2022年06月24日

「年収200万円暮らし」炎上の裏で、最低賃金1000円の公約もみ消す自民党の二枚舌

「年収200万円暮らし」炎上の裏で、最低賃金1000円の公約もみ消す自民党の二枚舌
(ノンフィクションライター 窪田順生)
2022/06/23 Diamondオンライン

「最低賃金1000円」という言葉が 自民党の公約から消えた
 世界各国で着々と賃上げが進む中、日本だけで賃金の横ばいが30年続き、ついには平均給与で韓国にまで抜かれてしまった。
さらに、「年収200万円で豊かに暮らす」という書籍タイトルも炎上したことも受けて、「なぜ日本の賃金はいつまでも上がらないのか」という議論が活発に行われている。
 その「答え」がつい先日、これ以上ないほどわかりやすい形で国民に示された。

6月16日に発表された、自民党の参院選公約である。
 6年前から参院選のたびに掲げていた「最低賃金1000円」という数値目標がしれっと引っ込められたのだ。
野党の多くは「1500円」など数値目標を掲げているのに、自民党はサクッともみ消したのだ。
 岸田政権は「最低賃金1000円の早期達成」を打ち出している。
6月7日に発表した「新しい資本主義実行計画工程表」の中にも、表の「枠外」ではあるが、「できる限り早期に全国加重平均が1000円以上となることを目指す」とちゃんと明記されている。

にもかかわらず、岸田首相が総裁を務める自民党ではスルー。
なぜこんなダブルスタンダードが起きるのか。

反対勢力のご機嫌取り 国民の妥協こそ低迷の元凶
 報道では、「公約に目標額を記載しなかった理由には直接答えず、労働者や企業側の代表者らによる審議会での議論に委ねる姿勢を示した」(東京新聞6月16日)ということだが、「選挙対策」であることは明白だ。
「最低賃金1000円」に反対する中小企業経営者の業界団体である日本商工会議所、全国商工連合会は自民党の有力票田だ。
機嫌を損ねたら大勝できない。
配慮のために引っ込めたと考えるのが自然だ。

実際、2カ月前、日本商工会議所は「最低賃金に関する要望」を政府に届けて、「最低賃金の引上げを賃上げ政策実現の手段として用いることは適切でない」と自民にくぎを刺している。
 そう聞くと、「まあ、政治は選挙に勝たないことには何もできないんだからある程度の妥協はしょうがないだろ」と感じる人もいるかもしれないが、実はその“妥協の構図”に日本が30年賃上げできなかった原因がすべて集約されている。

 政府は世論の支持が生命線なので「最低賃金引き上げます!」と国民ウケのいいことを盛んにアピールするが、自民党としては中小企業団体からの選挙支援も大事なので、その裏で「実際はそんなに上げませんのでご安心を」と賃金引き上げの足を引っ張らざるを得ない。
この「選挙での勝利と引き換えに最低賃金の引き上げをあきらめる」という妥協を、自民党政治家が30年以上も続けてきた結果が、「安いニッポン」である。

 この構造は、同じく有力支持団体の日本医師会と自民党の関係を思い出していただければわかりやすい。
新型コロナ感染拡大で公立病院などに患者が集中しても「町医者」がノータッチという問題や、「2類相当」の扱いがいつまで経っても見直されず結局ウヤムヤにされたのは、日本医師会が自民党の有力支持団体だからだ。
政治力学的に自民党政権は、日本医師会が嫌がる「医療改革」ができないのだ。

 賃金もこれとまったく同じことがいえる。
世界では最低賃金の引き上げは国民生活を維持するためのメジャーな経済政策だが、日本ではいつまで経ってもウヤムヤにされている。
自民党的に有力支持団体の逆鱗に触れる「NG政策」だからだ。

各国で賃金は上がっているのに 日本は労働者、消費者を貧しくさせる
 こんな話をすると脊髄反射で、「最低賃金を大きく引き上げると、中小企業が倒産して失業者が大量にあふれかえるので、自民党は責任政党として慎重に判断をしているのだ」という反論する自民党支持者の方も多い。
しかし、実はそういう珍妙なロジックを唱えて、最低賃金を引き上げない国は世界でもかなり珍しい。

