2017年07月31日

不眠に悩む人は必見 「睡眠薬」との上手な付き合い方

不眠に悩む人は必見
「睡眠薬」との上手な付き合い方
[日経Gooday 2017年6月23日付記事を再構成]

 寝つきが悪い、夜中や早朝に目が覚めてしまうなど、不眠に悩む人が増えている。
人生の約3分の1の時間を眠って過ごすからこそ、誰もが睡眠を大切にしたいと思うもの。

日本睡眠学会理事長であり東京慈恵会医科大学葛飾医療センター院長の伊藤洋氏に、不眠症の弊害や治療の進め方、良質の眠りの秘訣について聞いた。

■不眠症は生活習慣病や認知症など、
      全身に影響を及ぼす

――不眠症の患者はどのくらい増えているのでしょうか。

 平成26年(2014年)厚生労働省「国民健康・栄養調査」によれば、成人の20%、5人に1人が睡眠による休養が十分に取れていないと答えています。
しかし、不眠症の診断基準は随時改訂されているので、正確な患者数の推移は把握できず、実際の患者はこの半分以下の6〜10%程度と推測されます[注1]。

ただ、不眠症は高齢者に多いので、今後ますます高齢社会になれば不眠症の人も増えていく、これは確かなことです。
 かつては「眠れないくらい大したことではない」と軽視されていた時代もありましたが、長距離バスの居眠り運転事故などをきっかけに、睡眠の重要性がクローズアップされ、不眠症に対する関心も高まっています。

 不眠の影響は全身に及び、不眠症の人は糖尿病や脂質異常症、高血圧などの生活習慣病になる確率が高いことも分かってきています。
その反対もしかりです。

糖尿病患者の不眠症が改善するとHbA1c(過去1〜2カ月間の平均的な血糖値を反映する指標)が下がるように、不眠が治れば身体症状まで改善することが明らかになっています。

――そもそも高齢者に不眠症が多いのはなぜですか。

 高齢になると心身の不調を感じやすくなるので、それらによる心理的ストレスや、睡眠と関連する生活習慣病の増加、加齢による睡眠リズムの変化(目覚める時間が早くなる、眠りが浅くなる)など、様々な要因が重なり、不眠を引き起こしやすくなります。

 例えば、高齢者に多いアルツハイマー病の患者では、約40%に何らかの睡眠障害があることが分かっています[注2]。
アルツハイマー病はβアミロイドというタンパク質が脳内に蓄積することが原因と考えられていますが、きちんと眠れるとβアミロイドは洗い流されます。
それに対し、不眠症の人はβアミロイドがたまって記憶も悪くなり、認知症になるリスクが高まります[注3]。
加えて、不眠が長く続くと、脳内で記憶に関与する「海馬」の容積が小さくなることも分かっています[注4]。

■薬は副作用に注意しつつ、
   自己判断で減らさないこと

――不眠症の治療にはどのような薬を使うのですか。

 不眠症の治療薬は表1の通りです。
基本的に、寝つきが悪い人には、効き目が早く現れ、持続時間が短い「超短時間・短時間作用型」、
夜中に目が覚めやすい(中途覚醒)人や、早朝に目が覚めてしまう(早朝覚醒)人には、効き目が長く続く「中時間・長時間作用型」が使われます。

[注1] 平成24年度厚生労働科学研究・障害者対策総合研究事業「睡眠薬の適正使用及び減量・中止のための診療ガイドラインに関する研究班」および「日本睡眠学会・睡眠薬使用ガイドライン作成ワーキンググループ」編「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」(2013年)
[注2] McCurry SM, et al. Sleep Med Rev. 2000; 4(6): 603-628.
[注3] Berkeley News. Jun 2015./Mander BA, et al. Nat Neurosci. 2015;18(7): 1051-1057.
[注4] Noh HJ, et al. J Clin Neurol. 2012; 8: 130-138.

処方されることが多いのは、「ベンゾジアゼピン系」という種類の薬です。
ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、中枢神経系を抑える脳内神経伝達物質「GABA」の作用を強める薬で、脳の活動を緩やかにすることで、スムーズに睡眠に導いてくれます。
催眠作用が強い割には、かつて大量服用で死に至ることで知られたバルビツール酸系の睡眠薬よりもふらつきや倦怠感などの副作用が軽く、使いやすい薬として広まりました。

 ただし、どんなに優れた薬でも副作用には注意が必要です。
特に高齢者は、肝臓や腎臓の働きが低下しているため、薬の代謝、分解、排せつに時間がかかり、効き目も副作用も出やすくなります。
このため、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を高齢者に処方する場合、副作用のリスクを減らすために一般成人の半分程度に量を減らすようにしています。
 また、ベンゾジアゼピン系睡眠薬には筋肉を緩ませる(筋弛緩)作用がありますので、効き目が続いているときに立ち歩くと、ふらつき、転倒する恐れがあります。

特に、夜中にトイレに行くときは、足元も暗く、転倒によるけがに注意が必要です。
患者さんには、睡眠薬を服用した後に立ち歩くときは、電気をつけ、きちんと覚醒してから動くように注意を呼びかけています。
また、ベンゾジアゼピン系を長期間にわたって使っている人は、使わない人の約1.5倍も認知症になりやすいと推定する研究結果もあるので、長期連用には注意が必要です[注5]。

 2014年に発売された新薬のスボレキサント(商品名ベルソムラ)は、従来の「眠らせようとする薬」と違って、覚醒系の神経スイッチを切ることで「目覚めにくくさせる薬」です。
ふらつきなどの副作用が少なく、中途覚醒のある高齢者に適しています。
しかし、残念ながらスボレキサントも万能ではありません。

