2020年03月11日

安倍政権が「緊急事態」を宣言したとき、私たちがすべきことは何か

安倍政権が「緊急事態」を宣言したとき、私たちがすべきことは何か
2020.3.10 ダイヤモンドオンライン
上久保誠人:立命館大学政策科学部教授

安倍政権は「緊急事態宣言」を可能にする法案の成立を急いでいる。
安倍政権が私権制限を含む「緊急事態法制」の成立を目指すことについて、納得できない、または不安な国民は少なくないだろう。
そんな人を含めた全ての人に、法案が成立してしまった後こそ本当の「戦い」が始まることを伝えたい。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

緊急事態宣言を可能にする法改正に 中国・韓国の「入国制限」強化  安倍晋三内閣は、全国の小学校・中学校・高校に臨時休校を要請して以降、新型コロナウイルス対策を矢継ぎ早に打ち出し始めた。
「緊急事態条項」を柱とする既存の「新型インフルエンザ対策特別措置法」の改正を表明。

首相は野党党首と会談し、早期成立へ協力を求めた。
 また、安倍内閣は中国や韓国からの入国者に対し、宿泊施設や医療施設など検疫所長の指定する場所で2週間待機し、公共交通機関を利用しないことを要請した。
発行済みの中国約280万件、韓国約1万7000件のビザ(査証)を無効とし、両国からの航空便の到着も成田国際空港と関西国際空港に限定する、「入国制限」の強化を行う。

 急に動き始めた安倍内閣に対して、賛否入り乱れて百家争鳴状態となっている。
首相の指導力発揮については肯定的な意見もないわけではない。
しかし、これまで「対応が後手に回った」と批判されたことに焦り、首相主導をアピールしたいという狙いが露骨に見られる。
専門家の意見を無視して「唐突」に決定を行ったことで、現場の混乱を招いたと、厳しく批判されている。

 中国、韓国からの入国制限の強化は、既に水際対策を強化する段階が過ぎており、遅きに失したと散々な評価だ。
「韓国の新型ウイルス感染者は516人増の累計5328人、数千人が入院待ち」(ロイター)といった記事を読むに、明らかに医療崩壊を起こしているようにみえる韓国からの入国制限はまだ理解できる。
だが、新たな感染者の公表数が減少傾向の中国からの入国制限は、本当に意味があるのかと疑問視されている。
 また、中国の習近平国家主席の来日延期が発表されたわずか3時間後に中韓からの入国制限強化を発表したことが問題視されている。
中国への「忖度」(本連載第232回)が、国民の生命や健康よりも優先されていたのではないかという疑いが出ているのだ。

全国一斉休校は「結果オーライ」 「緊急事態宣言」の是非は?
 筆者は、前回述べた通り、安倍内閣の新型肺炎対策は、後手に回ったのは確かだろうが概ね適切だと考えている。
首相独断の全国一斉休校の決断も、その決定のプロセスは大問題だが、「結果オーライ」なのだろう(第234回)

 実際、3月8日現在の「感染者(死亡者数)」を確認すると、中国本土8万0895人(3097人)、韓国7134人(50人)、イタリア5883人(233人)、イラン5823人(145人)、フランス949人(16人)に対し、ダイヤモンド・プリンセス号を除く日本は455人(6人)だ(厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の現在の状況について〈3月8日12時時点版〉」)。  

日本は、早期から新型コロナウイルスが上陸していたにもかかわらず、感染者・死亡者が急増していない。
あくまで結果論ではあるが、PCR検査実施を抑制し、医療崩壊を起こさない慎重な方針は、概ねうまく進んでいる。
 また、中国からの入国制限についてだが、前回指摘したように中国からの入国は事実上ゼロに近い状態だった(第234回・P4)
だが、人工衛星が映した情報によれば、中国は工場を徐々に再稼働させつつあるという(Bloomberg Green“Satellite Pollution Data Shows China Is Getting Back to Work”)。
今後、中国人の移動は活発化していくだろう。
中国からの入国制限強化は妥当なタイミングだと思われる。
 そして、「緊急事態宣言」を可能にする立法の是非である。

安倍首相は、民主党政権時の2012年に制定された「新型インフル特措法」が今回の新型コロナウイルスには適用できないというのが政府の解釈だとした上で、「同等の措置を行うことが可能になる立法措置を早急に進める」と表明した。
「新型インフル特措法」がベースだとすると、政府が「緊急事態宣言」を発令すれば、
具体的には都道府県知事が
・「生活の維持に必要な場合を除く、住民の外出自粛」
・「学校、社会福祉施設、興行場(映画、演劇、音楽、スポーツ、演芸などの施設)の施設の使用制限もしくは停止」
・「イベント開催の制限もしくは停止」
・「医療品、食品など物資の売り渡し」を要請できるようになる。

