岡田晴恵氏が田村厚労相とのやりとりを明かした「衝撃の記録」、その強烈なメッセージ
2/25(金) 現代ビジネス
白鴎大学教育学部教授の岡田晴恵氏が上梓し、大きな話題を呼んでいる『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』(新潮社)。 新型コロナウイルスの対策について長く取材をし、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)の著書もあるノンフィクション作家の山岡淳一郎氏が評する。
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新型コロナ、日本の満員電車で「クラスター」が起きない「意外なワケ」 岡田氏に偏見を抱いていたが…
岡田晴恵・白鴎大学教育学部教授といえば、2020年初頭からテレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」や「グッド! モーニング」を中心に連日、テレビ番組に出演し、新型コロナウイルス感染症の解説をしておられた。
テレビをつければ「岡田さん」が現れ、ネットには「売名行為」「恐怖を煽っている」とネガティブなコメントが溢れた。
生放送の番組のなかで、事実誤認と指摘される発言もあった。
デイリー新潮などは『コロナバブル「岡田晴恵」教授が語る“あか抜けた理由” 満身創痍の日々(2020年05月12日)』とか、『コロナ第3波なのにどうした? 岡田晴恵教授が「羽鳥モーニングショー」に出ない事情(2020年11月30日)』と芸能人枠でイジり倒している。
そんな風潮に私も少なからず影響を受けていた。
正直に言えば、ある種の偏見を抱いていた。
ところが、だ。書店で岡田氏の最新著『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』の版元を見て、驚いた。
新潮社なのである。
デイリー新潮で岡田氏を追いかけながら、単行本も編集していたとは……。あまりの落差に、どんな内容だろうと、本を買って、「はじめに」を読むと、おもしろい。
いきなり田村憲久厚生労働大臣(当時)が、2021年8月に電話で岡田氏に話した内容が「」で引用される。
「コロナの女王」と揶揄される陰で岡田氏は田村厚労相と連絡を取り合い、対策が後手に回らないよう助言し、ディスカッションをしていた。
まさに秘められた闘いに挑んでいたのだ。
では、彼女は何と闘っていたのか?
「延々とこの国の組織や制度が作り上げてきた巨大で強固な壁」とである。
私も医療や行政の現場と政治の動きを取材していて、「巨大で強固な壁」にぶつかることは再々あった。
たとえば、ウイルスのゲノム解析の情報を国や都道府県から集めようとしても「公にすることにより、(略)、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼす」(東京都情報公開条例第7条)などを理由に拒絶される。
ゲノム情報がなければ、いつ、どこから変異ウイルスが拡がったかわからず、対策の評価もできない。
あるいは、PCR検査の抑制策に対して、当初、「厚労省と専門家ら」は「検査容量の不足に加え、検査希望者が病院に殺到することによるクラスター発生のリスクを強調して検査限定方針の正当性を主張」した(新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書)。
その後、無症状感染者を見つけるための検査拡充、陽性者の保護・隔離が重要だと多くの医学者やメディア関係者が唱えても、検査限定の基本方針は変わらなかった。
いまや検査不足を追認し、検査しなくても医師の判断で陽性となる有様だ。
検査限定の根底に「行政検査による検査権と既得権益の維持」があったと考えられる。
感染症ムラの実態
では、その既得権益とはどのようなもので、それを守ろうとするのは誰か。
既得権益を守ろうとしているのはいわゆる「感染症ムラ」である。
厚労省-国立感染症研究所(感染研)-地方衛生研究所(地衛研)・保健所、関連する大学研究室などで構成されるコミュニティだ。
ムラの中心にある感染研は独立行政法人ではなく、厚労省大臣官房厚生科学課に属し、健康局結核感染症課の下に置かれている。
ゲノム情報などは感染研が集める。
行政検査にしておけば、大切な基礎データはすべて感染研の掌中に入る。
岡田氏は、この感染研に1990年代後半に採用され、「11年間耐えた」という。
感染研では厚労省に都合のいい情報を出して、自身の保身を図ることがまかりとおっていたようだ。
科学研究費(科研費)の割り振りが鍵を握る。
『秘闘』にこうつづる。