 例えば、米国のロサンゼルスでは7月1日から、最低賃金がこれまでの時給15ドルから16.04ドル(日本円で約2179円、6月22日現在)へと引き上げられる。
これは中小零細だからと免除されるようなものではなく、全ての事業所が対象だ。

また、法定最低賃金に物価スライド制が採用されているフランスでも、5月から最低賃金が10.85ユーロ(日本円で約1552円、同上)にアップした。

オーストラリアの公正労働委員会も7月から現在の最低賃金20.33豪ドルから21.38豪ドル(日本円で約2006円、同上)に引き上げる。
こちらも5.2%の引き上げ幅だ。

 アジアも普通に最低賃金を引き上げる。
ベトナム政府も7月1日から最低賃金を月額で全国平均6%引き上げる。
これは世界的な物価高とかではなく「平常運転」で、20年1月1日にも平均5.5%引き上げている。
マレーシアでも5月1日、地域により月額1000〜1200リンギットだった最低賃金が全国一律で1500リンギット(約4万6305円)まで一気に引き上げられている。

 これらの国々は、今回の世界的な物価上昇で慌てて賃上げをしているわけではなく、それ以前から継続的に最低賃金を引き上げているのだ。
しかし、そこで日本のように、「最低賃金を引き上げたら倒産が増えて国内は地獄になる」みたいなヒステリックな終末論が叫ばれることはない。
 もちろん、どの国でも反対する中小企業経営者はいる。
しかし、物価が上昇して価格が上がるのが当たり前のように、物価が上昇すれば賃金もそれにともなって上がっていくのは経済の常識である。
むしろその好循環を後押ししないと、経済は成長しないという考え方がベースにある。

 だから日本のように「物価は上がったけど、今こそ辛抱の時だ!」なんて精神論を唱えて、労働者=消費者を貧しくして、自国経済を冷え込ませるようなことはしないのだ。
「いや、韓国を見ろ!最低賃金を引き上げたことで今は地獄のようになっているぞ」とか言う人もいるが、実はそれはウクライナ報道と同じで、「日本人は日本人がハッピーになれるような国際ニュースしか耳に入れない」といういつもの悪いクセだ。
 最低賃金を引き上げても失業率には影響がないという海外の論文を紹介して、最低賃金引き上げの必要性を唱えるデービッド・アトキンソン氏の「反論」を引用しよう。

<それはやはり日本のマスコミと日本の評論家の中身のなさを反映しているだけですね。
あの時(韓国が最低賃金を引き上げた時)に、失業率はボンっと跳ねた。
日本では絶対にするもんじゃないって。
(マスコミも)いいこと言うじゃんって。
ただマスコミはそれしか見ないですから。その後どうなったかって、みんなもう無関心・思考停止っていいますか。
あの2回目(賃上げを)やった後に、韓国の労働生産性は日本より初めて上にいったんです>(nippon.com 21年10月25日)

 確かに冷静に考えれば、「最低賃金を上げたら失業者増」というストーリが思考停止の賜物だということはわかる。
 社員を最低賃金ギリギリで使っている経営者は、確かに最低賃金引き上げによって会社が倒産するかもしれない。
しかし、そこで失業者になるのは、その経営者だけだ。
社員たちは別にこの会社と「奴隷契約」をしているわけではないので転職をするからだ。
しかも、新しい就職先は、最低賃金引き上げによって前の会社よりも賃金が高い。
同じスキルの人がそれまでよりも高い賃金を生み出すということは、労働生産性も上がったということだ。
こういう現象が、日本全国で広がれば、日本の労働生産性も上がっていくのだ。
 日本経済が成長していないから賃上げできないというが、海外のエビデンスを見ると事実は真逆だ。
日本は継続的な賃上げをしないから、いつまで経っても経済が成長しないのである。

88年前から指摘されている 日本の労働者の賃金が安い理由
 では、なぜ日本だけで、「最低賃金を上げたら失業者増」というこの珍妙な経済観が根付いたのだろうか。
 ひとつにはこれまで述べてきたように、日本商工会議所など有力経営者団体と自民党がしっかりとタッグを組んで半世紀以上も「最低賃金の引き上げは恐ろしい」という常識を広めてきたことが大きい。
これまで自民党議員は、最低賃金の引き上げを阻止すればするほど選挙に強くなるというインセンティブがついたからだ。

