立憲民主・枝野氏「不信任案見送り」に広がる失望
衆院解散に怯える野党リーダーに覚悟はあるか
2021/05/13 東洋経済オンライン
泉 宏 : 政治ジャーナリスト
コロナ政局が混迷の度を深める中、立憲民主党の枝野幸男代表の発言が政界に複雑な波紋を広げた。
枝野氏は5月10日、「コロナが大変な時に解散の誘発は避けるべきだ」と発言した。
かねてから「不信任提出は解散の大義になる」と繰り返す菅義偉首相の「恫喝に屈した」(首相経験者)との印象も拭えず、「本音は解散が怖いから」(自民幹部)との声が相次いでいる。
事実上の不信任案「提出断念」宣言
枝野氏は10日、記者団から菅政権に対する内閣不信任案提出の可能性を問われた際、「(新型コロナウイルスの感染拡大が続く)現状で(衆院を)解散できる状況ではない。(菅首相は)提出したら解散をされると明言されているので、提出はできない」と語った。
政権攻撃の急先鋒だった共産党の小池晃書記局長も、10日の記者会見で「100回くらい不信任には値する内閣だと思うが、(コロナ感染拡大の中で)野党からいまの時点で提出するのは賛成できない」と枝野氏に同調した。
枝野、小池両氏とも「現状では」「いまの時点では」としており、コロナ感染が早期に収束した場合の不信任案提出に含みを残している。
しかし、6月16日の国会会期末までの1カ月間で感染が充分に収まる事態は「まったく想定できない」(感染症専門家)ため、事実上の不信任案の提出断念宣言であることは明らかだ。
野党第1党の党首が解散を恐れて不信任案を提出できないとすれば、「国民の目にも、次期衆院選での政権交代をあきらめているように映る」(国民民主党幹部)のは当然だ。
このため、立憲民主党の内部からは「リーダーとしての覚悟に欠ける」との不満が出るなど、枝野氏の党首としての資質も問われる事態となっている。
枝野氏の発言は、衆参両院の予算委で集中審議が行われた10日に飛び出した。
枝野氏は同日午前の集中審議で、菅首相に対してコロナ対応や東京五輪・パラリンピックの開催について厳しく追及した。
しかし、国会内で記者団に囲まれると、コロナ感染拡大を理由に不信任案提出を否定した。
共産党の小池氏がすかさず同調したあたりは、「事前に調整したうえでの発言」(自民幹部)と受け止められた。
ただ、国民民主党の玉木雄一郎代表は「出さないと決めつける必要はない。(不信任案の)提出が、政府に不十分なコロナ対策の変更を促すことにつながる」と批判。
立憲民主党内でも「どうしてこの段階で弱腰の発言をするのか」(若手)との不満と不信の声が相次いだ。
野党を牽制する自民党の二階幹事長 菅首相は野党の不信任案提出について、4月に「衆院解散の大義になるか」と問われて「基本的にはそうだ」と言明。
自民党の二階俊博幹事長も4月の民放番組で「(不信任案を)出してきたらすぐやる」と野党を牽制した。
その二階氏は10日、「解散は一寸先はわからない。
今から私が『ありません』と言って幕を張るわけにはいかない。
政治は刻一刻と変化していくものだから、その事態を受けて判断したい」と煙幕を張った。
公明党の山口那津男代表は11日、枝野氏の発言について「不信任案を出さないという判断であれば、当面、信任をしていただけると、協力いただけると受けとめる」と皮肉たっぷりに語った。
ただ、公明党は7月4日投開票の東京都議選を最優先する立場で、今国会での解散断行には反対している。
山口氏は「今、感染状況は深刻なので、政治はしっかり取り組むことが優先的だとお考えになっているのであれば、それはわれわれとも共有するところだろう」と枝野氏の対応を評価する考えもにじませた。
そうした中、自民党幹部は「枝野氏は解散が怖いだけだ」と嘲笑する。
最新の世論調査でも自民党の支持率は微減にとどまり、立憲民主の政党支持率は依然として1桁パーセント台で低迷している。このため、政界では「調査を見る限り、次期衆院選で自民党が惨敗して政権が交代する可能性はほぼゼロに近い」(選挙アナリスト)との見方が支配的になっている。
