石井苗子の健康術
休息だけでは治らない 慢性疲労症候群
2014年9月19日 読売新聞yomiDr.
(慢性疲労との違いは?)
前回に続いて、ヘルスコミュニケーション不足の例として「慢性疲労症候群」を紹介したいと思います。
ヘルスコミュニケーション不足の具体例
この5年ぐらいの間に心療内科では、患者さんが自分で病名を決めて治療にいらっしゃる傾向があります。
なかでも、「慢性疲労症候群ではないでしょうか」を訴える方が増えました。
「慢性疲労」と混同されている患者さんもいらっしゃいますが、正確ではありません。
休息以外に適切な治療が必要なのが「慢性疲労症候群」で、
休息すれば改善されるのが、「慢性疲労」です。
慢性疲労は休息不足から起きている症状です。
しかし、患者さん自身が「十分休息をとっているのに、倦怠けんたい感が抜けず、やる気が起こらないから慢性疲労症候群に違いない」と決めてしまい、医師からそれを否定されると、「納得がいかない」とおっしゃいます。
こうしたことが、ヘルスコミュニケーションのギャップがもたらす、医師・患者間の不満要因だと私は思っています。
簡単に病名が想像つく病気 盲腸が腫れることを「虫垂炎」といいます。でも「盲腸炎」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
厳密には違いがあるのですが、間違っているとも言えません。この場合は問題ありません。
「慢性疲労症候群」は、ちょっと耳にすると「常に疲れている状態のこと」に聞こえますから、「慢性疲労」と一緒になってしまうのです。
疲れがなかなか引かないときに、使いたくなる病名だから問題なのです。
ところが、特定の診断基準を満たしていないと、「慢性疲労症候群」と診断されません。
患者側にしてみれば、「慢性疲労」とどこが違うのか、なかなか分かりにくいことがあります。
まず言葉のややこしさが問題でしょう。
かつて「成人病」の呼び方を「生活習慣病」と変えて分かりやすくなりました。
毎日の生活習慣が積み重なった結果としてあらわれる症状としたことで、年齢に関係がなくなり、「生活習慣病」の中に、糖尿病、心臓疾患も含まれ、一生を通した予防対策と治療が可能になってきました。
このように「慢性疲労症候群」もなぜもっと分かりやすい言葉に変えないかについては、医療側の統一した意見がまとまっていないからです。
改名を求める声があっても、現時点で改名のコンセンサスは得られていません。
どのような症状になったら「慢性疲労症候群」と診断されるか
疲れが取れない状態で診察にのぞんでも、医師から「あなたは慢性疲労症候群ではありません」と言われると、患者さんから「ではなんですか? 私の病名は」聞かれます。
すると、「それはこれから調べます」と医師は答え、不安がつのっていく例も心療内科では珍しくありません。
どのような症状になったら慢性疲労症候群と診断されるのでしょうか。
以下は一般的に説明される慢性疲労症候群です。
読んでみると、ますます理解しにくいものです。
これをどう正確に分かりやすく説明するか、それが医師と患者間のヘルスコミュニケーションの課題です。
「慢性疲労症候群」…原因不明の強度の疲労が6か月以上継続する病気で「筋痛性脳脊髄炎」「ウイルス感染後疲労症候群」などの関連もあり、重篤度が伝わらない「慢性疲労」と区別がつきにくいので、アメリカ患者団体は、「慢性疲労免疫不全症候群」という呼称を利用している。
主な症状は、身体及び思考力両方の激しい疲労、微熱 ・咽頭痛 ・頸部けいぶあるいはリンパ節の腫張・原因不明の筋力低下・思考力の低下・関節障害 ・睡眠障害。血液検査を含む全身の検査を受けても他の病気が見つからず、精神疾患も当たらない場合に初めて疑われる病気である。
ただし気分障害(双極性障害、精神病性うつ病を除く)、不安障害、身体表現性障害、線維筋痛症は併存疾患として扱い除外しない。
詳細に検査をすると神経系、免疫系、内分泌系などに異常が認められる場合もある。
こうした詳しい説明を聞くと、心療内科にいらっしゃる患者さまのほとんどは、冒頭の「原因不明」というところは何をさしているのかを一番知りたがられます。
つまり、そこがヘルスコミュニケーションで最も大切なポイントだということになります。
どうしたら患者は納得できるか
「慢性疲労症候群」の医学的な解説を読んだとしても、患者側としてみれば、現在受けているうつ病・神経症・更年期障害・自律神経失調症等の治療で改善しないから、「慢性疲労症候群ではないか」と思ってしまうのであって、必ずしも自覚症状がハッキリしているわけではありません。
そこへ医療側が、「慢性疲労症候群」という病名で他の科に治療を依頼するようなことが頻繁に起こると、「もしかして自分の病気は治らないのか」という不安を患者側に与えてしまうこともあります。
慢性疲労症候群は、完治より緩和という方向性で治療を行います。
疲労は痛みや発熱とならんで、人間の病気の3大アラームと呼ばれています。
つまり人間が自覚しやすいものということです。
精神疲労と肉体疲労の2種類があります。
疲労が蓄積すると、脳から休息をとるようにシグナルが出されます。
「慢性疲労症候群」の患者さんは、このシグナルが過剰に出されることにより、別段これといって、疲労が今の生活に支障なくても、激しい疲労感に襲われる日が継続する状態なのです。
休息シグナルが出ていても休みにくい現代社会の労働環境ではありますが、それでも休息をとれば治るのが、「慢性疲労」です。
ここが、「慢性疲労症候群」と異なる点です。
次に、「慢性疲労症候群」は、新しく発症する場合が多いと考えたほうが正確です。
休息をとっても改善しない場合は、過去に何か大きな出来事があったかをたどってみる必要があります。
出産や事故、一時の過剰労働もその中に入ります。
先日のデング熱のように、感染した時がいつだったかを正確に調べて知る必要があり、必ずしも現在行っている仕事や生活習慣のせいで疲労しているとは限りません。
原因不明とはいいますが、ひとつの手掛かりにはなります。
自身が大したことではないと思い込んでいる場合もありますから、カウンセラーと一緒に原因をたどっていくのもいい方法です。
慢性疲労症候群のチェックと治療法
慢性疲労症候群をチェックしてみる方法はいくつかあります。
1.何かの労働作業を休んで24時間以上経たっても疲労感や筋肉痛が取れない
2.別に腫れてはいないはずなのに関節が痛む
3.頭痛や継続している喉の炎症
4.寝る時間が日ごとにずれていくといった不眠や過眠
5.37度以上の発熱が継続
6.筋力が低下してきて台所のまな板や布団をあげるのもおっくうになってきている
――などがあります。
強い頭痛、脱力感などの症状があっても症状をデータや数値で示しにくいので、周囲から「単に、怠けている」という偏見を受けることもあります。
20代から50代の発症が多く、7割程度が女性であることがわかっています。
ただ休息するだけではなく、適切な治療が必要で、10年以上症状が長引いてしまうこともあります。
過去に抗ウイルス薬、ガンマグロブリンの投与、血漿けっしょう交換、免疫調整薬が有効という報告がありますが、実施している医療機関はほとんどありません。
それよりは、十全大補湯、補中益気湯などの漢方薬をおすすめします。
うつ病や双極性障害の併存がある場合は、抗不安薬などの感情調整薬、大量ビタミンCの投与などを、根気よく続けていった結果、長期的に有効な症例もあります。
いずれにしても、動けなくなる状態になるまで、我慢している必要はありません。