2021年05月24日

日本の政治家があまりにひどすぎる「3つの理由」

日本の政治家があまりにひどすぎる「3つの理由」
ワクチン接種で考えざるをえない「深刻な問題」
2021/05/23  東洋経済オンライン
小幡 績 : 慶應義塾大学大学院准教授

新型コロナウイルス対策の迷走、ワクチン接種をめぐる混乱で、政治家への不信がより一層高まっている。
しかし、私が危惧しているのは、それが不信から軽蔑へ、「ただの馬鹿なのか?」という疑問に変わっていることである。

短期間の宣言を「主張」、権力自体も失いかねない菅首相
新型コロナ対策では明らかに矛盾したことを言っている。
それが背後にある利害関係からならば、それは不信にすぎない。
もし「旅行業界とつながっているんじゃないか」「医師会との癒着ではないか」といった類のものなら、戦後、いや人類が誕生してから政治というものが生まれたときから存在しているものであり、問題はあるが、既知のことである。

それよりも深刻なのは、利害関係がないにもかかわらず、子供でもわかるようなおかしなことをしていることである。
今回の緊急事態宣言の延長(5月31日まで)も、4月25日の開始時から5月11日までの17日間で終了することなど無理だとわかっていたことだった。
延長しても、その効果はまったくといっていいほどなく、「最初から長くやっておいたほうが良かった」と言われることは100%確実だったはずだ。
なのに、菅義偉首相はむきになって短期間を主張したようだ。

しかも菅首相は自分の言葉を「バナナのたたき売り」のように安売りし続け、自分の言葉の力どころか、大好きな権力自体も失うことは明白だったにもかかわらずだ。
ワクチン接種の予約も、混乱するのはわかり切っていたのに、事実上、市町村に丸投げし、しかも案の定、またもやひどい予約システムと来ている。

間抜けなことに、このタイミングでデジタル庁設置法案が可決、成立。
「あのさー、デジタル庁を作る前に、まともな予約システムか何かを国で作っておけよ」と多くの人が思っている。
振り返れば、マスクを国民に配るという発想もほとんど効果がなさそうだということはうすうすわかっていたし、病床がひっ迫するのもわかっていたはずだ。

だが、ワクチンの準備では、英米を中心とした各国では、あれだけ死者が激増して政府もパニック状態になっていたにもかかわらず、ワクチン接種の段階になったときの準備を着々と進めていた。
なのに、日本は「Go To」などをやって、ワクチン接種の準備は遅れに遅れ、役に立たないような準備ばかりをしていたことになる。

政治家が愚かである「3つの仮説」
政治家はやっぱり馬鹿なのか? という疑問が出てくるのは当然だろう。
恐ろしいのは、私ですら疑問にとどめているのに、国民の多く、特に若年層にとっては、それは疑問ではなく、結論である。いや結論どころか、常識、空気になっている。大前提となっているのである。
しかし、ここで改めて考えてみよう。

本当に政治家は馬鹿なのか?
事実から行こう。
一連の政治家の振る舞いは愚か(おろか)である。これは動かしがたい。

では、次に「なぜ愚か」なのか? 3つの仮説がある。

仮説1)愚かな人が政治家になっているから
(仮説2)政治家になると愚かになってしまうから
(仮説3)政治家になると愚かに行動することになるから

仮説1については、さらに2つの仮説に分けられる。
仮説1-1 愚かな人が政治家になりたがる
仮説1-2 愚かな人が政治家に選ばれている
まず、仮説1は、政治家の能力、生まれつきの問題であるが、解決策は「愚かでない人」を政治家に選ぶことである
では、どうすれば愚かでない人を政治家に選ぶことができるだろうか?

