子どもに絶対言ってはいけない「全否定3要素」
たった一言が何十年も子どもを苦しめる事実
2019/07/02 東洋経済オンライン
親野 智可等 : 教育評論家
何十年経っても忘れられない一言
私は、小学生のときに先生に言われた言葉で、忘れられない一言があります。
ある日の授業で、先生が出した問題に私が手を挙げて答えたときのことです。
それは正解だったのですが、その直後、先生が「隣の○○の答えを見ただろ。お前にそんなことがわかるはずがない」と言ったのです。
この言葉は、50年近くたった今もはっきり覚えています。
先生は、私のことを「隣の子の答えを盗み見て発表するようなずるい子」だと思っているわけです。
これは私の人格を丸ごと否定する言葉であり、忘れようと思っても忘れられない類いの言葉です。
40代の岡田さん(仮名)は、3人兄弟の末っ子です。
中学生だったある日、テレビのチャンネル争いで高校生の兄たちとジャンケンをしたとき、遅いタイミングで出してしまいました。
すると、それを見ていた父親から「お前はホント卑怯だよ」と言われました。
それを聞いた岡田さんは、「自分は父親にそんなふうに思われているんだ」と感じて、非常に落ち込んだそうです。
岡田さんは、「『卑怯』という言葉で、私は自分の性格というか人格というか、とにかく自分自身が完全否定されたように感じました。
それからは父親を避けるようになり、いまだにちょっと関係が難しい感じです」と言っています。
私と岡田さんが言われたような人格否定の言葉は、絶対に言ってはいけない言葉です。
たとえ一回でも、言われたほうは深く傷つきます。
一生忘れられなくなる可能性もあります。
現に60代の私も40代の岡田さんも、いまだにはっきり覚えているのですから。
そして、自分が傷つくだけでなく、言った相手に対する不信感も抑えがたいものになります。
このほかにも、人格否定の言葉には次のようなものがあります。
例えば、「宿題やってから遊ばなきゃダメでしょ。お前は本当にずるい」の中の、「本当にずるい」が人格否定の言葉です。「今日も妹を泣かせて。そんなに意地悪なの」の中の「意地悪」。
「後でやるって言ったのにやってないじゃん。やっぱりあんたはうそつきだ」の中の「うそつき」。
ほかにも次のようなものがあります。
だらしがない。情けない。怠け者。根性がない。
バカ。のろま。気持ち悪い。弱虫。泣き虫。
何度言ったらできるの。あなたは口ばっかり。お前はいつもそうだ。
そんな子に育てた覚えはない。どうしようもないやつだ。
お前には無理だ。お前にできるわけがない。
お前はいつもそうだ。見込みがない。お前は信用できない。
お前はダメだな。だからお前はダメなんだ。
私の妻と高見のっぽさんの2つのケース
次は私の妻の話です。
ある日、妻がネズミの絵を描いていました。
私がそれを見て「うまい」と褒めたら、彼女は「うまくない。だって、私、絵が下手だもの」と言いました。
それで、私が「そんなことないよ。このネズミの絵、すごく上手だよ」と言いました。
すると、妻は「絵のことで初めて褒められた」と言いました。 妻は絵に対してコンプレックスがあるようでした。彼女によると、小学校1年生のころ、担任の先生に「○○さん、絵が下手ね」と言われたそうです。
そのとき、彼女は「あ、自分は絵が下手なんだ」と思い、大人になってからもその思いから抜け出せなかったと言っていました。
絵を描くことについての能力を丸ごと否定されたわけであり、これは能力否定の言葉です。
これに似ているのが高見のっぽさんの話です。
のっぽさんは、1970年から1990年にかけてNHKの子ども番組「できるかな」に出演していましたが、本人は「工作や絵は小さいときから苦手」と言っています。
のっぽさんは、4歳のころ母親に言われた言葉がいまだに忘れられないそうです。
それは、竹ひごを曲げて模型の飛行機を作っていたときのことです。
竹ひごを曲げるのがうまくいかず、たくさんの竹ひごをムダにして、それが山積みになったそうです。
それを見て母親が、笑いながら「あんたみたいなぶきっちょな人は見たことないわ」と言いました。
のっぽさんは、「この一言で、手先の器用さに対する希望をすべて失ったんです」と振り返っています。
手の器用さという能力を丸ごと否定されているわけであり、これも能力否定の言葉です。
人格・能力・存在、どれも絶対に否定的に言ってはいけない
この能力否定の言葉も、絶対に言ってはいけない言葉です。
私の妻も高見のっぽさんも深く傷つき、それ以来ずっと「自分は○○ができない」という思い込みにとらわれ、何十年も抜け出せないでいるわけです。
人格否定と能力否定は重なる部分も多く、この2つを明確に分けるのは難しいようですが、ほかにも次のようなものが能力否定として挙げられると思います。
お前は頭が悪い。お前には無理だ。お前にできるはずがない。
運動神経ゼロだね。算数が苦手だね。字が下手。
音痴。服のセンス悪いね。足し算もできないの?
