生活保護ケースワーク「外部丸投げ」で始まる、福祉現場の崩壊
2020.1.24 ダイヤモンドオンライン
みわよしこ:フリーランス・ライター
「福祉事務所の民営化」が 現実になるかもしれない不安
生活保護ケースワーカー業務は、自治体職員が、自治体の設置した福祉事務所で行う原則となっている。
人間の生死を左右する職務であり、最もデリケートな個人情報を預かる業務であるからだ。
しかし、2019年後半から急激に、外部委託の可能性が現実味を帯びてきた。
「外部委託」という選択肢の提案は、2006年、全国知事会と全国市長会が設置した検討会が行った。
検討会で重要な役割を果たしたメンバーの叙述によると、目標の1つは、政府から見た地方自治体を「陳情団」から「シンクタンク」へと脱皮させることであった。
とはいえ、この提案には、生活保護費という「コスト」を圧縮することに関する具体的な方策が、「手段を選ばず」という感じで列挙されていた。
日本国憲法、生活保護、そして地方自治の原則と相反する内容も多く、生活保護を深く知る人々からは、「荒唐無稽すぎる」「実現しないだろう」と考えられていた。
しかし2013年以後、提言の内容は次々と現実化されてきている。
まだ現実化していない残り少数のうち1つが、福祉事務所の外部委託である。
地方自治体の行政職員たちは、官僚と同様に行政のプロフェッショナルであり、地方の実情と住民の実像を深く知っている。
福祉事務所の外部委託については、どのような思いを抱いているのだろうか。
今年度、厚労省が開催した「生活保護担当指導職員ブロック会議」で取りまとめられた地方自治体の声から、読み取ってみたい。
厚労省からの質問は、「ケースワーク業務の一部を外部委託することや、非常勤職員が行うことについて、どのように考えますか」
「(外部委託や非常勤職員が行うことに賛成の場合)どの業務について委託や非常勤職員の対応が可能と考えますか」の2段階となっている。
外部委託および非常勤職員によるケースワーク業務の是非については、賛成 44%、反対 26.4%、その他 29.6%であった。しかし、「おおむね半数が賛成している」と考えてよいのだろうか。
内容を詳細に見てみると、疲弊する地域、削られる資金、不足する人員の中で模索する自治体の姿が浮かび上がってくる。
「外部委託」と「非常勤職員」で 自治体の反応に大きな違い
最初の質問は、ケースワーク業務の一部を外部委託、または非常勤職員に行わせることの是非に関するものである。
しかし外部委託の場合、委託で来た職員に対して直接の指示や指導を行うと、「偽装請負」となる。
このことについては、厚労省が質問で注意を喚起している。
回答の自由記述欄を見ると、外部委託については「反対」「業務を限定して慎重に」という内容が目立つ。
この点に注目して集計してみると、反対63(50.4%)、「この業務だけなら」などの条件付き賛成34(27.2%)、賛成25(20%)、不明3であった。
どう見ても「賛成多数」とは言えない。
自由記述欄を見ると、「外部委託してもよい」と考えられている業務には、生活保護法29条に基づく資産調査などの業務に加えて、安定している世帯の訪問調査が目立つ。
単純な業務(通知の封入や入力など)や専門性の高い業務を外部委託したいという意見もあるが、「受給者と関わらない業務なら可」という意見もある。
生活保護の根幹に関わる決定などのコア業務を「外部委託すべき」という意見は非常に少数であり、しかも政府に対する皮肉とも取れる「生活保護業務を全部一括で外部委託しなくては非効率で無意味」といった意見が混じる。
「システム業務に関する外部委託なら可能」としつつ、そのシステムは「国が」「全国統一のシステムを導入」し、「運用する委託業者の指定・管理」をすることを求める自治体もある。
現在のところ、生活保護業務は外部委託できない。
非常勤職員は、「生活保護世帯80世帯に対してケースワーカー1人」という基準の“頭数”には含まれない。
しかし、外部委託も非常勤職員の配置も、実態として進行してしまっている。
現状追認を求める自治体に 国はどう対応すべきか
1990年代以来の地方分権改革により、地方自治体では人員も資金も不足が続いている。
必要に迫られて致し方なく判断するのであれ、新自由主義推進のために積極的に判断するのであれ、いずれにしても「福祉事務所のケースワーカーを含め、正規雇用の職員を増やす」という“王道”は選択しにくい。
中には、「正規職員は不足しており、定期異動もあるため、専門性と特殊性を持った法人がケースワークを行うべき」という意見もある。
その自治体の正規職員の役割は、外部委託先に仕事をさせる、鵜飼いの鵜匠のようなものなのだろうか。
