LGBT法の成立が「左派野党の壊滅」と自民一強を加速させかねない理由
上久保誠人:立命館大学政策科学部教授
2023.7.4 ダイヤモンドオンライン
LGBT法が成立するなど、日本政府が「マイノリティーの権利保障」に力を入れ始めた。
その背後では、性差別解消に向けて動くよう自民党幹部に働きかけたり、国際連合に日本の課題を提言したりする「市民団体」などの存在が一役買っている。
だが本来、こうした団体の一部は左派野党と共闘してきたはずだ。
自民党が力を増し、左派野党の退潮が進んでいる今、なぜ市民団体は逆に影響力が増しているのか。
矛盾した構図の裏側を解説する。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
「マイノリティーの権利保障」を求める 市民団体の動きが活発化
性的少数者(LGBT)への理解を増進し、差別を解消することを目的とした「性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(以下、LGBT法)が6月16日に国会で成立した。
この法律は元々、2021年の東京オリンピック・パラリンピック前の成立を目指していた。
当時は自民党内の反発を受けて、なかなか法案の国会提出はならなかったが、徐々に風向きが変わっての成立だった。
例えば、23年5月に日本・広島で開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳声明には「(性的少数者を含むあらゆる人々が)生き生きとした人生を享受できる社会を実現する」という文言が含まれ、国際的にLGBTに対する差別解消の機運が高まっていた。
そうした経緯もあってLGBT法は成立したものの、LGBTを巡る法整備に関しては課題が山積している状況だ。
例えば法成立前の23年6月頭には、同性婚が認められないのは「違憲」だとして、複数の同性カップルが国を訴えた集団訴訟の判決があった。
その中で福岡地裁は、同性婚が認められない状況について「憲法に違反する状態である」との判断を示した。
同種の訴訟は全国5地裁で起こされており、今回ですべての一審判決が出そろった。
しかし、札幌・名古屋が「違憲」、大阪が「合憲」、東京が「違憲状態」と判断が分かれている。
同性カップルを“家族”であると法的に認める仕組みづくりは一朝一夕には進まないとみられる。
LGBT法の成立を機に、今後は日本における「マイノリティーの権利保障」を国際的な水準に近づけるための法案が、次々と政治課題に浮上するだろう(本連載第219回)。
LGBT関連だけでなく、「選択的夫婦別姓」制度の導入などの議論が活発化していくはずだ。
同時に、各種法案・制度の成立を求める各種市民団体の活動もさらに盛んになりそうだ。
だが、昨今の政局に鑑みると、「市民団体の活発化」が見込まれる現状には違和感もある。
左派野党の退潮が進む中で 市民団体が力を増す矛盾
ここしばらくの間は、「保守派」の代表的政治家であった故・安倍晋三元首相が憲政史上最長の長期政権を築くなど「自民一強」が続き、一方で立憲民主党、共産党など左派野党は衰退の一途をたどってきた。
にもかかわらず、従来は左派野党と一体となって活動してきたはずの「マイノリティーの権利保障」を求める市民運動は、以前よりも積極的になっている。
自民党が力を強め、左派野党の退潮が進む中で、市民団体などが勢いを増しているという、この矛盾した状況はどう理解したらいいのだろうか。
本連載では、今の左派野党は自民党の「補完勢力」と化していると主張してきた。
その原因は、安全保障政策を除く政策面での自民党の「左傾化」にある(第308回)。
自民党は安倍政権以降、「全世代への社会保障」「子育て支援」「女性の社会進出の支援」「教育無償化」など、本来であれば左派野党が取り組むような社会民主主義的な政策を次々と打ち出してきた。
現・岸田文雄政権では、「新しい資本主義」という経済政策のコンセプトを掲げ、アベノミクスが置き去りにしたとされる中小企業や個人への再配分を強化しようとしている(第305回)。
その他の岸田政権の政策を見ても、「異次元の少子化対策」や物価高への対処などは「富の再分配」に近い側面を持っている。
これらを打ち出した結果、国民の目は「政府は次に何をしてくれるか」に集中し、実際に予算を扱えない野党の存在感は薄れてしまった。
これは、「包括政党(キャッチ・オール・パーティー)」という特徴を持つ自民党のなせる業だ(第169回・p3)。
要するに、自民党は政策的には何でもありの政党である。
野党との違いを明確にするのではなく、「野党と似た政策に予算を付けて実行し、野党の存在を消してしまう」というのが自民党の伝統的な戦い方であり、左派野党は存在意義を消されてしまった。
そして、このような動きが加速するにつれて、国会外では「マイノリティーの権利保障」を求める市民団体の活発化が進んできた。
中でも注目すべきは、700万人の加盟組合員がいる労働組合の中央組織「連合」(日本労働組合総連合会)の動向だ。
昨今の連合は、労働運動家の芳野友子氏が21年10月に会長に就任してからは、自民党への接近も目立っている。
また、労働者の支援や企業との交渉にとどまらず、男女間賃金格差の是正やジェンダー平等の実現にも力を入れている。
自民党は安倍内閣時の14年春闘から、経済界に「賃上げ」を求める「官製春闘」を主導してきた。
岸田内閣でも、賃上げは最重要課題の一つとなっている。
連合の芳野会長はこうした経緯を踏まえて、賃上げを実現するには政府・与党と連携した方がいいと判断。
その方針の下、今年2月に岸田首相と会談したほか、自民党幹部との意見交換の場を相次いで設けたという。
また芳野会長は、「リスキリング(学び直し)」を支援する自民党議員連盟の会合に出席するなど、さまざまな自民党の会合に顔を出している(ロイター『連合会長、目立つ自民接近』)。
今年3月には芳野会長の求めに応じて、政府と経済界、労働界の代表が賃上げについて意見交換する「政労使会議」が8年ぶりに開催された。
4月29日には、東京・代々木公園で開かれた連合主催のメーデー中央大会に岸田首相が出席した。
そして6月2日には、連合と自民党の間で「政策懇談会」が催され、ジェンダー平等などの政策提言が盛り込まれた「要請書」が、連合側から自民党・萩生田光一政務調査会長に手渡された。
このように、連合は「マイノリティーの権利保障」を求める過程で、自民党とのつながりを強めつつある。
「連合」以外にもある 動きが活発化している組織とは?