一般的には、それは民主主義であり、民主主義の徹底を追求することで実現することになっている。
しかし、現実はどうであろうか?
「民主主義とは何か」という問題は置いておき、普通選挙を徹底し、それを公正に行うということを追求することで、現実の世界はこれを実現しようとしてきたし、有識者の多くもそれを当然の大前提としている。
アメリカのドナルド・トランプ前大統領が愚かかどうか、ブレグジット(英国のEU離脱)が誤った決定かどうかなどはさておき、こうした考え方に対して疑問を持つ人々は、この5年で増大した。

一方、中国の習近平国家主席が優れたリーダーかどうか、目標が正しいかどうかの議論はさておき、実力者であることは間違いがない。
民主的な選挙と言われるものでは実力者が出てこず、独裁制の下で生まれてきているという考え方もありうる。
もちろん、共産党内の激しい競争がこれを実現しており、競争こそが重要だという考え方もありうる。

愚かな政治家が選ばれる「2つの理由」
世界的に見て、優秀な国家元首が民主的な選挙で選ばれる確率は低下しているように見える。
ここでは独裁制との優劣比較は論点ではなく、なぜ民主的な選挙で愚かな政治家が選ばれるか、という問題であるから、その理由を考えよう。

形式的には2つ考えられるだろう。
1つは、愚かな人しか立候補しないので、愚かでない人を選べない、という可能性である。
もう1つは、愚かな人が「より得票力がある」という説である。

前者は、政治家という仕事(職業? しかし、職業政治家と一時的に政治家になる人とがいるし、兼業も許されているから、仕事と言ったほうがいいだろう)が馬鹿馬鹿しくて、まともな人は立候補する気にならない、ということである。
後者は、有権者がなぜか愚かな人に投票してしまう、という現象である。

なぜ政治家になるのは馬鹿馬鹿しいのか?
これは仮説2「政治家になると愚かになってしまうから」の問題ともつながる。
政治家になると、もともと愚かでない人でも、愚かに行動するようになってしまう、というストーリーである。
この現象が生じる可能性は、2つある。

まず、漫画的にありそうなのは、政治家になると先生になり、傲慢になり、人の言うことを聞かなくなるから、ということである。
経営者ならガバナンスが効かない状態であり、先生と呼ばれる職業には必ず起こることらしい。
私も先生と呼ばれることに慣れてしまった。

しかし、もっと可能性が高いのは、愚かに行動することを強いられるという現象である。
ガバナンス(統治のシステム)が効きすぎて、愚かになる、という行動である。
これはヘッジファンドやいわゆるモノ言う株主と称するアクティビストファンドに振り回される経営者と同じである。
つまり、「プリンシパル=エージェント関係の議論」でいえば、主人が馬鹿なら、家来も馬鹿にふるまわないと生き残れない、ということである。

「主人」のために馬鹿になる?
これも、仮説3の「政治家になると愚かに行動することになるから」につながる。
先に言っておくと、

仮説2は、主人が馬鹿なために生き残るためには、心から馬鹿にならないとダメ、あるいはそうでないとつらいので、馬鹿になりきっているうちに本当に馬鹿になってしまう、ということである。
「政治家は鈍感でないと、やってられない」とよく言うから、この可能性は高いかもしれない。

一方、仮説3のほうは、馬鹿になり切れない、つまり鈍感ではなく感度は高いままだが、だからこそ「主人の意向を敏感にかぎ取り、主人の望むように“気の利いた”行動をし続ける」ということである。
これは、サラリーマンで出世するには必須条件だ。
日本でもアメリカでも実は変わらない。

「気が利く」「かゆいところに手が届く」「間合いの良いお世辞がうまい行動をとる」「部下などに圧力をかけブラックな行動をとり上司にだけいい顔をする」「とにかく利益を上げ、株価にプラスになることをする」……。
こうしたことはすべて主人の好みによる。

その主人にしても何らかの意味での出世、あるいは所得、資産を増やしたいだけだから、「主人にとっての主人」が株式市場か、世間体か、勲章をもらうことか、という違いがあるだけである。

むしろ興味深いのは、主人が1人の場合と、いろいろな人がいろいろな意見を言う集合体と、どちらがやりやすいか、という話である。
もちろん、それは前者が一般的には楽でわかりやすく割り切りやすいが、後者は極めてしんどい、ということである。

