陰謀論者の増加と「リベラル政党離れ」が世界中でつながる根深い事情
夫馬賢治:株式会社ニューラルCEO
2022.11.4 ダイヤモンドオンライン
アメリカでは、民主党の支持基盤が安定しなくなった。
ヨーロッパでも、リベラル政党の支持が薄まってきた。
そして、日本でも同様に労働組合や低所得者層が、共産党、社民党、立憲民主党から距離をおくようになった。
なぜ、これほどまでのリベラル政党離れが起きているのだろうか。
そして、リベラル政党から離れていく人々は、
どこに向かうのか。
昨今、受け皿の役割を果たすようになってきているのが「陰謀論」だ。
※本記事は『ネイチャー資本主義 環境問題を克服する資本主義の到来』(PHP新書)の抜粋・転載です。
ニュー資本主義の浸透とリベラル政党の迷走
こうした事態は、世界中のリベラル政党にとって、悩みの種となってきている。
グローバル企業と機関投資家がオールド資本主義の次元にいた時代には、とりあえずグローバル企業と機関投資家を環境軽視と批判していれば、環境NGO、農家、労働者の結束は固かった。
しかし今では、グローバル企業・機関投資家はニュー資本主義に移行してしまい、批判の対象にはしづらくなってしまった。
あれほど犬猿の仲だったグローバル企業・機関投資家と環境NGOは、プラネタリー・バウンダリーの危機に対処するための社会変革(トランスフォーメーション)を実現するというビジョンを共有するまでになった。
こうしてリベラル政党は、新たな批判の矛先を探さなくてはならなくなってしまった。
そして気付いたら、自分たち自身が、今まで重要な支持層だった農家や労働者に批判される時代が来ていた。
アメリカでは、民主党の支持基盤が安定しなくなった。
ヨーロッパでも、リベラル政党の支持が薄まってきた。
そして、日本でも同様に労働組合や低所得者層が、共産党、社民党、立憲民主党から距離をおくようになった。
なぜ、これほどまでのリベラル政党離れが起きているのだろうか。
かつてリベラル政党は、社会的弱者の味方を自称し、弱者を救済する政策を掲げていた。
その点で、環境問題は社会的弱者が被害を受けることが多く、リベラル政党の重要な政策テーマだった。
公害問題はその典型例だ。
そして、環境規制を強化するためにグローバル企業と闘おうとする姿勢が、リベラル政党支持層からの共感を呼んでいた。
りベラル政党から離れていく人々の受け皿が「陰謀論」
しかし、今は違う。カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを実現するには、産業構造を大幅に転換し、イノベーションを進める必要があることがわかってきた。
そうなると、社会的弱者と言われる人たちの仕事内容も大きく転換していかなければならなくなる。
例えば、衰退する産業の労働者は、新たなスキルを習得して、違う分野で働く準備をしていかなければならない。
規制が強化されれば、自分たちが培ってきた技能が使えなくなる。
場合によっては生活の変化も余儀なくされる。
そして準備や実行には資金もいるが、社会的弱者には資金的余裕が少ない。
これに嫌気がさした人々にとって、リベラル政党はもはや味方ではなくなってしまう。
リベラル政党離れが起きる。
では、リベラル政党から離れていく人々は、どこに向かうのか。昨今、受け皿の役割を果たすようになってきているのが「陰謀論」だ。
実際に、2016年のアメリカ大統領選挙で共和党トランプ候補が勝利したとき、その少し前からアメリカ国内では陰謀論の関連本が多数出版されていた。
例えば「アンチ・アジェンダ21」という陰謀論がある。
この論者は、世界政府の樹立を目指す闇の勢力が、環境危機を捏造することで社会を統制しようとしており、人々の自由が脅かされていると主張している。
この陰謀論は、実際に共和党支持層の一派「ティーパーティ運動」にも大きな影響を与え、トランプ候補支持へとつながった。
別の陰謀論では、闇の勢力は環境危機を喧伝し、世界の人口の85%を削減しようとしていると主張する論者もいた。
日本ではきっと、「陰謀論のようなくだらない話を真面目に論じるのはいかがなものか」と感じる方も少なくないだろう。だが、すでに世界各国で気候変動は陰謀だと考える「気候変動陰謀論者」が9〜30%、平均では22%もいるという論文まで発表されている。
陰謀論が増えてきているため、学術界では陰謀論に関する研究や論文が続々と出てきている。
そして、日本でも陰謀論が醸成されやすい風土がある。
例えば、20カ国で世論調査70を実施したところ、環境科学への信頼に関する設問で、「とても信頼する」と回答した人は、日本はロシアに次いで下から2番目と非常に少なく、25%しかいなかった。
アメリカの45%をも下回っていた。
ハンガリー首相「グローバリストは地獄へ落ちろ」
陰謀論者は、気候変動対策の結果、誰が得をするのかという点に着目してロジックを構築する人が多い。
例えば、気候変動が危機だと伝えることで得をするのは大企業であり、大企業の陰謀だという説もある。
欧米では、太陽光発電やバッテリーの分野で産業競争力の強くなった中国の陰謀だという人もいる。
一方、日本では、ルール形成に長けているヨーロッパが、産業競争の構造を変えるために気候変動の話をあえて持ち出し、日本の産業競争力を弱体化させているという人もいる。
その中でも昨今、世界的に際立ってきているのが「反グローバリスト運動」だ。
反グローバリスト運動は、かつて「資本主義vs.脱資本主義」という構図があった頃の「反グローバリゼーション運動」とは性格が違う。
当時の反グローバリゼーション運動は、オールド資本主義の次元にいたグローバル企業を敵対視し、グローバル企業が引き起こしている環境破壊や社会荒廃から世界を守ろうという脱資本主義的運動だった。
一方、反グローバリスト運動は普遍的な価値観というようなものを嫌悪し、地元を守るために「世界全体思考」の人を攻撃する。
当然、プラネタリー・バウンダリーの観点から世界全体で協力して社会・経済を大きく転換させようとする環境NGOは「グローバリスト」側にいるととらえられ、反グローバリスト運動の非難の対象となる。
反グローバリスト思想を表明している重要人物の1人が、ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相だ。
オルバーン首相は、2022年のロシアのウクライナ侵攻でロシア政府がEU向けのガス供給を減らす戦略を打ち出したときに、天然ガス消費量を削減しようというEUの政策に堂々と反対したことでも知られる。
オルバーン首相は、2022年8月にアメリカのテキサス州で開催された共和党系イベント「保守政治行動会議(CPAC)」にも出席した。
そしてそこで、EUと民主党バイデン政権を名指しで非難し「グローバリストは地獄へ落ちろ」と声を荒らげた。
このことは全米のメディアでも大きく取り上げられた。