お箸もまともに持てないの? こんな字も読めないの?
パソコンも使えないの? 片付けもできないの?
妹にできて、なんであなたにできないの?
弟を見習いなさい。1年生になって、そんなこともできないの?
もう1度幼稚園に戻りなさい。
ここまで人格否定と能力否定の言葉を見てきましたが、これらと並んで、いやもしかしたらそれ以上にひどいのが存在否定の言葉です。これは、相手の存在そのものを丸ごと否定する言葉です。
30代の長谷川さん(仮名)は、小学6年生のとき、父親に「子どもは2人でよかったんだけど、お前が生まれちゃったんで3人になった」と言われました。
それを聞いた長谷川さんは、「自分は生まれないほうがよかったんだ」と感じて返す言葉がなかったそうです。
存在否定の言葉をぶつけられた人は… その後も、その言葉が気になって、「自分はこの家にいないほうがいいのではないか」という気持ちがつきまとったそうです。
例えば、家族で旅行をしていて電車の座席に全員が座れないときは、「自分がいなければ全員座れるのに」と思ったりなどしました。
家族のみんなと笑っていても、心から笑えていない自分に気づくこともありました。
成人してからも、自分の存在に自信が持てない状態がずっと続いているとのことです。
長谷川さんのように、存在否定の言葉をぶつけられた人は、自己存在の根本に関わる苦悩を持ち続けることになります。
本当に、「自分はいてはいけないのではないか?
自分は、存在しないほうがいいのではないか?」と感じ続けることほどつらいことはないでしょう。
これでは自己肯定感など持てるはずもなく、自己否定感にとらわれ続けることになります。
ほかにも次のようなものが存在否定として挙げられると思います。
お前なんか本当は産みたくなかった。
産まなきゃよかった。おろせばよかった。
どこかに捨てようかと思ったけど、捨てるところがなかった。
本当は男の子が欲しかったのに……。
3人目は女の子がよかったんだけど……。
お前は橋の下から拾ってきたんだ。
親は、このような子どもの誕生にまつわる存在否定の言葉を、冗談半分で言ってしまうことがあります。
でも、言われたほうは冗談では済みません。
あなたが、何気なく言っている言葉は大丈夫? 存在否定の言葉はまだまだあります。
お前なんか嫌い。顔も見たくない。
お前が側にいるとイライラする。近寄るな。
出て行け。消えろ。死ね。お前なんかいなけりゃいいのに。
そんな子はうちの子じゃありません。そんなことをする子はいないほうがいい。
言うことを聞かない子は要らない。どこかに捨ててくるぞ。もう帰ってこなくていい。
ここまで、人格否定の言葉、能力否定の言葉、存在否定の言葉がどれだけ子どもを傷つけるか見てきました。
親が軽い気持ちで発した無遠慮な一言が、子どもを深く傷つける可能性があるということを、すべての親たちに意識していてほしいと思います。
とくに気をつけてほしいのは反抗期の子を持つ親です。
子どもの反抗的な態度にイライラして、日頃は気をつけて言わないようにしているひどい言葉を、つい言ってしまうということがありうるからです。
あなたが、子どもに何気なく言っている言葉は大丈夫でしょうか?
からかい半分の言葉、冗談半分の言葉、いわゆる「ツッコミ」といわれる言葉などは大丈夫でしょうか?
子どもは笑いながら聞いているように見えても、本当は心の中で傷ついているかもしれません。
今までこういった言葉を発していた人は、今日を限りにやめましょう。
そして、これらとは正反対の言葉を子どもに贈ってあげてください。
いちばんよいのは子どもの存在を無条件で丸ごと肯定する言葉です。
あなたのことが大好き。あなたといると楽しい。
あなたがいてくれるだけで幸せ。今日も一緒にいられてうれしい。
あなたは私たちの宝物。大好きだよ。
ママとパパのところに生まれてくれてありがとう。
おかえり。無事帰ってきてくれてよかった。
こういった言葉を、日頃から繰り返し贈ってあげてください。
そうすれば、子どもの自己肯定感が大いに高まりますし、親子関係も非常によくなります。
それについては、本連載の過去記事『「誕生日アピール」する子どもの切ない心理』も参考にしてください。