2018年11月22日

存在を認められない?身分を偽装し活動する自衛隊のエリート集団

偽名の名刺を何枚も使い分ける、
自衛隊「謎のエリート集団」
の正体
渋谷・新宿・池袋・品川のアジトに出勤
2018年11月21日 現代ビジネス

首相も防衛大臣も知らないところで、海外にも展開する秘密組織が存在する。
しかもそれは、旧日本軍の伝統を継ぐ極秘組織だ。
身分を偽装し、彼らは今日も国内外でスパイ活動を行っている。

金大中拉致事件でも暗躍
私は嘘と偽の充満した自衛隊の内幕を報告して先生の力で政治的に解決して頂きたいのでこの手紙を書きます〉
自衛隊の秘密情報組織「別班」の存在が初めて明らかになったきっかけは、'73年8月8日の金大中事件だった。
東京・飯田橋のホテルグランドパレスから、韓国大統領選の野党候補、金大中が拉致された。
このとき拉致のため張り込みを担当した興信所の所長で、元3等陸佐の坪山晃三が、「別班」メンバーだったと評論家の藤島宇内が指摘したのである(『週刊現代』'73年10月18日号)。

「陸上自衛隊に、秘密の情報部隊なんてあるわけがない。
事件に関与したのは、公然防諜部隊である調査隊だろう」 多くのテレビや新聞はそう考えていた。

ところが、事件から1年半後、共産党衆議院議員の松本善明宅に一通の手紙が届く。
別班関係者からの内部告発だった。
冒頭で紹介した一文に続いて手紙にはこう書かれていた。
〈内島二佐が別班長で、私達二十四名がその部下になっています。
私達はアメリカの陸軍第五〇〇部隊と一緒に座間キャンプの中で仕事をしています。
全員私服で仕事をしています。
仕事の内容は、共産圏諸国の情報を取ること、共産党を始め野党の情報をとることの二つです〉

共産党の機関紙「赤旗」はチーム取材を開始、別班員24名の名簿を手に入れ、実態の解明を進めた。
手紙はこう続く。
私達が国民の税金を多額に使って、コソコソと仕事をしているのに高級幹部はヤンキーとパーティーで騒いでいます。
本当に腹が立ちます。
自衛隊を粛清してください。
私達がここで仕事をしていることは一般の自衛官は幹部でも知りません〉

一通の手紙をきっかけに別班は、公の存在になるかと思われた。
また、その後、元別班員の著作も出版され、別班が在日米軍撤退後の情報収集活動を担うために設立され、「ムサシ機関」や「小金井機関」など名前を変えながら存続してきたことも明らかになった。
しかし、今日に至るまで防衛省は一貫してその存在を否定し続けてきた。

自衛隊の闇組織「別班」は今でも存在するのか。
自衛隊幹部や元別班員への取材でその謎を明らかにしたのが、『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)の著者で共同通信編集委員の石井暁氏だ。

「市ヶ谷の防衛省には、偽の看板をつけた部屋があり、そこには別班長と、数人のスタッフがいます。
『別班』は、陸上自衛隊にある情報部隊の一つ、指揮通信システム・情報部の『別の班』のことで、組織図に載っていませんが確かに存在しているのです」(以下、「 」内は石井氏の発言)

別班の隊員たちが出勤するのは、渋谷や新宿、池袋、品川のマンションの一室にある「アジト」だ。
2〜3人がグループになってそこを根城にし、朝鮮総連の関係者に会い北朝鮮情報を集めたり、外国からの旅行者を買収して外国の情報を取ったりしている。
収集した情報は報告書としてまとめられ、上にあげられる。
別班員は数十人いるとも言われるが、OBにもその正確な規模は分からない。
別班の実態は経験者にすらつかめないほど謎に包まれているのだ。

彼らの生活には多くの制限がある。
「別班員は、表の世界から姿を消した存在です。
『年賀状を出すな』『防衛大学校の同期会に行くな』『自宅に表札を出すな』『通勤ルートは毎日変えろ』など細かく指示をされるのです」
活動は偽名で行われ、何枚もの名刺を使い分けることになる。
髪の毛やひげを伸ばし、外から見て自衛官だと気づかれることはない。
別班員同士もコードネームで呼び合うため、お互いの本名も知らない。
もちろん家族にも何をしているのか明かすことは許されない。

陸軍中野学校の系譜
活動資金は豊富で、一切の支出には決裁が不要だ。
領収書を提出する必要もないうえに、情報提供料の名目で一回300万円まで自由におカネを使うことができる。
では、どんな自衛隊員が別班員になるのか。

「ある日突然、『小平学校の心理戦防護課程に行け』と言われ、訓練を受けることになります。
その中で十数人いる同期中、首席になった者だけが、上から呼び出されて面接を受け、別班への配属を告げられるのです。
そこには全く個人の意思はありません」