働ける年齢層に手厚いケースワークを行って就労を促進し、高齢者は生存確認プラスアルファ程度に留めるという“割り切り”を表明している自治体もある。
しかも、高齢者のケースワークはすでに外部委託しているという。
同様の”割り切り”を迫られた自治体は全国にいくつかあるけれども、堂々と表明する自治体は限られる。
この自治体は、自由記述欄で「大阪府」であることを表明している。
筆者としては「やっぱりね」なのだが、現在、不適切とされる運用に関する“開き直り”はいただけない。
障害者や高齢者に関して介護事業所と連携し、「訪問調査回数として計上可にしてほしい」という自治体もある。
専門性が高い事業所との連携は必要だが、ケースワーカーによる訪問調査まで任せることには疑問を感じる。
障害福祉や介護が生活保護とは一応は切り離されていることが、本人にとっての救いとなる場面もあるはずだ。
ともあれ、人員削減を強いられている以上、法も制度も整備されていない現状の中では、外部委託や非常勤職員に頼らざるを得ない。
人員削減を強いているのは、今回このアンケートを行っている厚労省、そして政府である。
自由記述欄には、このことに関する意見もある。
「人事がなかなかケースワーカーを増員しない。
最低限の確保のために非常勤職員の採用を考えなくてはならない。
そうすると、職員不要ということにされるだろう」
「非常勤職員を採用すると、正規職員が増員されなくなる」
筆者には、行間から「真綿で首を締め続けているのは、どなたでしょうか?」という皮肉を含んだ怨念のつぶやきが浮かび上がってくるように感じられる。
さらに、期待される負担軽減やコストカットなどの効果に対する疑問の声もある。
「最終的には正規職員が判断することになり、負担軽減にはつながらない」
「深刻な人員不足である。外部委託すると、指揮命令や職種多様化でさらに業務が困難になる」
「採用、労務管理、委託業者への指示など、正規職員の仕事が増える」
「業務内容や裁量による判断が多い。すべて契約書に書くことは難しい。外部委託は無理」
地域と業務の現場に向き合っている各自治体の人々だからこその、具体的な「対案」もある。
「ケースワーカーの負荷は、業務の簡素化で減らすべき」
「現状は、どこの誰の責任?」 声にならない自治体の憤懣
現在の生活保護業務は、不正受給対策や就労促進など数多くの名目のもとで、複雑になりすぎている。
しかしケースワーカーたちは、求められる業務をこなすしかない。
2013年と2018年の生活保護法改正、および改正された法に基づく数多くの規定が要求しているからだ。
「ケースワークの効率化は、システムの一元化、他自治体への委託、複数自治体での福祉事務所の共同設置などで行うべき」
筆者は、「国は、国自身の役割や地方の権限拡大や業務の効率化を、何であると考えているのでしょうか?」というメッセージを行間に読み取った。
ケースワーク業務の「外部委託」という文言を見ただけで、自治体福祉の外部委託や指定管理に食い込んでいる巨大企業の社名を思い浮かべる方もいることだろう。
しかし、企業名が透けて見えるほど具体的な外部委託について考える前に、行政として、自治体として、そして政府として、すべきことがありそうだ。
外部委託や不安定雇用の職員に ケースワーク業務は任せられるか
非常勤職員の導入に関する各自治体の回答は、賛成51(40.8%)、条件付き賛成22(17.6%)、反対30(24.0%)、不明22(17.6%)であり、外部委託よりは受け入れやすいようだ。
反対の理由は主に「目が届かない」「業務の質が落ちる」というものだが、退職した職員を再任用している場合、そうなるとは限らない。
経験者の再任用に関しては、現在は行っていないと見られる自治体からも「賛成」の声がある。
とはいえ、深刻な人材不足に悩む地方からは、「外部委託や不安定雇用の職員がケースワーク業務を?」という声もある。どの業務でも、「とりあえず頭数が揃っていれば、いないよりはマシ」ということはないであろう。
生活保護ケースワークは、特にそうであるはずだ。
そもそも、必要な「雇われ力」を持った人が一定数いるという前提がなければ、「必要とされる能力を持った人に、必要なときだけ業務に就いてもらう」という選択肢は存在しない。
疲弊し人材難に苦しむ地方では、正規雇用と人間らしい生活を営める業務量、さらに時間をかけた教育が「正解」ということになるのかもしれない。
国の役割は、それが可能な分配を行うことではないだろうか。
まずは、地域の自治体のありように目を向けよう。
地方選挙に行き、首長や議員を選ぼう。
今後も住んでいたい地域が維持されることは望ましくても、「税金が高すぎて住んでいられない」ということになっては困る。
そして、民主主義のもとで住民にできることは多い。
(フリーランス・ライター みわよしこ)