19年参院選 将来への不安
目先の損得より持続性を
毎日新聞[「社説」2019年7月3日 朝刊
参院選があす公示される。
政権を選ぶ衆院選との違いを踏まえ、この国の長期的な課題についてじっくり考える選挙にしなければならない。
年金や社会保障制度が争点としてにわかに浮上している。
「95歳まで生きるには公的年金だけでは2000万円足りない」という金融庁の報告書が発火点だ。
少子高齢化が進み、社会保障に対する漠然とした不安は以前から国民の間に広がっている。
それに応えてこなかった政治への不信や怒りが噴き出したのだろう。
国民の不安の原因がどこにあり、政治に何が求められているのか。
長期的な視点で社会の持続可能性について考えたい。
歴代政権のあいまいさ 年金制度は、税財源で運営される生活保護のような「公助」ではなく、働く人が保険料を出し合って老後に備える「共助」のシステムだ。
40年間保険料を払った人は満額の年金を受けられるが、短期間しか払っていない人は低年金になる。
若い世代からの「仕送り」方式のため、高齢者が増えて現役世代が減り続ければ制度自体がもたない。
このため世代間の負担のバランスが取れるまで給付水準を下げる仕組みが2004年の改革で導入された。
長期間にわたる制度の持続性を高めた改革である。
少子高齢化が進む中で給付水準をずっと維持するのであれば、巨額の財源が必要になる。
それには保険料や税を大幅に上げるしかない。
負担増は国民に嫌われるため、どの政権もこの政策は採用しなかった。
歴代の政権はそれをはっきり言わず、公的年金があれば安心であるかのような、あいまいな言い方をしてきた。
それが国民の間に不安や不信を広げている原因だ。
野党は国民の不安に乗じて政権批判を繰り返してきた。
年金が参院選の最大の争点と主張するのであれば、具体的な改革案と財源確保策を示すべきである。
消費税10%への引き上げにもこぞって反対しているのは無責任と言わざるを得ない。
内閣府の国民生活に関する世論調査(18年度)で、人々が感じる悩みや不安のうち最も多いのは「老後の生活設計」である。
一方、人々が充実感を感じるのは「家族だんらんの時」が最多だ。
「友人や知人と会合、雑談している時」も多い。
家族や隣近所のつながりが薄くなり、孤立感や疎外感を人々にもたらしている。
それが、家族だんらんを求める心理の裏側にあるに違いない。
高齢者の独居や認知症はさらに増える。
必要なのは安心できる住居や食事、親しい人と過ごすことで得られるやすらぎや生きがいだろう。
ところが、家族だんらんが少なくなり、家族を支えたり補ったりすべき国家による社会保障の信頼度が落ちている。
そこに国民の不安があるのではないか。
人口減の衝撃に備えて 日本の将来設計を描くとき、最も基礎的な条件は人口減少である。
しかも平均寿命は延び続ける。
この人口構成の大変動に耐えうる社会保障が求められている。
これからは年金より医療や介護の費用の増加率の方が大きい。
介護分野では人手不足がすでに深刻だ。
社会保障を持続させるためには、少子化に何とか歯止めを掛け、長期間にわたる財源と労働力の確保に努めなければならない。
安倍政権は少子化対策として保育所の増設や保育士の待遇改善、幼児教育無償化などを行ってきた。
余裕のある高齢者の介護負担も上げるなど、世代内の支え合いについても着手はしている。
しかし、人口減少や家族機能の弱体化によって暮らしの地盤は崩落しようとしている。
深刻な現実に対して、場当たり的に制度の補修をしているようにしか見えない。
少子化対策と医療や介護の拡充を大胆に進めなければならない。
そのためには、政治の強力なリーダーシップが必要だ。
これまで政府は財源不足を赤字国債の発行で埋め合わせてきた。
そのツケは先細っていく次世代に回る。
目先のことを考えるだけでは不安は解消できない。
次世代を育てなければ将来の安心は手に入らない。
参議院は解散がなく、6年の任期が保証されている。
社会保障のような長期課題を考えるのにふさわしい「熟議の府」である。
社会保障を政争の具にすることなく、誠実な議論を選挙戦で重ねるべきである。