2018年02月28日

鴻上尚史が喝破!特攻隊の理不尽は今も…

鴻上尚史が喝破!
特攻隊の理不尽は
過去のものじゃない…
過重労働もいじめも
同調圧力は日本人の宿痾なのかもしれない
2018.02.26 リテラ編集部

 きのう、平昌五輪が幕を閉じた。
開会式・閉会式では平和への強いメッセージが発信されたが、あらためて不安になったのが2020年の東京五輪の開会式・閉会式だ。
というのも、開会式・閉会式の演出チームで構成・ストーリーを担うとされる山崎貴監督は、あの百田尚樹原作の特攻礼賛愛国ポルノ映画『永遠の0』を監督した人物だ。 

 こんな映画の監督が、世界的イベントであるオリンピックの開会式・閉会式の演出を務めるなど、どう考えても正気の沙汰ではない。
世界中の顰蹙を買う可能性だってあるが、残念ながら現在の日本ではそうした批判の声は少なく、むしろ特攻を美化する風潮のほうが根強い。

 そんななか、ある特攻に関する本が大きな注目を集めている。
劇作家の鴻上尚史氏が書いた『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社)は、発売されてすぐに増刷を重ね、たちまち話題作となった。

『不死身の特攻兵』は、陸軍の第一回の特攻隊「万朶隊」に所属していた佐々木友次氏について書かれた本。
佐々木氏は特攻隊員として9回出撃し、いずれも生還。
終戦まで生き残った人物として知られている(2016年2月に逝去)。
彼はなぜそのような数奇な運命をたどることになったのか。

 確実に作戦を成功させるため、初期の特攻兵は操縦に長けた優秀なパイロットが選ばれた。佐々木氏の所属する万朶隊も、佐々木氏含め腕利きのパイロットが選ばれたのだが、だからこそ自分の能力をふるう機会すら与えられない特攻の命令には大きな疑問をもっていた。

 また、卑劣なことに、彼らが特攻で使う九九式双発軽爆撃機は爆弾が機体に縛り付けられており、パイロットが死を恐れたとしても爆弾を落とせないため、体当たりするしかないようにされていた。
 万朶隊を率いた岩本益臣隊長はこの設計に憤り、独断で爆弾を落とすことができるように改装させた。

そのことを万朶隊の面々に説明するとき、岩本隊長はこのように語ったという。
「このような改装を、しかも四航軍の許可を得ないでしたのは、この岩本が命が惜しくてしたのではない。
自分の生命と技術を、最も有意義に使い生かし、できるだけ多くの敵艦を沈めたいからだ。
 体当たり機は、操縦者を無駄に殺すだけではない
体当たりで、撃沈できる公算は少ないのだ。
こんな飛行機や戦術を考えたやつは、航空本部か参謀本部か知らんが、航空の実態を知らないか、よくよく思慮の足らんやつだ」

 加えて岩本隊長は、「これぞと思う目標を捉えるまでは、何度でも、やり直しをしていい。
それまでは、命を大切に使うことだ
決して、無駄な死に方をしてはいかんぞ」としたうえで、「出撃しても、爆弾を命中させて帰ってこい」と語ったという。

 結局、岩本隊長は万朶隊として出撃する前に戦死してしまうが、佐々木氏はこの命令を守り、爆弾を落として帰ってきた。
 佐々木氏が帰ってきたのは、「体当たりにより戦艦を撃沈」との大本営発表が出された少し後のこと。
そして、佐々木氏の帰還に対する司令官の対応は人の命を命とも思わない酷いものだった。

特攻隊を生んだ構図は
現在の日本社会にも残り続けている
 佐々木氏にはそれから何回も何回も出撃命令がくだされる。
それは、敵艦を沈めることを意図したものではなく、ただただ彼を特攻させて殺すための出撃だった。
なぜ、敵艦を攻撃することよりも、名誉の戦死を遂げることが目的化したのか。
参謀長が佐々木氏を怒鳴りつけた言葉がそれを説明している。

