「値上げ地獄の夏」が庶民を襲う…
物価も金利も上がるのに実質賃金だけが上がらない日本人の不幸
2024年07月01日 PRESIDENT Online
■庶民の生活は楽になりそうにない
5月、国内195の食品メーカーが行った食品値上げは417品目だった。
6月は614品目に増加した。
足許で、“物価の優等生”と呼ばれた、もやしや卵の値段も上昇している。
広い範囲で、価格上昇になかなか歯止めがかからない。
今年の夏も“値上げラッシュの夏”になりそうだ。
その背景にあるのは、主に人手不足やエネルギー価格、さらには一部の穀物価格の上昇がある。
6月中旬、中東の紅海でフーシ派による攻撃で、タンカー運賃も上昇した。
それはいずれ原油価格の上昇につながる。
物価上昇に対する警戒感は、政府・日銀内部でも高まっている。
7月、日銀は金融政策を修正し、国債の買い入れ額を減らすとみられる。
財務省は金利上昇に備え、国債の発行計画を見直す方針と報じられた。
低インフレ、超低金利という過去30年以上続いた、日本経済のパラダイムは変わりつつある。
物価上昇分の賃上げがないため、わが国の実質賃金は増えていない。
当面、私たち庶民の生活は楽になりそうにない。
■いちばん安い「もやし」が2倍以上に上昇
過去2年に続き、今年の夏もモノからサービスまで値上げが続きそうだ。
肉類やもやしなどの生鮮野菜、卵、菓子類、冷凍食品などの食料やコーヒー、さらにウイスキー、トイレットペーパーや洗剤などの日用品、自動車などの耐久財、飲食、バス料金などのサービスも値上げが続く。
企業間の取引でも物価上昇圧力は高まっている。
業務用の海藻類や汎用合成樹脂の原料であるポリスチレンの取引価格は上昇している。
“物価の優等生”と呼ばれた品目の価格も上昇している。
代表例はもやしだ。
もやしは“スーパーで一番安い野菜”とも呼ばれてきたのだが、最近、それが少し崩れつつある。
家計調査などを見ると、1990年代以降、国内のもやし価格は15〜30円程度(1袋、200g)で推移した。
ところが、足許、その価格が40円前後になっているようだ。
今後、さらに値上げを検討している生産者も多い。
卵の価格も不安定だ。
2022年秋に、鳥インフルエンザの発生で供給は減り、卵価格は上昇した。
2023年後半、供給が徐々に回復し価格上昇は弱まったが、年初以降は再度、卵価格は上昇傾向を辿っている。
■3年連続「値上げラッシュ」の夏になる
豚肉の価格も上昇した。
過去1年間、輸入豚肉は国内の卸値が1年間で4割上昇し、国産もおよそ40年ぶりの高値をつけた。
東南アジアの新興国で豚肉の需要は増えている。
国内の食肉企業が、海外勢に買い負けるケースも増えていると聞く。
人手不足による賃上げや、2024年問題による物流(トラック輸送)のコスト上昇などで、飲食、宿泊、交通などの価格も上昇傾向だ。
5月、総務省の消費者物価指数は前年同月比2.8%上昇した。
電力価格の上昇もあり、国内の物価上昇圧力は強い。
現在の状況が続くと、3年連続で値上げラッシュの夏になりそうだ。
世界的に資源や穀物の価格が上昇していることは、国内の物価状況に大きな影響を与える。
原油や天然ガスなどのエネルギー資源、小麦など一部の穀物の供給は不安定化している。
年初から6月中旬までの間、WTI原油先物価格は約13%上昇だった。
中東情勢の緊迫化で供給不安は高まった。
中東地域ではイスラエルと親イラン派のハマス、ヒズボラの戦闘が起きた。
中東の紅海では、イランが支援するフーシ派による商船攻撃も増えた。
■十分な原油が調達できなくなる恐れ
中東情勢がさらに緊迫化すると、イランが“ホルムズ海峡”を封鎖すると警告するリスクは高まる。
同海峡は、世界の原油や天然ガス輸送の大動脈と呼ばれる。
