2017年01月11日

「時代遅れ」は悪くない

香山リカのココロの万華鏡
「時代遅れ」は悪くない
毎日新聞2016年12月27日 首都圏版

 診察室で、ある女性から「私たちのグループで作ったものです」と3枚ほどの紙を手わたされた。
うつ病を治療中の彼女は、同じ病を持つ人たちの話し合いグループに属していて、そこで定期的にニュースレターを作っているのだそうだ。
「すごいですね」と言うと
「いえ、この時代に紙に印刷、なんて時代遅れですよね。
なんでも電子データですませる世の中ですが、私たちはそういうのが得意じゃないのです」と答えた。
診療が終わってからお茶を飲みながらその印刷物に目を通したが、いろいろな人の体験談が載っており、とてもおもしろかった。
 もし、その女性から「私たちのニュースレターを電子メールで送ります」と言われたらどうだったか。
もちろん受け取るとは思うが、そのデータを開いてきちんと読んだだろうか。
もしかすると「あとで読もう」と思ってそのままたくさん来るメールにまぎれてしまったかもしれない。

 アメリカの大学などで行った調査によると、インターネットの交流サービスで何かのニュースを拡散する人の6割近くは、内容をよく読まずに見出しだけで「これはおもしろそう」と思ってそうしているのだそうだ。
そうやって送られた人は、また中身を読まずに見出しだけでほかの人たちに拡散する。
そのうち、誰も「本当はどんなニュースだったのか」はわからないまま、「あの人、離婚するんだって」と見出しだけでみんなが何かを知ったような気になってしまう。
これはおそろしいことだ。

 それに比べると、手もとに紙があってそこに何かが書かれていたら、見出し以外にも、全部とは言わなくてもある程度は読むであろう。
本や新聞、印刷された通信などには、昔もいまも変わらない価値があると思う。
 考えてみれば診察も同じだ。
何百年前もいまも、診察室に医者がいて患者さんがそこに入ってきて、顔を見ながら問診をしたり手で患部に触れたりしながら診察を進めていく。
それを「時代遅れ」として軽んじると、命にかかわる問題が起きることもある。

 もちろん技術は日進月歩、私たちの生活もどんどん変わっていく。
とはいえ、世の中が変わってもすべてが「時代遅れ」になるわけでない。
とくに高齢の人たちには、自分が身につけてきたやり方や習慣を大切にして「もう私は遅れた人間」などと自信を失わないでほしいと思う。
たまには「これが私のやり方だ」と、がんこ者になってもいいのだ。
(精神科医)


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posted by 小だぬき at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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