2018年08月13日

自然災害対策と「財政問題」は、分けて考えろ

自然災害対策と「財政問題」は、
                       分けて考えろ
「赤字だから対策できない」には
                          根拠がない
2018/08/01 東洋経済(中野 剛志 : 評論家)

7月上旬の西日本を中心とする豪雨災害で200人以上が犠牲になり、家屋被害が2万6000棟を超えた。
これは平成最大の被害であり、治水の想定を超えたという見解もある。
しかし、この被害は、本当に想定外だったのであろうか。
著書『富国と強兵』で国家と財政政策を論じた中野剛志氏が、自然災害と「財政健全化」の関係を論じる。

想定外ではなかった豪雨災害
気象庁によれば、「非常に激しい雨」(時間降⽔量50mm以上)は30年前よりも約1.3倍、「猛烈な雨」(時間降⽔量80mm以上)は約1.7倍に増加している。

また、国土交通省によれば、過去10年間に約98%以上の市町村で、水害・土砂災害が発生しており、10回以上発生した市町村はおよそ6割にのぼる。
このように、政府の関係機関は、近年、豪雨災害のリスクが高まっていることを認識していたのだ。
しかし、主要河川の堤防整備は未だに不十分な状況にある。

治水関連予算は減らされ続けてきた
では、政府は、治水関連予算を増やしてきたのかと言えば、その逆である。
1990年代後半以降、公共投資は大幅に削減され、治水関連予算も抑制されてきた。
その理由は、言うまでもなく、財政健全化が優先されたからである。

その結果、今回の豪雨災害においても、治水対策が強化されていれば守られたであろうはずの人命が失われた。
国民の生命・生活が、財政健全化の犠牲となったのだ。

南海トラフ地震対策と
「財政破綻リスク」言説
同じ過ちが、来るべき巨大地震についても繰り返されようとしている。

本年6月、土木学会は、今後30年以内の発生確率が70〜80%とされる南海トラフ地震が日本経済に与える被害総額は、20年間で最悪1410兆円になるという推計結果を公表した。
同学会は、発生が予測されている南海トラフ地震、首都直下地震、三大都市圏の巨大水害を「国難」と呼び、この「国難」に対処するために、防災のための大規模な公共インフラ投資を提言している。

ところが、この発表について、財務省財政制度等審議会会長の吉川洋・東京大学名誉教授は、次のように述べたのである(『中央公論』2018年8月号)。
「今回の土木学会の発表で最も注目されるのは、インフラ耐震工事約40兆円で南海トラフ地震の場合509兆円の被害を縮小できるという推計結果である。
これほどの高い効率性をもつ公共事業は他に存在しない。
整備新幹線はじめほとんどすべての公共事業をわれわれはしばらく我慢しなければならない。
(中略)あれもこれもと、現在国費ベースで年6兆円の公共事業費を拡大することはできない。
それでは『国難』としての自然災害を機に、『亡国』の財政破綻に陥ってしまう。」

要するに、日本は財政破綻のリスクがあるので、南海トラフ地震の対策をやりたければ、ほとんどすべての公共事業をあきらめろというのだ。
しかし、ほとんどすべての公共事業を止めることなど現実的には不可能だから、この主張には「インフラ耐震工事費を40兆円も出せないから、南海トラフ地震の被害は甘受しろ」という含意がある。

デフレの今こそ、
自然災害対策のチャンス
しかし、すでに明らかにしたとおり、日本政府が債務不履行に至ることなど、あり得ない。
また、デフレである間は、財政赤字の拡大は長期金利の急騰をもたらさない。
実際、デフレ下にあった過去20年、政府債務残高は増え続けたが、長期金利は世界最低水準で推移し、2016年にはマイナスすら記録した。
ある推計によれば、2000年から2007年における財政赤字の1兆円の増加は、長期金利を0.15bsp〜0.25bsp(1bspは0.01%)引き上げただけだった。
つまり財政赤字を100兆円増加したとしても、長期金利の上昇は0.3%にもならないのだ。
したがって、「現在国費ベースで年6兆円の公共事業費を拡大すること」はできるし、すべきである。
むしろ、デフレの今こそ、金利急騰の副作用をもたらさずに公共投資を拡大できるチャンスとも言えるのだ。

政府債務の対GDP比率と
          財政破綻とは関係がない
それにもかかわらず、吉川氏は、長期デフレ下の日本にあって、歳出抑制の必要性を強く主張し続けてきた。
たとえば、2003年、吉川氏は、伊藤隆敏氏ほか日本を代表する経済学者らと共同で、政府部門の債務の対国内総生産(GDP)比率が140%に達していることを踏まえ、「財政はすでに危機的状況にあり、できるだけ早い機会に財政の健全化(中略)が必要である。」と警鐘を鳴らした(2003年3月19日付日本経済新聞「経済教室」)。

吉川氏らによれば、このままだと政府債務の対GDP比率が200%に達するが、「この水準は国家財政の事実上の破たんを意味すると言ってよい。
たとえデフレが収束し経済成長が回復しても、その結果金利が上昇するとただちに政府の利払い負担が国税収入を上回る可能性が高いからである。」

