2017年04月20日

「『延命治療』とは何か? 無意味な治療と必要な治療とを分けるもの」

『延命治療』とは何か? 
無意味な治療と
必要な治療とを分けるもの
2016年9月1日 読売新聞

 「延命治療は嫌です。
生きているのか死んでいるのかわからない状態で生かされるのはご免です」とは、周りの多くの方たちの反応です。
 「では、延命治療ってどんな治療のことを指しますか?」と聞くと、 胃瘻いろう や経管栄養、呼吸器、点滴などがあり、病状や年齢などの条件は考慮していないので漠然としたものです。  

一方で、テレビでは病気や老いをマイナスと考えて、様々なサプリメントのコマーシャルが頻繁に流れています。
 そもそも「延命治療」という言葉には無理があると思います。
何をもって延命とするのか、延命と考えるのに年齢があるのかという疑問です。
なぜなら医療そのものが生命をどう維持するのかが重要なのですから、そのために必要か無意味な治療なのかという問いは、生体だけで考えるのでなく、いわゆる生命の質(QOL)も含めて考えるということなのでしょう。

 これは、人生の最期に当たって医療にすべてをお任せするのではなく、私たち一人一人が、なぜ生きているのか、どう自分の人生を全うするのか、そして、家族はどう 看取みと っていくのかという覚悟を問われているのだと思います。

 「いのちって何だろう?」と100歳の医師から、10歳の小学生に質問したことがありました。
一人の生徒が「ハート?」と言って胸の上に手を置きました。
先生は、迷わず白板に1本の線を引き、両端に0と100を書き込みました。
「私は今ここ、君たちはどこですか」と一番前の生徒にペンを渡しました。
直線の半分の半分、もっと小さく10等分したところに点を書きました。
そして、「いのちって、君たちが持っている時間です」と、目に見える形で示しました。
 これは、当時100歳だった日野原重明先生が、宮崎の小学校で行った「いのちの授業」の一場面です。
命は自分が持っている時間だから、その時間を大切に使いなさいというメッセージは子供たちだけでなく、後ろで授業参観していた私たちにも直球で伝わりました。
そして、「その時間を自分のためだけに使う時期があり、その後は人のために使うのですよ、何より平和のために使ってください」と付け加えられました。

 「『延命治療』とは何か?」と考えることと、「『いのち』とは何か?」「生きていくとは何か?」と考えることは同じだと思うのです。
人は自分の持っている時間を精いっぱい生きて、そして、その人生の完結となる点が、100歳を超えようとも、もっと短い点になろうとも、そこに優劣はないはずです。
持っている時間を精いっぱい使って、 馴染なじ みの人に囲まれて穏やかに過ごせる日々の最期が、いのちの終わりとなる。
そのために治療が必要であれば、それは延命治療ではないはずです。

 宮崎市は、市民の一人一人が“わたしらしく”生ききるためのノート「わたしの 想おも いをつなぐノート」を作りました。
この背景には、「終活」などを考える時に、最期の時を、単に心臓が動いていれば良いわけではなく、質の良い最期を送りたいと思う人が増えてきていることがあります。
そのためには本人の意思が大事になってきますから、元気な時から最期の時間をどのように過ごしたいか、どのような医療を受けたいかを考えるきっかけにしてほしいという想いからです。  

このノートの手引書に書かれている延命治療の項を引用します。
 「延命治療を望む? 望まない? どのような治療を受けるのかを決めるのは、あなた自身です。
どちらの選択もありますが、いざという時にすでに自分の意思が表せないことがありますから、元気な時から考えて自分の意思を表明しておくことが大切です」と冒頭に書かれています。
 その上で、生命維持のための最大限の治療とはどんなものがあるのか、継続的な栄養補給とは何があるのか、点滴など水分を維持する処置とはどんなことか、痛みはほとんどの場合色々な方法で取ることができること、そして、もう回復の見込みがなく、すべての機能が弱るときに自然にゆだねるとは、どのようなことなのかを、わかりやすく解説しています。
 このノートの真の目的は、単に最期の治療をどこまでするのかを表明しておくというだけでなく、いのちの時間を“わたしらしく”生ききるためにどのように思うのか、一人一人の死生観を醸成していくことなのだと思います。
そのための一つのツール(道具)として、市民に啓発する活動が続いています。

