「60社ぐらいにエントリーして1社しか内定を取れなかった。
今の就職活動って、7、8次面接は当たり前。12次面接とかあるんですよ。
面接では『女性を採用するのはリスク』とも言われた。
就職ではこちらが圧倒的に弱い立場。
気に入られなければならない、と思うと、その面接官に何も反論できなくなって悔しい思いをしました」
「役員面接まで行って『あと一押しだ。この会社に入るんだ』と思った会社にも落とされた。
人格を否定されるような思いだった。
両親に落ちたことを報告したら、泣いてしまいそうで、両親に心配をかけないように電話線を引っこ抜いて連絡を絶ち、本当に引きこもりのような思いをした」
――どうして政治家を志したのですか。
「就活で自殺する若者が急増している。本当にひとごとではない。
一つ間違えば自分の身にも降りかかっていた。
いまの学生は、奨学金ローンを抱えて卒業する。
700万円とか。
それを返すあてもないし、就職も決まらない。
人生のスタートライン、社会人としての一歩目で挫折を味わわされる社会というのは、ひどすぎるんじゃないか、と。それが原点ですね」
――最年少の参院議員ですね。
「たかだか30歳で経験も浅いけど、原点の雇用問題、とりわけブラック企業の問題を実名をあげて訴えた。
すると『私の職場もブラックだ』という声がたくさん寄せられた。
一番あおりを受けていた世代なので同世代の声を届ける代表に見ていただけたのかな。
必然性はあったと思う」
――首相官邸前の脱原発デモにも、ほとんど皆勤賞で参加したそうですね。
「一番最初は昨年の4月。
6月には初めてスピーチした。
それ以降、毎週通っています。
とくに年が明けてからは、演説会などの日程があったとしても、最初の5分間だけでも参加しよう、と。
本当に再稼働の方向に安倍政権が動いているなかで、原発反対の声をみんなと一緒にあげるんだという思いで通い続けてきた」
――「キラキラサポーターズ」という応援隊ができたそうですね。
「反原発や反TPP(環太平洋経済連携協定)で一緒に声をあげてきた無党派の幅広い方々が、本当に追いかけてくれて、『キラキラキラキラ』ってコールしてくれた。
これはネットで動画で流れて、各地域に広がった。
演説中に『こういう政策をやりたいんです』と言うと、『ドコドン!』と太鼓で合いの手が入る。すごくしゃべりやすくって」
――写真集も。
「サポーターズの方々が作ってくれた。
選挙前に電車を降りるところや髪をかき上げるところなど日常的なシーンも撮りました。
共産党って1文字もない。
みなさんが手持ちで販売してくださって、300円ですが、1千部が完売しちゃって……ビックリしました」
――二大政党制の中で共産党は埋没していました。
「イメージを変えていくことが重要だと思う。
私の同世代でも共産党に対する忌避感は意外にないんです。
私が立候補するって言うと、友達は『えーっ、吉良ちゃん、何で?』って。
でも『実は共産党という政党に入っていて』と言うと、『へえ』ぐらいの反応で。
『共産党?やめた方がいいよ』と言われるかと思ったんですけど。
そういう垣根というのは実は無いんですね。
原発問題でもブレないという政党像が浸透し始めている。
一緒に声を上げる政党なんだということも見えてきたのかな」
――無党派からも支持を得た手応えはありますか。
「大きな期待を感じている。国民の声がまっすぐに届く政治をつくりたいと訴えてきた。
ブラック企業の問題は真っ先にやりたい。原発再稼働ストップ、TPPストップも全力で頑張りたい。
市民と一緒に活動しながら、共産党と市民の接点になっていきたい」
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きら・よしこ 1982年、高知市生まれ。父は共産党の高知県議。早大卒業後に4年間、東京都内の印刷会社で勤務。参院選の東京選挙区で共産党として12年ぶりに議席を獲得した。