しかし、現在の政府債務の対GDP比率は、吉川氏らが「国家財政の事実上の破たん」とした水準をすでに上回り、230%以上となっているが、長期金利はわずか0.03%に過ぎない。
政府債務の対GDP比率と財政破綻とは関係がないのだ。

吉川氏らの「デフレが収束し経済成長が回復すると、ただちに政府の利払い負担が国税収入を上回る可能性が高い」という主張も、理解し難い。
第一に、経済成長が金利を上昇させる可能性はあるが、それは同時に税収の増加をももたらし、財政収支を改善するのである。
実際、2018年度当初予算は、企業業績の改善を背景に、中央政府の政策経費(地方交付税交付金等を除く)を上回る税収が見込まれている。
もっと端的な例を挙げると、1990年当時、長期金利は6%を超えていたが、誰も財政破綻など懸念していなかった。
それどころか、一般政府の財政収支は黒字だった。
言うまでもなくバブル景気が税収の増加をもたらしていたからだ(したがって、財政黒字は、マクロ経済的には必ずしも健全とは言えないのだが)。

いずれにせよ、経済成長は財政を健全化しこそすれ、それがただちに財政危機を招くなどというのは考え難い。

第二に、そもそも、政府債務の返済は、国税収入だけで行うものではない。
継続的な借換(新規国債の発行によって同額の国債償還を行うこと)によることもできる。
政府債務というものは、原則として完済をする必要がない債務なのだ。
それゆえ、ほとんどの先進国において、国家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていない。

その利払い費は、2018年度予算では約9兆円が計上されている。
これは長期金利を1.1%として算定されたものだが、市場金利は0.03%程度だから、実際の利払い費は9兆円よりもずっと小さい。

思い込みを打破し、
自然災害対策に全力を
仮に長期金利が今の30倍に跳ね上がったとしても、利払い費は9兆円にも満たないのだ。
その程度の利払い負担が国税収入を上回る可能性を心配することを、杞憂と言う。

第三に、それでも金利の上昇を回避したいというのであれば、中央銀行が国債を買い取ればよい。
実際、日本銀行は、そうしている。
いわゆる量的緩和がそれだ。

要するに、吉川氏の言う「『亡国』の財政破綻」(金利が上昇して政府の利払い負担が国税収入を上回る)のリスクは、ほとんどないのであり、しかもその極小のリスクですら、経済政策によって容易に克服できるということだ。

これに対し、「『国難』としての自然災害」の発生確率は「『亡国』の財政破綻」よりもはるかに高い。
しかも金利上昇による経済損失と違って、自然災害により失われた人命は、取り返しがつかない。
そう考えると、「『国難』としての自然災害を機に、『亡国』の財政破綻に陥ってしまう」などという主張は、とうてい受け入れられるものではない。

個人や企業の借金の
アナロジーで考えてはならない
それにもかかわらず、日本は財政危機であり、公共事業費を増やすことはできないという思い込みは、依然として根強い。 

確かに、これまで述べたような
「財政赤字を拡大すべきである」
「政府の財政破綻はあり得ない」
「政府債務は完済する必要がない」といった議論は、「借金は返さなければならない」という家計や企業の一般常識に反するものであり、感覚的には受け入れ難いであろう。

しかし、政府債務と民間債務とでは、制度的にまったく異なる。
政府の借金を、個人や企業の借金のアナロジーで考えてはならないのだ。
この政府債務を民間債務と同じように考える通俗観念こそが、あり得ない財政破綻への恐怖を掻き立て、国民の生命・財産を守るために必要な公共事業の実施を阻んでいるのである。

本来であれば、財政についての間違った通俗観念を修正し、世論を正しい方向へと導くのが、経済学者の役割であろう。
ところが、我が国では、影響力のある経済学者の多くが、逆に通俗観念に乗じて財政危機を煽り、防災対策に必要な公共事業費の拡大にすら反対してきたのである。
そして、彼らの声に影響されて、政治家も一般国民も、財政健全化こそが優先されるべきだと信じ込んできた。

その結果、過去20年にわたって、公共投資は抑制され続けた。
あの東日本大震災を経験したにもかかわらず、その後の公共投資はさして増やされなかった。
最近の大阪北部地震や西日本の大規模水害を目の当たりにしてもなお、公共投資の拡大を求める声は小さい。
むしろ財政健全化の必要性が声高に論じられている。
これが、我が国の現実である。

このような状況の中で、根強い通俗観念に反し、権威ある経済学者たちの多数派の見解に抗して、財政赤字の拡大を訴えたところで、誰が耳を傾けようか。
こうなっては、もはや「『国難』としての自然災害」を避けることは不可能ではないかという絶望感に襲われる。

だが、希望はまったくないというわけではない。
自民党の若手議員でつくる「日本の未来を考える勉強会」は、今年の5月、防災対策(国土強靭化)の強化をはじめとする積極財政を求める提言書をまとめ、安倍首相に提出した。
一縷の望みは、意外なことに、日本の政治の一部にあったのだ。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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