2020年06月02日

著名人も強く関心!「種苗法」改正の大問題

著名人も強く関心!「種苗法」改正の大問題
野菜や果物のタネに「著作権」は必要なのか
2020/06/01 東洋経済オンライン
古庄 英一 : 東洋経済 記者

著名人がこの問題に言及し、賛否が沸き上がった――。
生鮮な野菜や果物にも著作権はあるのか。
新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛で、ネット通販サイトを通じた高価なイチゴやメロンなど特産品への注文が急増。
マンションのベランダでミニトマトを育てる自家栽培のブームも起きた。

そんな矢先、生産農家の経営を左右しかねない、重要な法案が大きな議論となっている。
これは3月3日に閣議決定され、今国会で成立を目指す動きがあった、「種苗法」の改正案だ(結果的に見送り)。

登録品種のタネや親苗を農家が無断で二次利用しづらくする、種苗法の制限強化が主な狙いである。
対象は穀物や野菜類、草木など、すべての新品種。
政治家のみならず著名人たちがSNS等で言及したことでも有名になった。

では農業分野で種苗の知的財産権の保護を強める狙いは何なのか。
年間2.3兆円と、コメを3割上回る農業算出額がある野菜類を中心に、種苗メーカーの動向と絡め、その一端を垣間見た。

食料自給率を高めるには豊富なタネが条件
種苗法という法律は一般になじみが薄い。
改正されても家庭菜園での利用に影響が出ることはない。
しかし、新型コロナウイルスが世界的に蔓延し、海外との人やモノの移動が制限されて気づくことがある。
それは年々低下し今や4割を切った、食料自給率を高める必要があることだ。

前提として作物栽培の原点とも言えるタネが日本で豊富にあることが大事となる。
一説には農機やハウス、農薬といった農業資材トータルの年間コストで、種苗は全体の3%から8%程度という。
穀物の種苗は、国や地方公共団体が管理していることもあり、相対的に安価と言えるかもしれない。

日本の種苗開発の現状と問題点を研究課題とする富山大学経済学部の神山智美准教授はこう語る。
種苗の品種開発や改良は、農薬の独自品開発と同じように試験を含め、約10年。
市場に出した後は、幅広い農家が撒いてくれないと開発コストを回収できないし、採算事業として成り立たない厳しい世界だ」。

これまで日本では、品種改良された種苗の国際的な権利保護や活用は、音楽作品や工業製品と比べて大きく立ち遅れてきた。営利目的にもかかわらず、親苗を他者に譲る、あるいは盗むケースが後を絶たず、国や地方自治体、農協の対策は後手に回っていたからだ。

一例を挙げよう。 佐賀県にあるイチゴの栽培農家では、「いちごさん」という特産品の親苗が2019年11月以降、4件の盗難に遭っている。
畑に立ち入られて、たわわに実ったイチゴが盗まれたのではない。
育苗用ハウスに保管された親苗を盗むという犯罪行為だ。
2018年8月に品種登録されたいちごさんは、育成者権を佐賀県が所有、農協を通じて認められた農家以外は栽培できない。
佐賀県園芸課は栽培農家に対し、屋外にある親苗の保管場所には施錠を施すなど管理強化を呼びかけ、種苗法に関する研修を実施してきた。

だが4月27日には同県杵島郡白石町の農家が最多の40数株の盗難被害に遭った。
元来、農業従事者には、次の作付け用に採種したタネを譲り合う慣習がある。
農林水産省食料産業局知的財産課の担当者によると、「勝手に登録品種を譲っていたケースがあるなど、農業従事者の知的財産権保護への意識は緩い」という。

特産イチゴと言えば、2018年の韓国平昌五輪でカーリング女子チームが試合中にほおばったイチゴが、日本から持ち出された品種ではないかと、当時の農林水産大臣が疑いを指摘。
それ以来、種苗の海外流出や指定地域外での無断栽培をどう阻止するかという課題の解決に向けて、海外での品種登録促進、許諾と罰則の規定など、登録制度見直しが検討されてきた。

種苗法改正は新品種の自家増殖を許諾制とする。
それでも、犯罪行為は防げないが、抑止効果は高まる。
品種改良されたタネというハイテク製品の投資回収を早め、新たに官民協同の新品種開発・供給事業に役立てたい。
農業の国際競争力向上と種苗ビジネス育成を結び付けた、農水省の産業政策がひも付いていると言えよう。

国内に流通する野菜種の9割が外国産?
実際に日本で流通する野菜の種子は、その9割が外国から輸入されている。
新型コロナウイルスの感染拡大で、一時期品切れとなったマスクのような、医療用具とも似ている。

よって、種苗法改正に反対する立場の者からは、「外国産に頼るようだと、日本の農業は行き詰まる」といった懸念の声が挙がっている。
農水省が2018年6月にまとめた資料『種苗をめぐる情勢』には「野菜の種子は、我が国の種苗会社が開発した優良な親品種の雄株と雌株を交配することでより優良な品種が生産されるが、この交配の多く(約9割)が海外で行われている」と記されている。
実際のところどうなのか。
花と野菜種子で世界6位の規模を誇るのがサカタのタネ。
世界で年間200億円の市場規模があるブロッコリーで約65%のシェアがあることでも知られる。
「たくさんのタネをいつも同じ品質で供給するには外国で作らざるをえない現状がある」と清水俊英・コーポレートコミュニケーション部長は打ち明ける。

