2023年09月12日

ジャニーズと戦った元文春編集長が、記者会見を見て感じたこと

ジャニーズと戦った元文春編集長が、記者会見を見て感じたこと
木俣正剛 元週刊文春・月刊文芸春秋編集長
2023年09月11日 ダイヤモンドオンライン

■今でも忘れられない「ジャニーズの女帝」の言葉
 ジャニーズ事務所の元副社長・メリー喜多川氏から聞いた、忘れられない言葉があります。
「木俣さん、私はね、タレントには手を上げませんよ。顔に傷つけたら、商品ですからね。
だけど、スタッフには手を上げます。身体で覚えさせるしかないこともあるから」
 このセリフ、それほど昔の話ではありません。
2015年、SMAP解散の契機となった『週刊文春』でのインタビュー記事の直後、彼女が文春を訪れたときに言い放った言葉です。
「メリーさん、今の時代、体罰をやっているなんてことを言うもんじゃないですよ。しかも、あなたは副社長。
私はマスコミですよ」
 そう軽く言い返しながら横を見ると、同席していたジャニーズの女性弁護士が下を向いたまま、聞かなかったふりをしていました。

 インタビューは、「SMAPは踊れない」「飯島(SMAPを育てた女性マネージャー)は踊れる子を育てられない」「だからジャニーズは任せない」「出て行きたいならSMAPを連れて出て行きなさい」と、取材班の目の前で激しくSMAPとそのマネージャーをこき下ろす内容でした。
「聞いたことは全部書いていい」と言われていたし、抗議を受ける立場でもないのですが、担当役員である私や新谷学編集長などが呼び出されて、延々と文春への長きにわたる恨みを聞かされました。
数時間長広舌をふるい、最後に一言。
「でも、おたくの編集長(ジャニーズとの裁判が起きたときの松井清人編集長)って、お子さんいらっしゃらなかったのよね。
それじゃあ、子どものことなんかわからないかも。ごめんなさい、人様のプライベートなことを言って……」
 そして、巨大なリムジンに乗って帰って行きました。

 もう80代というのに、黒い革ジャンに黒い革パンツの颯爽とした姿が似合う女性でしたが、その一方で、この人の下で働くのは願い下げだと思ったことを、9月7日に開催されたジャニーズ事務所の記者会見を見ながら、昨日のことのように思い出しました。

「ジャニーズ崩壊の第一歩」
――私は、ジャニー喜多川氏の性加害問題についてジャニーズ事務所が開催した、4時間12分におよぶ記者会見が終わったあと、そう感じました。
いや、「誰しもそう感じただろうな」と思ったのですが、翌日の新聞やスポーツ紙には「東山新社長・人類史上もっとも愚かな事件」「鬼畜の所業」といった見出しが並び、事務所が全面的に反省し、補償に応じる構えであることを強調した、ある意味、好意的な記事がほとんどのように見えました。

 相変わらず芸能メディアも大マスコミも、問題の本質から目を背けているのではないか――。
私はジャニーズと孤独な戦いを続けた週刊文春の当時の指揮官として、脱力感を覚えてしまいました。

なぜいるべき人たちが 出席していないのか
 最初に疑問を感じたのは、記者会見の出席メンバーでした。
東山紀之新社長、井ノ原快彦ジャニーズアイランド社長、そして藤島ジュリー景子前社長が出席しているのは妥当だと思います。
しかし、当然出席しているべき白波瀬傑副社長は辞任したという理由で欠席。
いつも記者会見に同席している顧問弁護士も出席していません。
代わりに、西村あさひ法律事務所の木目田裕弁護士が同席しています。

 会見の趣旨を考えると、ジャニーズとは関係性の薄い人が同席していて、本来いるべき人たちがいないのです。
「人類史上最も愚かな事件」の実態を解明し、補償することを宣言するのが会見の趣旨のはずなのですが、それなら危機管理専門の弁護士が出席する必要はありません。
危機管理の目的は英語でいえば、リスクコントロールとダメージコントロール。つまり、事務所のイメージがなるべく悪くならないように記者会見を運営することですから、最悪の事件の解明に必要な人なのかは、疑問です。

「鬼畜の所業」による被害者への補償を認定するためには、相当な専門的技術が必要です。
何よりも、ジャニー氏とメリー氏の2人だけで取締役会も開かれない密室で決められていた会社の運営について詳しく証言できる人がいないと、補償のための実態解明が不可能になるからです。
 ご存じのように、週刊文春はジャニー喜多川氏による性加害を裁判で認定させることに成功しました。
当時、ジャニー氏側の弁護士が詳細に彼の反論を聞き取って弁護をした以上、どういう風に言い訳をしていたかを証言できるのは、その顧問弁護士だけなのです。

