2022年08月05日

「数学嫌い」が見抜けない「平均値」の落とし穴

「数学嫌い」が見抜けない「平均値」の落とし穴
統計数字でだまされないための「3つの基本」
嶋田 毅 : グロービス経営大学院教授
2022/08/04 東洋経済オンライン

ビジネスパーソンが効率的に仕事を進めるうえで、数学の知識が必要になるケースは私たちが想像する以上に多くあります。 その一方で、「数学的な思考ができずに損をしているビジネスパーソンがあまりにも多い」と語るのが、日本最大のビジネススクール、グロービスで前身も含めて25年以上教鞭を執ってきた嶋田毅氏です。
新著『ビジネスで使える数学の基本が1冊でざっくりわかる本』を上梓した嶋田氏が、一般のビジネスパーソンが陥りがちな「平均」の落とし穴について解説します。

多くの人は平均値を適切に使いこなすことができない
19世紀のイギリス首相ベンジャミン・ディズレーリは、「ウソには3種類ある。ウソ、まっかなウソ、そして統計だ」と言ったとされます。

「統計」をウソに含めたのは筆者も納得感があります。
事実、数学や統計を苦手とする人を、統計数字を用いてだますというやり口はあちこちで見かけます。
巧妙なものになると、数学をある程度勉強した人ですら気がつかないケースもあります。
これは間違った意思決定につながりますし、だまされ続けていると自分の立場もどんどん悪いものになります。
ただ、経営大学院に来ている学生ですら、説明されないと気がつかないワナは多々存在します。

今回は統計の中でも、最も基本となる平均の落とし穴について解説します。
さて、平均値の最もシンプルかつ代表的なものは、サンプルそれぞれの数値を足してサンプル数で割った単純平均です。
たとえば3人姉妹がいて、それぞれの身長が166cm、162cm、173cmであれば、平均の身長は(166+162+173)÷3=167cmとなります。
日本人女性としては高身長の姉妹と言えそうです。

ビジネスでも、「営業担当者1人当たり売上高」「従業員平均勤続年数」「平均給与」などはよく用いられる平均値です。
それと比較して「自分/自社は頑張っている」などと考えるビジネスパーソンは多いでしょう。

ただし、この平均値が往々にして誤って計算されているのです。
次にそうした事例をご紹介します。

問題@このワナに気づきますか?
【難易度:低〜中】
ある映画館において、その日訪れた入場者に「月に何回映画館に行きますか」というアンケートを取りました。
サンプル20人の結果は以下のようになったとします。
1、2、1、1、3、2、1、30、1、1、2、1、2、1、25、1、2、1、1、3 さて、ここからあなたの部下は、映画館に来る平均回数を(1+2+1+1+3+2+1+30+1+1+2+1+2+1+25+1+2+1+1+3)÷20=82÷20=4.1回と計算しました。
この数字は使い物になるでしょうか?
(なお、正式な調査では、統計学的に信頼度が高い数値を得るために必要なサンプル数は本来300から400程度は欲しいとされますが、話を単純化するために今回はその点は捨象します)
このケースでは、30回、25回と答えた2人の存在がやはり気になります。よほど時間のある映画好きか、職業的レビュワーの可能性が高そうです。
この2人に引っ張られて平均値が上がってことに気づかれた方は多いかもしれません。

「異常値」ともいえるこの2人を除いた18人の平均は、27÷18=1.5回となります。こちらのほうがより実態に近いといえるでしょう。
あるいは、順位で真ん中の中央値(このケースでは上から10人目と11人目の平均)の1回を採用するという方法もありそうです。
平均値は、身長や血圧といった「1つのサンプルの値がほかのサンプルの10倍、100倍、……1万倍などにはならない」という数字においては非常に有効です。
一方で、今回のケースや、資産、年収といった、少数のサンプルが平均値を大きく上げてしまうケースには不向きなのです。

平均という言葉にはどうしても「人並み」「合格ライン」といった印象が付きまといます。
そして実際にそれと比較して何かを判断する人は多いはずです。
しかし平均は決して人並みの数字ではないことも多いのです。

問題Aこのワナに気づきますか?
【難易度:高】
さて、先のケースでは、「サンプルの取り方」という点でも複数の落とし穴に陥っています。
お気づきになったでしょうか?
 これは難易度が高く、ビジネススクールに来ている学生でも気がつかない人のほうが多いです。
まず、「映画館に来た人に尋ねている」という点が問題です。
世の中には映画館にまったく行かない人もかなりの比率でいるはずですが、このケースでは映画館に来た人に聞いていますから、当然ゼロという数値が出てきません。
そこで平均値がかさ上げされているのです。

