2020年08月14日

75年前を忘れない=与良正男

75年前を忘れない=与良正男
2020年8月12日 毎日新聞東京夕刊

この夏、敬愛する小説家、吉村昭(1927〜2006年)の「殉国 陸軍二等兵比嘉真一」を読み返した。
 終戦の年の3月に始まった沖縄陸地戦。
ガリ版刷りの召集令状で「鉄血勤皇隊」に喜んで加わった14歳の中学生・真一が、だぶだぶの軍服を着て洞窟を転々とする。
そして「必ず米兵を殺す」という忠誠心も自決の願いもかなわず、最後は米兵に捕らえられるまでを書いた67年の著作だ。

 単に「戦争反対」というのではなく、右・左の歴史観を排して当事者への徹底的な取材に基づく冷酷なまでの描写が、沖縄戦の悲惨さ、無謀さを逆に浮き彫りにする。
今度も涙した。

 ただし、この作品をはじめ「戦艦武蔵」等々の戦史小説で知られた吉村が先の大戦を題材にしなくなったのは、もう40年近く前だ。
戦争を実際に体験した人が高齢となり、あるいは亡くなって実証的な作品が書けなくなったというのが理由だった。
 実は「殉国」を再読したのはNHKが先日放映した沖縄戦の検証番組を見たからだ。

「政権への忖度(そんたく)が目立つ日ごろの政治報道になぜ、この取材力が生かされないのか」と感じるほど、よくできたドキュメンタリーだった。
 一方で改めて気づいたのは検証の多くが、既に亡くなった人が残した手記や録音に頼らざるを得なくなっている現実だ。  

記憶はいずれ薄らぐ。だからこそ記録が大切だ。
私(63)はそう言われて記者生活を送ってきた。
 日本の政府と軍部は敗戦が決まった直後から戦争関連資料の多くを焼き尽くした。
マスコミや研究者が個々の証言に加え、米国などが保存する公文書の発掘に今も力を注いでいるのはそのためだ。

 では75年前の文書廃棄の教訓が今、生かされているだろうか。
 森友問題で財務省は公文書の改ざんにまで手を染めた。
首相主催の「桜を見る会」もしかり。招待者名簿の電子データは破棄され、安倍晋三首相(65)は「復元は不可能」と堂々と言う。
政権に都合の悪い文書は隠し、捨てる。

 新型コロナウイルスに関する政府対応記録も後世に受け継ぐべく、きちんと保存しているのか。
 私たちはまず、そんな深刻な事態が進んでいることを忘れないでおこう。
「日本は変わらない」と人ごとのように嘆いてばかりはいられない。
         (専門編集委員)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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