2022年01月26日

政治で顕在化する「コロナ前に戻りたい派」vs「新しい社会を創りたい派」の戦い

政治で顕在化する「コロナ前に戻りたい派」vs「新しい社会を創りたい派」の戦い
2022.1.25 Diamondオンライン
上久保誠人:立命館大学政策科学部教授

オミクロン株の感染が世界中で急拡大する一方で、英国などでは、経済活動を優先する方針を示している。
日本でも、尾身茂・政府分科会会長が「これまでの『人流制限』ではなく『人数制限』がキーワードになる」と指摘していて、「ポスト・コロナ」の社会のあり方が本格的に模索されることになる。

そして、次第に浮上してくるのは、「元に戻りたい人たち」と「新しい社会を創りたい人たち」の争いだ。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

「元に戻りたい人たち」と「新しい社会を創りたい人たち」
「ポスト・コロナ」の社会は、コロナ禍以前に戻るのか、それとも新しいシステムに変わっていくのか。
今年はターニング・ポイントになるかもしれない。
 そこで、「元に戻りたい人たち」と「新しい社会を創りたい人たち」の争いが起きそうだ。

「元に戻りたい人たち」とは、「コロナ禍」対応をあくまで「緊急事態」だと捉える。「緊急事態」が過ぎ去れば、「平時」の社会に戻りたいと考える人たちだ。
 例えば、企業等での「働き方」について、定時に出社して勤務する。
対面の営業も復活し、社内の「飲みニケーション」や客先との接待で、密な関係を築く日本型の働き方に戻ろうとする。
 大学など学校でも、「コロナ禍」が過ぎ去れば、全面的に対面授業という以前の授業スタイルに戻りたいと考える。
サークルなどの課外活動も、コンパのような交流も以前の形が戻ることを望む。

 一方、コロナ禍で会社・学校などで導入されたリモートワークや会議・授業などのテクノロジーを使い続けたいと考える人たちがいる。
要は、「できたことをやめなくてもいい」という考え方をする人たちだ。
 自分の家にいながら、仕事ができるし、学べる。海外の会議にも参加できる。
「移動」が必要ないこの新たな状況を、私は「スーパーグローバリゼーション」と評したことがある(本連載249回)。
 移動が必要なくなり、空くことになる時間と場所は、新しいことに使えばいい。
それがイノベーションを生み、社会を進歩させるべきだということだ。

  「戻りたい人たちvs新しい社会を創りたい人たち」の対立構図は、職場や学校という現場から、政界・官界・財界、そして国際政治に至るまで、さまざまな場面で起こるだろう。

政界の変化、自民党がコロナ禍初期からやったこと
 政界では、コロナ禍以降、長年世界を席巻してきた「新自由主義」が後退しただけではなく、それに対抗して台頭していた「ポピュリズム(大衆迎合主義)」も衰退した。
 諸外国の政府では、行動制限を強いられた国民生活の救済という大義名分で、巨額の財政出動を行うことができた。
国民の注目も、「政府は何をしてくれるのか」に集まることになった。

 一方、それまで、大衆人気を得ていたポピュリストたちは、実際におカネを配ってくれるわけではないので、国民から無視される存在になっていった(第249回・p5)。
 日本においても、同じような現象が起きた。

ひたすら国民に行動制限を求め、何度も医療崩壊の危機に陥った新型コロナ対策や、ワクチンの確保・接種の遅れ、パンデミックの中の東京五輪開催などに批判が集中し、二度の首相交代があった(第284回)。
 だが、自由民主党は昨年11月の衆院選で勝利し、立憲民主党、共産党などの「野党共闘」は議席を減らした。

自民党が、10月に総裁選を実施し、「疑似政権交代」を演出したこと、基本政策が一致しない野党共闘に対する「寄り合い所帯」への根強い不信感があったからだ(第287回)。
 しかし、何よりもコロナ禍に苦しんできた国民の注目が「自民党は何をしてくれるのか」に集中したことが大きかったといえる。

 安倍晋三政権時から、安全保障・経済安全保障関連を除けば、「全世代社会保障」「女性の社会進出」「教育無償化」「働き方改革」「外国人単純労働者の受け入れ」など、社会民主主義的な政策を打ち出していた(第218回・p3)。
 さらに、岸田文雄政権は、政策志向を「左旋回」させている。
アベノミクスで広がったとされる格差を是正し、個人レベルに利益を再配分する「新しい資本主義」などを打ち出しているのだ。

自民党は「新しい社会を創りたい人たち」ではない
 岸田政権は、18歳以下の子どもがいる子育て世帯や住民税の非課税世帯を対象に、10万円を給付する政策を打ち出した。
多くの批判も浴びせられ、対応も迷走したが、岸田首相が格差の是正と利益再分配への強い意向を示すものであった。
 また、岸田首相は企業に対して「賃上げ」を求めていくことに加え、3年間で4000億円規模の「能力開発支援、再就職支援、他社への移動によるステップアップ支援策」を打ち出している。
さらに、「こども家庭庁」の設置も決定した。

保守的な思想による制限はあるものの、福祉・社会保障、女性・子ども・マイノリティーの人権問題などへの政策も次々と打ち出していくことになるだろう。
 岸田政権の「新しい資本主義」に対して、立憲民主党、共産党などの左派野党はまるでさえない。
特に、立憲民主党は泉健太氏が新代表に就任したが、はっきり言って存在感が薄い。
 岸田政権の政策が、本来左派野党が訴えるべきものとかぶってしまっているからだ。

