「医療崩壊」はもう起きている…遅すぎた宣言発令で見えた菅政権のお粗末ぶり
1/8(金) 現代ビジネス
長谷川 幸洋(ジャーナリスト)
入院できない感染者が3000人
新型コロナの感染拡大を受けて、2度目の緊急事態宣言が発令される中、衝撃的な数字が発表された。
東京都で「入院や療養先が決まらない人が3000人を超えた」という。
もはや完全な医療崩壊である。
宣言より先に、現実はとっくに緊急事態に突入していたのだ。
1月7日付各紙は政府の緊急事態宣言絡みの話を大きく扱った。
たとえば、読売新聞1面トップの大見出しは「緊急事態 来月7日まで」である。
だが、私は、その横の縦3段見出し「都内『自宅待機』週3000人」に目を奪われた(https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210106-OYT1T50215/)。
記事は「東京都で新型コロナに感染したが、入院先や療養先が決まらず『調整中』となっている人が12月27日から1月2日までの週で3000人を超えた」と伝えている。
ようするに「感染しているのに、病院やホテルに入れない人が3000人もいる」というのである。
医療崩壊の定義はいろいろあるかもしれないが、私はこれこそ「医療崩壊」と思う。
厚生労働省の資料を探してみたら、10分ほどで見つかった。
「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」の会合に添付された「東京都内の陽性者の調整状況(週別)」という資料である(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000715529.pdf)。
これを見ると、12月20〜26日の週は「入院・療養等調整中」が1700人超くらいだったが、27〜1月2日の翌週は一挙に3000人を超えた(青い棒グラフ)。
「調整中」は11月29〜12月5日の週の700人超から徐々に増えていたが、ここへきて突然、急増したのは明らかだ。
これとは別に「東京都内の陽性者の調整状況(処遇別)」というグラフもある。
処遇が「自宅療養」と決まった場合は「自宅療養」として記載されている。
調整中は処遇が決まらず「宙ぶらりん」の状態にある人だ。
ほとんどが「自宅待機」だろう。
この事態について、同じ会合の別資料はこう記している(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000715536.pdf)。
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〈入院調整に困難をきたす事例や通常の医療を行う病床の転用が求められる事例など通常医療への影響も見られており、各地で迅速な発生時対応や新型コロナの診療と通常の医療との両立が困難な状況の拡大が懸念される。
また、入院調整が難しい中で、高齢者施設等でのクラスターの発生に伴い、施設内で入院の待機を余儀なくされるケースも生じている〉
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後段にある「高齢者施設内で待機を余儀なくされるケース」は、とりわけ深刻だ。
施設でクラスターが発生しているのに「入院先が見つからないから、やむを得ず、そのまま施設にとどまっている」という状態である。
医師の治療すら受けられない
これが現状だとすると、東京では「これから新型コロナに感染しても、入院できない」と覚悟しなければならない。
となれば、自宅にとどまらざるを得ないが、そうなると当然、家族に感染する可能性が高くなる。
だからといって、自宅で家族と完全に分かれて暮らすのは、難しい。
トイレも風呂も別にするなど不可能だ。
もはや感染は本人の話だけではない。
「自分が感染したら、家族にも感染させてしまう」と考えなければならない。これが一点。
医師と看護師による治療も受けられない。
6日には「昨年3〜12月で全国の変死事案で新型コロナに感染していた人が122人いた」というニュースも報じられた(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG061OU0W1A100C2000000)。
とくに、12月は56人と急増した。
これは「自宅待機」が増えた話と裏腹だろう。
話が東京だけにとどまらないのは、このニュースで分かる。
自宅待機あるいは自宅療養が続いて、十分な治療が受けられなかったので、死亡してしまったのだ。
今後、こうしたケースが続発する可能性は極めて高い。
こうなってしまったからには、とにかく感染しないように、当面は自主防衛するしかない。
ここまで書いたところで、7日の東京都の新規感染者が過去最多の2447人に達した、というニュースが入ってきた。
中には、自宅療養する人もいるだろうが、入院ないし宿泊療養が必要な人は当分、受け入れ先が見つからない。
明日以降もこの状態が続くのだ。
以上を踏まえれば、1月7日に発令された「緊急事態宣言はやはり遅かった」と言わざるを得ない。
本来であれば、医療崩壊を避けるための宣言であるはずなのに、現実は「医療崩壊が始まってからの宣言」になってしまった。
後手に回った菅政権の残念さ
宣言発令までのプロセスも残念だった。
菅義偉内閣は小池百合子東京都知事らの発令要請を受けて、仕方なく発令したような印象がある。
小池氏ら1都3県の知事が西村康稔経済再生担当相と会談し、発令を要請したのは1月2日、政府が発令を検討すると表明したのは2日後の4日だった。
政府が宣言発令を想定していなかったのか、と言えば、そんなことはない。
たとえば、西村氏は昨年12月30日、ツイッターで「感染拡大が続けば、国民の命を守るために、緊急事態宣言も視野に入ってくる」と発信している。
大臣がこう言うからには、当然「いずれ発令もあり得る」と考えていたはずだ。
同僚コラムニストで内閣官房参与を務めている高橋洋一さんは1月6日に収録した「長谷川幸洋と高橋洋一のNEWSチャンネル」で「第3次補正予算をあれだけ大きな規模で組んだのだから、12月の段階で当然、頭に入れていた」と語っている。 だが、そんな政府の姿勢はまったく国民に伝わっていない。
決定的だったのは、昨年12月31日の大晦日である。
この日、東京都の新規感染者が1337人というショッキングな数字が出た。
これを受けて、菅首相は官邸で即席会見に応じた。
記者が「緊急事態宣言について、どう考えているか」と質問すると、首相は宣言には触れず「いまの医療体制をしっかり確保し、感染拡大に全力を挙げる」と答えた。
記者が重ねて問うても、首相は「いま申し上げた通りです」と語っただけで、後ろを向いて歩き去ってしまった。
これで、菅首相が発令に消極的な姿勢が鮮明になった。
こういう経緯があるから「宣言に慎重だった菅政権が4知事の要請を受けて、しぶしぶ発令した」という印象が強まるのだ。
政府の実情を知る高橋さんが後で「実は政府も検討していた」と解説しても、普通の国民に政権内部の様子は分からない。
報道で知るだけだ。
「いま何を、どのように検討しているか」を国民に伝えるのは、政権の重要な仕事である。
「決定前には話せない」としても、そこを微妙なニュアンスで伝えるのが広報の役割だ。
政府と国民のコミュニケーションとは、そういうものだ。
たとえば、首相は「1337人という数字には、私も衝撃を受けている」くらいは言うべきだった。
そう言えば、国民も共感する。
深読みする記者なら「もしかしたら宣言を出すかも」とピンと来て「政府が宣言、検討」と報じたかもしれない。
首相の言葉次第なのだ。
それがないから「あたかも、小池氏らに押し込まれて出した」という話になってしまう。
ずばり言えば、これは「広報の失敗」である。
このままでは「菅政権のコロナ対策は後手後手だ」という批判を避けられない。
菅政権は早急に広報体制を立て直す必要がある。