便利になる?JR東日本、Suica「見えない大変化」
運賃計算クラウド化、割引クーポンなど可能に
小林 拓矢 フリーライター
2023/05/06 東洋経済オンライン
都市部で鉄道を利用する多くの人々が「紙のきっぷ」を使わなくなってから、長い年月が経った。
JR東日本がICカード「Suica」を導入したのは2001年11月。
その後、東京圏では私鉄各社の「PASMO」導入に合わせて2007年3月にICカード相互利用が始まった。
2013年3月には交通系ICカード全国相互利用サービスが開始され、大都市圏ではICカードのみの自動改札機も増えた。
交通系ICカードがこれだけ普及したのは、先陣を切って導入し、鉄道以外での利用についても積極的に取り組むなど利用範囲の拡大を図ってきたJR東日本のSuicaの存在が大きい。
そのSuicaが、2023年度から新しい改札システムを導入する。
利用方法は変わらないが、運賃計算などの処理システムが大きく変化する。
今までは「改札機で運賃計算」 これまで、Suicaの運賃計算は自動改札機内で処理する方式だった。
乗車駅ではどの駅から入場したかの情報をカードに書き込み、下車駅では乗った駅を参照して改札機内で運賃を計算し、計算した額を引き去るという仕組みだ。
導入当初は利用可能な駅が今ほど多くなかったこと、さらに通信回線のスピードもまだ遅かったことから、この形となった。 だが、改札機で計算処理するこのシステムを更新するには費用も手間もかかる。
とくに営業エリアの広いJR東日本で、これ以上Suicaの利用エリアを拡大し、将来は同社の全駅で使えるようにするとなると、現在のシステムでは相当な手間とコスト、準備が必要になる。
また、現在は複雑な計算が必要な「エリアまたぎ」の乗車はできない。例えば首都圏エリアと仙台エリアは常磐線を介してほぼ接しているような状況だが、両エリアをまたいでの利用は不可能だ。
他社の交通系ICカードを見ると、例えば在来線の営業範囲がそれほど広くないJR東海の「TOICA」は同社管内が1つのエリアとなっており、自社線内で「エリアまたぎ」の問題は起きない。
JR西日本の「ICOCA」は利用可能エリアは広範囲だが、営業キロ200kmを超える場合は使えない。
例外として、大阪近郊区間内や同区間と特急停車駅での利用、また特急「やくも」の停車駅相互間利用はできる。
距離と特急停車駅といった制約を設ける一方で、その区間は特別に計算できるよう、改札機内のコンピューターのプログラムを改良してあるということだ。
だが、JR東日本は同社管内すべてでSuicaが使えることを将来の目標にしている。
そのためには、システムそのものを変えなくてはいけない。
新システムは「センターサーバー方式」 新しいシステムは「センターサーバー方式」だ。
改札機にICカードをタッチすると、ネットワーク回線を通じて情報がサーバーに送られ、そこで運賃計算する。
その結果をもとに、改札機で運賃を引き去るという仕組みだ。
つまりは「クラウド化」だ。
改札機内でエリアをまたぐ運賃計算を処理するには、各改札機の中のコンピューターに複雑なプログラムを組み込まなければならなくなる。
「スマートフォンのアプリでも乗り継ぎや運賃を調べられるじゃないか」と思う人がいるかもしれないが、そういったアプリはスマホ内ですべて計算しているわけではなく、サーバーと通信することでさまざまな処理をこなしている。
運賃計算を改札機内のコンピューターから処理速度の速いセンターサーバーに移行することで、より複雑な計算に対応できるようになるだけでなく、改札機やシステム改修時のコストダウンも図れる。
サーバー台数の変更などで拡張性も向上する。
このシステムは、5月27日から青森・盛岡・秋田の3エリアでまず導入し、夏以降に首都圏・仙台・新潟エリアに拡大する。これによってSuicaエリアの統合が可能になるだけではなく、時間帯や曜日による割引クーポン、鉄道沿線の生活サービスと融合した商品の提供、今後導入予定の鉄道チケットシステムでのワンストップサービスが可能になるという。
ただ、限界もある。
JR東日本によると、このシステムを導入してもJR会社間をまたいでのエリア統合はないという。
例えば長野県の諏訪エリアからJR東海管内の駒ケ根・飯田などへは、新システム導入後もICカードでの乗車は困難なままだ。
では、同様のシステムがほかの鉄道各社に広がることはあるのだろうか。
JR東日本は「他事業者でのセンターサーバー方式に関する検討状況は承知していない」という。
今後のキーとなりそうなのは、プレスリリースにある「本システムは株式会社ICカード相互利用センターが所有するシステムです」の文言である。
「ICカード相互利用センター」が、Suicaのシステム上で重要な役割を果たしているということになる。
相互利用センターは、首都圏ICカード相互利用サービスを開始するために2004年3月に設立された会社であるという。
主な業務内容は、ICカード相互利用に伴うデータの処理や、ICカードシステムにかかる共通的なデータ管理・仕様管理となっている。SuicaとPASMOの共通基盤のための会社であるといえるだろう。
「ICカード相互利用センター」とかかわるPASMO採用事業者が、JR東日本と同様のシステムを導入する可能性は考えられるかもしれない。
「クラウド化」は時代の流れ 鉄道のキャッシュレス化は交通系ICカードだけではない。
福岡市地下鉄は今年3月27日から全駅でクレジットカードによるタッチ決済の実証実験を行っている。
タッチ決済での実証実験に力を入れている南海電気鉄道では、4月20日から利用可能な国際ブランドを増やした。
また同社ではQRコードでのデジタルきっぷを発売している。
JR東日本も、2022年12月にQRコード読み取りが可能な自動改札機を代々木駅に設置している。
こういった複数のキャッシュレス手段に対して、Suicaなど交通系ICカードの優位性は処理速度の速さだが、それゆえのコストの高さという課題がある。
新たな乗車券システムに取り組んでいる会社はほかにもある。
広島県で路面電車やバスを運行する広島電鉄とNEC、レシップの3社は、スマートフォンに表示させたQRコードや新たな交通系ICカードを認証媒体とする「ABT方式」という新乗車券システムの開発を進めている。
これは認証媒体となるQRコードやICカードの固有のID番号と紐づいた利用者の情報をクラウドサーバーで管理する方式で、チャージ残高や定期券などの利用者情報をサーバーで保持・参照・更新し、車内などの機器では高速な計算処理を行わず、システム全体のコストを下げられる。
JR東日本のSuica新システムと細かな違いはあれど、似たような発想に基づいたシステムといえるだろう。
むしろ、こちらのほうが先進的であるといえるかもしれない。
さまざまな分野でクラウド化が進んだ現在、鉄道のチケットレスも改札機での計算処理ではなく、高速回線を使ってサーバーで処理する方式が今後の流れとなっていきそうだ。