 私が「延命治療とは何か」と考える時にいつも思い出すのは、「かあさんの家」で看取った光子さん(仮称)のことです。
 光子さんは、戦前戦後を女性一人で懸命に生き抜いてきた85歳の方でした。
ご近所さんやお友達に支えられながら一人暮らしをしていましたが、自宅で倒れているのを発見され、救急車で病院に運ばれました。
そこで、慢性腎不全で人工透析が必要だという診断結果を受けました。
腎不全を示すクレアチニン値が5を超えていましたが、少し認知症の症状もあり、ご家族は人工透析をして普通の生活が制限されてしまうことを選びませんでした。
これまでたくさん苦労をしてきたから、最期の時間は穏やかに暮らすのが一番大切なことだと希望され、「かあさんの家」に入居されたのです。
 入居当初は、顔もむくみ、貧血でふらつき、立つこともできませんでした。
まず、本人の希望を聞きながら、これまでの生活のリズムを取り戻すようにしました。
体液内にあり、体の働きを正常に保つ電解質のバランスも壊れていましたから、生野菜を温野菜にし、塩分を極力減らし、色々な食材を少量ずつにして献立を工夫しました。
ちょっとした傷でもすぐに、皮膚の深いところまで 化膿かのう して痛みや腫れを伴う「 蜂窩織炎ほうかしきえん 」になるので、早め早めに在宅医療の支援をうけました。

  人には、体を一定の状態に保つ「ホメオスタシス(homeostasis)」という機能が備わっています。
外の気温が上がっても下がっても、体温を36度5分程度にいつも保っています。
けがをしてもそれを治そうとする働きがあり、外部からの病原体に対しても、自己を守る防御反応が働きます。
 この機能が備わっているおかげで、私たちは健康に過ごすことができているのですが、光子さんは、この機能が衰えてきていました。
しかし、機能を果たさなくなりつつある腎臓に人工透析をするのではなく、自然に任せて生体を維持できるだけするという選択をしました。
 ご家族は、透析をしなければ余命はあと2か月しかないだろう、もしかしたら突然呼吸が止まるかもしれませんと告知されており、そのことも覚悟の上でした。
 しかし、光子さんは予想に反してそれから2年と2か月、穏やかに同居者と「とも暮らし」を楽しみ、2日間だけ床に伏して、すっと逝かれました。
腎不全の血液検査の数値は改善していたわけではありませんし、クレアチニン値も貧血の度合いも、ほぼ横ばい状態で経緯しました。
光子さんが人工透析をせずに2年余りも過ごすことができたのは、足りない機能をほかで補いながら、まさにホメオスタシスの働きのなせる業だったのではないかと思っています。

 これまでに、かあさんの家で看取った方々から私が教わったことは、ヒトの細胞の一つ一つは常に生きたいと思っているのだということです。
そして、その生きるという働きが徐々に弱っていき、食べられなくなりすべての身体の機能が衰え、最期は持てる力を出し切って精いっぱい生ききるのだと思います。
死はその結果です。
この自然にゆだねるという流れを、医療が余計な手出しをすることで変えてしまうことがあります。
 本人は「そろそろお迎えが来てほしい」と思っていても、看取る家族の気持ちは揺れ動きます。
食べられなくなったら何とか栄養を補給しなくては餓死するのではと心配し、水分が取れない状態になると脱水になるので点滴をしてほしいと医療にできることを期待します。
 そんな時に、ご家族には、治療が本人にとってはどうなのか、自分がその立場だったらと想像することが大切になります。
このプロセスを経ることで、最終的には自然にゆだねることが、なにより本人にとっての最善なのだと納得されていきます。
 無意味な治療と必要な治療を分けるものは、本人の意思と本人にとっての最善を考えて選択することなのではないでしょうか。
延命治療とは、むしろ家族が大切な人を看取るときの課題とも言えます。
あなた自身がどこで最期の時間を過ごし、どのような医療を受けたいのかを、元気なうちから意識して考え、そして、それを家族や周りに表明しておくことが大切です。
なぜなら、あなた自身のためだけでなく、あなたのことを大切に思っている方にとって、看取るときの大切な 拠よ りどころになるのですから。
 あなたは、人生の最期の時間をどこで過ごしたいのか、どのような医療を受けたいのか、あなたの意思をご家族や周りの人に伝えていますか。
※参考までに “わたしの想いをつなぐノート”の問い合わせ先( 宮崎市HP )

