コロナいじめで暴走する自粛ポリス、潔癖すぎる日本人の「いつか来た道」
2020.5.14 ダイヤモンドオンライン
窪田順生:ノンフィクションライター
増える新型コロナ患者や家族への 嫌がらせ、医療従事者への誹謗中傷
ちょっと前、パンデミックのパニックを描いた映画『コンテイジョン』の「恐怖はウイルスよりも早く感染する」というキャッチコピーに共感の声が集まったが、最近の日本はどちらかといえば、「狂気はウイルスよりも早く感染する」という表現の方がしっくりくる。
どう考えても正気を失っているとしか思えないような、新型コロナ患者やその家族への嫌がらせ、医療従事者への誹謗中傷が増えているという報道が相次いでいる。
たとえば、感染者のいる家族や病院に「感染が広がったらお前らのせいだ」などという嫌がらせの電話を入れる。
あるいは、医療現場で必死に戦っている医療従事者の子どもを「ばい菌」扱いしたり、保育の受け入れを拒否する。
さらには、仕事でやってきている他県ナンバーの車に、「おらが県にコロナを持ち込むな!」と石を投げるという“自粛ポリス”も問題になっている。
なぜ、こんな常軌を逸した振る舞いが広がってしまっているのか。
立派な学者センセイや評論家の皆さんは、ざっとこんな感じで分析をしている。
・新型コロナに対する正しい知識を持っていない人が多い
・なかなか感染が収束しないことを「誰かのせい」にしたい
・コロナ禍で、戦時中から引きずる日本人の排他的な国民性が浮き彫りになっている
なるほど、と納得させられるものもあるかもしれないが、個人的にはかなりモヤモヤが残っている。
「病で苦しむ人」への迫害、差別、偏見というのは、なにもコロナに限った話ではなく、これまでも幾度となく繰り返されてきた「日本人あるある」ともいうべきテッパンのリアクションだからだ。
原爆症、結核、エイズなどなど例を挙げればキリがないが、今回のコロナと非常によく似通っているのが「ハンセン病」である。
NHKハートネット『ハンセン病家族 知られざる被害と終わらない差別』(2019年10月8日)には、1960年に父親が熊本の療養所に収容されたという女性が、当時家族が受けた「迫害」をこのように振り返っている。
「『病気の子』『そばに行ったら菌がうつる』『どっか行けばいいのに』とか、いろんなこと言われました。
ちょっと家を空けたときに、燃えた跡があったんですよ。
火をつけるぞ、この家燃やしてやるよっていう見せしめだと思うんですね。
さらに、うちで飼ってた犬が首をつられて、体中棒で殴り殺されてたんですよ。
泣くしかなくて、子どもだったので」
なぜコロナいじめと ハンセン病差別は似通うのか
どうだろう。程度の差はあっても、コロナの感染者や医療従事者が受けている嫌がらせと、思いっきりかぶらないか。
ついでにいえば、家に火をつけるなどの嫌がらせも、休業要請に応じないで営業を続ける店に貼り紙や落書きをする自粛ポリスの手口とソックリなのだ。
なぜ両者が似通ってしまうのかというと、人々を狂気に走らせるプロセスが同じだからだ。
今回のコロナ患者や医療従事者への差別というのは、政府や自治体の対策の中に「隔離」という重々しい言葉が登場としたことに加えて、マスコミが連日のようにどこの自治体で「感染者が増えた、減った」と大騒ぎをし、「みんなで頑張って感染者をゼロにしましょう!」といった具合に国民運動化してしまったことが大きい。
このムーブメントの問題点は、本来は「感染者を治療する」ことに注力しなくてはいけないところを、「感染者を社会からなくす」という点にフォーカスが当たってしまうことだ。
感染者の数を減らすことに対する過度の執着は、「感染した人たちさえいなくなってくれれば、みんなの頑張りが報われて平和になるのに」という感染者排除のムードをつくりかねない。
つまり、患者や医療従事者への差別や偏見を助長するのだ。
なぜ、そんなことがいえるのかというと、ハンセン病がそうだったからだ。
「らい菌」に感染することで起こるこの病気は、他人への感染力が非常に弱く、治療法もある。
しかし、世間にはそのような情報は広まらず、「怖い伝染病」というイメージが定着した。
国や自治体から「療養所での隔離」という重々しい政策がとられたということもあるが、それに加えて、「みんなで頑張ってハンセン病を撲滅しましょう」という国民運動が全国で行われたからだ。
それは、「無らい県運動」だ。
ハンセン病の根絶を掲げた厚生省(当時)が地方自治体に指示したことによって起きた、官民一体の国民運動である。
自治体が競い合うように「患者狩り」を行い、県民たちも「あそこの家は怪しい」などと通報や投書を行った。
「そんなのは戦前の話だ」と言うかもしれないが、世界では1941年に治療法が確立され、隔離治療から通院治療に切り替えられて、差別や偏見が薄れていく中で、日本ではこの「無らい県運動」が続いていた。