「マイノリティーの権利保障」において、野党のお株を奪うような活動を展開している組織は、連合以外にもう一つある。 設立の経緯(詳しくは後述)から、必ずしも「左派野党と一体となって活動してきた」とはいえないが、その組織とは「公益財団法人ジョイセフ」だ。
ジョイセフは日本国内にとどまらず、グローバルな活動を行っている。
中でも「国際連合」に対してロビー活動を行い、人権侵害の是正などについて日本に勧告を出すよう働きかけているのは注目に値する。
昨夏には「#なんでないのプロジェクト」など8つの市民団体と組み、「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」に関する日本の課題を共同レポートにまとめて国連に提出した。
その内容は国連のウェブサイトで確認できる(Universal Periodic Review Fourth Cycle - Japan - Reference Documents)。
ここで国連の仕組みについて少し触れておくと、国連人権理事会にはUPR(普遍的定期的レビュー)という、加盟国がお互いを審査してアドバイスを送り合うピアレビューの仕組みがある。
日本はこの仕組みなどによって、国連からさまざまな人権問題についての是正勧告を受けてきた。
LGBTQに対する差別是正もその一つである(第219回・p5)。
前述したLGBT法の成立も、国際社会からの強い要請に応えた側面があった。
こうした要請が出された裏側で、ジョイセフなどの日本の市民団体による働きかけが一役買っていた可能性も否定できない。
そして、ジョイセフは国連へのロビー活動を行う傍ら、自民党議員とも積極的に交流し、日本政府が性差別解消などに向けて動くよう働きかけてきた。
ジョイセフと自民党の 「浅からぬ関係」とは?
LGBT法の成立が「左派野党の壊滅」と自民一強を加速させかねない理由
例えば、昨春には衆議院第一議員会館内でジェンダー平等やSRHRに関する国際セミナーを開催し、鈴木貴子外務副大臣(当時)や松川るい参議院議員(当時の自民党国際局次長・女性局次長)などが参加した(自民党公式サイトより)。
多方面に顔が利くジョイセフは、実は自民党と「浅からぬ関係」にある。
ジョイセフは「女性の命と健康を守る」ことを目的とし、1968年に外務省・厚生省認可の公益財団法人として創設された。
そして何を隠そう、初代会長は岸信介元首相、2代目会長は福田赳夫元首相だった(JOICEF『引き継がれるパイオニアの「志」』)。
ジョイセフ設立のきっかけとなった、日本の母子保健を含む保健・医療・社会保障政策は、戦後の保守政権が取り組んだ政策と一致する。
国民が一人残らず健康保険を受けられるようにする「国民皆保険」の実現に取り組んだのも岸内閣だった(自由民主党「岸信介総裁時代」)。
このように、設立当初のジョイセフは自民党と近い関係にあり、理念を共有していた。
だが、その後の自民党は政策志向を保守からリベラルへと柔軟に変えながら、長期政権を維持。
ジョイセフのような市民団体とは「離れたり接近したり」を繰り返してきた。
そして今、双方の利害が一致し、再び接近を図っているというわけだ。
興味深いのは、LGBTQの権利保障に反対する旧統一教会の友好団体「国際勝共連合」と、推進のジョイセフという、思想信条的には対極にある両団体の設立に岸元首相が深く関わっていたことだ(第314回・p5)。
それを「保守の二枚舌」だと批判するのは簡単だ。
だがそうではなく、自民党の一筋縄ではいかないしたたかさ・恐ろしさ・懐の深さを示していると考えると、自民党が力を持ち続けている所以(ゆえん)を計り知ることができるだろう。
自民党と市民団体が近づくと 左派野党の存在意義はさらに薄れる
まとめると、現在の自民党は市民団体などの組織を拒絶せず、接触を受け入れている。
その背景には、もちろん「マイノリティーの権利保障」を国際的な水準に近づけるという正当な理由もあるのだろう。
だが、その意図を深読みすると、自民党は各組織・団体との交流に応じることで、左派野党の役割・存在意義を奪い、壊滅させようとしているようにもみえる。
自民党が市民団体などに歩み寄り、その提言を受け入れた政策を実行すると、本来そうした役割を担うはずの左派野党の存在感はさらに薄れる。
そして、市民団体などもわざわざ野党と手を組む必要性は乏しくなる。
この状況を自民党が意図的に作り出しているのだとすれば、「左派野党の退潮が進む中で、労組・市民団体等が勢いを増している」という構図にも合点がいく。
「マイノリティーの権利保障」というセンシティブな議論すら、「自民一強」体制の強化につなげてしまう。
それも、自民党という“最強”のキャッチ・オール・パーティーのなせる業だといえる。