あなたの情報を抜き取る「監視資本主義」の衝撃
個人のデータを「原材料」にして膨張する経済
丸山 俊一 :東京藝術大学客員教授
2022/08/29 東洋経済オンライン
スマホでサイトを閲覧・検索したり、写真を送ったり、SNSに投稿したり、といった個人情報。
その膨大なデータが利用され、新たな富を生み出す源泉となるデジタル資本主義のあり方について、今議論が高まり、様々な波紋を広げている。
ハーバード大学ビジネススクール名誉教授のショシャナ・ズボフ氏はそれを「監視資本主義」と名付け、デジタル革命が生み出したさまざまな問題に警鐘を鳴らしている。
昨年放送のNHK「欲望の資本主義 特別編『生き残るための倫理』が問われる時」で話題となったズボフ氏のインタビューを、未公開部分も多数収録した『脱成長と欲望の資本主義』から、監視資本主義の本質と実態について抜粋してお届けする。
「監視資本主義」の本質
──あなたがお考えの「監視資本主義」とは、どのような資本主義なのでしょうか。
ズボフ:
「監視資本主義」という用語は、「監視」と「資本主義」という珍しい言葉の組み合わせで目を引くことを意図した大げさな表現だと批判されることがありますが、私は意図して大げさに表現しているわけではありません。
「監視資本主義」とは、デジタル世紀特有の新たな経済的なロジックに関係しています。
資本主義を形成するさまざまな要素とデジタル経済の分野を形成する要素を組み合わせた経済論理です。
たとえば、経済成長や利潤の追求、私有財産、市場取引を重視するといった、資本主義に関するこれまでの経済論理の要素も当然含まれます。
しかし、これらの要素は今、新たな状況に置かれています。
新しい状況下では、監視の技術や社会的関係なしに、利益追求や成長といった要素をうまく達成することはできません。
これが、私が、デジタルネットワークが創り出した新しい状況下の資本主義を「監視資本主義」と名付けた理由です。
ズボフ:
「監視資本主義」は、資本がユーザーを一方的かつひそかに監視できる状況でなければ成功しない経済的なロジックです。
この事実が、一連の経済的要求を決定づけます。
そして、経済学者や法律家、ユーザーなど誰もが予期もしなかった影響を、人々や社会、そして民主主義に与えています。
監視資本主義の仕組みについて手短かに説明します。
監視資本主義はまず、ネットワーク上のあらゆるサービスのユーザーに、サービスの対価として生活の情報、つまり、人々の個人的な経験に関する情報や知識を請求し収集します。
現代では、とくに民主主義社会では、個人的な情報は保護されるべきプライベートなものと考えられていますが、監視資本主義では個人的な生活の情報を、サービスを利用する代償として無料で要求し、“原材料”(行動データや行動データなどをもとにして加工される行動予測などのもとになる、ユーザー情報のことを意味する)として収集するのです。
しかも、それらの情報はユーザーには無断で秘密裡に収集されています。
そして、無料で得た原材料から行動データを抽出します。
行動データとは、人々の生活の情報から得られるデータのことで、人々の行動パターンを予測するための手がかりとなります。
監視資本主義企業は、ユーザーから手に入れた膨大な量の行動データを自分たちの私有財産だと主張しています。
「恐れ」が商品になる「人間先物」市場
ズボフ:
ここには一連の流れがあります。
たとえば、アマゾンの顔認証システムに関するプレスリリースには、次のように書かれていました。
「朗報です。アマゾンの顔認証システムでは、これまで喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、驚きを識別することができました。
そして今回、新たな感情を検知できるようになりました。
新たな感情とは、『恐れ』です」。
しかし、私はアマゾンを利用するときに、自分の顔や表情の情報の提供に同意したことはありません。
「恐れ」を認識させることにもいっさい同意していません。
監視資本主義にとって、顧客の表情は貴重な“原材料”です。
多くの筋肉から作られる微かな表情は、感情を読み取るための最適な手がかりとなります。
アマゾンは、ユーザーの感情から未来の行動を予測します。
そして、ユーザーはアマゾンの顔認証システムがユーザーの表情を読み取っていることを知りません。
ズボフ:
アマゾンの顔認証システムは、センサーやカメラが設置された、オンライン/オフラインでの世界を含む膨大な情報システムのほんの一例です。
私たちは監視資本主義企業が、私たちのどんな情報を収集しているのかを知りません。
情報を提供することに同意していませんし、私たちの未来の行動を予測するために、それらの情報を利用する許可も与えていません。