ここまで明示して来なかったが、民主主義の民主的な選挙で選ばれた、そして次の選挙でも選ばれたい政治家にとっての主人は有権者であり、それは群集であり、いろいろなことを言う。これは難しい。
さらに、アメリカのように、イエスかノーか、あるいは弱肉強食主義者と弱肉救済主義者といったように、主義主張が両極端に明示的に分かれていれば、極端に言えば半分だけでもいいが、日本のようなコンセンサス社会、格差といいつつも、価値観はわりと一体となっているところでは、全方位外交をしなくてはならず、八方美人になってしまう。

2012年の途中まで続いた民主党政権の最大の問題は、政権をとったら、事業仕分けをすると同時にバラまきもして、業界団体にも労組にも、すべて支援をもらおうとした全方位外交、八方美人になってしまったことである。
そして、自民党も「民主党よりましだ」ということで圧倒的な支持率を獲得してきた。
どんなに安倍晋三前首相への批判、今の菅首相への批判が出ても、意外なほど支持率が一定水準を保っているのは、民主党の「悲惨な末路」のおかげである。
だが、逆にその結果、自民党は民主党の八方美人を受け継ぐことになった。
業界にも消費者にもいい顔をするから、結局うまくいくはずがない。

公平の厳密性に縛られる日本
さらに日本の問題は、いわゆるサイレントマジョリティの傾向が強すぎる結果、声を上げる一部のクレーマーが世論的なものを形成してしまうことである。
総会屋というものが生まれたのもしかり。
陰湿ないじめの問題がなくならず、悪意のない多数のサイレントな追随者が一部のいじめの重さを増大させているのも、日本的な現象だ。

だから、ワクチンの一部の問題でも攻撃され、それを防止するために、誰からも不満が出ないように万全な行動をとろうとする。
公平にワクチンを配ろうとして、かえって公平性の厳密性に縛られ、迅速に配るということが誰に対してもできない、という愚かな結果に終わる。これが日本である。

蛇足かもしれないが、先日東洋経済オンラインに、ワクチンに関するあまりに愚かな政府およびそのほかの人々の行動に業を煮やしたのか、著名な経済学者たちが連名で、緊急提言を行った(「進まないワクチン予約の劇的改善求める緊急提言」)。
このメンバーには知り合いが多く、親しい人もいる。
提言の内容は極めてまっとうである。
だが今までにも経済学者の意見を聞く機会はごまんとあったはずで、政治や官邸が今耳を傾ける姿勢があるくらいなら、もっと早い段階、つまり、ワクチン実施案を練っていたときに盛り込まれているはずだからだ。

実際、政権の公式なアドバイザーの学者も提言メンバーに入っている。
しかし、簡単なことすらできておらず、かつさまざまな提言を聞こうとしなかった政治家たちが、いまさら聞くわけがないのである。
まあ、だから、政治家よりも各自治体の担当職員へ向けて発表しているのかもしれない。それは賢明だ。

しかし、繰り返しになるが、政治家たちがワクチン接種プロジェクトに対してこんなに出遅れて愚かに行動しているのは(担当大臣まで設置し、デジタル庁という組織の法律まで作り上げたのに)、それ以外のことを彼らの主人たちが求め続けてきたからだと私は見る。
だから、いまさら提言しても、どうかと思うのである。

さて、日本の政治家が愚かに見える理由をいろいろ考えてきたが、上記に掲げた仮説1から3のどれがもっとも当てはまるだろうか。
それは各読者の判断に委ねたいと思う。競馬の予想と一緒で、見方はそれぞれだ(本編はここで終了です。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(1) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「政治家の印象をよくする方法」
日給月給制にすればいいのです。

国会に参加していない、ボイコットする場合
「その日の給料は出ませんよ」にすればいい。

そうすれば 国民は納得する。 [岩陰]・ω・` )
Posted by タカやん at 2021年05月24日 09:42
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