構造的欠陥を放置したままでいいのか 自衛隊の装備稼働率が防衛費増でも向上しにくい事情
12/24(土) 東洋経済オンライン
国家安全保障戦略を中心とする安全保障3文書(防衛3文書)の閣議決定により、防衛関係費を国内総生産(GDP)の2%にする予算措置が講じられることになった。
防衛費を増大させなければならないという論拠の1つとして、自衛隊の装備の稼働率の低さが挙げられている。
だが予算を増大させても稼働率が改善するとは限らない。
自衛隊、特に陸上自衛隊の装備調達の構造的な欠陥があるからだ。
この欠陥を直さない限り、増やされた防衛予算が効率的に使用されない。
■これまであまり問題にされてこなかった
筆者は2008年に海上自衛隊の「P-3C」が共食い整備をしていることを海自関係者に取材して明らかにしたことがある。
共食い整備とは、主に軍備の整備・メンテナンスについて、予備の部品が足りないために故障中の現役の機体などから部品を外して使用する方式だ。 その後、防衛省、自衛隊は「手の内を明かすことになる」と、装備の稼働率については言及を避けてきた。また新聞やテレビなどのメディアもあまりこの問題を積極的に取り上げてこなかったが、昨年、防衛費をGDP比2%に上げるべきだという主張が与党内で出始めたあたりから旗色は変わる。 防衛省は予算関連資料にF-2戦闘機が共食い整備をしているということを積極的に掲載するなど、整備費の不足による稼働率の低さをアピールするようになった。
また大手新聞に関連記事が出るようになった。
主な見出しを挙げよう。
・防衛予算、賢く増加させたい(読売新聞2022年7月8日)
・空自軍用機で部品「共食い」3400件超 整備費不足深刻(産経新聞2022年10月16日)
・防衛装備品、5割が稼働できず 弾薬など脆弱な継戦能力(日本経済新聞2022年9月5日)
論調としては防衛費を増やさないと、装備の稼働率が高まらないというものが多い。
これらは防衛費増大を期待する防衛省の意図的なリークをもとにした記事だろうと筆者は推測している。
稼働率に関してはいろいろな要素が存在する。
昨今自民党や防衛省、新聞などが主張しているのは予算不足でコンポーネントやパーツができないからだ、だから共食い整備で凌がないといけないというものだ。それは一要素でしかない。
そもそも、予算が足りないのではなく、コンポーネントや整備の確保を盛り込んで調達計画を策定するのが筋だろう。
それを防衛省、自衛隊は怠ってきた。
稼働率や維持整備費を考えずに、戦闘機や戦車などのプラットフォームを目いっぱい買うことだけを考えてきた。
高い装備を買ったために整備費用を確保できないことも多い。
空自のC-2輸送機や海自のP-1哨戒機は他国の何倍も調達費・運用費が高い。
維持整備費を考えればこのような高コストな装備の調達は行われなかったはずだ。
また調達数(部隊数)を減らして、浮いた予算で稼働率を高めるという発想も見受けられなかった。
石破茂氏が防衛大臣の時代に各幕僚監部に主要装備の稼働率を調べさせたが、筆者の知る限り、それまで各幕僚監部がそのような調査をしたことはなかった。
その調査では愕然とするほど稼働率の低い装備が多かったが、防衛省内局も各幕僚監部も問題にしなかった。
例えば陸自のバイクの稼働率は3割程度にすぎなかった。
2011年に派生した東日本大震災においてもそれは深刻な問題だったが、防衛省、自衛隊の対処に問題がなかったことにされ、低稼働率の対策は放置されてきた。
■単に部品代を賄っても解決しない
装備の稼働率は単に部品代を賄えば解決する問題ではない。
FMS(米対外有償軍事援助)などの場合、発注してもコンポーネントが届くまで何年もかかることがある。
このようなサプライチェーン上の問題も存在する。
装備に欠陥がある場合もある。
例えば富士通が担当しているP-1哨戒機の光学電子センサーは欧米製に比べて性能が劣るうえに、頻繁に故障する。
これがP-1の稼働率が低い一因だ。
それでいて調達単価は同様の欧米メーカーの2倍も高い。
このようなコンポーネントの問題が複数あればそれだけ稼働率は下がる。
さらに定期修理をするメーカーへの支払い、自衛隊内の整備員の数なども関係してくる。
自衛隊では充足率の低さが長年問題となっているが、今後の少子高齢化が進めば整備員の確保も問題となるだろう。
さらに搭乗員の数や燃料も問題だ。
仮に戦闘機100機が完全に整備されてもパイロットが10人しかいなければ、稼働率は大幅に下がる。
燃料が足りなければ装備は動かせない。
それから稼働率が低くなる原因の1つは装備の経年劣化だ。
生産直後の装備と、20〜30年も経った装備を比べれば故障の頻度は増えてくる。
このため古くなった装備は頻繁に修理が必要となるし、費用もかかる。
古い部品を延々生産するためにはラインを維持しないといけないので、修理のたびのコストは高くなる。
諸外国では装甲車両や小火器でも5〜10年程度のサイクルで調達する。
それはメーカーのラインを維持しながらも、できるだけ早く、全量を調達して速やかに戦力化するためだ。