事実、先ほど紹介した患者家族への攻撃は1960年のケースだ。
実態以上に恐ろしい病気に されてしまったハンセン病
つまり、「みんなで協力してこの県の感染者をゼロに」という国民運動が盛り上がったことによって、ハンセン病患者は地域に存在することさえ許されない存在になってしまったのだ。
こうなると、ムラ社会で生きる日本人は容赦がない。
患者や家族にあらゆる嫌がらせをして、地域社会から追い出すのだ。
厚生労働省の「わたしたちにできること〜ハンセン病を知り、差別や偏見をなくそう〜」という特設ページ内に掲載されている、16歳で療養所に入所した元患者の方の手記を引用しよう。
《私が発病すると、私たち一家は村八分(仲間はずれ)にあいました。
親しかった隣人たちも寄りつかなくなりました。
幼い妹はほかの子に遊んでもらえず、弟もいじめにあい、婚約していた姉は破談(結婚の取り消し)になり家を飛び出しました。
私は家族への迫害(苦しめ悩まされること)を断ち切るために療養所へ行くことを決心したのです》
ほんのちょっと前まで、日本中で「あそこの家から、らい病が出たらしいぞ」などと差別が横行していた。
その意味では、SNSで血眼になって「あそこの家からコロナが出たらしい」といった感じで患者特定をしている令和の日本人のやっていることは、極めて平均的な日本人の立ち振る舞いなのだ。
コロナ狩りの背景にあるのは 陰湿さではなく「清潔さ」
では、なぜこうなってしまうのか。
もちろん、中世などにおいては、世界のどこでもこうした「患者狩り」は珍しくなかった。
疫病の罪をなすりつけられて、虐殺される少数民族などもいた。
しかし近代において、なおかつ医療がそれなりに発展していて、自分たちでは「民度」も高いと自負している日本人が、いくら恐怖でパニックになっているとはいえ、なぜ露骨な「患者攻撃」に走るのか。
「それが日本人の陰湿さだ」という人もいるだろうが、筆者はその逆で、日本人の美徳が悪い方向に出てしまっているのではないかと考えている。
それが日本人の「清潔さ」だ。
日本人が世界一清潔だということは、よくいわれる。
手洗い、うがいが普段から習慣になっていることに加えて、家では靴を脱ぐし、よく入浴をする。
このように、世界でも珍しいほどの高い衛生観念が、今回のコロナの致死率の低さにも影響しているのではないかといわれる。
実は、この日本人の清潔好きは昨日、今日に始まったことではない。
明治時代にアメリカで神学を学び、立教大学の初代学長となった元田作之進は、大正5年、『善悪短所日本人心の解剖』(広文堂書店)の中で、中国やインドの家屋は大きいが、掃除が行き届いておらず街にも悪臭が漂っているのに比べ、「日本の街路にて臭のするものは漬物屋と鰻屋の前位である」としている。
また、西洋諸国と比べても、靴を脱いで家屋に上がるという点において「便不便の問題は別として、単に清潔不潔と云う點よりすれば日本人の習慣の方が清潔である」とし、日本人を「世界一の潔癖国民」と評している。
明治時代にハーバード大学に留学した宗教学者、岸本能武太は、『日本人の五特質』(警醒社)の中で、1887年にイギリスの新聞を読んだところ、諸国の清潔度ランキングのような記事があって、「世界中で日本人を最も清潔な人種として一番先に挙げてあつたを覚えて居ります」と述べている。
つまり日本は、130年以上前から自他ともに認める「世界一の潔癖国民」だったのである。
「感染者をゼロに」は 自粛ポリスを暴走させかねない
誇らしげな気持ちになっている人たちも多いだろうが、物事には何でもいい面と悪い面がある。
潔癖ということは裏を返せば、「不潔」「不浄」を忌み嫌い、時には差別や攻撃の対象とするということでもあるのだ。
古来から日本人は、死や疫病を「穢れ」として忌み嫌ってきた。
それが世界でも異常なほどの「清潔な国」をつくり、高い公衆衛生を実現してきた反面、「隔離」をされた病人を徹底的に排除をしなくては気がすまない、という強迫観念に繋がっている側面はないか。
いずれにせよ、国民性を持ち出したところで、患者やその家族、医療従事者への差別や偏見などは決して正当化できない。 そのためにも、政府や自治体、そしてマスコミは「みんなで頑張って感染者をゼロに」などと呼びかけるのをやめるべきだ。
「世界一の潔癖国民」にゼロを目指せということは、それはつまり患者や疑わしい者を徹底的に排除せよと命じているに等しい。
我々が目指すべきは、「感染者をゼロにすること」ではなく、「感染者を治療すること」なのだ。
この致命的な勘違いを解消するためにも、マスコミは、ハンセン病患者に対して我々がどんなひどい仕打ちをしてきたかという歴史を丁寧に伝えて、二度と過ちを繰り返さないように呼びかけるべきではないか。
(ノンフィクションライター 窪田順生)