◇ 【略歴】  
市原 美穂(いちはら・みほ)
一般社団法人全国ホームホスピス協会代表理事  
1947、宮崎県生まれ。
87年、宮崎市に夫が「いちはら医院」を開業し、裏方として携わる。
98年、「ホームホスピス宮崎」設立に参画し、2002年に「特定非営利活動法人ホームホスピス宮崎」理事長に就任。
04年に「ホームホスピスかあさんの家」を開設し、現在宮崎市内に4軒を運営する。
15年「一般社団法人全国ホームホスピス協会」を設立し、現職。
08年「社会貢献者賞」(社会貢献支援財団)、09年、「新しい医療のかたち賞」(医療の質・安全学会)、15年、「保健文化賞」(第一生命・厚労省)をそれぞれ受賞。
著書に『ホームホスピス「かあさんの家」のつくり方』(図書出版木星舎)、『暮らしの中で逝く その<理念>について』(同)、編著に『病院から家に帰るとき読む本』(同)がある。

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2017年04月19日

「振り込め詐欺撃退」機能付き電話が大ヒット…その画期的かつ驚愕の機能とは?

「振り込め詐欺撃退」
機能付き電話が大ヒット…
その画期的かつ驚愕の機能とは?
2017年04月18日 06時11分 ビジネスジャーナル

●電話の思い出
 我々お父さん世代が、平成生まれの若者たちと飲んだときに必ず出るトピックのひとつが、電話。
「おれたちが若い頃は、携帯電話なんてなかったから、好きな女の子に電話する際は本当に緊張したものだ。
それに比べて、携帯やLINEのある今の若者たちは、さぞかし恋愛がしやすいことだろう」
 こうした話を、若者相手にした記憶はないだろうか。
もしあれば、立派な昭和世代だ。

 相手のお父さんが出たときにどう対応するか(あるいはガチャンと切るか)、相手の家の電話はどこにあるのか(居間か、廊下か、玄関か)など、徹底的にシミュレーションしながら電話をかけたものである。
 かつては、ひとり暮らしを始めて最初にすることが、電電公社あるいはNTTへの電話線の申し込みだった。
お父さん世代が青春を謳歌していた1980〜90年代は、電話はコミュニケーション手段として非常に重要な手段であった。
 当時の恋愛ドラマを思い返してみても、固定電話であるがゆえに生じた「行き違いの恋愛」に胸をときめかせたことも多かった。
流行した歌謡曲にも、今となっては死語に近い「ダイヤル」や「電話帳」という言葉が頻繁に出てきたものだ。
つまり、我々お父さん世代の青春時代の思い出における固定電話の存在は、大きかったのだ。

●固定電話の衰退
 かつて「電話線を引く」と表現していた固定電話は、一家に1台が常識だったが、その常識が変わってきているという。
 総務省が発表した、世帯主年代別の固定電話の保有状況をみると、若い世代ほど固定電話の保有率が低いことがわかる。
世帯主が60歳以上の家庭では、9割以上固定電話を保有しているのに対し、30代では50%、20代に至っては12%と若い世代ほど、固定電話の保有率は低くなる。
 つまり、20〜30代の場合、結婚して所帯を持っても固定電話を引くことはせずに、すべて携帯電話で済ませているということがわかる。

情報の伝達スタイルが世帯単位から個人単位へとシフトし、家庭に据え置かれる固定電話の役割が変わってきているようだ。
 それでも家電メーカーは、いわゆる固定電話機を製造し続けるが、おのずとターゲットは60代以上の高齢者となる。
実際、固定電話購入者の7割は60代以上というデータもある。
 そのような背景もあり、各電機メーカーは高齢者向けに文字表示の大きな機器や、わかりやすさを売りにした機器で勝負を挑んでいる。
 そんななか、シャープが開発した「詐欺被害強化機能」を搭載した固定電話機(JD−AT81)が大ヒットしているという。    

●詐欺対策強化機能を搭載した電話機とは
 シャープは、固定電話の購入者の7割が60代以上であることに着目し、その年齢層の利用状況を調査した。
その結果、振り込め詐欺被害者の約8割が60歳以上となっていることが分かり、その顧客層に向けて本製品を開発したのだ。

