無理やり招致の自業自得
東京五輪に国民はもうドッチラケ
2019/10/18 日刊ゲンダイ
9カ月後に迫った2020年東京五輪のマラソンと競歩のコースが突然、札幌へ変更されることになった。
IOC(国際オリンピック委員会)が16日、前代未聞の方針を発表すると、関係者は右往左往し、衝撃が広がっている。
IOCが土壇場のコース変更に動いたのは、6日まで中東カタールのドーハで開催されていた世界陸上が引き金だ。
暑さを避けて深夜に開催されたものの、気温30度以上、湿度70%以上という“灼熱地獄”に、マラソンや競歩の選手は棄権が続出。
次々と車いすやカートで運ばれていく映像が映し出され、案の定、「来年の東京五輪は大丈夫か」と不安が高まっていた。
IOCのバッハ会長が「選手の健康は常に懸案事項の中心にある」とアスリートファーストの姿勢を示し、日本側は受け入れざるを得ない状況である。
大会組織委員会の森喜朗会長は17日、都内で報道陣に「暑さ対策の一環からすればやむを得ない。
IOCと国際陸連が賛成したのを組織委が『ダメ』と言えるのか。
受け止めないといけない」とコメント。
北海道と札幌市は、17日大慌てで両者の連携を確認した。
一方、「青天のへきれき」と不快感をあらわにするのは開催地・東京都の小池百合子知事だ。
17日に出席した連合東京の会合の挨拶で、安倍首相と森がロシアのプーチン大統領と親しいとして、「涼しいところというのなら、北方領土でやったらどうか」と皮肉たっぷりだった。
マラソンは五輪の花形種目であり、男子マラソンは最終日のメインイベント。
それが札幌で行われるなんて、それでも「東京五輪」と言えるのか?
体調のためとはいえ、このタイミングの変更は選手にも酷だ。
東京開催で調整してきたのに一からやり直し。
本当にアスリートファーストなのか。
新著「オリンピックの終わりの始まり」を出版したばかりのスポーツジャーナリスト・谷口源太郎氏はこう言う。
「IOCのバッハ会長が札幌への変更理由として『アスリートファースト』を挙げていましたが、空々しい。
選手第一は当然のことです。
だったらなぜ、そもそも開催時期を真夏にしたのか。
背景には欧米のプロスポーツシーズンを避けた商業主義がある。
札幌への変更もドーハのマラソンが深夜になったことを批判されたからで、日本列島で最も北にある札幌なら“商品価値”を毀損しないだろうという場当たり発想。
暑さが問題ならトライアスロンなど他の競技も問題を抱えている。
マラソンと競歩だけを札幌へ持って行っても何の解決にもなりません」
既に開始時間を午前7時や7時半に繰り上げているトライアスロンは、今月末からのIOC調整委員会でさらなる前倒しが検討されるという。
いやはや、もうメチャクチャだ。
真っ赤なウソで塗り固めた薄汚い国家戦略
マラソンコースが札幌に変更されるとの一報に、観戦チケットを手にしていた人たちは怒り心頭だ。
メディアの取材に「何を今さら」と憤っていた。
テレビの街頭インタビューで都民は「えっ、沿道で見られないの」と絶句し、コースにある飲食店関係者は「多くのお客さんで盛り上がると思っていたのに」と落胆だった。
国民挙げての五輪歓迎ムードは、これで雲散霧消するんじゃないか。
7、8月の東京では酷暑の五輪となるのは火を見るより明らかだ。
本当にやれるのかと誰もが疑問に思っていた。
ブラックボランティアとも批判されてきた。
それでも強行したのがIOCであり組織委だったのに、あまりに身勝手すぎる。
すべては安倍ペテン政権の猿芝居のツケだ。
オールジャパン体制の五輪の裏に、安倍の「1964年の東京五輪の夢よ、もう一度」があった。
2020年を「新しい時代の幕開け」と勝手に位置付け、高度経済成長が再現するかのようなバカげた夢想を国民に植え付け続けたのだ。