封鎖リスクの上昇は、原油供給減少懸念を高める。
米国では、脱炭素で化石燃料関連プロジェクトへの銀行融資が手控えられた。
シェールガスやオイルの生産を行う、“リグ”の稼働数が伸び悩んだ。
サウジアラビアやロシアは減産幅の縮小方針を撤回する可能性も示唆した。
4月以降、欧州やアジアなどで天然ガスの価格上昇も鮮明だ。
ウクライナ紛争で、ロシアから欧州諸国への天然ガス輸出は寸断した。
欧州各国は、米国、中東、北アフリカなどから、天然ガス調達を増やし、世界的に需給は逼迫気味だ。
一方、AIデータセンターが急増し、発電用の天然ガス需要は増えた。
■資源が上がり、物流費が上がり、輸入物価がさらに上がり…
エネルギー資源の上昇は、物流の料金を押し上げる。
紅海での商船攻撃で一時鈍化したタンカー運賃も上昇し始めた。
原油価格の上昇などで肥料の生産コストも増えた。
国連食糧農業機関(FAO)によると、前月比で5月の穀物価格は6.3%、乳製品は1.8%上昇した。
世界的に供給体制の不安定化懸念から、在庫を積み増す企業は増えているようだ。
米国では想定以上に金利が上昇するリスクも高まった。連邦準備制度理事会(FRB)の想定以上に労働市場はタイト気味であり需要も旺盛だ。
6月、米金利の先高観から、ドル/円の為替レートは161円台に下落した。円安は、輸入物価の上昇をもたらすことが懸念される。
エネルギー資源や穀物などの価格上昇、さらには円売り圧力で、わが国の輸入物価は上昇する恐れがある。
今後も消費者物価は上昇傾向を辿りそうだ。
政府と日本銀行はそうした展開に警戒を強めている。
■日銀はついに金利上昇を促す方針へ
日本銀行は7月に開催される金融政策決定会合で、「今後1〜2年程度の具体的な減額計画を決定する」と発表した。
月間6兆円規模の国債買い入れを減らすことで、日銀は物価の上昇に合わせて金利上昇を促すものとみられる。
7月以降、日銀が利上げを行う可能性もある。
緩和的な金融政策の修正で、いくぶんか円売り圧力は弱まるだろう。それは、一時的に輸入物価の上昇を抑えるために必要だ。
金利上昇リスクに対応するために、財務省は国債の発行年限を短期化することを検討するという。
一般的に、残存期間が長い債券のほうが金利上昇時の価格下落率は大きい。
財務省は、投資家の金利上昇警戒感に配慮して政策経費を調達し、政府の利払い負担の抑制も目指しているとみられる。
これからも物価上昇で金利は上昇するだろう。
わが国で、変動型住宅ローン金利や企業向けの貸出金利が上昇する可能性は高まる。
金利が上昇すると、家計、企業の利払い負担は増える。
経済がデフレ気味に推移し超緩和的な金融政策が続いた環境から、モノやサービスの価格と金利が上昇する局面へわが国経済の状況は変化しつつある。
■国民は急な政策に対応できるのか
懸念されるのは、社会と経済体制の変化に、国民がしっかりと対応できるか否かだ。楽観はできない。
5月の実質賃金の確報値は前年同月比1.2%減だった。
春闘での賃上げがあったものの、食料品などと同じか、それを上回る賃金上昇を、持続的に実現することは容易ではない。
人材流出の阻止に、やむなく賃上げする中小企業も多い。
実質賃金の上昇が難しい中で金利が上昇すると、株価は調整し、個人消費の停滞懸念も高まるだろう。
フランスでは物価の上昇、景気停滞などへの不満から、極左、極右の政党へと支持が移っている。
それは、わが国にとって他人事ではない。
物価上昇と金利上昇で、消費者心理は悪化するだろう。
景気停滞懸念も高まる。
そうしたリスクを抑えるために、わが国には経済の実力である潜在成長率を引き上げることを再優先の課題と考えるべきだ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授