 本製品の主な特徴は、以下の通り。
(1)着信時メッセージ  
電話をかけてくる人に対し、「ただ今、振り込め詐欺対策モードになっています。この通話を録音します。あなたのお名前をおっしゃって下さい」というメッセージが流れる。
録音された名前を聞いてから、受話器を取るかどうか判断できるのだ。
振り込め詐欺の場合、犯罪者は足がつくことを何よりも嫌がるため、ここでかなりの割合で撃退できることとなる。
(2)迷惑電話自動判別機能  
万一、怪しげな電話に出てしまった際にも、「迷惑電話自動判別機能」が付いており、ドアホンのチャイム音を鳴らして、電話を切るきっかけをつくってくれたり、振り込め詐欺対策メッセージを流してくれたりする。当然その間の会話も録音している。
(3)あんしん相談ボタン
 もしも怪しい電話に出てしまったとしても、切った後に「あんしん相談ボタン」を押せば、登録した相談相手(たとえば息子)につながるため、即座に情報確認が可能。
(4)迷惑電話フィルタ
 警察や自治体から提供を受けた迷惑電話番号情報などを使い、振り込め詐欺や悪質なセールス電話を自動で着信拒否。着信音も鳴らない。

 最近の振り込め詐欺は「劇場型」と称され、たとえば犯罪者が警察官になりきって電話をしてきて、パニックに陥っている間に弁護士や金融機関を名乗る人物が複数回、しかもあえて非通知でなく番号を開示してかけてくるような凝ったケースも出てきている。
2015年は、振り込め詐欺被害総額が390億円で過去最高となり(警察庁発表)、いまだに増加傾向にあるようだ。
 なんといっても犯罪者らが最も嫌がるのは、声の録音であるが、あえて録音していることを伝えるという発想は、おもしろい。

 市場のニーズを的確に把握し、ユニークな発想で画期的な商品を実現してしまうシャープのしたたかさ、ものづくり力には、改めて感心させられた。
いまだ厳しい経営環境が続くシャープであるが、「目の付けどころがシャープでしょ。」のキャッチフレーズ通り、今後も世間をうならせる商品に期待したい。
文=星野達也
ノーリツプレシジョン取締役副社長、ナインシグマ・ジャパン顧問)
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2017年04月18日

桜を見る会 大メディアが伏せた昭恵夫人の異常テンション

桜を見る会
大メディアが伏せた
昭恵夫人の異常テンション
2017年4月17日 日刊ゲンダイ

 今泣いたカラスがもう笑うとは聞くが、「知命」の齢に達したご婦人が泣いたり笑ったり、わずかな間に表情をくるくる変えるのは、マトモな精神状態と思えない。
それも公の場で、である。
15日に新宿御苑で開かれた安倍首相主催の「桜を見る会」。
夫に同行し、10日ぶりに姿を見せた昭恵夫人は異彩を放っていた。

■反省ゼロの大ハシャギ
もともと天真爛漫な方ですが、とにかく感情の起伏が激しいのです。
見ている方がヒヤヒヤするほどでした。
1万6500人の招待客の大半は、安倍首相ファンの関係者。
森友学園疑惑で批判の矢面に立つ昭恵夫人に同情する向きは少なくない。
挨拶して回り、写真撮影に応じる昭恵夫人に〈頑張って〉〈応援してます〉なんて声も掛かる。

それで涙ぐんだかと思ったら、喜々とした表情で招待客と延々ハイタッチ。
安倍首相に後れを取るのもお構いなしのはしゃぎっぷりで、警護するSPも当惑している様子でした」(出席者のひとり)
 春爛漫の陽気に咲き誇る大輪の桜。
浮かれ気分になるのは分からないでもないが、ちょっと異様なテンションだ。
大丈夫か。
「昭恵夫人は非常に活動的で華やかな場所を好む傾向があります。
バッシングされ、自重を余儀なくされた後、久々の晴れやかな舞台で気分が高揚。
フタがはじけ飛ぶように、感情を爆発させたのでしょう。
心配なのが、その先です。
〈ほぼ直感で生きている〉と発言している通り、彼女は物事を深く考えず、目に見えるものをそのまま受け入れてしまう嫌いがある。
招待客の優しい声掛けに、〈私は許された〉と思い込んでしまった可能性がある。
その安堵感も、感情を高ぶらせた要因ではないでしょうか」(明大講師の関修氏=心理学)

