デフレで収入が減る一方、
生活必需品はインフレに!
大苦境時代の人々が模索する
逆転発想の生活防衛術
2012年1月13日 ダイヤモンド オンライン
ちっとも生活が楽にならない――。不況の出口が見えない日本では、こんな溜息がそこかしこに溢れている。
それは単なる不況のせいなのだろうか。
実は、一般世帯が感じる生活苦の裏側には、新たな構造不況が見え隠れする。
デフレで給料が減り続けるなか、安くなるのは家電や外食などの贅沢品ばかり。食料品やエネルギーなどの生活必需品は、むしろインフレ状態にある。
これでは、いくら働いても節約しても、楽な生活を望むべくもない。この未曾有の苦境をどうやって乗り切るべきか。生活苦に喘ぐ家庭が模索する「逆転発想」の生活防衛術を探ってみよう。
(取材・文/友清 哲、協力/プレスラボ)
これは単なるデフレ不況ではない?
いくら節約しても生活が楽にならない理由
「生活苦とまではいきませんが、いくら働いても節約しても、一向に暮らし向きがよくならない気はします。この冬のボーナスは、増えこそしないものの、前年並みの額が支給されました。でも、通年で見ると貯金の額はほとんど増えていませんね。この1年、特に贅沢をしてきたつもりはないんですが……」
ある40代のビジネスマンは、こう疲労感をにじませる。彼だけではない。不況の出口が見えない日本では、こんな溜息がそこかしこに溢れているのだ。
一般庶民の生活が苦しいのは、足もとで始まったことではない。だが、「それにしても、やけに生活が苦しい」と感じている読者は少なくないだろう。
長期にわたってデフレが続く日本では、商品やサービスの価格は低下傾向にある。一度街に出れば、そこそこクオリティの高い生活用品を100円ショップでいくらでも買うことができる。
家電量販店でも、まだそれほど型落ちしていない大型の薄型テレビが10万円をゆうに切る値段で売られているし、“デフレの象徴”のようにとり上げられる牛丼チェーンをはじめ、飲食店でもワンコインで食べられる豪華なメニューが増えている。
つい先頃、松屋フーズが松屋の「牛めし」並盛りを、これまでの320円よりも40円安い280円に価格改定すると発表し、話題になったことは記憶に新しい。
もちろん、デフレは企業収益を圧迫し、勤労世帯の収入を減らすため、家計を直撃する負の経済要因であることは間違いないが、不況下ではこうした値下げ競争を喜ぶ向きも決して少なくない。
いくら給料が増えないとはいえ、モノやサービスが安くなっているにもかかわらず、なぜ深刻な生活苦を感じる人が多いのだろうか。
それは、「日本全体がデフレであっても、自分ではデフレを感じられない」という人々が増えているためだ。
内閣府が発表した昨年10月の消費動向調査によると、1年後の物価見通しについて「上昇する」と回答した人が69.6%と、対前月比で2.4ポイントも増加している。
多くの人は、むしろ「生活価格は上昇傾向にある」と感じているわけだ。
これを見る限り、現在の日本の経済状況を単なるデフレと捉えるのは、短絡的に過ぎるかもしれない。
不況で収入が減り続けているのに
生活必需品は値上がりする大苦境
その背景について、2011年12月5日付けの日本経済新聞は、「消費者がデフレを実感しにくい最大の理由は、原油や穀物など商品市況の高騰で、生活必需品の値上げが増えていること」と指摘している。
パソコンなどの家電が、スペックの向上に相反して低価格化が進んでいるのに対し、砂糖やコーヒー、野菜など食料品の価格は上昇している。
我々が感じている生活苦の原因は、この「物価の二極化現象」によるところが大きそうだ。
そのことは、ここ1年間のCPI(消費者物価指数)を費目別に見ても明らかだ。
物価の押し下げ要因になっているのは、家具・家事用品、住居、被服及び履物、保健医療、教養娯楽などの贅沢品。逆に押し上げ要因となっているのは、食料、光熱・水道、交通・通信、諸雑費などの生活必需品となっている。
つまり、今の経済状況下では、贅沢品を消費する頻度が高い高所得層よりも、生活必需品を消費する頻度が高い中間層や低所得層が、より生活苦を感じやすい構造になっている。
デフレで給料が上がらないのに、普段消費する商品やサービスは高くなっていく――。これでは一般庶民の生活が楽になるはずはない。
皆がこうした現状をはっきり認識しているわけではないにせよ、前述の消費動向調査を見てもわかる通り、「やはり何かがおかしい」ということを、消費者は敏感に察しているのだ。
とりわけ生鮮食品については、地方と中央の価格差を比較してみると、そのいびつさが浮き彫りになるようだ。この年末年始の里帰りを経て、世間ではこんな声も上がっている。
「東京では250円もした四国産のレタスが、地方都市では100円で買えることに驚きました。ブロッコリーもおよそ3倍もの価格差があります。日々の生活の中で、家電を購入する機会はそう何度もないので、デフレよりもインフレを実感することのほうが多いように思います」(30代・主婦)
主婦層からすれば、家計を直撃するのは耐久財の値下がりよりも、生活必需品の値上がりのほうであることは間違いない。最近では、こうした新たな構造不況を「スクリューフレーション」と表現するメディアも散見される。
スクリューフレーションとは、先に米国で発生した現象であり、中間層の貧困化とインフレの同時進行を指す言葉だ。
現在の日本のように、贅沢品の価格が低下し、生活必需品の価格が上昇する状態は、まさしくこれに当たると言えまいか。
マクロベースで見て厄介なのは、この「2つの動き」がいずれも一般世帯の家計にとってマイナスに作用することだ。
消費負担が増せば、それだけ経済活動も萎縮してしまう。不況からの脱出を目指す日本経済にとって、これは由々しき問題だろう。
弁当よりも外食にしたほうがむしろ安い?
