2023年01月11日

年金制度をめぐるウソを検証する 「年金が高齢化で維持できない」と信じる人の誤解

年金制度をめぐるウソを検証する 
「年金が高齢化で維持できない」と信じる人の誤解
1/10(火) 東洋経済オンライン

「Econofakes エコノフェイクス」とはスペイン・セビリア大学応用経済学教授であるフアン・トーレス・ロペスがつくりだした「経済のウソ」という意味の造語だ。
「経済学は、難解で抽象的な数式で提示されると、科学的で議論の余地のない真実のように見える。
しかし、経済学には『科学』で存在するような普遍的な『法則』が必ずしも存在していない。
実際は仲間内で権威を与え合う経済学者たちのゆがんだイデオロギーによって導き出された『ウソ』に満ちあふれている。
そして、この『ウソ』によって権力や富が一部に集中するシステムが正当化されているのにも関わらず、多くの人はそのことに気づいていないのだ」とトーレス教授は言う。

それでは、その「ウソ」とはいったいどんなものなのか?  そして「ホント」とは?  トーレス教授の著書『Econofakes エコノフェイクス――トーレス教授の経済教室』より一部抜粋、再構成して全5回連載。第4回をお届けする。

■増え続ける退職者を賄うのは不可能? 
★ウソ 人口の高齢化によって公的年金制度が維持できなくなる
 急速に進む高齢化によって、近い将来、公的年金制度が破綻するだろうという話は、誰もが何度か聞いたことがあるのではなかろうか。
 このような発言の源となる研究を行っている経済学者たちは、洗練された数式やモデルを使って同じ主張をするが、その理屈はさほど難しくない。
近代の年金システムが登場した当時、65歳まで生きられる人は3人に1人しかいなかったが、現在その数は10人中9人になった。
そのため「現在の公的年金制度では増えつづける退職者を賄うこと」は不可能だというものだ。

 一見、明快で当然のことのように見えるが、この主張は偽りだ。
この主張を何度繰り返そうが、公的年金の未来を危うくするのは国民の高齢化という人口問題だとするのは間違っている。

 公的年金制度に人口がかかわっていることは明らかであり、とても重要な点だ。
直接的には、年金受給者の人数と年金を受け取る期間、間接的には、年金の財源となる社会保険料やその他の税金を収める人口だ。
しかし、いかなる人口変動も「公的年金は支給ができなくなる」要因ではない。
そのことを証明する理由はいくつもある。
それらの理由を大きく3つのグループに分けて説明しよう。

 1つ目は、人口推移の予測の難しさである。
 2つ目は、人口が年金に及ぼす影響は、市場における労働力や生産活動、さらにいえば経済全体と切り離しては考えられないという事実だ。
 3つ目は、公的年金制度の収入と支出の財政バランスは保てるということだ。

 人口の高齢化で将来的に年金を支えきれなくなると断言するには、総人口が時間とともにどう推移するかだけでなく、年代ごとの人口分布と、社会集団ごとの寿命の推移も考慮する必要があり、分析は非常に難しい。
いまの技術では、将来の人口について科学的な予測ができないことがわかっている。
 数年後の総人口や65歳以上の人口、または他の年代の人口すら正確にわからないのに、平均寿命や1人の女性から生まれる子供の数を予測するのは不可能だ。
それなのに、30年か40年後には間違いなく年金の財源がなくなるほどの高齢化社会になっているなどと言い切れるだろうか? 

 2つ目の理由も同じように明快だ。
 定年人口が多ければ多いほど年金受給者の数は増え、そのために必要な支出も増える。
しかし、年金受給者の数が増えるからといって、必ずしも彼らの年金となる分の収入を生み出す人口が減るとは限らない。  この影響を分析する際、人口の推移を、労働市場、生産、そして社会全体の動向と切り離して考えることはできない。

■必要な財源を確保できなくなる3つの仮定
 高齢化が進むと将来の年金支給に必要な財源を確保できなくなるという主張は、以下のいくつか、あるいはすべての仮定のもとに成り立っている。  
(a)労働市場から引退していく人口がより若い世代の人口に置き換わらない。つまり、就業率は増えない(働いていなかった人たちが労働市場に参入しない)、または雇用率は増えない(失業していた人たちは労働市場に参入しない)、あるいは移民は増えない。  
(b)生産性は上がらないので、少ない労働力で生産量や収入を増やすことはできない。つまり、より少ない労働時間でより多くの財やサービスを生産するという、歴史を通して続いてきたプロセスが、ここに来て途絶える。  
(c)人口の高齢化が恒久的なものになる。

 しかし、これら3つの仮定はどれも現実的ではない。
 高齢化が公的年金制度を破綻させることを「証明」しようとするモデルや分析は、往々にして、高齢化の影響ばかりを誇張し、雇用の増大の可能性と移民の流入を軽視しているか、あるいはまったく考慮していない。
 この手の分析は、1990年代に年金制度の破綻に関する研究を発表した人たちが行ったものだが、その研究費の多くは金融機関が負担していた。
そして誰一人として、2000年、2005年、2010年にスペインの年金制度に何が起こるかを正しく予測できなかった。
ただし、公的年金を受け取れなくなるという悲惨な未来を予言することで不安の種を人々に植えつけることには成功した。  しかし、ここ数十年間、スペインでは年金受給者の数は常に増えつづけてきたが、雇用や生産性の増大によって、年金の財源は保たれてきたのだ。

