2018年07月26日

「権力批判はメディアの役割」という幻想の終わり

朝日新聞はなぜこんなに嫌われるのか――
「権力批判はメディアの役割」
という幻想の終わり
7/24(火) ビジネスインサイダー

世の中にはなぜこんなに「朝日ぎらい」が多いのか。
朝日新聞のことになると、なぜ人はこんなに感情的になるのか。
こうした問いには、「捏造するから」とか「反日だから」とか条件反射的なコメントが即座に返ってくるわけですが、一つのメディアの動向にこれほど夢中になれること自体が興味深い現象です。

書店の店頭にも、「朝日ぎらい」の雑誌や書籍の煽情的なタイトルが並んでいます。
その代表格が『月刊Hanada』『月刊WiLL』で、2018年8月号のタイトルは、前者が「敗れたり朝日と野党の倒閣運動」、後者が「朝日はアジビラどころかペットのトイレマット」といった具合です。

特定のメディアへの批判が一つのマーケットを形成し、ビジネスになるというのも日本でしか見られない珍現象でしょう。
一方、両誌はいずれも「安倍総理は限界を突破せよ」「安倍首相はマジメすぎる」と、朝日新聞への対抗軸として安倍政権支持を強調しています。

当の政権も、安倍首相が(別の自民党議員の)フェイスブックに「哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳」と書き込めば、
麻生財務相は記者に対し「朝日新聞の取材能力のレベルが分かる」と述べるように、政権と支持者は「朝日ぎらい」で一致しているようです。

安倍政権支持の中核は「若い世代」
そして、そんな安倍政権の支持層の中核は若い世代です。
2017年10月の総選挙で比例区の投票先として
自民党を選んだのは、世代別に見ると
10〜20代で52%、
30代で43%、
40代で42%。
50代以上はどの世代も30%台で、若い世代が一貫して高い。
とりわけ、18〜19歳の男性は55%、20代の男性が54%と突出しています。

Business Insider Japanが2017年6月に掲載した記事「『やっぱり安倍政権しか選べない』東大生はなぜ自民党を支持するのか」でも、こう書かれています。
「東京大学新聞社が毎年新入生を対象に行なっている調査によると、自民党の支持率は近年劇的に上昇している。
今年4月の調査では36%に達し、過去30年で最高を記録した。
特に70%前後を占めていた『支持政党なし・わからない』という無党派層の変化が大きい。
2013年以降は10ポイント以上減り、その分自民党支持が増えている」

日本は本当に「右傾化」したのか?
こうした状況を見て「リベラル」な人たちは、「日本は右傾化した」と嘆くわけですが、私はこの見方には懐疑的です。

国会前で「民主主義を守れ」と気勢をあげている人たちの多くは1940年代後半に生まれた全共闘世代、今日で言うところの「シニア左翼」です。
彼ら団塊の世代がある意味、戦後日本の価値観を決めてきたわけですが、彼らが今本当に守ろうとしているのは「民主主義」ではなく「年金」。
なぜなら65歳以上の44%、70歳以上では60%が「年金以外の収入がない」のですから(厚生労働省「老齢年金受給者実態調査」、2016年)。

それに対して若い世代は、自分たちがいくら年金保険料を払っても、将来まともに年金を受け取れないと思っています。
私は年金制度が完全に破綻するとは思いませんが、日本の年金は現役世代が高齢者(引退世代)に仕送りをする「賦課方式」なので、急速な少子高齢化によって制度の支え手が減っていく以上、若い世代の不安には確かな根拠があります。

しかし、モリカケ問題や反原発には大きな声を上げるシニア左翼も、「年金なしでどうやって生きていけばいいのか」と将来を心配する若者たちのためには、一切動こうとしません。
そんなシニア左翼が「リベラル」を自称するのですから、若い世代が胡散臭いと感じるのも当たり前です。