「スクリューフレーション」に対抗する知恵
では、世間の人々はこうした生活苦にどう立ち向かっているのだろうか。現状が単なるデフレ不況ではなく、スクリューフレーションであると仮定すれば、相応の策を練ってサバイブする必要がある。
世間の声を拾ってみると、興味深いのは、「逆転の発想」によって苦境を何とかやり過ごそうと知恵を絞っている人が、少なくないことだ。特に、価格の上昇傾向が強い食料品については、代替需要への流れが見られる。
「これまでは、なけなしの小遣いを守る意味で弁当を持参していましたが、結局、材料代よりも立ち食いそば屋や牛丼チェーンのほうが安上がりなので、ランチは外食に切り替えました」(30代・男性会社員)
「あえて格安ファストフードのテイクアウト品を、惣菜替わりに活用しています」(30代・主婦)
「最近、地元のスーパーで日用品を買うと、以前よりも高くつくように感じます。そこで、最寄りから1つ手前の駅で降り、駅前の大型スーパーで買うようになりました。惣菜や食材などは、体力がある全国チェーン店のほうが、小規模店よりも値段を安くしているし、閉店間際の値下げ幅も大きいから。仕事で遅くなることが多いため、深夜まで営業している大型店のほうが、都合がいいですしね」(40代・女性公務員) 一時しのぎではあるかもしれないが、従来の固定観念に囚われずにコスト効率を追求することが、スクリューフレーション時代の生活術と言える。食費を節約して最新家電を買いたい!
贅沢品を海外で揃えてしまう人も
また、生活必需品の支出を控え、節約したお金で「他の消費」を楽しむというトレンドも。「白米だけ会社に持参して、惣菜はスーパーで買っています。最近では300円の弁当もあるので、そちらで済ませてしまうことも多いです。そのぶん、家電は最新式にこだわりたいですね」(20代・男性会社員)
「旅行が大好きなので、まとまった休暇がとれるとハワイやヨーロッパへ行きます。円高の追い風を利用して、服やバックなどの高価なものは、ほとんど現地で買ってしまい、次の海外旅行まで大事に使います。
一方、普段日本で生活しているときは、できるだけ節約するようにしていますね。夕食も大抵は、ファミレスやスーパーのお弁当。いくら独身だからといって、いつまでもこんな生活ではいけないとも思うんですけどね(苦笑)」(40代・女性会社員)
値上がりする食料品を安価なテイクアウト品などで済ませる一方、パソコンや家電などの高級品でデフレのメリットを享受したり、「価格の地域差」を利用する。
節約ばかりに囚われず、生活も楽しみたい消費者としては、賢い生き方なのかもしれない。
目減りする収入や将来的な雇用への不安に輪をかける生活価格の上昇。足もとの構造不況の影響が、これからどこまで広がっていくかは不透明だ。しかし少なくとも、単なるデフレ以上に一般家庭に与える影響が大きいだけに、とてつもない格差を生み出す可能性もある。
今後は、消費税の引き上げが生活苦を加速させることも懸念されている。
前述のようなささやかな「生活防衛術」だけで、どこまで耐えられるものなのか。もっと抜本的な家計の見直しが必要になりはしないか。
慎重な状況判断を求められているのは、他でもなく、あなた自身であることを忘れてはならない。