うつ病「休職」の診断書を乱発!?
問題の本質は
「逃げ道」の選択肢がないこと
2017.05.27 ヘルスプレス
文=里中高志
がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病と並んで、厚生労働省が定める「5大疾病」のひとつにあげている精神疾患。
特にうつ病患者の増加と、それによる「会社の休職」は深刻な社会問題となっている。
独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の調査では、うつ病などメンタルヘルスの不調を感じている人の「13.3%」が休職している。
もはや、どの職場でも、ひとりやふたり、時には数名のうつ病休職者がいるのは、当たり前の光景になっている。
このうつ病休職をどう捉えるべきか。
その問題の本質に踏み込んだ問題提起をしているのが、最近発売された『うつ病休職』(新潮新書)である。
この本の著者であり、沖縄でクリニックを開業している中嶋聡医師の主張は、「現在の精神医療の現場において、うつ病休職が必要という診断書が、あまりに安易に乱発されている」ということにある。
本書の冒頭では、皮肉を込めて「うつ病休職の診断書をもらう方法」を指南するのだが、その内容は、「なるべく若い医者がやっていて、心療内科と内科を標榜していて、さらに、できれば同僚に深刻そうに見えないけど休職している人がいたら、その人と同じクリニックに行く」という具合だ。
「抑うつ反応」は病気ではない?
中嶋医師は臨床の現場で、本当にうつ病かどうか疑わしいにも関わらず、「うつ病のため休職が必要」という診断書を求める人の多さに苦言を呈しようとする。
同医師からすると、診断書問題とは、すなわち病気になることで利益を得るという「疾病利得」に属するものであり、苦しいときに少しでも楽な道があればそれを選ぼうとする気持ちが、診断書の要求につながっているのである。
そこには、問題が起きそうになるとそこから回避するため診断書をもらってくるよう従業員に指示する会社の事情や、診断書をもらうことで時には「傷病手当金」や「障害年金」まで得られるという経済的事情もからんでいる。
中嶋医師は「うつ病ではないか」と診断書を求める人に、「抑うつ反応や心因反応、さらには疾病性なし」といった診断を下すことも多い。
休職したいがための方便として、診断書が求められているというのだが――。
本人としてはまぎれもなく体調が悪くなっていたり、上司との関係や深夜にまで及ぶ労働に苦しめられているのだから、それをあたかも「詐病」のように否定するのは、患者に冷たすぎるのではないか、という気がしないでもない。
また、中嶋医師は有名な労働裁判のケースに関しても、「うつ病」ではなく「抑うつ反応」だという見立てを示している。
これを見ると、同医師の考えるうつ病は、かなり定義が狭い範囲に限定されている印象を受ける。
「病気」と「苦悩」は別物であり、抑うつ反応は苦悩であって病気ではないというのが中嶋医師の見解だ。
残業が100時間、200時間は労働問題
本書を読んでいけば、その問題意識は、「抑うつ反応」という診断が下されるべきケースがあまりにも多いのに、「うつ病」と診断されていることにあることがわかる。
そして、「労務上の問題による不具合」をすべてうつ病に転嫁して診断書を出して休職しても、いつまでも本質は解決しない、と。
毎月の残業時間が100時間とか200時間というのは、うつ病かどうかという精神医学上の問題というよりは、労働問題なのである。
患者本人としては、そうはいってもつらいのだから「お前はうつ病じゃないと言われても……」と思うかもしれないが、
「安易に休職しても職場の問題はいつまでも変わらないですよ」ということを中嶋医師は主張しているのだろう。
「休職という逃げ道」しか
選択肢がないことが問題だ
現在、休職と復職を繰り返し、一見元気そうに見えても、いつまでも職場に復帰できない人が増えているようだ。
しかし、問題は休む方法が休職しかないという「0か100」かの労働環境にもあるように思える。
休職という逃げ道を選ぶ前に、「無理なく働けるように環境を改善するべき……」というのは簡単だが、さりとて職場の雰囲気や慣行を変えるのは、決して簡単なことではない。
働くことが苦しくても、働かないわけにはいかない……。
そんな堂々巡りから逃げ出すためには、「『休職が必要』という診断書をゲットするしか方法がない」という企業社会の現状が、あるいは問題の本質のようにも思える。
里中高志(さとなか・たかし)
精神保健福祉士。フリージャーナリスト。
1977年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。
大正大学大学院宗教学専攻修了。
精神保健福祉ジャーナリストとして『サイゾー』『新潮45』などで執筆。
メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。
著書に精神障害者の就労の現状をルポした『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。