海外テロ被害者
「死んだ妻と私は
日本政府に見捨てられた」
2017.03.02 11:00 NEWSポストセブン
「在外邦人保護」の強化という政府の建前と実態には大きな落差がある。
安倍晋三首相は「法制度の不備により邦人の命を守れないことはあってはならない」と新安保法の制定にあたって力説。
自衛隊の活動に「在外邦人保護措置」と「駆けつけ警護」を加えた。
その新任務第1号が国会で「戦闘行為」が問題化している南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊であり、稲田朋美・防衛相は部隊の壮行会で、「現地の邦人にとっても、リスク低減につながる」と訓示した。
ところが、政府が主張する建前と実態との落差を、海外テロの被害者が告発する。
「私たち夫婦はチュニジアでテロに遭い、妻は銃弾に倒れました。
その後の日本政府のテロ被害者や遺族に対する向き合い方がいかに希薄なものであるかを知って落胆しています」
そう悲痛な声をあげるのは2015年に北アフリカのチュニジアで起きたバルドー博物館銃乱射事件(3月18日)で妻を亡くした成沢洋二さんだ。
成沢さんは妻と義妹、友人の4人で海外旅行中、テロに遭った。
イスラム過激派の武装勢力が博物館に乱入し銃を乱射、観光客22人が死亡。
日本人犠牲者3人のうちの1人が妻・万知代さん(享年66)で、成沢さんも負傷した。
現在、海外テロ被害者遺族の会を立ちあげてテロ被害者の救済制度の必要性を訴える成沢さんが、妻の三回忌を迎えるにあたり、「私の体験を1人でも多くの人に知っていただきたい」と手記を寄せた──。
◆「政府専用機は出せない」
〈銃弾の嵐が鳴りやんだ時、私は身を潜めていた所からほんの数メートル先に銃を構える犯人を見ました。
どれくらいの時間が経ったか解りませんが、居てもたっても居られなくなった私はそこを飛びだし妻を捜しました。
見つけた時は妻はすでにこと切れており、最期の言葉も交わす事は叶いませんでした。
妻の亡骸を3時間近く抱き続けるという異常な時間は正に地獄でした〉
万知代さんを失った悲しみに暮れる成沢さんと家族に追い討ちをかけたのは事件後の政府の対応だった。
日本政府は2013年1月のアルジェリア人質事件(邦人10人死亡)と昨年7月のダッカ・レストラン襲撃事件(邦人7人死亡)の際には、政府専用機を派遣して遺族を現地に送り、生存者と遺体を帰国させたが、その間に起きたチュニジア事件ではそうした対応もなかった。
〈息子が外務省の担当者に現地に行きたいので政府専用機の派遣をお願いすると、即答で「出せない」と言われ、「実費で数百万かかる」とも言われました(費用はツアーの保険で賄った)。
アルジェリアやダッカのケースでは遺族や遺体の搬送に政府専用機が使われ、ダッカの事件では外務大臣が空港で花束を手向け、ご遺体のご冥福を祈る姿がテレビで大きく報道されました。
犠牲者を追悼するお別れ会が開かれて総理も出席しています。
同じ海外でテロに遭い、一般人の自国民が殺された事件であるというのに、私たちの場合は国の被害者や遺族に対して真摯な対応は一切ありませんでした〉
◆「補償はありません」
事件で負傷した成沢さんは現地で数日間入院した後、旅行会社の手配で帰国し、成田空港で外務省の責任者と面会した。
そのときに改めて湧き上がったのは外務省の安全情報への疑問だった。
当時、外務省が公表している海外安全情報(渡航情報)では、チュニジアは危険度4段階の一番下のレベルに指定され、多くの旅行会社がツアーの対象にしていた。
〈成田空港で中山泰秀・外務副大臣(当時)と面会し、補償の事やケアの事などを協議しました。その時、副大臣は「成沢さんのご意向には100%に近い形で対応させて頂きます」とおっしゃって下さいました。
そこで、「なんで渡航情報でチュニジアの危険度は大丈夫としていたのか」と尋ねると、副大臣は、あそこは日本企業が何社もあって危険レベルを上げてしまうと駐在員等が帰らなくてはならなくなるので、とおっしゃっていました。
そんな対応で国民の安全、国民をテロから守ると言い切れる安倍首相や政府の認識が私には理解出来ませんでした〉
補償について「100%対応する」という言葉にも憤りを感じているという。
〈その後、外務省の担当者が二人で自宅に来て開口一番「補償の法律はありません」と言われました。
あとは何を言ってもその繰り返しでした。
中山副大臣の「100%に近い形で対応します」という言葉に対して「それはないのだ」と訂正するために来たわけです。
その後、外務大臣に会わせてほしいと文書を通じて何度か申し込みましたが全て却下されました。総理官邸にも電話で面会を求めましたがやはり駄目でした〉
政府は昨年11月から「国外犯罪被害弔慰金等支給制度」を新設し、国外でテロなど犯罪行為に巻き込まれて不慮の死を遂げた犠牲者の遺族に200万円の弔慰金(障害は100万円の見舞金)が給付されることになった。
昨年7月のダッカ・レストラン襲撃事件の犠牲者には、制度を“前倒し”する形で200万円の政府弔慰金が支払われたが、チュニジア事件の被害者は対象外だった。
成沢さんは手記の中でこう指摘している。
〈話し相手の居なくなった部屋で一日を過ごす事は押し寄せる孤独感とため息の連続でありこれは正に拷問です。
外から帰って玄関の前に立った時、鍵を開ける事すらためらってしまう。
玄関を開けても誰もいない絶望感。
「遺族という名の鎖」それも鍵のない鎖に繋がれてしまった感じです〉
〈他の海外先進諸国はテロ被害者に対して手厚い法律を作って被害者を救済する制度を設けています。
総理は他の先進諸国と足並みを揃えてとたびたび口にしますが足並みを揃えていないのは日本だけです〉
「テロと戦う」と言う安倍首相の覚悟が試されている。
※週刊ポスト2017年3月10日号