事故防止より検挙件数が目的になっている…コソコソと隠れて取り締まる日本の警察はやはりおかしい
2022年10月09日 PRESIDENT Online
交通事故を減らすにはどうすればいいのか。
カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎さんは「警察は信号機のない横断歩道の取り締まりを強化しているが、横断歩道で車が止まることでかえって事故を誘発する場合がある。
物陰に隠れて一時停止違反の車を探すよりも、信号機の設置や歩行者のサポートに注力すべきだ」という――。
■警察が横断歩道の取り締まりを強化する理由
2022年の交通安全白書によると、2021年における交通事故の死者数は2636人であった。
1970年の1万6765人に比べると、約16%まで減少している。
死亡した状況を見ると、最も顕著に減ったのは自動車乗車中の事故だ。
1970年頃をピークに減り始め、1980年代の後半から保有台数の増加によって一時的に増えたが、1990年代以降は、安全装備の充実によって大幅なマイナスに転じている。
一方、歩行中の死亡事故は、歩道の整備などによって1970年頃から1980年頃にかけて大幅に減ったが、この後は横ばいが続く。
自転車乗車中の事故も同様だ。
死亡事故の推移を見ると、自動車だけが安全性の向上によって大きく減少している。
2021年に発生した死亡事故の件数を見ると、最も多いのは自動車の衝突事故で791件(約30%)だったが、2位は歩行者横断中で、612件(約23%)を占める。
この状況を受けて、警察は信号機のない横断歩道の取り締まりを活発に行っている。
■歩行者に譲られたら、あなたはどう対応するか
横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいる時は、車両は横断歩道の直前で停車して、歩行者の通行を妨げてはならない。
このことは道路交通法第38条1項にも明記されている。
しかし横断歩道の取り締まりを増やしたことで、別の課題も発生してきた。
例えば車両が横断歩道の直前で停車したのに、歩行者が渡らず、ドライバーに「先に行け」とジェスチャーで指示した場合だ。
特に高齢者は、歩行速度が遅いことを気にするのか、車両に対して通過を促すことがある。
この歩行者の指示に従って、そのまま車両を発進させたところ、取り締まりの対象になったことがニュースとして取り上げられた(その後、処分は撤回)。
この事例では、横断歩道の脇に歩行者がいるのに、無視して停車せずに通過したわけではない。
一度停車して、歩行者が横断歩道を渡ることができるように配慮した。
従って歩行者の通行を妨げてはいない。
その上で歩行者が渡らず、車両を進行させる趣旨の指示を行ったから、ドライバーはこの意思を受け入れて車両を発進させた。それなのに取り締まりの対象になった。
■違反の有無を左右する「現場の判断」
この点を警察関係者に尋ねると、以下のように返答された。
「取り締まりは、現場の判断に基づいて行われ、状況によって対応が異なる。
仮に歩行者が渡らず、手振りで車両の進行を促したように見えても、ドライバーの勘違いという場合もある。
一概にはいえない」。
それならドライバーがサイドウインドーを開いて「どうぞ渡ってください」と声を掛けて、歩行者が「いいえ、私は渡りませんから先に行ってください」と返答した場合はどうなるのか。
「この場合はドライバーと歩行者の間で、明確な意思の疎通が図られている。
車両は横断歩道の直前で停車した上で、歩行者の指示を受けて改めて発進させた。従って道路交通法の違反にはならない」 このほかにも「現場の判断」はあるのか。
「車両が停止すべきか否かは、歩行者と車両の距離によっても変わる。
例えば車両から見て横断歩道の右側(反対車線側)から歩行者が渡り始めた場合、道幅が広いと、自車が通行する左車線へ歩いて来るまでに時間を要する。
従って右車線を渡り始めた段階では、横断歩道の手前で停車しなくても、歩行者の通行を妨げたことにならない場合もある。これが現場の判断だ。
道路交通法に違反するか否かは、横断歩道の長さや道路の形状、歩行者と車両の位置関係、さらに先に話をしたドライバーと歩行者の意思疎通など、いろいろな事柄に基づいて判断される」
■信号機のない横断歩道が抱える問題の本質
この警察関係者のコメントは、取り締まりに限らず、信号機のない横断歩道が抱える問題点の本質を突いている。
歩行者とドライバーという、現場にいる当事者の判断に委ねるところが大きいことだ。
ドライバーは、歩行者が横断歩道の近くにいる時、運転しながら歩行者が渡るか否か、横断歩道の直前で停車すべきか否かを瞬時に判断せねばならない。
横断歩道の脇に立って、スマートフォンを使っている歩行者もいるのだ。
そして先のコメントにあった通り、歩行者が横断歩道の反対車線側(右側)から渡り始めて、自車が通行する左車線へ歩いてくるまでに時間を要する時など、停車する必要があるとは限らない。
そうなると信号機のない横断歩道は、ドライバーの判断が難しい場面になる。