政治的にみれば、政権奪取を目指す野党にとって、内閣不信任案は唯一最大の切り札だ。
ただ、与党が圧倒的多数を占める国会では、出しても否決されるだけなのが実態だ。
ここ数年の例をみても、国会会期末に野党が形式的に不信任案を出し、与党が否決して閉幕という「単なる通過儀礼」(閣僚経験者)となっている。
コロナ禍で野党は不信任案を出せない
コロナ感染が世界を震撼させた2020年は、野党が不信任案提出を見送った。
今回も見送れば、「コロナなど非常事態の中では、野党は不信任案を出せない」ということが定着することになる。
もちろん、「解散は時の首相の専権事項」で、菅首相にとっても解散は政権運営の最大の切り札だ。
しかし、今回のように、野党から不信任案を突き付けられれば解散するというのでは、「野党が解散権を持つような逆転の構図」(枝野氏)ともみえる。
今回の解散をめぐる菅首相と枝野氏の複雑な駆け引きの背景には、枝野氏を軸とする野党内の主導権争いや、次期衆院選をにらんだ選挙共闘での足並みの乱れがあるとの指摘も多い。
本来、不信任案提出では最強硬派のはずの共産党があえて枝野氏に歩調を合わせたのも、主要野党の選挙共闘での共産党の微妙な立場を踏まえたものとみられている。
菅政権発足後、初の国政選挙として注目された「4.25トリプル選挙」は、野党の全勝に終わった。
ただ、保守王国での野党での大逆転となった参院広島再選挙で、共産党は選挙共闘の枠組みから外れた。
参院長野補選でも、地元組織が結んだ立憲と共産の政策協定に国民民主や連合が猛反発。
枝野氏が謝罪する事態を招いた。
依然、共産党を含めた全面的選挙共闘は「実現不可能」(国民民主幹部)なのが実態だ。
野党でありながら、自民との連携姿勢が際立つ日本維新の会の存在も頭痛の種になっている。
8回の国会にわたって継続審議を繰り返してきた国民投票法改正案は11日の衆院本会議で可決、今国会での成立が事実上確定した。
これは「国民の批判を恐れた立憲民主が妥協した結果」(自民国対)だが、維新の馬場伸幸幹事長は「立憲民主は必要ない政党」と罵倒した。
これに対し、枝野氏は10日、菅首相との質疑の中で感染爆発した大阪府を槍玉にあげ、「2回目の緊急事態宣言が解除された時、大阪府知事がいち早く解除を求めた。
明らかな判断ミスだ。
大阪府は朝令暮改で、一番悪いのは大阪府知事だ」などと攻撃した。
吉村洋文知事は維新の最高幹部でもあり、露骨な意趣返しなのは明らかだ。
吉村知事は11日、「(大阪府の病床逼迫は)枝野議員の事実誤認」と強い口調で反論したが、こうした野党の足並みの乱れが、政権危機が叫ばれる菅政権の「最大の安定要因」(自民長老)となっている。
枝野氏は解散の「幻影」に怯えたのか 枝野氏の不信任案見送りの判断には、菅首相が都議会選挙との同日選を狙うことへの恐れもある。
しかし、参院での国民投票法改正案の審議日程も考えれば、不信任案退出を受けた解散断行は会期末の16日かその前日しか想定されていない。
選挙専門家は「会期末解散なら日程的に7月4日の都議選との同日選は無理で、投開票日は7月11日になる」と指摘する。
その場合、首相指名が行われる特別国会は早くても20日以降となり、その後の組閣も五輪開幕の23日と重なる。
このため、野党が会期末に不信任案を提出した場合、「五輪が中止になっていない限り、政治的にも解散はできない」(閣僚経験者)のが実情だ。
にもかかわらず、枝野氏が「解散誘発の恐れ」を持ち出したのは、「野党党首として解散の幻影に怯えただけの戦略ミス」(国民民主幹部)との批判も出る。
枝野氏は4月には「菅首相を退陣させて、私のもと、少数与党で危機と選挙の管理内閣をつくりたい」とも発言していた。
10日の予算委での菅首相との論戦でも「私には危機に対応する知識と経験がある」とアピールした。
野党内には「それだけの自負があるなら、なぜ堂々と不信任を出すと言えないのか」(国民民主幹部)との不信感が広がっている。