「認知症予防」今すぐ始められる脳を守る12の対策
脳ドックは受けたほうがいいか、専門家が解説
森 勇磨 : 産業医・内科医
2023/04/03 東洋経済オンライン
予防医学における「最後の砦」とも言える認知症。
元気はつらつで若々しい人でも、司令塔である脳の機能が低下してしまうと、健康な体を維持することは難しくなります。
一方で、肉体の自由がきかなくなり寝たきりになると、認知症の発症リスクを高めてしまいます。
つまり動けるように体を維持することが認知症予防なのは間違いなく、みなさんご存じのことと思います。
登録者数48万人超の人気YouTube「予防医学ch」を運営する現役医師でもある森勇磨氏。
このたび『怖いけど面白い予防医学』を上梓した同氏がみなさんに知っておいてほしい「エビデンスに基づいた効果的な認知症予防」を本記事でお伝えします。
認知症は、それ自体が「死」につながる病気であることは意外に知られていません。
もっとも、認知症自体が直接私たちの命を奪うというよりも、食事が摂取できなくなったり、「むせ」により異物が気道に入り込むことで起こる肺炎(誤嚥性肺炎)になりやすくなったりと、さまざまな原因がかけ合わさった結果、ゆるやかに「死」に向かっていくことになります。
一般的に認知症発症からの生存期間は、7〜10年といわれています。
認知症になる前の予防が大事
認知症は、一旦なってしまうと根治するための治療薬はなく、進行をやや遅らせる薬しかありません。
つまり、誰もができるだけ認知症になる前の「予防」に注力する必要があります。
では、認知症を予防するためには具体的に何をすべきなのでしょうか?
実は、科学的データに裏付けられた具体的な方法があります。
2020年に認知症には12種の原因があり、その対策を打つことで、なんと最大で40%も認知症を予防できるという論文が、世界的に著名な医学誌『ランセット』に発表されました。
その12種類の原因とは以下になります。
1 教育
2 難聴
3 高血圧
4 肥満
5 喫煙
6 うつ病
7 社会的孤立
8 運動不足
9 糖尿病
10 過度の飲酒
11 頭部外傷
12 大気汚染
これらの原因は一見バラバラに思えますが、よくよく見るとある「共通項」が浮かんできます。
実は、この12種類の原因に関して大部分を占める対策は、「動脈硬化予防」になります。
たとえば喫煙や肥満、過度な飲酒や高血圧、糖尿病といった要素はすべて動脈硬化を促進させます。
そして運動不足も同様に肥満や高血圧に直結します。
血管のはたらきは全身に過不足なく血液を行き届かせることなので、当然脳にも血管が張り巡らされています。
つまり脳を守ることは血管を守ることと同義といっても過言ではないのです。
補聴器で「社会的孤立」を防ぐ
血管と同様に「五感」を守ることも重要です。 12の原因の1つに難聴があります。
老化で耳が遠くなるのは自然現象ということは、みなさんも感覚的に理解されていることと思います。
こうした耳の聞こえが悪くなっていくことに対しては、とくに予防策はありません。
強いて言えば、騒音環境は聴力低下のリスクになるので、一部のバンド好きや騒音作業に従事する工場員などは注意すべきでしょう。
この聴力問題に関しては、耳が悪くなってからの対応のほうが重要です。
というのも、高齢になると「耳が悪くなるのはしょうがない」と当たり前に受け入れられ、とくに対策をするわけでもなく、老化現象の一貫として放置されがちだからです。
しかし、耳の聞こえが悪くなったときに、できることがまったくないわけではありません。
代表的な対策が補聴器です。補聴器は適切なタイミングでつけたほうがよいでしょう。
難聴の状態になると、音の刺激から人を遠ざけてしまいますし、人とのコミュニケーションも希薄になってしまいます。
さらに注目したいのが、12の原因の1つに「社会的孤立」があること。
社会的孤立とは、普段の生活のなかで、自分が接点を持てるコミュニティー・居場所がなくなってしまうことを意味します。この社会的孤立を防ぐための対人コミュニケーションは、認知症予防に非常に重要な要素になります。
つまり、補聴器をつけることで聴覚からの刺激が強まり、聞こえがよくなることで、家族や友人とのコミュニケーションが円滑になり「社会的孤立」を防ぐことができます。
ウォーキングをして外の景色の変化を感じる、足の筋肉を刺激し活性化させる――。
12の原因を因数分解してみると、いかに「体」と「脳」を刺激するかが認知症予防に重要であると、再確認できます。
少し論理が飛躍するかもしれませんが、何歳になってもチャレンジ精神を持って、前向きに生きていくことが一番の認知症予防かもしれません。
脳ドックは認知症予防に有効か
ちなみに、みなさんは「脳ドック」を受けられたことがあるでしょうか?
脳ドックは、豪華な人間ドックの検査項目に必ずといっていいほど含まれている項目です。
認知症対策のために脳の状態をチェックしておきたい、という理由で脳ドックを受けている方も少なからずいらっしゃいます。
しかし、認知症予防として正直なところを申し上げると、脳ドックはそれほど期待できないだろう、というのが私の本音です。
そもそもの話になりますが、実はこれほど脳ドックを一般的に行っている国は、世界中見渡しても日本だけなのです。
脳ドックでは、脳のMRI(磁気共鳴画像)の撮影や、頸部血管エコーと呼ばれる首の超音波検査をセットで行います。
これらの検査では血管が狭くなっていないか、あるいは脳腫瘍や脳動脈瘤(りゅう)がないかを調べます。
一見すると、認知症をはじめ、脳の病気の早期発見に有益に思える脳ドックですが、なぜ世界ではスルーされてしまっているのでしょうか?
脳ドックのルーツは、1980年代の北海道・札幌にさかのぼります。
札幌では1980年代に現代の脳ドックの先駆けとなる「脳動脈瘤検診」を行う取り組みをはじめており、この取り組みは当時、非常に好評でした。
それもそのはずです。恐ろしいくも膜下出血を引き起こす脳動脈瘤を事前に見つけられるセンセーショナルな検査が日本ではじまったとなれば、一度は受けてみたくなるでしょう。
以降、この脳動脈瘤検診は全国各地へ広がっていきます。
1992年には「日本脳ドック学会」が誕生します。
こうして脳ドックは人間ドックのスタンダードな検診としての地位を完全に確立しました。
しかし、それだけ素晴らしいものであれば、日本発信で世界中に広がっているはずですが……。
残念ながら世界では取り入れられる気配がまったくありません。
それどころか、アメリカにいたっては無症状の人に首の血管の超音波検査を行うのはグレードD、つまり「デメリットのほうが大きいから受けないほうがよい検査」という扱いになっています。
なぜ、検査を行わないほうがよいという判断にいたったかというと、間違って血管に異常があると判断され、必要のない手術を受ける方が一定の割合で生まれるためです。
このように脳ドックの検査だけではなく、一見メリットのありそうな検査でも、実は科学的に解釈すると受けると逆に健康を害する場合もある、ということは覚えておきましょう。
もちろん、認知症予防に関しての有効性が証明されているわけではないといった事実や、検査のメリット・デメリットをしっかり踏まえたうえで、脳ドックを受ける選択肢を持っておくことは悪いことではありません。
現状は勇んで推奨するほどの検査ではない、というのが正直なところです。
むしろ認知症予防のためには、先述した12の種類の原因を1つでも多くなくすために、日々の生活習慣の改善に取り組んでいくことのほうがとても重要です。