
持続が可能な国内システムの再構築に努めながら、臆することなく、世界とのつながりを求めよう。
何かが見えてくるのはそれからだ。
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