その理由として、
@日本の季節ごとに変化する過酷な気象条件が大規模なタネ作りに適さない、
A多くの野菜の原産地が国外なのでふるさとに近い土壌で良質なタネが安定して手に入る、
B日本の土地代や労賃が高すぎて企業として適正な価格での供給責任を果たせない、の3つを挙げた。

サカタのタネの場合、安定供給と効率化を実現するグローバルサプライチェーンの整備を、生産部門の成長戦略に掲げている。
新型コロナによる経済活動の停滞で輸入がストップする事態は起きないとし、清水部長は「国内で在庫をある程度持っており心配はない」と述べる。
「たとえば、欧米の各拠点から入ってこないとインドから出荷する、といったリスク分散はしている。
日本に集中させるなら、台風被害で採れなかった場合が恐ろしい」とも漏らす。

国内外とも採種する農家との生産委託契約を結び、自社工場を持たないファブレス経営だ。
「関税率が3%程度と低い種子はボーダレスで流通しており、種苗法の改正によって大きな変化は出てこない」との見方を示す。

サカタのタネ(本社:神奈川県横浜市)が東の横綱なら、西の横綱はタキイ種苗(本社:京都府京都市)だ。
世界各地に拠点があり、野菜種子でサカタのタネと遜色ない、事業規模を誇る。

そのタキイ種苗が2018年4月に更新した世界の種子市場の推計データでは、約3兆2400億円の世界規模の内訳は、穀物種子が2兆7000億円、野菜種子が約5000億円、草花種子が約400億円。野菜種子のうち日本の市場規模は約17%となっている。
日本の農作物は農協系統という独特の流通チャネルを持つため、国内に拠点を置く外資系農薬・種苗メーカーが目立つ存在となっていない。
ただ、仏種苗大手リマグラングループのように、千葉市に本社があるみかど協和を傘下に置き開発体制を敷いているところもある。

では今後、資本力のある海外の農業化学分野の4大メジャー(独バイエル、米コルテバ、スイス中・シンジェンタ、独BASF)らが、日本国内で開発企業や改良品種の育成者権を買収する可能性はないのか。
ある業界関係者は「独自の研究開発で外資が持たないノウハウと蓄積がある日本市場は外資にとって魅力的。
末端ではない最上流なので入り込みやすいかもしれない」と見通す。

タキイ種苗は非上場企業だが、サカタのタネやカネコ種苗(本社:群馬県前橋市)は、東証1部上場の企業。
そのため株式市場で買い占めによる買収リスクにさらされている。

海外流出しても儲かる工夫が必要だ
つまるところ種苗法改正は、国際競争力を維持向上するという将来展望の観点で、その必要性が問われている。
大規模資本による市場独占や高コストで一般農家が苦しむ懸念があるからだ。

2017年8月に施行された農業競争力強化支援法は、地方自治体など公的試験場の研究成果を民間に提供し、官民協同で新品種の開発・供給と知財戦略を進める流れを促した。
「政府は輸出方式を想定し、ルールを厳格化している。
海外に分け与えて利用許諾ビジネスをしたり、現地で品種登録をして現地で売ったりする方法もある。
いずれにせよ種苗が海外流出してもある程度は儲かる工夫が必要だ」(神山准教授)。

 ちなみに野菜農家では、キュウリやトマト、ナスのような果菜類を、温室やビニールハウスで栽培するのが主流。
病気や害虫対策として有効な接ぎ木苗の利用が増えている。
2つの苗の長所を生かす接ぎ木苗の生産は、種子を発芽させそのまま育てた実生苗と比べ、「高いレベルの技術と多額の設備費用がかかる」(接ぎ木苗最大手のベルグアース)。
「異業種による新規参入は困難」(同)だが、技術流出リスクは常にある。

栽培方法なので種苗法の対象とならないものの、「特許や営業秘密で権利保護を図ることが必要」と農水省食料産業局知的財産課の担当者は語る。
業界関係者によると、野菜や果物に比べて、個人で育種事業を営む農家(ブリーダー)が多いのは民間の花農家だ。
しかし、新型コロナの影響でイベント需要が激減。
大手ネット通販で人気の花農園らを除けば、草の根ベースでの育種開発が止まってしまう危機に瀕する。

結局、改正種苗法は、6月17日が会期末となる今国会での成立を断念。
秋の臨時国会で改めて賛否を問う論戦が行われる見通しだ。
本来なら2021年4月施行(一部は2020年12月)を目指していた。

前述の知的財産課の担当者は改正の意義について、「従来は立証が難しかった育成者権の侵害を立証しやすくなる」と強調するが、政府の専門機関が実効力を持つのか、結果が伴わないとわからない。
今はコロナ禍で経営難の採種農家を支援することが喫緊の課題。
知的財産保護への意識徹底と併せ、盗難防止に対する設備拡充への資金援助を、政府の専門機関と地方自治体は率先して行うことが肝要だろう。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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