「佐々木はすでに、二階級特進の手続きをした。
その上、天皇陛下にも体当たりを申し上げてある。
軍人としては、これにすぐる名誉はない。
今日こそは必ず体当たりをしてこい。
必ず帰ってきてはならんぞ」

「佐々木の考えは分かるが、軍の責任ということがある。
今度は必ず死んでもらう。
いいな。大きなやつを沈めてくれ」

 出撃を繰り返すうち、援護を担当する直掩機の数も減らされ、佐々木氏の特攻はどんどん雑な扱いになっていく。
8回目の出撃ではついに直掩機が一機もつかなかった。
これでは敵艦に近づくのもおぼつかないし、たとえ特攻したところで戦果の確認すらできない。  

同書では、生還するたびに痛罵された佐々木氏がどんな理不尽な扱いを受けたか、そしてそのような存在は佐々木氏だけではなく、〈処刑飛行〉を強いられたパイロットは他にも存在したことなどが明かされている。
詳しくは同書を読んでいただきたいが、『不死身の特攻兵』が現在これだけ多くの人に読まれているのは、佐々木氏が受けた理不尽な構図は過去のものなどではなく、現在の日本社会でもなんら変わらずに残っているものだからだ。

 2018年1月21日付朝日新聞のインタビューで鴻上氏は「つい僕らは、うかうかしていると、日本型組織を維持するために、構成員の命を消費する傾向があるんです」と語っているが、理不尽なまでの過重労働を強いられるブラック労働や、意味不明なルールでもそれを遵守しないものは排斥する「いじめ」など、職場や学校といった日本のありとあらゆる組織でこの構図は残り続けている。

 鴻上氏はこのように指摘する。
「特攻隊やいじめの資料を読んでいると、同調圧力っていうのは日本人の宿痾なのかもしれないという気がします。
「特攻に志願する者は前に出ろ」と上官が言って、誰も動かないと「出るのか、出ないのかハッキリしろ!」と叫ぶ。
すると、全員がザッと前に出る。
個に目を向けず、全体が一つであることが美しいという価値観は、いまも連綿と続いている」(「週刊朝日」16年9月9日号/朝日新聞出版)

戦争や特攻隊の美化を懸念し、「同じ轍を踏まないように」と語った 『不死身の特攻兵』では、鴻上氏が札幌の病院に入院中だった佐々木氏のもとまで向かい、数回にわたってインタビューを行っている。
 佐々木氏は非常に言葉少ないながらも、鴻上氏に「戦争ってかっこいいみたいなイメージだけが残っていくと思うんです」
「特攻もやっぱり美しいとか、強調されるんですね」と問いかけられると、「それは十分に気を付けていただけたら。同じ轍を踏まないように」と警鐘を鳴らした。