■待ち受ける“お付きの職員”の刑事告発
 良識があれば、TPOを差し引いて現実を見極めるものだが、超お嬢さま育ちのアッキーに、それは難しい相談なのか。
何せ、周囲がススメれば、大麻も教育勅語も是認するユルサである。
 もっとも、世間は甘くない。
閣議決定で「私人」と認定された昭恵氏のメチャクチャな“公私混同”は、どんどん明らかになっている。
2016年の参院選で昭恵氏が与党候補の応援に入った際、内閣総理大臣夫人付の政府職員が計13回も同行。
当初は1回だけだとトボケていたが、野党議員から質問主意書を出されて渋々上書きした。
 これを問題視した市民団体「森友デモ実行委員会」は16日、約200人を集めて国会正門前で集会。
20日に国家公務員法違反(政治的行為の制限)の疑いで夫人付の職員を刑事告発する予定だ。安倍夫妻への告発も検討しているという。

 官邸サイドは「政治活動の制限には十分留意していた」などと異論封殺に躍起だが、05年衆院選の厚労省課長補佐(当時)の判例がある。
この職員は投票日前日、東京・世田谷の警視庁職員官舎のポストに「しんぶん赤旗」の号外を投函。
国家公務員法違反で送検され、12年の最高裁判決で有罪が確定した。
 まだまだ幕引きと思ったら大間違いだ。
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2017年04月17日

共謀罪で言論弾圧再び!? 治安維持法時代の凄惨な「横浜事件」を振り返る

共謀罪で言論弾圧再び!? 
治安維持法時代の凄惨な 
「横浜事件」を振り返る
2017年04月16日 19時00分 週刊女性

激しい拷問のうえに獄中死。
    戦時下最大の言論弾圧事件 
 東京・日比谷公園にあるオープンカフェに、リュックを背負い、両手にも手提げ袋を持った小柄な女性が現れた。
女性の名は、木村まきさん(68)。
「この店は、一昨年の12月10日に、横浜事件国家賠償訴訟・第17回口頭弁論の閉廷後、弁護団のみなさんとビールをいただいた場所なんですよ」
 そう言ってまきさんは、リュックや手提げから何冊もの分厚い本や資料を取り出した。
本には“横浜事件”の文字が躍っている。

 戦時下最大の言論弾圧といわれる横浜事件。まきさんは元被告人・故木村亨さんの妻としていまなお横浜事件の歳晩を闘っている。
「私は戦後生まれですから、当時の空気を吸ったことはありません。
でも、木村と出会って間もなく裁判のことで活動してきて、70年以上前に終わった事件ではないと身に沁みました」

横浜事件とは、1942年から’45年ごろにかけて、改造社や中央公論社などの言論・出版関係者ら60人以上が神奈川県の特高警察に治安維持法違反容疑で摘発・拘束された事件である。

激しい拷問の末に虚偽の自白をし、約30名が起訴され有罪判決を受けた。
拷問は凄惨を極め、獄中死者、出獄直後の死者は合わせて5名を数える。
 横浜の代用監獄でその日のうちに拷問が始まった。
「(拷問で死亡した作家の)小林多喜二の二の舞いを覚悟しろ!」  
と特高たちは口々に叫びながら、半裸の亨さんに竹刀や木刀などで暴行を続けた。

’45年5月の横浜大空襲のときには、囚人をいつ殺してもよいという任命を受けていた看守は
「トンカツにしてやる。
逃げるやつにはライフル銃だ」と独房の鍵を開けなかった。

治安維持法による逮捕者は
       国内だけで約7万人
 2年以上、拘留された者もいる。
木村亨さんらほとんどの被告人は、敗戦の年に主に懲役2年、執行猶予3年の判決で釈放された。  

元被告人たちは、拷問した元特高警察官を告訴したが、有罪となったのは3名だけ。
しかも裁判から30年もあとになって、その3名が特赦によって投獄されていなかったことを元被告人たちは知った。

