2017年01月28日

 横浜市教委「いじめとは言えない」発言以上に問題だった、学校のおざなりな対応

 横浜市教委
「いじめとは言えない」発言
    以上に問題だった、
    学校のおざなりな対応
2017.01.27 messy(古谷有希子)

東京電力福島第一原子力発電所の事故で横浜市に自主避難してきた生徒が、同級生から150万円を払わされていた事実について「(おごり・おごられる関係であり)いじめという結論を導くのは難しい」と述べた教育長の発言について書いてみようと思っていたところ、25日に横浜市の林文子市長が謝罪をしたというニュースが流れてきました。

今回の教育長の発言は保護者といじめられていた本人に対して不誠実極まりない発言かつ、一般常識とかけはなれた結論だと言わざるを得ません。
ただし、今回のいじめに関する調査は第三者委員会が行ったものであり、その結論を教育委員会の長たる教育長が覆すことはできないという点を忘れてはいけません。


第三者委員会よりも学校と直接的な上下関係を持つ教育委員会の判断が優先されるようなことがあれば、今後、いじめ問題に限らず、市民が第三者委員会を通じて、学校の様々な問題をただすようなこともできなくなってしまいます。
市民が学校に直接介入することはできませんから、学校と直接やりとりできる教育委員会が問題を不問にしてしまえば、市民は問題を追求することさえできなくなってしまいます。

このような状況を考えるならば、確かに今回の教育長の発言は不用意なものではありますが、その点だけをむやみに批判してもあまり生産的ではないように思います。
第三者委員会による調査報告書を読んでみると、そもそも今回の件では教育委員会や第三者機関ができる調査に限界があったということがわかります。
また、報告書を読んだ印象として、きわめて誠実に調査を行っていたように感じられました。


児童に対するいじめが始まったのは、小学2年生のときに福島から転校してきてすぐでしたが、保護者から調査の申し入れがあったのはいじめ被害にあっていた児童が小学校6年生だった平成27年12月でした。
そのときすでに、被害者の児童は長期にわたる不登校状態であったこと、調査が始まってすぐに児童たちが卒業し中学生になってしまったことなど、関係者の記憶のあいまいさなどによって、正確な判断をすることができなかったようです。
調査が開始された時期が遅すぎたのです。

保護者がそれまで学校側にそのことを訴えていなかったわけではありません。
報告書によると、小学校2年生のときからいじめが始まった時点で、児童も保護者も学校にそのことを訴えていました。
しかしその都度、担任教師が対応する程度で、具体的な対策が取られることはありませんでした。
しかも、学校が行なった聞き込みによれば、2、3年時の担任は、当該児童がいじめられていたという認識はなかったようです。

いじめ被害者である児童が最初に不登校となったのは小学校3年生のときでした。
5年生の最初の時期も学校に行けなかったようです。
その後、5年生の途中から学校に行くようになった頃に、この「おごる」行為が起こったのです。

また、平成26年の段階で、学校は当該児童が同級生に「おごっている」ということを把握しており、保護者からの相談も受けていました。
副校長が家庭まで出向いたり、スクールカウンセラーから学校に連絡をとったり、いじめ加害者とされる同級生ら10名への聞き込みなども行なっていました。

平成26年の9月に、被害児童の保護者が警察に相談し、11月くらいから弁護士を立てた対応を始めました。
結局、保護者側が「本気の対応」を見せるまで、学校側は家庭訪問くらいしかしていなかったのです。

平成27年1月になってようやく学校カウンセラーと学校、人権教育・児童生徒課などの関係機関との連携が始まり、その年の10月になって保護者が教育委員会に相談するに至りました。
この報告書の中では、150万円の件についてのいじめは認定されていませんが、その他の部分では認定されているものもあります。
被害児童が金銭を「おごる」ことになったのは、日常的に行われている「プロレスごっこ」などの暴力行為や物を隠されたりといういじめから逃れるためでした。
事実、「おごる」行為によって、そうした暴力行為は止まったようです。

報告書では加害児童らの「積極的にお金を見せて配っていた」という証言とともに、被害児童が「おごるように言われた気持ち」になっていたということが記されています。
小学5年生の児童であれば、いじめていた側にその自覚がなければ、自らが行っている行為が「かつあげ」であるということを理解していなかった可能性もあります。
加害児童側は金銭を要求したり、おごってもらうことを求めたりをしたことは無いと言っていたそうですが、 報告書には黒塗りが多く、実際にどの被害児童との間でどのようなやり取りが行われていたのかがわかりません。
これを発表した横浜市教育委員会が意図的に隠したのだとすれば、「いじめではない」という判断を覆したくない意図があったと思われても仕方ありません。

一方、このような「おごる・おごられる」関係について報告書は、学校や教師が表面的な対応ではなく、被害児童の内面的な葛藤に注視することができていなかった点を問題視しています。
たとえば、学校側は金銭の問題について、被害者児童のいう金額と関係児童のいう金額に相違があることなどから、「正確な金額がわからないのでその対応は警察に任せたい」「返金問題には学校は関与しない」としていました。

しかし、そもそも「おごる・おごられる」こと自体、教育的指導・支援の対象とすべきではないか、と報告書は問題提起しています。
いじめ被害者の救済は最優先されるべきです。
しかし小学校でのいじめ問題の難しさは、加害者も子どもであるという点でしょう。
今回も、加害者とされる児童たちへの人権の配慮などから、かなり慎重にならざるを得なかったようで、いじめ加害者とされる児童やその保護者への直接の聞き込みなどは行なっておらず、学校が用意した書類での分析にとどまっています。

しかし、対応を間違っていた学校が用意した文書に依拠していじめ認定の分析を行うことに、そもそもの限界があります。
いじめが起こっていたとされる時期からかなり時間が経ってしまっていて記憶も曖昧になっている点、関係児童たちも中学校進学を控えた時期である点などを配慮して、加害児童にもその保護者にも聞き込みをすべきではないと言う判断が、今回の調査で加害児童に聞き込みをしなかった理由とのことです。

しかし、これは被害者側にとって到底納得できるものではないでしょう。
被害児童の人生よりも、加害児童の人生を優先したようなものです。
この点については、少なくとも加害児童の保護者に対しては聞き込み調査を行うべきであったと思います。
報告書では「せめて1年前に調査に入ることができれば、詳細に実態を把握し解明にもより正確さのある調査が可能であったと考えると、もっと早く着手できれば当該児童の苦痛もなかったのではないかと悔やまれる」といった表現が記されています。

今回の調査でいじめの実態について解明できない部分があったことの原因として、学校の対応の遅れ、学校と保護者のコミュニケーション不足や、スクールソーシャルワーカーなどの専門職が機能していなかった点などです。
こうして報告書を見ていくと、学校が何も具体的な対応をせずいじめを見過ごしたがために、被害児童が追い詰められていく様子がうかがえます。
最初に書いたように、今回のいじめ、そして教育委員会や第三者調査委員会の対応について、怒りの声が多く上がり、それを受けて横浜市長の謝罪がありました。

報告書が「おごる」行為をいじめと認定しなかった点については納得がいきません。
しかし、報告書が提起するように、学校が教育的指導・支援を通じて「児童の内面的葛藤」に対応するとともに、保護者やスクールソーシャルワーカーといった専門家としっかり連携していれば、ここまでの事態には至らなかったはずです。

今回のやりとりを受けて、横浜市のみならずあらゆる自治体の教育委員会や学校が、いじめ問題に本気で取り組むきっかけにしてほしいと思います。
いじめは時間が経ってしまってからでは遅いのです。
いじめが起こっているそのときに対応しなければ、被害者の傷はいつまでも癒えることなく禍根を残すことになるのだということを理解してほしいと思います。



古谷有希子
ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。
東京大学社会科学研究所 客員研究員。
大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。
公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。
社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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