 70年以上前、特攻につながった日本人の精神性はなんら変わることなく残り続けている。
そのことを認識しなければ、「同じ轍」の悲劇はいとも容易く繰り返されてしまうだろう。
『不死身の特攻兵』はそのことを強く実感させられる本である。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(7) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お早う御座います。!
次兄は海軍飛行予備学生として大連航空基地から出撃して戦死しましたが、特攻隊ばかり脚光を浴びるのは間違いであり日本の軍隊はみな特攻隊として戦死したようなものです。第一次大戦以来、米軍を除いてどこの国家も子供を徴兵してしごき愛国精神を叩き込みましたが、激戦地に送り込まれ哀れ戦死したり負傷兵として一生苦しんでいます。近くでは米軍もベトナム、イラク、シリア等で同じ過ちを侵しています。国家は戦争が好きなだけで一兵卒のことは考えていません。理屈抜きで戦争ほどばかげたことはありませんですねー。喝)
Posted by 荒野鷹虎 at 2018年02月28日 08:33
私の父も高等小学校を出て 海軍に志願して敗戦時は一式陸攻爆撃機の特攻待機で鹿屋基地にいたそうです。
なぜ志願したのかと聞いた時、徴兵されて陸軍に行くより「少しでもマシな選択を」との思いだったようです。
父の見た 特攻隊員の心の荒れや絶望は 想像を超えるものがあったし 14歳の年少兵達は「海軍に怒り」すら感じたそうです。
殴られる日常で 唯一寝るときが救いだったといっていました。
敗戦時、威張り散らして殴っていた士官達が 軍需物資を横領して真っ先に逃げ出したと悲しそうに話していました。
今、右翼的潮流は 歴史を捻じ曲げて「軍」の復活を主張していますが、父は 軍隊の理不尽を知らない馬鹿が・・と自民党政治家を嫌悪していました。
戦争や軍の実態を知る世代が少なくなっている今、私たちは 知る努力に努めることが 再び惨禍に陥らないために大切だと思います。
自衛隊の存在は、敗戦時の一億総特攻・本土決戦思想です。冷静に「軍隊による国防」が成立するのか 時流に流されずに考えていきたいです。
安倍さんに 米軍海兵隊に体験入隊してもらい 軍の非人間性と生命軽視を味わって欲しいものです。
Posted by 小だぬき at 2018年02月28日 10:51
こんにちは〜
小だぬきさん 誕生日おめでとうございます。
後期高齢者の仲間入りですね。
人生100歳と言われる昨近です。
まだまだ先は長いですよね。
健康に気を付けて 楽しい日々を送ってくださいね。
Posted by aioまま at 2018年02月28日 14:41
特攻隊
その言葉を聞く度に涙
ジッちゃんから聞いてます
戦争の恐ろしさ
ジッちゃんは子供だったけど、色々と話してくれます。
Posted by みゆきん at 2018年02月28日 16:58
aioままさんへ
残念ながら 誕生日は4/13で 前期高齢者の仲間入りです。
骨の異常も 主治医は 64歳でまだ若いから 早く手術した方がいいといってくれました。
誕生祝いは ありがたく受け取りました。
まだまだ祝っててくれる人がいるというのは 嬉しいし生きがいになります。
ありがとうございます。


みゆきんへ
当時の命令をした側の責任検証がされないまま長い時間が経過してしまいました。
父は 特攻隊は「軍に命令で殺された」と表現していました。敗戦が あと数週間遅れたら 父も戦死し 私も生まれなかったことになります。
戦争指導者達が 敗戦とともに 米軍隷属に一夜にして変わった醜さは 忘れてはならないと思います。
「愛国」を声高に言う人ほど 権力志向が強く 簡単に国民や国を裏切る例が 太平洋戦争だったと思います。
Posted by 小だぬき at 2018年02月28日 21:39
おはようございます!
ボケたかな。

前日のブログの中に
「年寄りはよく“今時の若い奴は”などとうそぶくことがある。
私も今月28日で満70歳になるので、文句なしの高齢者だ。
だが若者のこうした活躍ぶりを見ていると、とても“今時の”などとは言えない。
ただただ感服するのみである。」

という文を見かけ小だぬきさんのことと勘違いして
大変失礼いたしました。

64歳とは私よりも20歳近くお若い。
年寄りのボケとお許しください。



Posted by aioまま at 2018年03月01日 10:52
aioままさんへ
わざわざありがとうございます。
私の骨や神経が aioままさんの年齢まで持つか 不安な所です。
今ではセクハラといわれそうですが、小学校の低学年を長くやっていると 一人でも肩車をすると全員が並んだり、おんぶやひざ乗りなども 並ぶ子全員をなどと無茶をしました。
脊骨は、目線を子ども達の位置にするためにしゃがんだりしたための職業病だと 主治医に笑われました。

誕生日もaioままさんに祝っていただいたので 当面は手術を乗り切り70歳までを第1目標に それを超えられたら後期高齢者にと 地面にへばりついても生きるつもりです。

3月とはいえ 寒暖の差が大きい時期、身体を労わり元気でご活躍ください。
共済の年金申請が終わり、後は年金センターへの申請が誕生日以降とのこと。
歳とともに医療費負担が増えてきています。

今後ともご指導、ご鞭撻を よろしくお願いいたします。
Posted by 小だぬき at 2018年03月01日 11:45
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