 また、・「臨時医療施設開設のため、土地、家屋の強制使用」
・「国民生活との関連性が高い物資などが価格の高騰や供給不足が生じないような措置」も可能になる。

緊急事態宣言の焦点は 「私権制限」の是非
「緊急事態宣言」を巡る議論の焦点は、「私権制限」の是非である。
「有事」における「私権制限」の導入は、自民党の保守派にとって長年の主張であり「悲願」である。
12年の「自民党憲法草案」に私権制限は明記されている(自民党憲法改正推進本部「日本国憲法改正草案Q&A」)
また、17年10月に行われた衆議院選挙の公約における主要4項目の1つでもある。  

一方、日本社会には「私権制限」に対しては強い反発がある。
かつて民主党政権で「新型インフル特措法」を成立させたことがある立憲民主党・国民民主党は審議には応じる意向だ。
ただし、立憲民主党の枝野幸男代表は「現状は、緊急事態宣言の要件を満たした状況ではない。安易な緊急事態宣言は避ける必要がある」と述べ、
国民民主党の玉木雄一郎代表は「現行法で対応できる」とした上で、「緊急事態宣言を出す場合の事前・事後の国会報告を担保すること」などを求めるなど、私権制限には慎重な姿勢だ。

「新型インフル特措法」の採決の際に反対していた社民党・共産党は、私権制限に対してより厳しい立場だ。
社民党の福島瑞穂党首は、「基本的人権への制限が行政サイドの判断で事実上できてしまうのが最大の懸念事項だ。憲法改正の緊急事態条項の地ならし、雰囲気づくりに使われたら大変だ」と懸念を示した。  
共産党の志位和夫委員長は「安倍政権のもとでの『緊急事態宣言』による私権の制限には国民に疑念や不安が広範にある」と指摘し、「たとえば、施設の使用中止の要請・指示ができるようになる。普通に集まって相談をすることもできなくなる恐れがあります。集会の自由への制約になる」と主張する(しんぶん赤旗「新型インフル特措法『改正』案 志位委員長が会見 国民の不安にこたえた徹底審議が必要 人権制約への歯止めあいまい」)

 識者からも、私権制限について慎重な意見が多く出ている。
例えば、前東京都知事・元厚労相の舛添要一氏は、ツイッターで「歴史に学ばねばならない」と発信。
「民主的選挙で首相となったヒトラーは、ワイマール憲法48条の非常事態の時の大統領緊急命令を使って独裁者となった」と指摘し、「乱用は禁物である」と警鐘を鳴らしている。

「侵略戦争を起こしたならず者国家」 だった歴史を忘れてはならない
 これまでも、「安全保障関連」の法案が政治課題となるとき、保守派は常に「諸外国では当たり前のことだ」と訴えてきた。
確かに、さまざまな国で、戦争や内乱、大災害など、国家が存立の危機にさらされる事態にどのように対処するのかを定めた「緊急事態法制」が設けられている(防衛省 情報検索サービス「解説 諸外国の緊急事態法制」)
だから、「日本も緊急事態法制を定めて、自分の国を自分で守れる『普通の国』になるべきだ」というのが保守派の主張である。

 だが、日本が「普通の国」となるには、簡単には乗り越えられない高いハードルがある。
日本は「かつて侵略戦争を起こした、ならず者国家」であり、日本国憲法が制定されたのは、再び軍事的冒険に走ることがないように抑え込むためであったことを忘れてはならない(第59回)
 言い換えれば、日本国憲法で抑え込まれているから日本は「平和国家」のフリをしているのであって、戦争放棄を定めた「憲法9条」が撤廃される改憲が行われれば、再び「ならず者国家」に戻るのではないかと、近隣諸国や国内の左派勢力から疑われてきたのだ

 要するに、日本政府は先の大戦での過ちによって、基本的に他の民主主義国と比べて国内外で「信頼性」が低いということだ。
かつての自民党政権の指導者は、そのことをよく自覚し、権力・権限の行使には、極めて抑制的であった。
 ところが、近年の自民党は、「ならず者国家」と見なされてきたことに「無自覚」である
むしろ、「他国では当たり前」の暴力装置を自分たちにも持たせろと声高に主張する。
その上、権力の私的乱用を平気で行い、批判されたら開き直ったような態度をとる。
品格のかけらもなく、先人たちがコツコツと築き直してきた国内外の「信頼」を、崩し続けてきたのだ(第233回)

 だから、安倍内閣が私権制限を含む「緊急事態法制」の成立を目指すことについて、納得できない国民は少なくないと思う。
安倍首相に私権制限の強力な権限を行使させるのは危険であり、不安なのだ。
だが、安倍政権は衆参両院で「一強」と呼ばれる圧倒的な多数派を形成している。
国民がどんなに懸念を強めても、数の力の前には無力感を持たざるを得ないように思える。