既得権にしがみつく「シニア左翼」
シニア左翼たちの「リベラル」がどのようなものかは、安倍政権が進める働き方改革への評価を見てもわかります。
年功序列・終身雇用の「日本的雇用」制度は、若い時の低賃金労働をキャリアの後半で取り返し、定年で満額の退職金を受け取ることで帳尻が合う仕組みになっています。
50歳は定年まであと10年(あるいは15年)で、そこから先、退職金受け取りまでのカウントダウンを待っている人たちにとって、今さら働き方を「改革」されるのは迷惑以外の何物でもありません。

一方、終身雇用の幻想を抱いていない若い世代、とりわけ就職氷河期に大学を出て派遣や契約の仕事にしか就けなかった「ロスジェネ世代」にとっては、中高年の正社員の生活を守るためだけの「日本的雇用」などさっさと壊してもらったほうが、未来に希望が持てるでしょう。
彼らが求めるのは労働市場の「改革」であり、高齢者の既得権の「破壊」です。

このように考えると、50代以上の「リベラル」がひたすら日本的雇用を「保守」しようとする理由がよく分かります。
社会保障改革から働き方改革まで、ありとあらゆる「改革」に頑強に反対することが、シニア左翼にとっての最大の利益なのです。

リベラルを「進歩主義」であり「改革を求める政治思想」だとするならば、若者たちは今も昔もリベラルのままです。
それが「右傾化」に見えてしまうのは、既得権にしがみつくかつてのリベラルの方が急速に「保守化」しているからです。

メディアの「権力批判」は
ネトウヨの論法と同じ
安倍政権を批判する人たちは、「アベノミクスの失敗で格差が拡大した」と主張します。
しかし、内閣府の国民生活に関する世論調査(2017年)では、「現在の生活に満足」との回答が73.9%と過去最高になり、18〜29歳の若い世代では79.5%とほぼ8割に達しています。
完全失業率は2.5%と過去最低水準で、有効求人倍率は2018年2月に1.58倍とバブル最盛期を超えました。
これらをアベノミクスの成果だと一概に言うことはできないにせよ(これは将来の検証に任せるほかないでしょう)、こうした事実を無視して「国民は安倍政権にだまされている」と主張してもまったく説得力がありません。

同様に「権力を監視する」という錦の御旗のもと、安倍政権のやることなすこと批判するジャーナリズムはもはや説得力を持ちません。
権力は「絶対悪」で、それを批判する自分たちは「絶対善」という偏狭なイデオロギーは、むしろ格好の批判のマトになっています。
これは言うまでもなく、「反日メディア」は絶対悪で、それを批判する自分たち「愛国者」は絶対善だというネトウヨ(ネット右翼)の論法と変わりません。

かつて大学教授と並んで新聞記者は「知識人」として、上から目線で社会や権力を批判する特権的な身分を与えられていました。
しかし、言論空間の大衆化・民主化が進んだことで、こうした「知の身分制」は崩壊しました。
経済格差の拡大を批判し「弱者」や「貧困層」に寄り添うなどと言いながら、平均年収1200万円超(朝日新聞、2016年)を受け取っていることの正当化は、今やますます難しくなっています。
自分たちが社会的・経済的な「勝ち組」である以上、それを前提とした「ネオリベ」(国家の過度な規制を排除し、自由で効率的な市場が公正で豊かな市場をつくる)的な主張をしたほうが、ずっとすっきりするのではないでしょうか。

メディアに裁量労働制を
批判する権利はない
私は、リベラルを蝕むのは「右傾化」ではなく、自らのダブルスタンダードだと考えています。
「リベラル」を自称するのなら、既得権を破壊する徹底的な改革を求めなければなりません。
安倍政権は「女性が輝く社会」を掲げ「2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度にする」ことを目標としていますが、安倍政権を批判する「リベラル」な新聞社やテレビ局の役員・管理職の男女比率は、この目標にまったく届いていません。

朝日新聞のパブリックエディターを務める湯浅誠さん(社会活動家、法政大学教授)は、「偽ニュース」を圧倒する説得力をもつためには「自分に都合の悪い事実にも向き合う必要があります」として、裁量労働制をめぐる報道に苦言を呈しています。
裁量労働制には「際限のない長時間労働を招き入れるリスク」があると批判しながら、当の朝日新聞記者はその裁量労働制で働いているばかりか、過労死ライン(月80時間)を超える残業時間(81時間)を設定し、それをさらに上回る残業をしていたとして労働基準監督局から是正勧告まで受けていたからです(朝日新聞、2017年5月30日付)。

