日本の劣化が止まらない、
「所得格差」が人の心と社会を破壊する
2019.12.2 ダイヤモンドオンライン(永田公彦)
昨今日本でも、非人道的な暴力事件が目立つこともあり、人の心や社会の状態が悪くなっていると感じる人が多いといいます。
確かにこうした劣化を示すデータは多くあります。
その背景にあるのが格差の拡大です。
格差は、人と社会の健康を蝕みます。
そして今世界各地で見られているように社会の分断、暴動、革命、戦争に発展します。
既に劣化の段階に入っている日本…このファクトを認識し、格差是正に向けた国民的議論が期待されます。
(Nagata Global Partners代表パートナー、パリ第9大学非常勤講師 永田公彦)
所得格差の大きさと社会問題の発生は正比例する
「所得格差」と「人と社会の健康状態」の相関関係を示した調査研究は多くあります。
その中で本稿では、体系的かつ国際的なものとして、英国の経済学者で公衆衛生学者でもあるリチャード・ウィルキンソンの研究を示します。
すでにご存じの方もいると思いますが、図1は、2009年に彼のチームが発表したデータです。
横軸は、所得格差で、右に行くほど格差が大きい国です。
縦軸は人と社会の健康状態で、上に行くほど悪く、社会問題が深刻な国です(枠線内のさまざまな指標を用い総合的に算出)。
これを見ると、「所得格差」と「社会問題」が見事に正比例していることがわかります。
調査対象国中、最も格差が少なく人の健康も社会の状態も良いのが日本、その正反対にあるのがアメリカです。
日本は10年たらずで格差が広がり高格差国に仲間入り
小格差国から中格差国へ、そして超格差国の仲間入り?
図2は、図1の所得格差(横軸)を対象国別にならべたものです。
上位20%の富裕層の平均所得を下位20%の貧困層の平均所得で割った所得倍率です。
情報源は、国連開発計画・人間開発報告書で示された2003〜06年のデータです(ウィルキンソン氏に確認済み)。
そこで、筆者が同じ情報源にある最新データ(2010〜17年)を用いて、所得格差を国際比較したのが図3です。
日本は3.4倍から5.6倍と、10年たらずで格差が広がり、右側の高格差国に仲間入りしていることがわかります。
格差拡大で日本の劣化が進んでいる
ウィルキンソン氏の研究結果に従うと、日本では格差が拡大した分、人の健康も社会問題も悪化しているはずです。
これを同氏が当時使った統計データの最新版で確かめたいところです。
しかし残念ながら継続的にとられていないデータも多く、変化を正しく捉えられないため、別のデータに目を向けてみることにしましょう。
すると、確かに昨今の日本の劣化を示すものは多くあります。
例えば、
精神疾患による患者数は、2002年の約258万人から2017年には419万人に(厚生労働省・患者調査)、
肥満率も、1997年の男性23.3%・女性20.9%から2017年には男性30.7%・女性21.9%と増えています(厚生労働省・国民健康栄養調査)。
ここ20年間(1996年〜2016年)の刑法犯の認知件数を見ると、戦後最多を記録した2002年以降は全般的に減少傾向にあるものの、犯罪別では悪化しているものが多くあります。
傷害は約1万8000件から約2万4000件に、
暴行は約6500件から約3万2000件に、
脅迫は約1000件から約4000件に、
強制わいせつが約4000件から約6000件に、
公務執行妨害が約1400件から約2500件に、
住居侵入が約1万2000件から約1万6000件に、
器物損壊が約4万件から約10万件に、それぞれ増加しています。
また2013年あたりから振り込め詐欺の増加に伴い、詐欺事件が約3万8000件から約4万3000件に増えています(法務省・犯罪白書)。
こうした犯罪の増加も影響してか、他人を信用する割合も、2000年の40%から2010年には36%に低下しています(World Values Survey)。
さらに、日本人の国語力や数学力の低下を指摘する調査や文献も多くでてきています。
格差が社会の分断、暴動、革命に発展
格差の拡大は、人々の倫理観の低下を招き、犯罪、暴力やハラスメント事件を増やし、ストレスと心の病を持つ人を増やします。
それに伴い、社会全体が他人を信用しない、冷たくギスギスしたものになることは前述したとおりです。
また、格差が人の幸福感を低くするという研究もあります(Alesina et al 2004, Tachibanaki & Sakoda 2016等) 。
さらに格差が、社会の分断、暴動や革命を引き起こすことを示す歴史上の事実は多くあります。
例えばフランス革命です。国民のわずか2%の権力者(王室家系、高僧、貴族)が国の富と権力を握り続けたあげくに起きた、社会のあり方を大きく転換させた歴史的な出来事です。
また所得格差が異なる宗教、民族、地域アイデンティティ、政治的イデオロギーと重なるとさらに厄介です。
紛争が起きる可能性、そのパワーや社会へのインパクトが、一気に高まるからです(オスロ国際平和研究所調査2017)。
例えば、今の香港はその典型例です。
一昨年には過去45年間で格差が最大に広がっています(所得格差を表す指標の1つジニ係数が、アメリカの0.411を超え0.539まで拡大)。
これに、地域アイデンティティ(香港人と中国人)、政治的イデオロギー(自由民主主義と一党独裁社会主義)という2つの要素が重なるため、問題が根深いのです。
この点では、日本も他人事ではいられません。
個人間の格差は前述の通り短期間で拡がっています。
また、「大都市圏と地方」、「正規と非正規雇用者」などグループ間格差も顕著になっています。
もしこれが日本以外の国ならば、暴動や革命が起きてもおかしくない状態です。
今こそ、こうした格差と社会の劣化を客観的かつ真剣に捉え、国民的議論を起こすべきではないでしょうか。
なぜならば、民主主義社会における変革は、国民的議論と意思表示が出発点になるからです。