「緊急事態法制」を持ったときに 見習うべき英国のシステムとは?
 だが、日本国民は安倍内閣が「緊急事態法制」を持つことに、なすすべがないわけではない。
緊急事態法制を持つ国では政府が無制限に権限を行使できているかといえば、そうではないからだ。
 この連載では、英国の「政権交代ある民主主義」が、権力に対する厳しいチェック機能を果たしていることを論じたことがある(第72回)
英国政治の特徴は「密室」での意思決定であり、「交代可能な独裁」だ。

 英国民の民主主義に対する基本的な考え方は「選挙によってある人物なりある党に委ねた以上、原則としてその任期いっぱいは、その人物なり党の判断に任せるべき。
間違っていたら、次の選挙で交代させればいい」というものだ。

英国人は政治の「独裁」を認める一方で、「失政を犯した政権は交代させることができる」ということに、強い自信を持っている。
そして、実際に政権を交代させた豊富な実績を持っている(第9回)

 また、英国には反権力で、非常に批判精神の強いジャーナリズムが存在していることも重要だ
英国は階級社会で、ジャーナリストは伝統的に階級が低く、社会的地位や名誉、財産のない家庭に生まれ、学歴の低い人たちだった。
だから、上流階級出身の権力者に媚びることはなく徹底的な権力批判ができる。
もちろん、現在ではジャーナリストも高学歴者だが、反権力の伝統は今も生きている(第72回・P3)

 例えば、英紙「ガーディアン」は、米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員から内部資料の提供を受け、米国家安全保障局(NSA)と英政府通信本部(GCHQ)による通信傍受の実態をスクープした。
 デービッド・キャメロン英首相(当時)は、警察を動員して英ロンドンのガーディアン本社のホストコンピューターを破壊する強硬措置に出たが、ガーディアンは「データは世界中に保存してある」と言い放ち、徹底抗戦を貫いた。
 要するに、英国のジャーナリストは権力が言論統制を試みても委縮することはない

たとえ、言論弾圧で500人、1000人と逮捕されようが、会社が潰れてしまおうが、英国のジャーナリズムは権力に屈することはないということだ。
 そして、英国では政権が言論封殺によってジャーナリストを抑え込もうとし、国民がそれを不当な権力乱用と見なした場合、政権は容赦なく次の選挙で敗れ、政権の座を失ってしまう

言い換えれば、政権と国民・ジャーナリズムの間で緊張関係が保たれてこそ、政権は権力・権限を適切に運用することができるのだ。

「記者クラブ」は権力との馴れ合いを ジャーナリストは首相との会食をやめよ
 衆参両院で圧倒的多数派を形成する安倍政権は、私権制限を可能にする緊急事態法制を問題なく成立させるだろう。
しかし、日本のジャーナリズム・国民の戦いがこれで終わりであってはならない。
 権力による情報統制がどんなに強まっても、ジャーナリズムは怯まず権力批判を続けなければならないのだ。
「記者クラブ」は権力との馴れ合いをやめる必要がある
メディア各社の幹部や大物ジャーナリストが安倍首相と会食していたりもするが、こうしたこともすぐにやめるべきだ。

 また、国民も「安倍一強」と弱小野党という構図によって気付いていないが、小選挙区比例代表並立制の定着により、「政権交代のある民主主義」が自らの手中にあることをしっかりと自覚することが重要だ。
 安倍政権が権力の乱用を行ったら、国民は次の選挙で安倍政権を引きずり下ろして、国会で法律を廃止させることは可能なのである。
国民がその厳しさを持ち続けることで政権が緊張感を失うことがなければ、民主主義は守られるのである

私権制限を含む緊急事態法制に 筆者が賛成である理由
 最後に、筆者は日本が私権制限を含む緊急事態法制を持つことに賛成であることを明確にしておきたい。
それは、一般的な賛成派が語る「権力を自由に行使できるようにする」という主張とは一線を画している。

 筆者は「日本が権力を抑制的に行使でき、決して私的乱用に陥らないこと」を証明するために、あえて緊急事態法制を持つべきだと考えている。
 繰り返すが、日本は「ならず者国家」のレッテルを貼られているために緊急事態法制を持つことができないでいた。
そのレッテルをはがすには、緊急事態法制を持ち、かつ決して権限の乱用に陥ることなく、抑制的に運用できることを50年くらい海外諸国に見せ続ける必要がある。

 緊急事態法制を持つことは、「世界で最も権力を抑制的に使える民主国家」としての国際的地位を確立し、二度と国内外から言われなき批判を受けることがないようにするために行うべきだ。
日本の政治家、メディア、国民がその覚悟を持てるかどうかが、何よりもまず問われるべきなのである。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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