裏を返せば、それはマトモな成長戦略を示せないから。無理やり五輪を経済起爆剤に仕立て上げたのである。
国威高揚を政権維持にも利用した。
そのために、安倍は招致時の演説で、福島原発事故の汚染水について「アンダーコントロール」と大ボラを吹き、「立候補ファイル」は〈この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖〉と真っ赤なウソで塗り固め、開催にこぎ着けたのだ。
「2020東京五輪は、2011年に施行された『スポーツ基本法』をバックに国家戦略として政府主導で進められたものです。
安倍首相が招致演説でウソをつき森会長がオールジャパン体制を呼びかけたのは、国威発揚による国民総動員体制で日本の力を世界へ見せつけるため。戦争のできる全体主義国家づくりの一環として五輪を利用し、国を挙げてシャカリキになっている。
スポーツの相互理解や人間の尊厳を保つという五輪憲章とは相反するものなのです」(谷口源太郎氏=前出)
そんなデタラメで薄汚い思惑にまみれた五輪だから、開催決定後も次々不祥事が露呈した。
「世界一コンパクトな五輪」と売り込みながら予算は雪だるま式に増え、東京都、組織委、国が負担する総経費は3兆円に膨らむ勢い。
招致段階の4倍増だ。
新国立競技場の「ザハ案」の白紙撤回、旧エンブレムの盗作騒動も起きた。
極め付きは、招致を巡るJOC(日本オリンピック委員会)・竹田恒和前会長の裏金疑惑だった。
そして、ついに「札幌マラソン」に変更という恥辱。無理やり招致した帰結の自業自得である。
1社150億円とされる巨額の協賛金を払った「ゴールドパートナー」や60億円以上の「オフィシャルパートナー」らスポンサーにはお気の毒だが、このドタバタに世界は失笑、日本国民はドッチラケだ。
■“自然災害大国”に五輪招致は間違いだった
“やってるふり”の安倍は17日、台風19号の被災地である福島県と宮城県を視察。
「特定非常災害」に指定したことを受け、「生活再建に向けた動きをしっかりと後押しする」などとアピールしていた。
台風19号の死者は70人を超えた。
行方不明者も10人以上いて、被害の全容もまだ見えていない。
政府は被災者支援に予備費から7・1億円の支出を決めたが少なすぎる。
被害は21都県に及ぶ。
そんな“自然災害大国”で、五輪などやっている場合なのか。
東日本大震災からの「復興五輪」も形だけ。
そんな東日本はまた大水害なのである。
地球温暖化の影響もあり、100年に1度のはずの災害が、1年に何度も襲ってくる。
カネを掛けるべきは、国土の保全や国民の安全であり、五輪に3兆円も使うなら、もっと他に振り向ける先があるはずだ。
国民はようやく、ペテン政権の正体に気付いたことだろう。
呪われた東京五輪は世紀の失敗イベントとして記憶されることになる。
その後の日本は暗転。
沈没への道。
そんな言い知れぬ不安が漂う。
10月からの消費増税を前にした経済指標の悪化は、既にその兆候を見せ始めている。
この国が、借金漬けと社会保障削減の目もあてられない悪循環へ陥る予感は日増しに強まっている。
この国はもう持たないのではないか。
五輪を待たずに、安倍政権も急速に色あせていくのだろう。
法大名誉教授(政治学)の五十嵐仁氏が言う。
「やはり、東京五輪はやるべきじゃなかった、招致自体が間違いだった、という一言に尽きます。
汚い裏金で勝ち取ってきた疑惑に加え、簡素でコンパクトもウソだった。
競技会場は臨海部にとどまらなかっただけでなく、ついに北海道にまで広がったわけですからね。
復興五輪も掛け声だけで、むしろ五輪準備のために被災地の資材を奪った。
そんな偽りに満ちた五輪を無理をしてやろうとした結果、しっぺ返しを食らったのです」
お祭りムードに乗せられるのはもうやめだ。