「もっと福祉・社会保障、女性・子ども・マイノリティーへの支援を」と訴えても、岸田政権は「野党さんもそうおっしゃるので、やりましょう」といって、遠慮なくバラマキを拡大する。
 その手柄は、岸田政権のものになる。
左派野党は、自民党の補完勢力になっているのだ。

 自民党は「包括政党(キャッチ・オール・パーティー)」だ(第169回・p3)。
政策の「総合商社」か「デパート」のようなものであり、一応すべての政策課題への対応策を並べている。
しかし、自民党の問題は、政策が「Too Little(少なすぎる)」「Too Late(遅すぎる)」「Too Old(古すぎる)」であることだ(第290回・p6)。

 岸田政権の政策も、一応いろいろ並べてある。
それはいいことだが、そもそも欧米や中国などではすでに何年も前に進んでいることを、「これからやります」といって胸を張っているのだ。
 何よりも問題なのは、「規制改革」についての具体策がほとんど見当たらないことだ。
岸田首相は、「4万件の法律、政省令などの一括的見直しを行い、今春には規制見直しプランをとりまとめます」と述べている(岸田文雄『「賃上げはコストではない」岸田文雄首相が“新しい資本主義のグランドデザイン”を初公開《中国とどう対峙する?》』文春オンライン)。

 だが、どんな規制を見直すのか、これから考えるというのでは、まさに「Too Late」だ。
これでは、デジタル化などは進まず、新しい産業も育たず、また世界から日本は取り残されてしまうことになる。
 規制緩和に後ろ向きであるのは、いわゆる「岩盤規制」と呼ばれる既得権益層を切り崩すことになり、自民党の支持基盤に利益を減らすという「痛み」を強いることになるからだ。
ましてや、コロナ禍からの救済策が求められている時だ。支持者の利益を減らす策は余計に取りにくい。

 要するに、左派野党が主張してきた弱者救済策のようなものは、自民党が予算を付けてやってしまう。
左派野党には存在意義がない。
それよりも、日本が世界の発展から取り残されてしまうことを防ぐために、自民党を批判する「右派野党」が必要とされている。
「右派野党」は「新しい社会を創りたい人たち」か 「右派野党」への期待は、昨年11月の衆院選における民意が示したことではないだろうか。
衆院選で立憲民主党・共産党など左派の「野党共闘」が敗北した一方で、健闘したのが日本維新の会と国民民主党だったからだ(第288回)。

 総選挙後、維新の会と国民民主党が、共闘する場面が目立っている。
また、国民民主党は地域政党「都民ファースト」との連携強化に関する協議を開始した。
これらの動きは、まだ萌芽でしかないし、これらの党が合流するには、さまざまな過去の遺恨がある。
しかし、自民党の右側に位置する野党の台頭は、自然な流れだと考えている。

話題を、「元に戻りたい人たちvs新しい社会を創りたい人たち」に戻したい。
政界の今後の対立軸も、この方向性に沿っている。
従来の「保守vsリベラル」という対立軸は、今後は意味をなさなくなる。
まず、安全保障・経済安全保障を政争の具にする余裕は、現在の日本を取り巻く環境にはない。
 国内政策については、保守は「貧しき者には分け与えよ」、リベラルは「労働者の権利拡大」と真逆だが、実際の政策はほとんど変わらなくなる。
50〜60年代の欧州福祉国家の「コンセンサス政治」のような状況になっていく。
 そして、自民党・公明党の連立与党があり、それを立憲民主党・社民党・共産党・れいわ新選組が補完するのが一つのグループになる。
政策は、平等・格差の是正を軸に、弱者・高齢者・マイノリティー・女性の権利向上、社会民主主義的な雇用政策・社会保障・福祉の拡充、教育無償化、外国人労働者の拡大、斜陽産業の利益を守る公共事業などである。
 それは、「社会安定党」とでも呼ぶべきグループだ。それが、社会の多数派を形成しており、与党となる。

 一方、デジタル化、IT化、スーパーグローバリゼーションを進めたいグループがある。
SNSで個人として活動する人たち、起業家、スタートアップ企業、IT企業などである。
 彼らは、市場での競争に勝ち抜いて富を得ようと考える。基本的に政治への関心は薄い。
しかし、政治の動きが社会の進化から遅れすぎると、邪魔になるので、政治を「Too Little」「Too Late」「Too Old」と厳しく批判する政党があれば、それを支持する。
 これは、「デジタル・イノベーション党」と呼ぶべきグループだ。
日本でいえば、いささか頼りないが、日本維新の会、国民民主党などだ。

普段は政治と関わらない少数派が支持するので、野党である。
「デジタル・イノベーション党」だけで、社会が進歩すればいいわけではない。
富の集中や、IT・デジタル技術を悪用した情報統制や人権侵害を行う「デジタル権威主義」を台頭させるリスクがある。
「社会安定党」にはそれを厳しくチェックする役割がある。
 この「社会安定党vsデジタル・イノベーション党」こそが、日本のみならず、世界の民主主義国における対立軸となっていくだろう。
従来「新自由主義」が主流で、それに「社会民主主義」が対抗する形だった世界の潮流が、コロナ禍を機に真逆となったことを意味している。
界に起きつつある従来の常識を逆転させるような大きな変革を、正確に捉える必要があるだろう
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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