2022年04月08日

世界に広がる「ロシア排斥」の深刻な実態、芸術・文学・料理まで

世界に広がる「ロシア排斥」の深刻な実態、芸術・文学・料理まで
2022.4.7  Diamondオンライン
矢部 武:ジャーナリスト

世界に広がる ロシア人排斥の動き  
ロシアによるウクライナ軍事侵攻をきっかけに、世界中でロシア系住民が差別や嫌がらせ、脅迫、暴力などの標的にされている。
 イギリスのロンドンにあるロシアレストランでは「ウクライナ戦争反対」のメッセージを掲げ、収益の一部をウクライナ難民の支援活動に寄付しているにもかかわらず、店のホームページには「お前たちはプーチンのロシア人だ!」「ロシア人は殺人者だ!」など、怒りや非難のメッセージが殺到しているという。

 そしてカナダのバンクーバーでは、ロシア政府と関係のないロシアのコミュニティーセンターが破壊され、ウクライナ国旗の色である青と黄色のペンキが辺りに飛び散っていた。
さらに米国のワシントンDCやニューヨークにあるロシアレストランでも窓やドアが壊されたり、看板に侮辱的な落書きをされたり、店のオーナーや従業員が「国へ帰れ!」などと罵声を浴びせられたりしている。

 彼らの多くは長く海外で暮らし、ロシア政府やプーチン大統領とは関係ないが、プーチン氏が始めた侵略戦争の責めを受けている。
 つまり彼らは、「ロシア帝国の復活」という妄想にとりつかれた一人の狂人のような男が引き起こした戦争とは何の関係もなく、しかも戦争反対の意思を示しているにもかかわらず、「人殺しのロシア人」とひとまとめにされ、非難されているのである。

世界に広がるロシア人排斥の実態を明らかにし、その危険性について考える。
マンハッタンにある 老舗レストランも標的に  ニューヨーク・マンハッタンのカーネギホールとメトロポリタンタワーの間に、95年前に創業された老舗ロシアレストラン「ロシアン・ティー・ルーム(RTR)」がある。
 アール・デコ調の高級感ある装飾が施されたお店は人気歌手のマドンナやフランク・シナトラなどエンターテイナーや観光客のぜいたくなたまり場となっていて、300ドル(約3万6000円)もするキャビアや高級シャンパンなどが人気だという。

 RTRの創業者は旧ソ連の共産主義独裁政権に反対して米国に渡ったそうだが、現在の経営者もロシアのウクライナ侵攻直後に発表した声明の中で、「私たちはプーチンに反対し、ウクライナを支持します。ウクライナの人々とともにあります」と述べている。
にもかかわらず、お店のホームページには嫌がらせや脅迫などのメッセージが殺到しているという。

 こうしたロシア人排斥の動きは芸術界やスポーツ界にも広がっていて、ニューヨークのメトロポリタンオペラ(MET)では、プーチン大統領を公に非難するように求められたロシア出身の有名オペラ歌手、アンナ・ネトレプコが要請に応じなかったために降板させられた。
 METはCNNに宛てた声明で、「METとオペラにとって非常に大きな芸術的損失だ」「アンナはMETの歴史上最も偉大な歌手の一人だが、プーチン氏がウクライナで罪のない人々を殺害している現状では、他に方法がなかった」(2022年3月4日)と述べている。
 また、イギリスのウェールズでは、カーディフ・フィルハーモニー管弦楽団が予定していた公演プログラムからロシアの作曲家チャイコフスキーの音楽を外して、他の作曲家の音楽に差し替えた。
時代の違うチャイコフスキーの音楽まで排除するというのは行き過ぎではないか。

 さらにこの動きはスポーツ界にも及び、米国とカナダで人気の北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)でプレーするロシア人選手が差別や脅迫を受けている。
 あるロシア人選手は路上を歩いていると、見知らぬ男に「荷物をまとめてロシアへ帰れ!」と罵倒され、また、別のロシア人選手の妻がインスタグラムに子どもと一緒に撮った写真を投稿すると、「ナチスの子どもだ」と差別的な書き込みをされたという。
 このようにプーチン大統領の戦争とは関係ない在外ロシア人がさまざまな分野で差別され排斥されているが、なぜこのようなことが起こるのか。

「戦争ヒステリー」による 悲劇は繰り返される
 そこには、戦争やテロ、災害などで人が極限状態に追い込まれたときに陥る「戦争ヒステリー」と呼ばれる特殊な心理状態がある。
そうなると、人は不安や恐怖に駆られるあまり、誤った行動を取りやすいのだという。

 これは米国に限ったことではないが、特に米国はこれまで何度も「戦争ヒステリー」状態に追い込まれ、罪のない人々を差別し迫害してきた。
 最近では、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「チャイナ・ウイルス」「カンフルー(カンフーとインフルエンザの造語)」などと呼び、中国に対する憎悪をかき立てた。
その結果、アジア系米国人に対する差別、暴力、嫌がらせなどのヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増した。
 また、2001年の9・11同時多発テロ事件の後にも、アラブ系・イスラム系住民に対する憎悪が一気に高まり、嫌がらせや脅迫、殺人などが相次いだ。
 同時多発テロ事件から1週間もたたないうちに、テキサス州ではパキスタン系の飲食店主が、カリフォルニア州ではエジプト系の雑貨店主がそれぞれ、「お前ら、テロリストは国に帰れ!」と罵声を浴びせられた後、銃で射殺された。
 その後、全米各地のアラブ系・イスラム系の商店主たちは「われわれはテロリストではない。米国人だ」ということを示すために、店の外に星条旗を掲げ、「テロと戦うために団結する」というポスターを貼るようになった。