寝つきが悪いタイプの不眠に最適なのは、ベンゾジアゼピン系です。
不眠症の外来では、それぞれの薬剤の特性を生かしながら使い分けています。

――睡眠薬で眠れるようになるのはうれしいのですが、「一度睡眠薬に頼ると、やめたときにますます不眠がひどくなるのではないか」という不安もあります。

 睡眠薬をいきなりやめると、不眠が再発してしまうことがあります。
これを「リバウンド」と呼ぶのですが、特にベンゾジアゼピン系のように半減期[注6]が短い薬を急にやめた場合に起こりやすいことが知られています。
ベンゾジアゼピン系はレム睡眠[注7]を抑制し、眠りを深くします。
薬をやめることで、突然重しがなくなって深い眠りからボーンと跳ね上がるように目が覚めてしまうのです。
 ただ、やめ方を工夫すれば、こうした問題は過度に心配するには及びません。
睡眠薬は徐々にやめることが肝要で、半減期が長い薬は服用間隔を1日おきに減らす、短い薬なら半量に減らすなど、患者の状態や薬の半減期によって、いくつかの効果的な減量方法があります(図1)。
自己判断しないで医師と相談してください。
 そもそも、睡眠薬をやめることについての考え方はさまざまです。
若い人が睡眠薬を長期にわたってたくさん飲むのは避けたほうがよいのですが、80歳を過ぎた人が決められた量を飲むことでぐっすり眠って元気に過ごせるなら、わざわざやめなくてもいい、という見方もあります。
「何が何でも薬をやめなければいけない」という思い込みが自分を追い詰めることのないよう、睡眠薬との上手な付き合い方を身につけていくことも必要です。

[注5] Zhong G, et al. PLoS ONE. 2015; 10(5): e0127836.
[注6] 半減期:薬の成分の血中濃度が半分に減る時間。半減期が短いほど、代謝・排せつが速い薬であることを示す。
[注7] レム(REM)睡眠:REMはRapid Eye Movementの略。睡眠中に急速に眼球が動く状態で、眠りが浅い。

――最近、いくつかの睡眠薬が新たに「向精神薬」に指定されたと聞きますが、「向精神薬」に指定されると何が変わるのでしょうか。

 新たに向精神薬[注8]に指定されたのは、エチゾラム(商品名デパスほか)やゾピクロン(商品名アモバンほか)ですね。
エチゾラムはベンゾジアゼピン系の睡眠薬で、抗不安作用があるため、抗不安薬(不安などの心理的・身体的症状の治療に作用する薬)としても使われます。
他のベンゾジアゼピン系と同じように半減期が短く、急にやめるとリバウンドして不安が生じます。
また、様々な診療科で処方されるため、薬物乱用目的で不正に入手されやすいという問題もありました。
こうしたことから、2016年9月に第三種向精神薬に指定され、一度に30日分しか処方できなくなりました。
ゾピクロンも同様です。
いずれの薬も、不眠症に使うには優れた薬で、今もよく用いられています。
適切に使うことが大切なだけで、決して怖い薬ではありません。

 新薬の発売は、少し先の話になるかと思います。ベンゾジアゼピン系は開発しつくされた感があり、出るとすればスボレキサントの仲間ではないでしょうか。
前述の表1の薬で治療する流れはしばらく変わらないでしょう。

■良質の眠りを得るために気をつけたいこと

――寝る直前までスマートフォンを見るなど、眠りにくい習慣がまん延しているように見えます。現代の生活環境と不眠の関係についてどう思われますか。

 布団の中でタブレットやスマートフォンの明るい画面を長く見ていると、睡眠を促進させるホルモン、メラトニンの分泌が減ってしまいます。
目が冴えて寝不足に陥れば昼間に眠いのも当然で、長く続けば生活習慣病を起こすこともあるでしょう。
 最近はサマータイムが推奨されていますが、たった1時間でも、起床時間がずれると眠れなくなる人が増えますので、生理的リズムの観点では、安易に飛びつくのは考えものです。
エコの観点から考えれば良いことでもありますが、睡眠に不安のある人にはお勧めできません。

――市販薬を使うなど、病院に行かなくても良質の睡眠を得る方法はありますか。

 薬局で手に入る睡眠改善薬は、アレルギーや風邪の薬で眠くなる副作用を逆手に取ったものです。
忙しくて病院に行くのが難しいなど急場しのぎには便利な薬ですが、続けて使うと耐性ができて効かなくなります。
添付文書に「不眠症の診断を受けた人は服用しない」と記載があります。
不眠が少し気になる程度の人が、慣れない出張先などで一時的に使うならいいでしょう。
睡眠薬に限らず、市販薬は使用上の注意をきちんと読み、理解したうえで自己責任で使用しましょう。
 良質の睡眠を確保するには正しい知識も必須です。
一定時間に起床する、寝酒をしないなど、確立したスタンダードがあるので試してみてください(表2)。

[注8] 向精神薬:中枢神経に作用し、精神機能に影響を及ぼす薬物の総称で、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬などがある。

伊藤洋氏
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター院長/日本睡眠学会理事長。
1978年東京慈恵会医科大学卒業。同大学医学部精神医学講座の助教授、教授を経て、2007年より同大学附属青戸病院(現・東京慈恵会医科大学葛飾医療センター)院長。
睡眠障害、不眠症、むずむず脚症候群などを専門とし、テレビなどのメディアで睡眠障害に関する解説を行う機会も多い。
編著書に、『不眠症とつきあうコツ』(フジメディカル出版)など。
(ライター 田中美香)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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