 そこに加えて、「賃金は低くていい」というのが日本の伝統的な美徳だったということも大きい。
それが保守政党である自民党の政策的にもフィットしたし、保守的な考えの政治家も受け入れやすいということもあるだろう。
 実は日本の低賃金はこの30年の問題だと勝手に思い込んでいる人が多いが、日本が「高賃金」だった時代などほんのわずかで、日本は近代からずっと低賃金だ。
 例えば、今から88年前の経済書「平価切下とソシアルダンピングの話」(昭和9年 和甲書房)の中で、「日本の労働者の賃金は何故安いか」という問題が論じられている。

低賃金の原因として、日本が世界第2位の人口密度をもっている「超満員の国」だからなどさまざまな考察がされているが、注目すべきは、現代にも通じる中小零細企業の問題を指摘していることだ。
「第三には我が国の企業組織だ。紡績業や鉄工業・船舶製造業等の如きは欧米各国に劣らぬ大規模な進んだ設備を持つているが、尚一般には小規模の手工業・家内工業が甚だ多く取り入れられている。
(中略)家内工業の性質として、少ない資本で長い時間を働き。家族全体がこれを手伝って、一人前の仕事をするといふやうな事から、賃金はグッと低下される」(P.87)

 日本企業の99.7%は中小企業で、労働者の7割が働いている。中小企業の賃金が低いので、日本の賃金は低い。
約90年前から日本の産業構造と、それがもたらす低賃金という問題は何ひとつ変わっていないのだ。
 このように、「小さな会社の賃金はグッと低下される」というのが日本経済の伝統だとすると、自民党が最低賃金の引き上げに消極的なのも納得ではないか。

 保守政党というのは基本的に、これまで続いてきたことを続けようという考えがベースにある。
そこには科学的視点や合理性はない。
「続いてきたことを守る」ということが何よりも大事なのだ。

年収200万円で豊かに暮らす道は 日本人にピッタリ!?
 低賃金を守る、という自民党の基本スタンスを多くの日本人は消極的だが受け入れている。
 今回、自民の公約から「最低賃金1000円」が落ちたということにも、ほとんど関心がない。
「給料が上がらない」と文句は言っているが、そこにマグマのような怒りはなく、「まあしょうがないか」とあきらめてしまっている。
 これも約90年前から続く日本人の伝統である可能性が高い。

先ほどの経済書が興味深いのは、日本人労働者が低賃金である理由として、日本人の国民性も指摘していることだ。
「第四には国民の生活が伝統的に、一般的に簡易だから、安い賃金でも暮し得る。
第五に、日本人は個人主義的な欧米人と違ひ、家族主義であり、家族員各自の稼ぎを出し合つて暮しを立てて行く良風があるから、自然安い賃金でも満足している。
第六に、日本は資源に乏しいから、どうしても賃金が安くなる。
第七に、労働能力が低いから賃金も安い。
これ等の事で、日本人は安い賃金でありながら大した苦痛を感じてはいないのだ」(同上)

 最近、「年収200万円で豊かに暮らす」という書籍タイトルが炎上したが、実はあれは日本人の本質をついている。
我々は祖父母の世代から、「労働者ってのは低賃金で生きるものだ」と受け入れて、さまざまな理由をつけて自分たちを納得させてきた。
一方、企業経営者や政治家という「上級国民」は、その低賃金労働者をこき使って、彼らがそこそこ満足をする豊かな社会をつくってやる。そういう役割分担がしっかりなされていた。

 今回の自民党の公約からも、そういう日本の伝統的な社会システムが、実が100年経過してもそれほど変わらず続いているという現実を浮かび上がらせている。
 中小企業経営者団体によれば昨年、日本は最低賃金を約3%ほど引き上げたが、経済に大変なダメージを負わせているという。
物価高で疲弊する中小企業にはこれ以上の重い負担は課せられないという。
 世界とは全く逆の考え方だが、これが日本の伝統的な経済観なのだ。

自民党も参院選で大勝すると言われているので、この流れは止められないだろう。
そろそろ我々も悪あがきはやめて、先人たちのように賃金が上がらない事実を受け入れて、「年収200万円で豊かに暮らす道」を模索していった方がいいのかもしれない。

小だぬき
我慢することを今回の選挙で止め 共産党に希望を託してみませんか。
参議院選挙では政権交代は起こりません。安心して「実験」してみませんか?

posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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