銃撃事件を引き寄せた「統一教会と家族崩壊史」
政府に守られた教団と放置された宗教2世たち
野中 大樹 井艸 恵美 : 東洋経済 記者
2022/10/03 東洋経済オンライン
安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件の背景には、「宗教」の影があった。
10月3日発売の週刊東洋経済は「宗教 カネと政治」を特集。
「信教の自由」という厚いベールに閉ざされた裏側をあらゆる角度から解剖した。
安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也容疑者(42)が、「母親の統一教会への献金によって家族が崩壊した」と供述したことが報じられて以降、マスコミは一斉に「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会、以下、統一教会)の政治への介入や多額の献金問題を取り上げるようになった。
山上容疑者の母親(70)が通う教会は一時的に閉鎖されるも、SNSを使い信者とのコミュニケーションに努める。
母親と同じ教会に通う信者の一人が言う。
「テレビはいっさい見ない。文芸評論家の小川榮太郎さんやタレントの太田光さんなど、信頼できる人の情報を教会がLINEで知らせてくれるので、毎日それを見ています」。
そして、こう続けた。 「あの方(山上容疑者の母親)は、この宗教に出合うことで救われてきたんです。そうした面を見ず、事件の真相もまだわからないのに家庭連合を批判するマスコミはひどい。あの安倍さんが応援してくれた団体ですよ。岸信介さんの代から3代にわたって支えてくれた宗教団体なんです。
悪い団体のはずがないじゃないですか」
山上容疑者は現在、鑑定留置中であり、この信者が指摘するように事件の真相解明はこれからだ。
山上という人間の「現実」はちょっと違う
凶行に走った山上容疑者が内にたぎらせていたものは何か。
それを探るうえで数少ない手がかりの1つが、フォークリフト運転手として今年5月まで派遣されていた工場での出来事だ。
事件後に社長が記者会見を開き、「手順を守れ」と注意した同僚と山上容疑者が口論になっていたことが報じられた。
社長が本誌に語る。
「これまで報道された内容を見ると、山上という人間は仕事の手順を守らず、注意をした人間には誰彼かまわずかみつくタイプのように思えたかもしれませんが、現実はちょっと違うのです」
2020年、山上容疑者の採用面接を行った担当者は「毛並みが違う」と感じたという。
「フォークリフトの運転手は体育会系が多い。その点、彼の立ち居振る舞いはホワイトカラーそのものでした。
能力も高かった。
フォークリフト操縦は衝突や破損の事故が頻繁に起きるのですが、彼については事故報告が1件もなかった。
オフィス内で働く幹部たちの印象も非常によかった」(社長)
そんな山上容疑者が悪態をついたのが、オフィスの外で働くブルーカラーの人々だった。
「彼は自分なりの知識や理論に基づいて仕事を完璧にこなそうとするタイプ。
だからなのか、ブルーカラーの運転手や工場作業員に『手順が違う』と意見されると、『おまえに言われたくないわ』と反発する。口論が起きるときは、いつもこのパターンでした。
進学校を出ている彼の中には『自分はこんなところで働く人間ではない』といういら立ちが強くあったのでは」(同)
母親の高額献金で大学進学を断念
進学校として知られる奈良県立郡山高校を1998年に卒業した山上容疑者は、大学には進学していない。
伯父によれば「家庭の経済状況から大学進学は断念せざるをえなかった」という。
2002年に海上自衛隊に入隊したが、2005年に自殺を図る。
海自が事情を聴いたとき、本人の口から出てきたのが「統一教会に人生をめちゃくちゃにされた」という恨みの言葉だった。
1991年頃に入信した母親が統一教会に高額献金を繰り返し、山上家崩壊の要因を作ったことは、おおかた明らかになっている。
注目したいのは母親が高額献金をした時期だ。