しかも、監視資本主義企業の情報収集システムは、すべて監視のために設計されています。
私たちに気づかれないように設計されているのです。
許可を求められたことがないので、私たちには戦う権利もありません。
撤回する権利も、争う権利もありません。
私たちがオンラインで行っていることのすべてに加えて、防犯カメラが“監視”している家や車の中、路上、街中、学校、診療室などさまざまな場面のコミュニケーションや、ダウンロードしたアプリ、スマート製品、パーソナライズされたサービスなど、すべてが監視を行うためのサプライチェーン・インターフェースなのです。
私たちの個人的な生活からひそかに抜き取られた情報は、監視資本主義企業のコンピューティング施設に送信され、行動データに加工されて、私たちの未来の行動を予測するために使われます。
そして、それらが新たな市場で販売されています。
石油や小麦、豚肉、魚などを専門に先物取引する市場があるように、この市場では“人間先物”とでも呼ぶべき人々の未来の行動の予測を専門に取引しています。
繰り返しになりますが、私たちの常識とはかけ離れたこの情報収集システムの構築は、すべて秘密裡に進められてきました。私たちは何が起こっているのかを把握していません。
前代未聞のことなので、想像すらできませんでした。
監視資本主義は私たちがまったく想像もできなかったことを行う経済の一形態なのです。
予想もできなかったこと
ズボフ:
重要なことが2つあります。
まず、私たちはこの種の経済を予期することができなかったことです。
この経済においては、私的な所有物であると想定されていた人々の個人的な経験に関する情報が無料の原材料として、一方的かつひそかに抜き出されています。
考えてみるととても不思議なことですが、誰もこんなことを予期していませんでしたし、実際に起こるとも思っていませんでした。
2つ目は、私たちはこの経済ロジックがこれ程の収益を生むとは思ってもいなかったことです。
今、お話ししている監視資本主義企業は、時価総額の世界トップ6に入る企業です。
収益化の仕組みは、あらゆる社会領域における人間の行動の予測可能性を高めることに依拠しており、それが、社会にどのような影響を与えることになるのか、私たちは想像もしていませんでした。
ズボフ:
具体例を挙げます。
2018年、監視資本主義企業の代表格であるフェイスブックの内部資料がリークされました。
監視資本主義について調査する際には、密告者や内部の情報提供者からリークされた文書などが貴重な資料となることがよくあります。
リークされた文書には、フェイスブックの中心にある「AIバックボーン」と呼ばれるコンピューティング施設について記述されていました。
その文書から、「AIバックボーン」ではAIが行動にまつわる何兆ものデータポイントを日々取り込んで計算し、毎秒600万回もの行動予測が行われていることが明らかになりました。
人間の想像を絶する規模です。
先ほど指摘したとおり、人間の行動予測データは市場で売買されています。
当然、他社との競合があります。
競争に勝つためには、より正確な行動予測データが求められます。
人間の行動をうまく予測するには大量のデータが必要です。
そのため、監視資本主義企業は人々のさまざまな生活の場面でより多くのデータを収集しようと躍起になります。
これが、オンラインの世界で起こっていることです。
人々がネット上でサイトを閲覧したり検索したり、フェイスブックで祖父母とやり取りしたり、生まれたばかりの赤ちゃんの写真を家族に送信したりする間にも、データが抜き取られているのです。
「モバイル革命」後、私たちは携帯型のコンピューターにさまざまなアプリケーションをダウンロードし持ち歩けるようになりました。
それに伴い、私たちは世界中のどこにいても端末機に搭載されたジャイロスコープやマイク、カメラなどを介して、情報を絶えず抜き取られるようになったのです。
アプリをダウンロードすると
ズボフ:
つい先日、あるデータ科学者に驚くべき事実を教えてもらいました。
巨大テック企業で働いているデータ科学者です。
それは、すべてのアプリは、その機能が何であれ、ダウンロードした端末からそこに保存されている最大量のデータを抽出するように設計されているという事実でした。
つまり、アプリが端末機に搭載されていれば、アプリを使うことで提供されるデータ以外にも、アプリの設計企業は、端末機に搭載されているマイクやカメラなどを介して端末機内のあらゆるデータにアクセスできるということです。
さらに、端末機内に保存されている連絡先のデータから、その連絡先にアクセスして、そこから得られる情報を検索していることもあります。
これが、私たちが暮らしている今日の世界の実態です。