こうした耳に痛い批判もちゃんと紙面に掲載するのは立派ですが、そうであればこそ、この状態を放置するのではなく、働き手の健康に留意しながら仕事の満足度を高め、労働生産性を上げる理想の裁量労働制とはどのようなものかを身をもって示す必要があります。
そうでなければ、「裁量労働制で残業が無制限になり過労死やうつ病が増える」のですから、まずは記者の仕事を時間給に変えなければなりません。

権力を批判しないと
「許してくれない」読者
健全な民主社会を維持するために、権力を監視し批判するのは大事なことです。
しかしその一方で、批判だけしていても社会は良くなりません。

朝日新聞の立ち位置が難しいのは、権力を批判しなくては許してくれない読者層を抱えていることでしょう。
経済学者で学習院大学教授の鈴木亘さんは、橋下徹・大阪市長のもとで特別顧問を務め、日本最大のドヤ街を抱える「あいりん地区」の地域再生構想を、住民たちと膝詰めでつくり上げました(『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』)。
その後、小池百合子都知事に請われて東京都顧問に就任し、待機児童の削減に取り組んで一定の成果を上げています(『経済学者、待機児童ゼロに挑む』)。

こうした社会改革は、権力の懐に飛び込んで、カリスマ的な首長と直談判できるような立場でなければ実現できません。
「橋下と手を組むなんて何ごとだ」「小池とベッタリ」などと批判するだけでは、「あいりん地区」の貧困問題も東京都の待機児童問題も何一つ改善しません。

「リベラル」は権力の内側に入って成果を上げている人たちを毛嫌いしますが、社会問題が解決せず悪化したほうが権力批判には好都合なので、「より良い社会」をつくるために実践的な努力をする人たちの足を引っ張り、バッシングする必要があるわけです。

何でこんなくだらないことで
こじれてるの?
こうした党派性は「右」も「左」も同じです。
なぜなら読者は党派的な記事を求めており、それが商売になるから。
ネットにおける炎上とは、メディアや知識人、言論人が提供する党派的な主張を大量にコピペし、シェアしていくことです。

これは日本だけの現象ではありません。
アメリカのトランプ現象やヨーロッパの「極右」台頭を見てもわかるように、世界的に「保守」と「リベラル」の党派(部族)対立が激しさを増しています。
自分が「善=光」の側に属して「悪=闇」を叩くという党派性は分かりやすく、アイデンティティ(社会的な私)を安定させてくれるし、何より気持ちいいのです。

ギリシア・ローマの時代からハリウッド映画まで、人々が善悪二元論の陳腐な物語をえんえんと語り続けてきたことからもこれは明らかでしょう。
「何でこんなにくだらないことでこじれてるの?」
「たった一つの新聞のことを何でこんなに熱く語れるの?」と不思議に思う人もいるでしょう。

しかし「朝日」によってアイデンティティを脅かされていると感じる人にとって、これは自らの実存に関わる重大な問題なのです。
社会が不安定化すればするほど、人々は安心感(アイデンティティの安定)を求めて偏狭で排他的な党派性を求めるようになります。
残念なことに、私たちはいまだに部族対立の呪縛から解き放たれてはいないのです。
インターネットやSNSが言論空間を大衆化・民主化したことによって、今やどんな権力批判も党派性に収れんされてしまいます。
朝日新聞の役割が権力を批判することであるというのなら、社会に蔓延する憎悪に満ちた執拗な「朝日ぎらい」も、戦後日本に大きな影響力を持ったこのメディアの「運命」ということになるのでしょう。(談)
(取材、構成・川村力)

橘玲(たちばな・あきら):
1959年生まれ。
2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。
2006年、『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補となる。
『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部を超えるベストセラー、
『言ってはいけない 残酷すぎる真実』が48万部を超え、新書大賞2017に選ばれる。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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