小平学校は、小平駐屯地にある陸上自衛隊の教育機関だ。
情報、語学、警務、法務、会計、人事、システム・戦術の7部があり、情報教育部第2教育課にあるのが心理戦防護課程だ。
'18年、富士駐屯地に情報学校が新設されたが、心理戦防護課程などは小平に残っている。
心理戦防護課程の履修を命じられた情報職種の自衛官は、約4ヵ月の間に、情報に関する座学、追跡、張り込み、尾行などの基礎訓練を受ける。
「狙った相手から100%話を聞けるよう訓練を受けています。
例えば、ある地方都市の大手飲食店チェーンの社長に接触しろ、などという課題が与えられるのです」

自分の感情を完全にコントロールして、人を騙す技術を身に付ける。
その教育内容は、「警察の外事・公安流」ではなく、小平学校の前身となった旧陸軍の「中野学校流」と似通っているという。
中野学校は、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や訓練を目的とした機関だ。
'74年にフィリピン・ルバング島から帰国した元少尉、小野田寛郎が卒業したことでも知られる。
元中野学校教官の藤原岩市が、小平学校の前身である調査学校の校長を務めるなど、中野学校と小平学校には連続性があった。
さらに、心理戦防護課程を修了したものは旧陸軍の遺伝子が受け継がれていることを、身をもって体感する。
「心理戦防護課程の入校試験では、『先ほど行ったトイレのタイルの色は何色だったか』といった質問がされます。
一方、旧陸軍中野学校の入校試験に関する証言では『いま、エレベーターに乗ってきて、感じたことはないか』と聞かれたとあります。
この類似性に気づいた瞬間、思わず声を上げてしまいました」

心理戦防護課程の部屋には、小平学校の校長でさえ入れない。
戦前の陸軍の教育を受け継ぐ小平学校から、別班員たちが巣立っていく。
別班の活動範囲は国内にとどまらない。
中国、ロシア、韓国などに民間のダミー会社を作り、極秘活動をしている。
本人が動けない場合、現地の協力者を買収し、軍事、政治などの情報を集めさせることもある。
米軍の情報部隊やCIAとも頻繁に情報交換をするなど、日本国のスパイとして活動しているのだ。
だが、その事実を認める関係者はいない。

「首相も防衛大臣も知らないのに、海外で危険な任務を与えられる。
これは、明らかに文民統制を逸脱しています」

「触らないほうがいい」
石井氏は、海外で別班が活動している事実を突き止めるため、取材を続けた。
しかし、別班は自衛隊にとってタブーであり、取材は難航した。
陸上自衛隊の元将官にこの話題を切り出した際も、厳しい反応があった。

「『別班』という言葉を聞くと、突如厳しい表情に変わりました。
さらに質問をすると『お前(石井氏)は、私が現役時代からずっとマークされてきた。
電話もメールも盗聴されていると思ったほうがいい。
別班には触らないほうがいい』という脅迫を受けました」

5年半の取材を経て、石井氏は「陸自、独断で海外情報活動 首相、防衛相に知らせず 文民統制を逸脱 自衛官が身分偽装」という記事を執筆した。
'13年11月28日の朝刊用に配信されている。
これを受け、国会でも議論がされた。
しかし、小野寺五典防衛大臣(当時)は、「そのような組織はこれまで自衛隊に存在しておりませんし、現在も存在しておりません」と答弁している。
その後、石井氏は直接、小野寺大臣と話す機会があった。
「小野寺さんは本当に知らないようでした。
ただ別れ際に、『長くても2年くらいしかいない大臣になんて言うはずがない。そういうことかなあ』と言っていたのです」

別班は、今も昔も存在しないものとして扱われている。
記事を出した後、音信不通になった取材相手が何人もいた。
それでも、取材を続けられたのは、別班経験者の本音を聞いていたからだ。
「長く付き合っている別班OBが居酒屋で、『別班に入って自分が変わってしまった』と、ぽろっとこぼしたのです。
心理戦防護課程では危険な教育を受け、身分を偽りイリーガルなことをしなければならない。
ストレスはすさまじいものです」

別班員は、何があっても動じないように訓練される。
素の自分を出すことができなくなり、心を壊す者もいる。
家族にすら心の壁を作ってしまい、家庭を継続できない人も少なくない。
「別班は、存在すら認められないのです。
ある経験者は、『別班の全貌を明るみに出して、潰してほしい』と私に言いました」

自衛隊情報部隊のトップエリートたちを犠牲にしながら、自衛隊の秘密組織「別班」は今日も活動を続けている。
(週刊現代2018年11月17日号「自衛隊の秘密スパイ組織「別班」とは」より)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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