横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいる時は、もちろん停車せねばならないが、ドライバーの判断ミスも発生しやすい。
そのために事故に至る可能性も高いのだ。
■一時停止のせいで歩行者が死角に入る場面も
しかし信号機があれば、対応はシンプルで分かりやすい。
歩行者の有無にかかわらず、信号機の指示に従えば良いからだ。
従って横断歩道には、可能な限り信号機を併設すべきだ。
そうできない事情があるならば、交通量が少なく、走行速度も低く、なおかつ見通しの良い道路に限定せねばならない。
特に危険な横断歩道は信号機のない2車線道路だ。
私はかつて次のような経験をした。
神奈川県内にある2車線道路の左車線を自動車で走行中、信号機のない横断歩道の左脇に、歩行者が立っていることを認識した。
私が横断歩道の直前で停車すると、歩行者が左側から右側に向かって横断を開始した。
その時、私の車両のルームミラーとドアミラーに、右車線を後方から走ってくる車両が映った。
減速しておらず、横断中の歩行者は、私の車両の陰に隠れて右車線のドライバーからは見えない可能性も高い。
そこで私はサイドウインドーから手を出して、減速するように促した。
知人も私と同様の経験をしており「慌てて右側のドアを開いた」という。
■止まるのと進むのと、実はどちらが安全か
道路交通法第38条2項には、横断歩道の手前で停車している車両がある場合、その側方を通過する時は、前方に出る前に一時停止しなければならない、という趣旨の記載がある。
従って前述の右車線を走る車両のドライバーも、私の車両の右側を通過する時に一時停止しなければならないが、それを怠れば事故に直結する。
私が横断歩道の直前で停車した遵法運転により、事故が発生する可能性もあるわけだ。
そのために私は、2車線道路の信号機のない横断歩道では、その脇に歩行者が立っていても停車するとは限らない。
2車線道路は概して走行速度も高く、前述のような後続車両が事故を発生させる心配がある時は、道路交通法の違反を認識しながら通り過ぎる場合もある。
私が停車して、歩行者が交通事故の犠牲になる危険が高まるなら、通り過ぎるのが正しい現場判断と考えるからだ。
そして歩行者は、車両の流れが途絶えた時に、安全に渡っていただきたい。
ここで問題になるのが、横断歩道における取り締まりだ。
今までは安全を優先させる現場判断により、通り過ぎていた状況でも、取り締まりが頻発するとあえて停車する。
それによって危険が生じかねない。
■2車線道路には必ず信号機を設置すべき
そうなると2車線道路の横断歩道で、自車が停車して歩行者が横断を始めた時は、後方の様子にも気を配る。
状況に応じて、後方から接近する車両に、歩行者が横断中であることを知らせねばならないからだ。
そして今のような取り締まりを行うなら、少なくとも2車線道路で信号機のない危険な横断歩道は廃止すべきだ。
信号機を必ず設置して、事故防止を積極的に行わねばならない。
1車線道路の横断歩道は、歩行者がいたら必ず停車するが、この時も自車の車線だけが渋滞している時は注意が必要だ。
歩行者が左側から横断を開始した時、対向車線のドライバーからは、歩行者が手前に並ぶ渋滞車両の陰に隠れて見えない場合がある。
対向車線のドライバーが横断歩道を見落とすと(特に雨天時は路面に描かれた横断歩道の表示が分かりにくい)、交通事故が発生する危険が高まる。
この時に横断歩道の直前で停車している車両が右ハンドル車であれば、ドライバーからは目の前を渡る横断歩道上の歩行者と、対向車の両方が見える。
両者が衝突する危険が生じたら、歩行者か対向車のどちらかを止める必要が生じる。
■取り締まりのために危険を見過ごしてはいけない
以上のように信号機のない横断歩道は、ドライバーのミスを誘発させ、交通事故を発生させる危険をはらむ。
それなのに警察は、物陰に隠れて横断歩道の取り締まりを行う。
警察官が物陰に隠れて見ている前で、交通事故が発生したらどうするのか。
本来なら防げた事故を見過ごしたことになってしまう。
警察官を横断歩道に配置するなら、物陰に隠れて取り締まりをするのではなく、横断歩道の脇に立って歩行者が安全に横断できるようサポートすべきだ。
あるいはドライバーに対して注意喚起を行う。
取り締まりも交通事故を防ぐ手段のひとつではあるが、歩行者のサポートや交通整理は、それ以上に有効で事故を直接防げるからだ。
高速道路における速度超過違反の取り締まりも同様だ。
覆面パトカーの取り締まりは、速度超過違反を敢えて見過ごして、その上で検挙するものだ。
白黒のパトカーで赤色灯を点灯して走らせ、高速道路全体の走行速度を整えたほうが、事故防止に役立つ。
横断歩道から高速道路まで、取り締まりのために、危険を見過ごしてはならない。
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渡辺 陽一郎(わたなべ・よういちろう)
カーライフジャーナリスト
1961年生まれ。神奈川大学卒業