問題だらけの「防衛3文書」を読んでわかった、岸田政権の「絶望的な限界」
12/23(金) :現代ビジネス
問題だらけの防衛3文書
岸田文雄政権が12月16日、新たな防衛3文書を閣議決定した。
敵のミサイル基地を攻撃する「反撃能力」の保有を盛り込むなど、目新しさはあるものの、「核の脅威にどう対処するか」といった根本的な問題に触れていない。
岸田政権の限界を露呈している。
防衛3文書は「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の3つを指す。
このうち、基本になる国家安全保障戦略は、2013年に安倍晋三政権の下で初めて策定され、今回は9年ぶりの改定だ。
国家防衛戦略と防衛力整備計画はそれぞれ、2018年の「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を見直し、今回、名称を改めた。
米国は「国家安全保障戦略(NSS)」と「国家防衛戦略(NDS)」を策定している。
米国に合わせた名称変更が中身も象徴している。
一言で言えば「米国べったり」なのだ。
ロシアがウクライナに軍事侵攻し、中国による台湾侵攻の可能性も高まり、日本を取り巻く安全保障環境は劇的に緊張が高まった。
国家安全保障戦略は、そんな現状をどう認識しているのか。次のようだ。
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〈グローバリゼーションと相互依存のみによって国際社会の平和と発展は保証されないことが、改めて明らかになった。自由で開かれた安定的な国際秩序は、冷戦終焉以降に世界で拡大したが、パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化に伴い、今、重大な挑戦に晒されている〉
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ここまではいい。だが、こう続けている。
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〈その中で、気候変動問題や感染症危機を始め、国境を越えて各国が協力して対応すべき諸課題も同時に生起しており、国際関係において対立と協力の様相が複雑に絡み合う時代になっている〉
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対立は激化しているが「協力する分野もある」という認識だ。
その例として挙げたのが「気候変動問題」と「感染症危機」だった。
これは、米国のジョー・バイデン政権とまったく同じである。
だが、気候変動や感染症は本当に協力できる分野なのか。
中国は新型コロナ問題で、西側が求める情報開示に応じず、ウイルスの起源をめぐる調査にも形式的な協力しかしなかった。
やましい点があるからだ。
中国が生物兵器として開発したウイルスが「武漢の研究所から誤って流出した」という説は、依然として有力である。
昨年8月6日公開コラムで詳しく紹介したが、米下院外交委員会の共和党筆頭理事、マイケル・マコール議員が主導した共和党委員会は、多くの証拠を基に「武漢流出説」を提示している。
戦略が掲げる「感染症問題で中国と協力できる」という認識自体がズレているのだ。
気候変動問題も、中国は米国との取引材料にしているにすぎない。
米国の「従順な下僕」
文書のタイトルが米国と同じで、現状認識もまったく同じなのは、そもそも戦略策定が「バイデン政権と歩調をそろえる」ことを目的にしているからだ。
「米国の方針と1ミリもズレないことを目指している」と言っていい。
言い換えると、今回の戦略は、基本的に「米国の安全保障戦略にぴったり同調したうえで、その制約条件の下で日本の体制を整える」という筋立てになっている。
米国の意図を疑うなどは論外であり、米国が異議を唱えそうな問題にも一切、触れない。「従順な下僕」に徹しているのである。
それは、中国を「最大の戦略的な挑戦」、ロシアを「(欧州における)安全保障上のもっとも重大かつ直接の脅威」と規定した脅威認識から始まって、反撃能力の中身に至るまで、一貫している。
文書は反撃能力をこう定義している。
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〈反撃能力とは、我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力をいう〉
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スタンド・オフ防衛能力とは「侵攻部隊に対して、その脅威圏の外から対処する能力」という。
8月に発表された2022年版防衛白書は、この能力を「具体的には、F-35A戦闘機に搭載するJSMなどのスタンド・オフ・ミサイルの導入や、島嶼防衛用高速滑空弾など」と例示していた。
中国や北朝鮮、ロシアは自国領土から、日本のどこにでもミサイルを打ち込む能力があるのに、戦闘機に搭載する程度のチャチなミサイルや滑空弾が、日本を守る根本的な「反撃能力」になるわけがない。
せいぜい、局所的な戦場で対抗する程度の話だ。
現実に起こりうる「核の脅威」
さすがに「それでは不十分」とみたのだろう、今回の戦略は、先に見たように「弾道ミサイル攻撃に対して、相手の領域で有効な反撃を加える」とあるから、もう少し本格的な能力を想定しているようだ。
そうだとしても、相手の核攻撃には、どう対処するのか。
ロシアは実際にウクライナを核で威嚇し、中国も北朝鮮も核を保有する専制独裁国家だ。
本格的な反撃能力をいうなら、日本が「核による反撃」という選択肢を排除できないのは、自明である。