街中や携帯電話番号でランダムに選んだサンプルに「月に何回映画館に行きますか」と聞いた結果とは異なるわけです。
さらに、この調査方法では、ヘビーユーザーに当たりやすいというワナも見逃しています。
話をよりわかりやすくするために、より極端な例を考えてみましょう。

仮に映画館のユーザーが31人だけと考えてみます。1人目から30人目までは毎月1日、2日、……30日に習慣的に映画館に来るものとします。そして31人目は毎日(ここでは1カ月は30日として考えます)映画館に来ます。
そうすると毎月1日から30日までの任意の日には必ず2人の観客がいることになります。
そのうちの1人は毎日映画館に来る31人目の人です。
そして任意の日に来た2人の平均値をとると、(1+30)÷2=15.5回となってしまいます。

要するに、現地に来た人にアンケートをとると、現地によく来る人の比率が実態よりも高くなり、そこでもかさ上げが起こるのです。
つまり、先ほどのアンケートは二重、三重のミスを犯していたわけです。
特に最後の落とし穴に気がつく人は、筆者の経験ではかなりの少数派です。
数学が苦手な人はまず気づきません。
まさに統計は往々にしてウソをつき、多くの人はそのワナのすべてを看破することは難しいのです。

加重平均は重みづけ次第
単純平均ではなく、重みづけをした加重平均もよく用いられます。
難しいのは、その重みづけの設定です。
生データは同じでも、重みづけの仕方次第で評価が変わるということも生じがちなのです。

例として、中途社員採用を考えてみます。
1人だけ採用したいのですが、Aさん、Bさんの2人の有力候補者がいます。評価項目は、1)即戦力度合い、2)伸びしろ、3)組織文化とのフィット感としましょう。
数人の面談を経て、Aさん、Bさんのそれぞれの点数は以下のようになりました。この数字自体は妥当性のあるものとしていったん議論を進めます。
Aさん: 即戦力度合い 9点 伸びしろ 8点 組織文化とのフィット感 6点
Bさん: 即戦力度合い 7点 伸びしろ 9点 組織文化とのフィット感 8点
さて、今回のケースではどちらを採用すべきでしょうか?
 人事部長は、それまでの会社の慣例に従い、即戦力度合い、伸びしろ、組織文化とのフィット感の比重を30%、20%、50%として、Aさん、Bさんの総合評価を以下のように計算し、Bさんを推薦しました。
さて、この判断は妥当でしょうか?

Aさん:9×0.3+8×0.2+6×0.5=7.3
Bさん:7×0.3+9×0.2+8×0.5=7.9
肝心の採用部署のリーダーは、この提案を見直すように求めました。
彼女は即戦力が欲しかったからです。
彼女の主張は、「今回は状況に鑑みて、各項目の比重は60%、10%、30%とすべきだ」と主張しました。
その主張を採用すると総合評価は以下のように変化します。
Aさん:9×0.6+8×0.1+6×0.3=8.0
Bさん:7×0.6+9×0.1+8×0.3=7.5
つまり、元の数字が同じだったとしても、加重平均では重みづけ次第で結果は変わるのです。
これが加重平均の難しいところです。

さらに、今回は候補者2人の各項目の点数は妥当という前提で話を進めましたが、人事部の若手メンバーの意見と、人事部長や事業責任者の意見をそもそも同じ重みで評価していいのかという問題もあります。
実は二重に加重平均の妥当性の問題があるわけです。

ランキングを見る際には注意が必要
世の中にはさまざまなランキングがあふれています。
そしてその多くは、複数の評価項目を加重平均した結果に基づいています。
「住みやすい県ランキング」「魅力的な大学ランキング」などがその典型です。
この東洋経済オンラインにも多数のランキング記事があり人気コンテンツとなっていますが、それも同様です。

そうしたランキングを見る際には、生データの正確さはもちろんのこと、重みづけが妥当か、過度に恣意性が入っていないかにも注意が必要なのです。
さて、『ビジネスで使える数学の基本が1冊でざっくりわかる本』では、統計学のすべてはカバーしていませんが、最も基本となる平均と標準偏差、確率についてはある程度解説しています。
それらの意味や落とし穴を正しく知ることは、「正しい意思決定をする」「だまされにくくなる」「頭のいい人に舐められなくなる(ちゃんと相手にしてもらえる)」など多大な効果をもたらします。

ビジネスパーソンとしてサバイブする可能性を増すうえで必須の素養として身につけたいものです。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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