香山リカのココロの万華鏡
容姿の話はマナー違反
毎日新聞2017年8月1日 地方版
アメリカのトランプ大統領が、フランスの大統領夫人に「スタイルがいいですね。美しい」と声をかけ、欧米のメディアがいっせいに批判した。
ほめ言葉のつもりだったのだろうが、国際的なマナーの世界では、いまは容姿や外見を話題にすること自体が問題とされることが多い。
とくに女性に対して体形を話題にすると、ほめたとしてもセクハラと見なされる場合があるのだ。
オバマ前大統領も、女性司法長官に「抜群の美人ですね」と言って謝罪した。
日本社会では、そこまで「容姿や外見の話はしない」というルールが徹底していない。
今回のトランプ大統領の件でも、ネットで
「スタイルをほめられたらうれしい」
「セクシーですね、と言われるのも歓迎」などと発言している女性たちもいた。
「容姿の話はいっさいダメ、だなんて堅苦しすぎる」という声もあった。
たしかにドラマには、いまだに
「なんておきれいな人。女優のようですね」
「あら、うれしい」といった会話も登場する。
しかし、とくに仕事やボランティアの場などでは、「女だから」と特別扱いされたくないという女性も多い。
それどころか、一人の人間として頑張っているときに、外見のことを言われると傷ついてしまうことさえある。
診察室でも、新しい企画について会社の男性役員たちの前でプレゼンテーションを行ったら、話が終わった瞬間に「女子大生みたいだね」「モテるでしょ」などと言われてショックだった、と話してくれた女性がいた。
「結局、話の内容なんてどうでもいいのかな」と思ったのだそうだ。
こういう話をすると、とくに男性たちは
「面倒くさいな。かたいこと言わずに、ほめたら素直に受け取ればいいじゃないか」と思うかもしれない。
もちろん、ある程度、信頼関係ができていれば
「その服、似合うじゃない」
「あなたも運動の成果でおなかがヘコんですごい」などと外見を話題に会話を楽しむのもよいだろう。
ただ、少なくとも初対面や仕事で会っている女性に「美人ですね」「スタイル抜群」などと声をかけるのはいまはルール違反、と思っておいた方がよい。
言うまでもないが、「ポッチャリしてる」「もう少し化粧すれば」など否定的な言葉はもってのほかだ。
「女と男」ではなくて一人の人間同士として。外見ではなくてあくまで中身を大切に。
その基本さえ守れば、お互いが尊重し合ってよい関係を作っていけるはずだと思う。
(精神科医)