先祖の霊やたたりで不幸が起きていると脅し、高額のつぼや印鑑を売りつける霊感商法が本格化したのは80年。
被害が続出し、1982年の衆議院法務委員会では、「悪運を払うなどと言ってつぼを売りつける怪しげな商法が横行している」と問題視されている。
被害が後を絶たないことから、1987年に全国霊感商法対策弁護士連絡会が発足した。
1990年代、一般社会との摩擦を避けるため、教団の資金調達法は信者から献金を吸い上げる方法へと変化していく。
山上容疑者の母親が、自死した夫の生命保険や実父名義の不動産、子どもたちが暮らす家までを献金の原資としてしまったのは、そうした時期だった。
家族が崩壊したのは山上家だけではない。
2003年には全国統一教会被害者家族の会が発足した。
家族に食い込んだ宗教の爪痕は、年月を経て、子ども世代(2世)にも影を落とすようになる。
2015年、山上容疑者の兄は自ら命を絶った。
重病で働くことができず、医療費も生活費もままならない状態に置かれていた。
この時期というのは、統一教会信者2世の精神疾患や自死問題が顕在化し始めた時期である。
霊感商法が社会問題化し、2世の苦悩が深刻化しているにもかかわらず、行政が教団に介入しなかったのは、どうしてか。それは、この教団特有の政治との近さにある。
統一教会は日本で布教を開始した直後から政治に接近し、保守系政治家の歓心を買うような政策を掲げてきた。
原点は、教祖・文鮮明氏が68年に設立した政治団体・国際勝共連合だ。
イデオロギー闘争が激しかったこの頃、「共産主義に勝つ」ことを目的とする政治団体は、岸元首相ら保守派の政治家には心強い援軍と映った。
勝共連合の名誉会長には右翼の大物、笹川良一氏が就任。
宗教団体ではなく、政治団体として日本の支配層に受け入れられてゆく。
笹川氏の息子、笹川堯氏は「うちの親父は勝共連合だから応援したんだ。統一教会を応援したんじゃない」と本誌に語る。
良一氏と堯氏は、文氏や妻の韓鶴子現総裁と韓国済州島(チェジュド)へ私的な旅行に行ったこともある。
「ご夫妻とキジを撃ちに行ったんだ。真冬の雪が積もる時期で、私が風邪をひいてしまったら、韓さんが参鶏湯(サムゲタン)を作って飲ませてくれたよ。
うちの親父には小豆ご飯を炊いてくれた」
放置され続けた宗教2世問題
銃撃事件後の7月11日、会見を開いた統一教会の田中富広会長は、政治家への支援について問われ「当法人として行ったことはいっさいない」とかわした。
統一教会の「賛同会員」だった井上義行参議院議員(現在は退会)も、メディアの質問に「私が選挙支援を受けたのは世界平和連合。統一教会ではない」と弁明した。
「教団と接点があった」と指摘を受けた政治家たちが実際に接点を持っていたのは、国際勝共連合や世界平和連合、世界平和女性連合、天宙平和連合(UPF)といった教団系の政治団体、NGO(非政府組織)団体ばかり。
政治家と教団は互いに「接点はない」と主張するのに、教団の信者は「安倍さんが応援してくれた宗教」と信じ、熱を込める。
この構図にこそ「統一教会と政治」の特徴がある。
首相経験者や与党議員が関係を持つ宗教法人に行政が介入するのは容易ではない。
霊感商法が社会問題化したのは1980年代だが、捜査機関が教団傘下の企業を摘発したのは2000年以降。それでも教団本部にまでは踏み込まなかった。
行政が教団に踏み込めず、教団が形を変えながら活動を続ける一方、2世問題は放置され続けた。
宗教が絡む戦後最大の事件は1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件だ。
オウム事件と安倍元首相銃撃事件には、決定的な違いがある。
オウム事件は宗教団体そのものが起こした事件だが、今回の事件は宗教団体に家族を壊された恨みを持つ2世による事件だ。
宗教問題は約30年の間に、教団や信者自身の問題から、教団の教えに苦しむ2世の問題へと拡大した。その質的変化を日本社会は捉えきれているか。今、それが問われている。