 ブラウン大学の調査によると、同時多発テロ事件の前年である2000年から2009年の間に、米国で報告されたヘイトクライムの総件数は18%減少したが、同じ期間内にイスラム教徒を狙ったヘイトクライムの件数は500%増加したという。
 同時多発テロ事件の直後は米国の法執行機関も「ヒステリー状態」となり、数カ月間で1000人を超えるアラブ系・イスラム系住民を「テロに関与した」という具体的な容疑や確かな証拠がないまま逮捕し、勾留した。
このうち約1割は起訴されたが、ほとんどはテロと無関係の公文書偽造、詐欺、銃火器法違反などの罪状だったという。

 また、皮肉なことに、同時多発テロ事件後に高まった反イスラム感情はトランプ前大統領の政治家への転身を助けることになった。
 ニューヨークで不動産会社を経営していたトランプ氏は2016年の大統領選に立候補する数年前、当時のオバマ大統領がイスラム教徒ではないかと示唆する発言を繰り返した。
 それが事実でないことはオバマ氏本人によって証明されたが、トランプ氏はそれについて謝罪しなかった。
それどころか、この発言で政治的に有名になったトランプ氏は大統領選に立候補し、反移民や反イスラム教徒などを掲げて保守派の支持を集め、当選したのである。

かつては日系人を 「敵性外国人」として排斥
 米国の「戦争ヒステリー」の過去をもっとさかのぼれば、第2次世界大戦中の旧日本軍による真珠湾攻撃の後、12万人以上の日系米国人が「敵性外国人」として住む家を追われ、強制収容所に収容されたという悲劇もあった。
 この時、日系人の大多数は米国市民だったにもかかわらず、米国政府への忠誠心を試すテスト(Loyalty test)を受けさせられ、次のように尋ねられたという。
「あなたはアメリカ合衆国に無条件で忠誠を誓い、国内外のいかなる軍隊の攻撃からも合衆国を守り、日本の天皇や外国の政府、権力、組織に従わないことを誓いますか?」と。
 彼らの多くはこの忠誠心テストに抗議することなく署名したが(それを米国市民に強制するのは憲法違反だったにもかかわらず)、なかには署名を拒否したことで、より厳しい待遇の収容所に送られた者もいたという。

 日系人の強制収容については後に米国政府も過ちを認め、1988年にレーガン大統領が日系人に謝罪し、賠償金を支払った。
また、バイデン大統領も最近、「米国の歴史の中で恥ずべきことの一つであり、二度と繰り返してはならない」と改めて謝罪した。
 にもかかわらず、多くの国で今、「戦争ヒステリー」による過ちが繰り返されている。

非難すべき相手を 間違えてはいけない
 大切なのはプーチン大統領とロシア政府に侵略戦争の責任をきっちり取らせることであり、ロシア政府と関係のない在外ロシア人をひとまとめにして差別し、攻撃することではない。
非難すべき相手を間違えてはいけないのである。

 イギリスに6年間住んでいるというロシア人男性シェフはワシントン・ポスト紙の取材に、「ロンドンとモスクワで私が知っている(ロシア)人のほとんどは戦争に反対しています。
私たちはロシア人であることをやめることはできないし、戦争をやめさせることもできません。
私たちは今後もロシア人であり続けますが、隣人を殺そうとするロシア人ではありません」(2022年3月7日付)と語っている。
 それから彼は、「祖国については誇りに思っていることはたくさんあるが、今それについて話すのはふさわしくない。私たちはトルストイとドストエフスキーの国ですが、今はそうではありません」と付け加えた。

 繰り返しになるが、プーチン大統領は悪だが、在外ロシア人やロシアの料理(食品)、芸術、文化、文学まであらゆるものを排除・排斥しようとするのは間違っている。
実際、ロシアの文化や文学は体制や権力を批判してきた歴史があり、それを排除するのではなく、むしろ積極的に学んで理解するべきではないか。
 世界中が反ロシアの集団ヒステリー状態に陥ってしまったようななかで、間違った行動をしないためにはどうすればよいのか。
その良い模範を示してくれた人物がいる。
 前述の日系米国人の強制収容が行われた第2次世界大戦中、コロラド州知事を務めたラルフ・カー氏である。
 カー氏は当時のルーズベルト大統領を含めほとんどの政治家が強制収容を支持するなかで、「それは非人道的で、合衆国憲法に反する」と公然と反対し、州知事として他州を追われた日系人を受け入れ、彼らの基本的人権が損なわれないようにさまざまな支援を行った。
 カー氏がそうしたのは、真珠湾を攻撃した旧日本軍と当時の日本は敵(国)だが、米国市民である日系人は人種的には同じだが敵ではない、と両者をはっきり区別したからである。

 今世界各国の指導者や国民に求められるのは、カー氏のような強い信念と冷静な判断力、勇気ある行動ではないだろうか。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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