<感情労働>
「心の切り売り」で
疲弊する人たち
3/18(日) 9:30 毎日新聞配信
苦手な相手にも親切、丁寧に接し、つねに笑顔を絶やさず、心にもない言葉を口にする
−−仕事だからと自分に言い聞かせて頑張っているうちに、いつしか空虚感に心をむしばまれてしまう人がいます。
接客業はもちろん、あらゆる職場ではびこる「感情労働」のリスクについて、職場のメンタルや労働環境に詳しいライター西川敦子さんのリポートです。
【毎日新聞医療プレミア】
「しつこくからんでくるお客にも笑顔で対応しなければならず、ストレスがたまる」
「上司や同僚の機嫌を損ねたのではないかと思うと、不安でしかたがない」
「周囲には”よく気のつくいい人”と思われているが、時折わけのわからない怒りがこみあげてくることがある」
心を売る仕事、「感情労働」にメンタルをむしばまれる人が後を絶たない。
感情労働とは、表情や声、態度で、暗に感情を演出することを求められる仕事のことだ。
「看護師=どんなときも優しく患者に接する白衣の天使」
「キャビンアテンダント(CA)=礼儀正しく上品なほほ笑みを絶やさない美女」というように、私たちは特定の職種に対し、定型的、感情的な価値を期待しがちだ。
◇演技を求められるさまざまな「感情労働」
「保育士、ソーシャルワーカー、受付業務、オペレーター、ホテル従業員、その他さまざまな接客業をはじめ、数え上げればきりがないほど感情労働を強いられる職種が存在しています」と解説するのは、日本赤十字看護大学名誉教授の武井麻子さんだ。
単に愛想よく接するだけでなく、その場で求められる「特殊な感情」を演出しなければならない職種もある。
たとえば、葬儀社の社員は参列者が悲しみに浸れるよう、式の間中、控えめでいたましげな表情を崩さない。
遊園地のスタッフはハッピーな世界観を醸し出すべく、ハイテンションで明るく元気に振る舞い続ける。
「感情労働による精神的なダメージについて指摘したのは、アメリカの社会学者、アーリー・ラッセル・ホックシールドです。
ホックシールドはCAを対象に調査を行い、彼らの多くが自分の感情を抑制し、お客に求められる感情を演出していることを明らかにしました」
その中には、表情や声色をつくる「表層演技」にとどまらず、自分の感情そのものを変えようとする「深層演技」をしている人も少なくなかったという。
「深層演技を続けていると、ネガティブな感情をポジティブに加工する、といった癖が染み付き、ついには本当の感情を味わうことができなくなってしまいます。
ある種の感情マヒに陥るのです。
しかし、自分を偽り続ければ、知らず知らずのうちにストレスがたまります。
常に他人の顔色や評価が気になり、不安も募るでしょう。
その結果、不眠やイライラ感に悩む人も出てきます」
実際、看護師の中には患者に献身的に尽くす一方で、私生活では過度な飲酒や買い物、ギャンブル、異性との交遊に走る人もいるという。
「善い人」を演じているうちにバーンアウト(燃え尽き)してしまい、仕事を続けられなくなるばかりか、アイデンティティーそのものが危機にさらされ、深刻な心の病気を抱えるケースもある。
人間の死や苦悩を目撃しながらも、ひるんだり、嫌悪の感情をあらわにできない特殊な感情ワークを強いられていればこそだろうが、他の職業に就いている人にとっても他人事ではない。
◇サービス業に限らない!
女性が陥りやすい“わな”
じつは感情労働は、サービス業に限らず、あらゆる職場で起こりうる、と武井さんはいう。
直接、顧客と接しない職場でも、上司や同僚に配慮するあまり、つい自分の感情を抑え込んでしまった経験はないだろうか。
とくに心配なのは女性だ。
その昔、女性社員は“うちの女の子”などと呼ばれ、お茶くみや机のふき掃除をこなしながら、愛嬌(あいきょう)と気配りで男性社員を支えた。
その後、キャリアウーマンが台頭し、女性活躍の時代を迎えたが、一方で “愛され系OL”“モテカワ女子”といった言葉も健在だ。
女性たちは、自分たちが暗黙のうちに「レーダーチャート」(正多角形のグラフ)で評価されていることを知っているのだろう。
仕事の優秀さだけでなく、容姿や女らしい丁寧さ、さらにいえば、よく気がつく優しい“いい子”かどうかなど、評価軸は多岐にわたっている。
だから彼女たちは、相手に合わせ感情をコントロールしなければ、とついほほ笑みを浮かべてしまうのではないか。
女性管理職比率が上がろうと、ワーキングマザーが増えようと、社会の無言の抑圧がある限り、女性たちの疲弊は深まるばかりだろう。
「中でも、行き過ぎた感情労働に陥りやすいのは、過去に心の傷を受けたことがある人」と武井さんは説明する。
子どものころ、周囲に大切にされないなど感情的な葛藤を抱えた経験があると、共感力が過度に高く、他人の感情に敏感に反応する大人になりがち、という。
◇他者と自分を分けて
「健全な自己チュー」に
感情労働に振り回されないためにはどうすればいいのか。
「“健全な自己チュー”になってください。
頼まれたことを何でも引き受けてはダメ。
たとえば仕事中、『ちょっといい?』と声をかけられたら、『10分ならいいですけど、20分は無理です』などと自分の条件をしっかり提示する。
行きたくない飲み会は断ればいいし、聞かれたくないことは話さなくてOK。
他人と自分との間に境界線を引きましょう。
自分の時間、自分の楽しみを持つことも大切。
自分だけの秘密があってもいいかもしれない。
人間なのだから、いろんな自分がいて当たり前なのです」
組織にできるケアもありそうだ。
まず、あらゆる業績、成果の陰にじつは感情労働があることをみんなで理解する。
そのうえでおたがいケアをしあう。
共感しすぎて疲労していないか。
お客の言葉や態度を本当はどう感じていたのか。
定期的に話し合いの場を設ける。
サービス業であれば終業時に行うなど、こまめな対策が必要、と武井さんはアドバイスする。
「感情労働しがちな人を孤立させてはいけません。
ちゃんとつながりあい、フォローし合える関係を作ってほしい。
一人ひとりが自分を大事にしながらも、お互いどこかで甘えられる。
そんな職場をめざしたいものですね」
感情労働はおもてなしの精神にも通じる。
100%否定すべきものではないが、同時に、「人の心」という、やわらかな土台のうえに成り立っていることを忘れたくない。
武井麻子(たけい・あさこ):
日本赤十字看護大学名誉教授。コンサルタント。
日本集団精神療法学会理事長、日本赤十字看護学会理事、日本精神保健看護学会監事、日本集団精神療法学会認定スーパーヴァイザー。
東京大学医学部保健学科、同大学院修士課程及び博士後期課程(精神衛生学専攻)修了。
保健学博士。
海上寮療養所(千葉県旭市)にて看護師・ソーシャルワーカーとして12年間勤務。
フルボーン病院(英国ケンブリッジ)にて6か月間研修。日本赤十字看護大学、大学院で教育・研究に25年間携わる。
「ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか−感情労働の時代」(大和書房)
「感情と看護−人とのかかわりを職業とすることの意味」(医学書院)など著書多数。
結婚式より豪華だったよ
お持ち帰りが出来るから今日の晩酌オカズ^^
田舎の親戚の時、香典500円で食べ放題が相場と聞いてびっくりしました。
結婚式と葬祭が ある程度人生の節目の行事。
晩酌で食べながら 故人をしのんでくださいね。