「……(感染研に在籍当時)日々の業務の中で厚労科研費による仕事はしているが、こちらから科研費をもらいに行く必要はなかった。
感染研には厚労省から科研費と研究テーマが割り振られてくるからだ。
部長やセンター長らが班長となって、本省から来る潤沢な科研費を部下や意に沿う大学の研究者(教授)に「配って」いた。
本省の意を汲むような仕事(研究)をすべきだと考えている所長もいた。
だから、厚労行政に口を出すような研究結果は出すべきではない、としていた」
「リスクは低い」という発言
今回の新型コロナ対策では、ふたりの感染症ムラの首領が陰に陽に動いている。
57病院を傘下に置く「地域医療機能推進機構(JCHO)」の理事長にして、内閣官房の新型コロナウイルス感染症対策分科会長を務める尾身茂氏。
もう一人は、分科会長代理で内閣官房参与、川崎市健康安全研究所長の岡部信彦氏だ。
当初、両氏とも、新型コロナ感染症のリスクを低くみていたきらいがある。
2020年1月14日に中国の武漢市当局が「人から人への感染の可能性を排除できない」と発表した後、岡部氏は「仮に人から人への感染があったしても、リスクはインフルエンザや麻疹などと比べても、とても低い」とコメントしている。
尾身氏は、2020年7月16日の経団連フォーラムで「新幹線のなかで感染は起きていない。旅行自体が感染を起こすことはない」「3密を避ければ感染リスクは低い」と認識を示し、GoToトラベル事業の開始を後押しした。
私がありありと覚えているのは、2020年12月25日の尾身氏と菅義偉首相(当時)が並んで行った記者会見だ。
4日前に、感染急拡大、死亡者の増加を受けて、日本医師会や日本病院会など9団体が「医療緊急事態宣言」を出していた。記者から首都圏に緊急事態宣言を出す可能性を訊かれた菅首相は「尾身会長からも、いまは緊急事態宣言を出す状況ではない、こうした発言があったことを承知しています」と答えた。
補足を促された尾身氏は、「急所(飲食での感染リスクの抑制など)が十分に押さえられていないのが、感染拡大の原因と思います。国と自治体が一体感を持ったメッセージを出してもらって、国民、みんなが同じ方向に向かうことが一番求められている」と述べ、緊急事態宣言の説明をはぐらかした。
個人的には、ここが大きな「分岐点」だったと思っている。
死亡者を急増させるか否かの分岐点である。
年が明けた2021年1月8日、政府は慌てて2度目の緊急事態宣言を出す。そこから宣言を出しては解除し、感染が拡がるとまた宣言という「ハンマー&ダンス」をくり返す。
重鎮が役職を掛け持つ
ともに古希を過ぎた尾身氏と岡部氏は、内閣官房の諮問組織だけでなく、厚労省に助言する専門家グループ「アドバイザリーボード」のメンバーでもある。
両氏は、官邸と厚労省を行き来している。
それだけ重宝されているのだろうが、役職の掛け持ちはポジショントークの余地を与えているともいえる。
岡田氏は、『秘闘』に田村厚労相の発言を次のように記している。
「尾身先生が、それまで『大丈夫だ』と言ってきたのに、急に『ヤバい、危ない』と言動を変え始めたのは1月頃(2021年)だった。
分科会ではなく、厚労省のアドバイザリーボードでの発言が先だった、こっちでばかり言っていた。
分科会では言わないんだ。尾身先生たちは分科会もアドバイザリーボードも両方入っているけれど、その手の発言をするのはアドバイザリーボードだけだった」
つまり、厚労省側の会合では警鐘を鳴らす言質を残し、内閣官房の集まりでは経済イケイケに同調して口をつぐむ。
極めて政治的に動く専門家の姿が浮かび上がってくる。
2021年8月、デルタ株の感染拡大で、あちこちで医療崩壊が起き、40代、50代の働き盛りの患者が亡くなった。
岡田氏は、電話で田村厚労相に強い口調で申し入れる。
「まず、早くカクテルを外来でやれるようにしてください。何とか東京都を説得して、集約的医療施設、措置病院をつくってください。
私はテレビの解説で福井の体育館を使った病床確保を紹介しました。
福井は地方のコロナ医療の一例を示したのです。モデルケースができると他の自治体も横並びになります」
田村厚労相は、小池百合子東京都知事に掛け合い、集団医療施設の立ち上げを認めさせたという。
が、しかし……オミクロン株の感染拡大で、連日、全国で200人以上の患者が亡くなっている現在も、東京には集団医療施設はない。
大阪で中等症患者用の大規模医療・療養センターが2月15日に始まったところだ。
『秘闘』は、感染症ムラをオブラートに包まず、ありありと描いた。
そこにドキュメントとして後世に残す大きな価値があり、岡田氏の並々ならぬ覚悟が伝わってくる。
山岡 淳一郎(ノンフィクション作家)