国家安全保障戦略は核問題について、どう記したか。
次のようだ。
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〈平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない。
…拡大抑止の提供を含む日米同盟は、我が国の安全保障政策の基軸であり続ける〉
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核による反撃論を避けたのは、最初に「非核3原則は変えない」と決めてしまったからだ。
核問題を持ち出すと、米国と大問題になる。
とてもじゃないが、数カ月程度の議論では終わらない。
「あまりの事の大きさに恐れをなしてしまった」と言ってもいい。
そういう態度こそ「見たくないものは見ない」の典型である。
岸田政権は「ウクライナの教訓から、何も学ぼうとしていない」というほかない。
この防衛3文書は「日本の国を自分で守るために、あらゆる方策を検討した」というより、ひたすら「米国の良い子」になって「あなたのご指示にしたがって、日本はがんばります」と言っているような文書である。
安倍晋三元首相は2月、ロシアがウクライナで核の使用をちらつかせたのを受けて「米国と核共有の議論をすべきだ」と、いち早く問題提起した。
だが、今回、核共有の話は完全に封印されてしまった。
米国はあくまで、自身の国益優先
岸田政権は5月の日米首脳会談で、何と言っていたのか。ここで確認しよう。
日米共同声明によれば「両首脳は同盟調整メカニズムを通じた二国間の十分な調整を確保する意思」と「米国の拡大抑止が信頼でき、強靱なものであり続けることを確保することの決定的な重要性」「拡大抑止に関する日米間の協議を強化することの意義を改めて確認した」はずだった。
当時、首相は記者会見で核抑止について「閣僚レベルも含め、日米で一層緊密な意思疎通で一致した」とも述べている。
5月に約束した、この「閣僚レベルの核抑止協議」は、いまや始まる気配すらない。
誤解のないように言っておくが、私は反米ではない。親米だ。
「米国との同盟なくして、日本の平和と安全はない」と確信している。
だからといって、米国を完全に信頼して「米国の言いなりにさえなっていれば、日本の平和と安全が守れる」とも思っていない。
それは、ウクライナの戦争で証明されつつある。
11月25日公開コラムで書いたように、米国は当初、大統領や国防長官が事実上、「プーチン体制の打倒」まで口にして徹底支援を叫びながら、最近では水面下で、クリミア半島奪回を棚上げしてでも「和平交渉の可能性」をウクライナに打診している。
台湾についても、同じだろう。
バイデン大統領は「軍事介入してでも、台湾を守る」方針を何度も表明しているが、本当に侵攻が始まれば、どうなるか分からない。
米国が「台湾防衛や日本防衛で、どう動くか」は、米国自身の選択である。それは国家として当然だ。
米国が自由と民主主義、人権尊重、法の支配といった理念の守護者であるのは間違いないが、米国自身の国益に照らして、背負い切れないとみれば、容赦なく方針を転換する。
ウクライナに対する和平交渉の打診は、まさにその最新の例ではないか。
「専門家」たちの情けない姿
情けないのは、日本の「専門家」たちである。
代表的な「自称・地経学の専門家たち」の話を聞いていると、専守防衛や非核3原則、あるいは日米同盟といった、政府が前提にした戦略の枠組みをそのまま受け入れて、議論している。
私の知る限り「専守防衛」に異を唱えたのは、河野克俊前統合幕僚長だけだ。
河野氏は講演で「専守防衛の概念整理もしてもらいたかった」と述べている。
そんな専門家たちは「政府の話をオウム返しに語っているだけ」と言ってもいい。
「ゼロベースで日本の防衛を考える」といった視点は、まったく感じられない。
たとえば、米国ではウクライナ問題でさえ「米国の主要な敵は中国だ。ウクライナ防衛に入れ込みすぎて、資源を浪費するのはマイナス」(たとえば、https://time.com/6152096/us-support-ukraine-china-priority/)とか「台湾防衛は米国の国益ではない」といった議論が活発に繰り広げられている(たとえば、https://www.intelligencesquaredus.org/debate/taiwan-indefensible-0/#/)。
専門家がほとんど「思考停止状態」に見えるのは、なぜか。
彼らは「米国に裏切られる」など、夢にも思っていないのか。
それとも、頭の片隅で思っていても、それを口にして、日米の政府を敵に回すと「自分の利益にならない」と恐れているのだろうか。
私は「後者が大きな理由」とみている。
ハーバード大学のステファン・ウォルト教授はかねて、自由や民主主義といった理念の普及・拡大・強化を重視するリベラリズムを唱えなければ、専門家たちが米国の政府と大学、メディア、シンクタンクといった「外交エリート・サークル」を渡り歩くのに、都合が悪い事情を皮肉を交えて指摘している(たとえば、https://www.amazon.co.jp/Hell-Good-Intentions-Americas-Foreign/dp/0374280037)。自分のキャリアを維持できないのだ。
日本は、もっとひどい。
政府が唱える「リベラリズムと専守防衛、非核3原則、日米同盟絶対論」を信奉しなければ、専門家たちは職業キャリアを閉ざされかねない。
財務省と経済学者の関係とそっくりだ。
そんな専門家たちが一様に、今回の戦略文書を高く評価している。
彼らの「ゴマすり」に惑わされてはならない。
長谷川 幸洋(ジャーナリスト)