 年金の財源問題は人口増加や高齢化によってではなく、最近は、雇用喪失や生産性の低さ、または経済危機による経済成長の停滞などによって引き起こされることが多い。 
 すなわち、高齢化の影響を予測するには、年齢別の人口や年金受給者の数を知るだけでは不十分で(いずれにしても、すでに見てきたようにその数は正確にはわからないのだが)、生産量の推移を知ることも必要なのだ。
だが、これもまた確実な方法はない。
どこよりも多くの情報と統計技術を持っている国際機関でさえ、長期のGDPの推移を予測することはできていない。
 パイ全体の大きさがわからないのに「その分配に参加する人の一部には行きわたらない」と言うのは、いんちきというものだろう。

■財源を見直すことも可能
 これまで述べてきたことからおわかりいただけたと思うが、人口統計学的に年金制度を維持できないという理論は間違っている。
公的年金制度の財政均衡は人口だけに依存しているわけではないということを忘れているからだ。
 この財政均衡は収入と支出に左右されるものなのに、この理論では支出の増加のみを考慮している点に欺瞞がある。

公的年金制度を支えたいと真剣に考えるのであれば、支出が増えると同時に収入も増やせることを考慮しなければならない。  これまで反論してきたこの偽りの理論を正当化するための最初の罠は、年金制度が社会保険料によってのみ賄われると仮定している点だ。
当然、他の財源を利用することもできるし、そうしている国も多いのに、あえてそのことには触れようとしない。

 年金が社会保険料だけで賄われているとしても、社会保険料というものは、雇用量や就業率、賃金水準、生産量、市場におけるその推移、生産性、さらには不正や地下経済、所得分配といった一連の変数にも影響を受けることを考慮しなくてはならない。
 この最後の所得分配という変数の重要性や、なぜ高齢化のみが財政破綻を引き起こすと仮定するのが間違いなのかは、簡単に説明できる。
 年金制度における財政の健全性に及ぼす影響について、さまざまな状況を考慮することなく高齢化の影響のみで結論を導き出すことは間違いなのだ。
そして、新しい財源を加えることができれば(新しい財源は間違いなく得られる)、現在の年金制度は完全に持続可能なのだ。

■そのウソはどんな結果をもたらすか?
  同じウソを繰り返しているとそれが真実として受け入れられるようになるとよく言われるが、まさにそれが年金について起こったことだ。
 つまり、十分なお金を持てなくなるということを繰り返し言うことで年金は破綻するという将来のシナリオを、国民が受け入れてしまうのだ。
 公的年金のこんな未来は避けて通れないものだとすることで、実際にこの制度を裏で支えている人々の連帯や最低限公平に保たれている所得分配といった大切なものが覆いかくされてしまう。
そういったものなしには、年金だけでなく、あらゆる公共財や公共サービスの資金調達はできなくなるのは明らかだろう。

 そのため、このウソは、資源の公平な分配についての社会的議論を回避することができる。
さらに、公的年金の将来は経済政策次第で変えられるという事実も伏せられると、不安に駆られた人々は、退職後の収入を守るためには財政支出の削減や賃金や年金のカットもやむをえないと信じるようになる。

しかし、これらの削減こそが年金制度を悪化させるので、年金制度は日に日に悪くなっていき、そのうち破綻するということになる。
 その果てに、このウソを信じた人々は、自分の貯蓄を利益が少なくてリスクのより高い民間の年金基金にまわすようになる(しかしこれができるのは余裕がある人たちだけで、全員ができるわけではない)。

 公的年金の不安定さを議論する場合に必ず提案されるのがこの私的年金だが、これはハイリスク・ローリターンのとても不利なオプションである。
なぜなら、私的年金というものは、公的年金に比べて経済変動の影響をより大きく受けやすく、ひもづいている金融投資と同様に不安定なものだからだ。
 さらに、個人貯蓄の資金も公的年金の場合とまったく同じように人口の変動に左右されることを考えると、このオプションを勧めること自体がでたらめである。

将来、人口の高齢化によって将来の労働人口が生み出す収入も減少するというなら、存在するリスクは私的年金も公的年金の場合と変わらない。
ちょっとした違いはあるものの、簡単に説明ができる。

私的年金とは、現役時代に積み立てて金融機関に預けてきたお金に他ならない。
もしタンス貯金をしていたら、定年退職するときにはその価値は大きく目減りしているだろう。
そこで、採算がとれるようにするために金融会社はそのお金を投資し、長期運用で利益を生み出そうとする。
預金者がそのお金を引き出したいといってきたら、金融会社は貯蓄が投資された資産を売って、換金しなくてはならない。

■民間銀行の巨大ビジネス
 そして、経済市場にはそれらの資産を買い取れるだけの十分な収入と貯蓄が求められる。
しかし、公的年金を支えるだけの十分な貯蓄がないなら、私的年金を調達するために必要な資産を買うだけのお金もないはずではないか。
しかし、そうはならないということは、全国民が貯金できるわけではなく、富裕層の貯蓄を換金するのに必要な流動資金だけがあることが前提となっているからだ。

 経済に関するウソのなかでも、このウソほど広く流布し、国民を決定的に欺いてきたものはないかもしれない。
だが、これほど多くのメディアで拡散され、これほど多くの資源がその普及に投じられ、これほど長期にわたって同じ主張が繰り返されたきたてきたことには納得できる理由がある。
 たとえば、スペイン政府が2021年に公的年金の支払いに費やす総額は1600億ユーロ強と見込まれている。
この額は、あるいはこの一部の額だけだとしても、民間銀行にとっては巨大なビジネスを意味する。
そのため、民間銀行は1980年代からこのウソを拡散するキャンペーンや都合のいい研究を組織したり、それらに出資したりしてきたのだ。

☆ホント 年金制度が行き詰まるかどうかは労働生産性や財源の見直しによる
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック