2017年06月19日

追悼…野際陽子が語った戦争の悲惨

追悼…野際陽子が語った
戦争を知らない政治家への
       メッセージ
「戦争の真実を知ってほしい」
2017.06.17 LITERA編集部  

女優の野際陽子さんが今月13日に亡くなっていたことがわかった。
死因は肺線がん。
81歳だった。
3年前よりがんを患い、闘病しながら仕事を続けており、現在放送中のドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日)にも出演していた。
『キイハンター』、『ずっとあなたが好きだった』、『ゲゲゲの女房』など多くの人気作品に出演し、日本の映画・ドラマには欠くことのできない名女優だったことは誰もが知る通りだが、彼女にはもうひとつ重要な顔がある。

 野際は、特定秘密保護法や安保法制など、戦争へと突き進む昨今の社会状況に向けて反対の意を表明し続けてきたことでもよく知られている。
 2013年には高畑勲や山田洋次らが呼びかけた「特定秘密保護法案に反対する映画人の会」に賛同、法案に対して反対の意思を示した。
 また、安保法制が国民的な議論を巻き起こしていた2015年には、「映画人九条の会」などによる安保関連法案への反対意見に賛同。
大竹しのぶ、吉永小百合、是枝裕和、周防正行、井筒和幸、山本晋也、高畑勲、山田洋次、大林宣彦といった映画人らとともに安倍政権が強権的に進める安保法制に異議を申し立てた。

 野際がこのような意見表明を起こした背景には、1938年生まれの彼女が体験した戦争の記憶を後世に語り継がなくてはならないという思いがあるのは間違いない。
 2007年、上戸彩が主演した『2夜連続ドラマスペシャル・李香蘭』(テレビ東京)で、現在の李香蘭役を演じた際、番組の公式ホームページに掲載されたインタビューで彼女は、戦争に翻弄された李香蘭の人生を通じて、若い世代にも戦争の恐ろしさを知ってほしいと訴えかけていた

「戦後60何年たちまして、もう総理大臣も戦争を知らない人になってしまったし、どんどんあの戦争が忘れられていく中で、あれは何だったんだろうか?
何でこういう李香蘭のような運命を引き受けなければならない人が出たんだろうか?
とか、それをどういう風に我々は受け止めて、活かしていかなきゃいけないのかなっていう…
戦争を知らない人たちにもあの時代にあったことのできる限りの信実を知って欲しいという気持ちはしますね、私自身も知らないことはたくさんありますし、知っていることが真実なのかどうかもよくわかりませんけれども、あの戦争の中を生きて、少しは今の若い方たちよりはあの時代のことを想像することができます。
李香蘭の境遇は想像するしかないんですけれども、それを想像することはできるので、それをお伝えしたいし、そこから色んなものを見ている方に汲み取って頂きたい。
あの時代のことをもう一度思いだして頂きたいと思いますね。」

野際陽子が語った自らの空襲体験
 その思いはそれから先も変わらなかった。
15年9月に放送された『ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像 戦後70年特別編 戦争を語り継ぐ人たち』(BS朝日)では、千玄室大宗匠(茶道家元)、倉本聰(脚本家)、奈良岡朋子(女優)、藤城清治(影絵作家)、瀬戸内寂聴(作家)といった人々に戦争体験を聞くインタビュアーを務めていたのだが、そのなかで彼女自身もこのように自らの戦争体験を話していた。

「私は、天沼っていう荻窪に(ある町に)住んでいて。
夏でしたかね、いったん疎開先から(東京に)帰ってきてから、次に(疎開先に)行くまでの間、11月に空襲にあったんですよ。
そのときにダーンって(爆弾が落ちて)。
うちはまだ防空壕ができていなかったので、押入の布団を全部出して、押入の前に布団を積んでそのなかに隠れるっていう方式をとってたんです。
(中略)よくB-29のお腹がこう、ずっと行くのを見ていました」

 野際は、戦中に見た忘れられない光景について、「革新懇ニュース」(全国革新懇)11年9月号でこのように語っていた。
「私自身は戦争の悲惨な体験はありませんが、小学3年のとき、東京の自宅で空襲にあいました。ドーンというすごい音とともに縁側に面したガラスが割れ、びっくりしました。
(中略)  戦争が終わって12月に東京に戻り、東京駅から中央線に乗ると、焼け野原が広がり、驚くような光景でしたね。
 集団疎開していた東京の下町の6年生は、国民学校を卒業するので疎開先から帰ってきて、すぐに3月10日の空襲で犠牲になりました。
後年その話を聞き、とてもショックでした。
本当にかわいそうです」

野際陽子は瀬戸内寂聴とともに
戦争へ向かういまの日本を憂いていた
 このような光景を実際に目の当たりにしているからこそ、野際は戦争を知らない世代が社会を動かすようになり、戦争に向かいかねない状況に危機感を募らせたのだろう。
 2015年に放送された前掲番組『ザ・インタビュー』で野際は、
いまは昭和17年(1942年)ぐらいの感じですね。
どんどんどんどん戦争に向かっていっている。
それはとても気持ちが悪いですね」、
「いまの政治家は戦争を知らない人たち」と危惧を語る瀬戸内寂聴の言葉に大きく頷き、「(戦争中は)私はまだ小学生だったんですけど、時々ね、ふっとあの頃のことを思い出すことがあるんですよね」と語っていた。

 戦争を体験した世代がどんどん鬼籍に入っていく。
ここ数年でも、水木しげる、野坂昭如、永六輔、大橋巨泉、愛川欽也など、実際に戦争を体験し、その悲劇を語り継ぐことで反戦の思いを訴えていた人々が次々に亡くなっている。
 安倍政権の強権的な姿勢を支持する人がいる背景に、そういった戦争の悲劇を学んでいない人間が多く存在するという事実は確実にあるだろう。
だからこそ、我々は彼らが送り続けていたメッセージを改めて読み深め、代わりになってその体験を発信し続ける義務がある。

 野際は平和への思いをこのように語っていた。
その言葉を噛み締めながら、ご冥福をお祈りしたい。
「いま核兵器をもっていても、使うと地球はたぶんおしまいです。
「平和にしよう」と考えている人はいっぱいいるわけですから、戦争をなくすことはできないことではないと思います」(前掲「革新懇ニュース」11年9月号)
(編集部)
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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