2022年06月30日

学校で「いい先生」が正規教員になれない理不尽

学校で「いい先生」が正規教員になれない理不尽
現場の評価と一致しない採用試験の評価
佐藤明彦 : 教育ジャーナリスト
2022/06/29 東洋経済オンライン

公立学校では非正規雇用の教員が増え続けている。
その数は全国の公立学校で5〜6人に1人に上る。
教師という職業に、いったい何が起きているのか。
特集「『非正規化』する教師」の第4回は、実力のある非正規教員が正規教員になれない背景に迫る。

「なぜ、あの人が正規教員でないのか」 人づてに耳にした言葉に、中部地方で高校の理科教員をする武田晴久さん(仮名)は複雑な思いをした。
武田さんは、今年で非正規教員13年目を迎える。
武田さんが周囲から「正規教員」でないことに驚かれるのは、高校の教師として特筆すべき能力と実績があるからだ。
一つは、大学・大学院時代を通じて深めてきた生物・地学領域での専門性だ。
大学院を卒業後も博物館でボランティアをするなど、この領域への探究心は強く、自ら学んで得た深い知見は日々の授業にも生かされている。

もう一つは、部活動顧問として全国優勝を成し遂げたことだ。
理科教員ならではの知識とスキルを生かし、ある競技でチームを頂点に導いた。
「一般企業ならとうに採用している」 そんな武田さんに対して、部活動で付き合いのある会社経営者は冒頭のように、「なぜ、あの人が正規教員でないのか。一般企業ならとうに採用している」と話したという。

「他の先生から聞いた話ですが、うれしかった反面、自分の実績と立場の釣り合いが取れていないことに複雑な思いもしました」(武田さん)
大学院を卒業後に教員採用試験を受けたが、当時は倍率が10倍をはるかに超えていたこともあって合格することができなかった。
その後も毎年、採用試験は受けているが、あと一歩のところで合格ラインには届いていない。
その結果、現在に至るまで臨時的任用教員(常勤講師)として教壇に立ち続けている。
教員として10年以上のキャリアのある武田さんは、周囲から一人前と認められ、「仕事ができる人」と言われることもある。 民間企業の場合、非正規社員として実績を残せば、それが職場の評価となって正規社員に登用されることがある。
加えて、有期労働契約が通算5年を超えた場合、本人が希望すれば期間の定めのない労働契約に切り替えられる、いわゆる「無期転換ルール」がある。
そもそも、昨今は中小企業を中心に人手不足が著しく、人材の確保という側面から、非正規社員の正規化を図る企業も少なくない。
そうしたことから、民間企業の非正規率は2019年の38.3%をピークに2年連続で減少するなど、状況はわずかながら改善に向かっている(総務省「労働力調査」)。

しかし、公立学校には民間企業のような「無期転換ルール」がなく、長い人は10年以上にわたって非正規雇用のまま働き続けている。
人手不足が著しい状況にもかかわらず、非正規教員の正規化を積極的に図ろうとする自治体は皆無に等しい。

「現場の評価」と「採用試験での評価」が一致しない
教員には民間企業のような正規化のルートがないことから、どんなに学校での評価が高くでも、正規教員になる唯一の道は教員採用試験を突破することだ。
実は武田さんのように、高い能力と実績を持っているにもかかわらず、採用試験に落ち続ける人は珍しくない。
中には高い授業力があり、学校のキーマンとして活躍しているような人が、非正規教員というケースもある。

首都圏の公立小学校に勤める川島和希さん(仮名)も、そんな教師の一人だ。
非正規教員として働き続けて10年近くの間、正規教員が敬遠するような難しいクラスの担任を幾度となく受け持ち、時に荒れた学級の立て直しを任されることもあった。
学校教育や子どもたちに対する貢献は計り知れない。
こうした人たちが非正規のまま働き続けているのは、「職場での評価」と「教員採用試験での評価」が一致しないことによって起こる現象だ。

教員採用試験の実施形態は自治体によって異なるが、おおむね1次試験と2次試験の2段階で行われる。
1次では主に筆記試験が課され、教育に関する学術的・制度的な知識が問われる。
出題範囲は非常に広く、しっかりと対策をして本番に臨むことが必要となる。
それを突破して2次に進めば、面接や模擬授業などが待っている。

しかし、臨時的任用教員としてフルタイムで働きながら受験する人の場合、対策の時間を取りづらい。
そうした状況がある中で、試験対策の時間を十分取れる大学生と肩を並べて毎回試験に挑まなければならない 。
武田さんも1〜2年目は仕事を覚えるのに手いっぱいで、試験対策をほとんどすることができなかった。
その結果、あえなく1次試験の壁に阻まれることとなった。
3年目に初めて1次を突破した武田さんは、2次試験の面接・論文に向けて、万全を期そうと思った
だがその矢先、部活動関連の仕事が次々と入り、2次の前日には大会のリハーサルで、ほぼ終日拘束されてしまった。
その結果、十分な準備もできないまま本番に臨み、不合格となってしまった。

「断ったら二度と講師はできない」 教員は、部活動の顧問の仕事をボランティアに近い状態で担っている。
大事な採用試験を前に、そうした仕事を断ることはできなかったのか。
「仕事をきちんとやらないと、講師(臨時的任用教員)として働けなくなるという恐怖心がありました。
だから、そんなことは言えませんでした」
当時をそうふり返る武田さんは、非正規教員1年目の終わりごろ、忘れられない経験をしている。

当時、特別支援学校に勤務していたところ、近隣の高校の教頭から「来年度、うちの学校で講師をしないか」との電話が入った。
武田先生が「少し考えさせてください」と答えると、その教頭はこう言った。
「この話を断ったら、二度とこの県で講師はできないと思え」 武田さんは、今もこの言葉が頭から離れない。
そんな経験をすれば、「採用試験があるので、部活動の仕事は軽減してください」と言えなくなるのは当然であろう。

職場の優秀な人材を正規教員に登用する仕組みが存在せず、教員採用試験というやや特殊な選考システムにより、多くの教員が非正規雇用のまま放置され続けている。
公教育の質の担保という点でも問題と言わざるをえない。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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