 また、これまでジャニーズと対立するメディアに自社のタレントを出演させない、ジャニーズタレントの登場する広告を掲載させないといった判断は、同社の広報部門が行っていたはずです。
その責任者だったのは白波瀬前副社長です。
実情はどうだったのかを本人に聞いてみないと、今後のマスコミとの関係を進歩させることはできません。
 このように、ジャニーズ事務所の内情をよく知る弁護士や役員が記者会見に出席しないのなら、マスコミがいくら質問したところで、補償のための取り組みについて聞けることは限られています。
 この時点で、ジャニーズ事務所の本音が透けて見えたと思ったのは私だけでしょうか。

記者会見は、正直的を射ないものでした。
私は、これからでもいいので、会見に出席しなかった関係者が別々に記者会見を行い、被害者たちの前でジャニー氏やメリー氏が何を語っていたかを証言する義務があると思います。
 21世紀に入っても、部下に手を上げるのが悪いことではないと思っている経営者の下で働いていたタレントたちが、二人のことを完全否定することなどできるはずはありません。
たとえば今回の記者会見で出た「噂は知っていたが、実際に相談されたことはなかった」などという言葉は、空疎にしか聞こえませんでした。

一般企業の社長就任会見なら 大荒れになったはず
 私は先日、ジャニーズ事務所と一人で戦った芸能リポーター、梨元勝さんの生き方を振り返る記事を書きました。
ベテランの梨元さんがもし今生きていたとしたら、記者会見で東山氏にこんな質問を投げかけたでしょう。
「東山さんは森光子さんと非常に親しく、彼女のことを神様であり恋人だともお話になっていました。
それって、メリーさんの命令だったのですか?
もしそうだとしたらパワハラを受けていたことになるし、違うのなら年齢差(森さん1920年生まれ、東山氏1966年生まれ)を考えると、大組織の社長さんとしてはギネスものの大恋愛事件ですね」

 実際の会見でも、東山氏と森光子さんの関係についての質問は出ましたが、このように相手がはっきり返答せざるを得ない二者択一の質問の仕方ではなかったため、簡単に否定されて、そのまま終わってしまいました。
 ただ、この質問一つをとっても、なぜかメディアは優しい対応で済ませてしまいます。
普通の企業の社長就任会見なら、このような話題が出ただけで大荒れ確実です。

 ある意味救いだったのは、ジュリー前社長が、私財を投げ売ってでも補償をすると示唆したことです。
強すぎる母の下でお嬢様として育った彼女にも、もちろん責任はあります。
しかしメリー氏も、兄の性癖を娘に聞かせたいとは思わなかったはずです。
彼女が現実をほとんど知らなかったというのは事実でしょうし、これを機にすべてを投げ出し、株を売って、静かな余生を送る選択もあったはずですから、これはいい意味での「お嬢様の判断」だと思って、信用したいと思いました。
 それ以外は、ほとんどの言葉が私には疑問に思えたし、また未来や理想形が見えないものでしかありませんでした。

 最も課題を感じるのは、現役タレントの「被害告白」がないことです。
会見でも東山氏は「私の方から聞くわけにはいかない」などと苦しい発言に終始しました。
しかしBBCが火をつけ、世界が今ジャニーズと日本のメディアを見続けている視点は「Me Too」なのです。
同僚や後輩のために、海外で女性たちが勇気を出して声を上げたのは、自らの人権を守るための行為であり、それは結果として、彼女たちや女性全体の地位向上を促しました。

 現役タレントたちが声を上げるのは、立場上、非常に難しい判断であることはよくわかります。
彼らの中にもし悩みを抱えている人がいるとしたら、自らが不利益を被ることなく、安心して相談できる仕組み作りを、ジャニーズ経営陣は早急に行うべきでしょう。

再発防止策を講じる だけでは意味がない
 私は提案します。
今後全マスコミ(キー局と大新聞だけでも構いませんが)が、ジャニーズ事務所やタレントに関する報道に対して事務所から圧力をかけられるようなことがあった場合、それに一丸となって適切に対抗するための「共同宣言」を出してほしいと。
そうでなければ、今回明るみに出た問題は、解決に向けて前進することなく、半年もたてば元の木阿弥に戻ってしまうでしょう。
 またジャニーズ事務所も、世の中の評価を真摯に捉えないと、そう遠くない未来に、立ち行かなくなってしまうはずです。

すでにいくつもの企業が、同事務所のスポンサーを辞退する宣言を出し始めました。
通常、ここからのスピードは早いです。
ジャニーズの今の体制では、失ったスポンサーに復帰してもらえるまでに信頼回復することは、不可能のように思います。

 考えてみれば、再発防止特別チームによる調査や、事務所が発表した構造改革の実効性には疑問符が付くと言わざるを得ません。
事件の当事者であるジャニー喜多川氏が故人となった以上、これから性加害が起こる可能性はないわけで、再発防止策を考えるだけでは意味がありません。
この機に自らの体質を抜本的に改めていくことを、肝に銘じるべきでしょう。

(元週刊文春・月刊文芸春秋編集長 木俣正剛)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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