だが特に陸自では30年もかけることが珍しくない。
30年後に全数がそろってもそれはすでに旧式化しているし、初期生産分は故障が増えるので稼働率も低くなる。
このため諸外国では装甲車輌などは古くなるとリファブリッシュ(修理・調整して準じる状態に仕上げること)することが多い。
装甲車の車体は丈夫でほぼ劣化しないが、エンジンを新品に換装し、電気系統の配線や部品などを全部取り替える。
あるいは同時に近代化する。
例えばヘッドライトを電球からLEDなどに変えれば、電球切れを起こさずに長期間使用できるようになる。
このようなことを自衛隊ではあまりやらない。
P-3C哨戒機などの航空機にしても主翼を新造品と交換すれば機体寿命は新品と同等となり、故障率も大幅に減る。
陸自に限らず自衛隊では長期にわたって、細々と調達するために同じ型式でも古くなった装備ほど稼働率が落ちる。
また調達の途中でリファブリッシュや近代化をほとんど行わないので、稼働率も能力も落ちる。
好例は74式戦車や90式戦車だ。これらは消化器なども期限切れのものが使用されている。
■新旧装備の混在長期化も
そして長期にわたる調達は古い装備と新しい装備の混在が長期にわたることでもあり、その間兵站や訓練も二重となってコストが高くなる。
戦車など74式、90式、10式と3世代あり、これに装輪の16式機動戦闘車を含めれば4種類になる。
これまた整備費が不足し、稼働率が低下する原因となっている。
普通他国の軍隊ではどんな装備が、何故必要か概要を説明し、どの装備が必要で、それを何年間で調達、戦力化し、総額はいくらかという計画を立てて議会で承認をうけてメーカーに発注する。
だが一般に防衛省、自衛隊では初年度の発注数だけを予算要求する。これは国際的に見て極めて異常だ。
装備調達は民間企業でいえば設備投資だ。なぜその工場が必要で、いつからその工場が稼働して、投資総額はいくらか。それを役員会が知らずに初年度の投資を了承することは一般企業だとまずありえないことだろう。
筆者は防衛大臣経験者に、この長期すぎる調達の問題を質したことがあるが、何の問題があるのか理解できないとの答えだった。
政治家は防衛大臣でも調達や稼働率に関する理解度が低いことが多い。
そして陸自が空海自や他国の軍隊と大きく異なるのが、航空機から小銃に至るまで装備を部隊定数分しか調達しないことだ。
例えば飛行隊で定数18機のヘリコプターが必要だとしよう。海空自衛隊では18機に加えて予備機も調達する。それはIRAN(Inspection and Repair As Necessary:機体定期修理)が必要だからだ。
使っている機体をIRANに出すならば予備の機体を部隊で使う。
対して陸自ではそのような予備の機体が存在しないので、IRANに機体を出すと、部隊で使う機体が減ってしまう。
だが陸自は18機しか調達しない。
このため仮に整備状態が良好で稼働率100%であってもつねにIRANに出している機体が欠如しているので稼働率は低いままだ。
必要な機数が揃うことはありえないのだ。
これは小銃も同じだ。仮に中隊で100名分の小銃が必要ならば100丁しか調達されない。
だが小銃も一定期間使用していると歪みが出たり、部品の摩耗などで故障が起きやすくなったりする。
このため歪みを直したり部品を交換し、表面処理をし直したりする。
海空自衛隊ではメーカーにそれを依頼している。
陸自では補給処でそれをやることになっているのだが、隊員の数しかないので、よほどひどく壊れでもしない限り、このようなメンテナンスは行われない。
このため陸自の小銃その他の小火器は整備不良で信頼性、命中精度が低く、故障する可能性が高い。
また表面処理が剥げて地金がみているので、実戦では敵に発見されやすい。
■実戦でも問題になる
このような予備装備が存在しないことは実戦でも問題だ。
戦争になって部隊が被害を受けたり、装備を放棄して撤退したりした場合、代わりに支給する装備が存在しない。
国産装備は戦時に生産できるというのは空論にすぎない。
ベンダー含めて、メーカーの工員が急に増えることはないし、コンポーネントは輸入品も多い。
小銃にしても現在調達中の20式小銃は弾倉などのコンポーネントは輸入品である。
このように予備の装備を含めて調達計画を立てていないのは、実戦を想定していないからだろう。
悪く言えば平和ボケだ。
予算捻出が必要ならば本来部隊を縮小してもそれを行わなければならない。
陸自では隊員の数も足りない。
定数の6割程度の部隊がゴロゴロしている。
装備があっても隊員がいない。
であれば、部隊数を減らして隊員の充足率をあげ、十分な予備の装備を調達することが求められる。
このように調達や予備機材の問題など、いくら防衛費を増やしても稼働率が上がらない構造的な欠陥が防衛省、自衛隊には存在する。
だが、政府自民党、そして防衛3文書においてもこのような自衛隊の構造的な欠陥に対する問題意識は見えてこない。
防衛費を増大する前にこのような問題を根本的に改善する組織改革こそが必要だ。
清谷 信一 :軍事ジャーナリスト