 1986年7月、亨さんをはじめとする元被告人たちが横浜事件の再審請求を開始する。
この第一次請求は最高裁で棄却され、ここから長い闘いが始まる。

 問題は、戦後のどさくさにまぎれて、司法が訴訟記録などの重要書類を焼却してしまっていたことだ。
それが再審請求の大きな壁になっていた。

 治安維持法のあった時代とは、
    どんなものだったのだろうか
 横浜事件国家賠償の証人尋問にも立った、近代日本の治安体制を研究する小樽商科大学の荻野富士夫特任教授が解説してくれた。
「治安維持法は、1925年に、国体(皇室)や私有財産制を否定する運動を取り締まるためにできた法律です。
1930年代の運用を通じて拡張解釈を進め、本来の共産主義革命運動の激化防止のみならず、やがて宗教団体や自由主義、戦争反対などすべて弾圧・粛清の対象になっていったのです。
組織や集団を狙い、メディアに関わる記者や編集者、官僚のグループなども標的にされました」  

学生の読書会、社会科学の文献を読む会、プロレタリア文学愛好会、俳句や川柳の会までもがその対象となった。
治安維持法による逮捕者は国内のみでも約7万人にのぼり、さらに植民地でも猛威をふるった。

「中心的なリーダーたちは起訴されて有罪になりました。
でも、そんなに重い刑ではないのもミソなんです。
ほとんどの場合、懲役2年、執行猶予3年。
それでも十分、運動をつぶす効果はあるし、喧伝にもなる。
だから目立っていたグループは狙い撃ちされやすいんです。
私は“えぐり出す”と言うんですが、芽吹いて大きな葉っぱになる前の根っこの部分を摘み取ってしまう。
それは、国家にとって不健全、戦争はいけないという事実に気がつかせることはけしからん、ということなんですね

遺志を継いだ闘い「生きている事件」
 出版社の編集者だったまきさんが木村亨さんと出会ったのは、’89年冬のこと。
「知り合いの市民グループの集まりに参加したんです。
ビデオ『横浜事件を生きて』(木村さんらの活動を描いたドキュメンタリー)の試写会も兼ねていて、上映が終わると、木村が立ち上がって挨拶をしました。
顔が父親に似ているな、ひょろひょろとしていて、風が吹いたら飛んでしまいそうな感じだなぁというのが第一印象。
後日、退院直後だったことを知ったのですが」

 名刺交換した2人は、電話で連絡をとるようになり、まきさんは、横浜事件の再審請求活動を行いながらも偉ぶることなく自然体の亨さんに惹かれていく。
また、彼の妻が6年前に病死したことも知った。
「木村は60歳のころから喘息を患い、ときどき発作を起こしていました。
私は、母親の作った手料理を木村のアパートに届けたりするようになりました」
 そして’92年、2人は入籍。
まきさん43歳、亨さんは76歳だった。

「再審への道を開いてくれた森川金寿弁護士が結婚の後押しをしてくれたんです。
木村は、私に苦労をかけるからと結婚に踏み切るまで時間がかかったんですが、後を継いでくれる人ができたと喜んでくれました」
 再審請求は第2次も棄却。
そして’98年、第3次再審請求の1か月前、亨さんは喘息発作による呼吸不全で急逝。
享年82歳だった。
まきさんは亨さんの遺志を継ぎ、再審請求人のひとりとなる。

2003年、横浜地裁で再審開始が決定、’05年には東京高裁で再審開始確定となった。
「ポツダム宣言を受諾した瞬間に治安維持法は失効した、拷問はあったと認められた。
司法にも良心はあったんだ、60年もかかったがやっと報われたと思っていたら、’06年、地裁で再審公判が開かれたが免訴判決。
’08年、最高裁で免訴が確定しました。
免訴とは、誰の罪も問わずうやむやにすること。
理不尽極まりないことでした
 ’10年の刑事補償決定で請求は認められたが、まきさんは納得できなかった。

「どのメディアも“実質無罪”の見出しで、それが私にはショックでした。
ただし書きつきの“無罪”をお情けでもらいたいんじゃない。
名誉が回復されたとはとうてい思えませんでした。
司法は、訴訟記録を自ら燃やしておきながら“記録がない”と再審を突っぱね続け、元被告人たちは“有罪”のままこの世を去ったのです。
国の責任をうやむやにすることは、次の言論弾圧につながるのではないか。
そう思えてなりませんでした

 まきさんは’12年12月、もうひとりの遺族とともに計1億3800万円の国家賠償を求めて東京地裁に提訴した。
昨年棄却されたが控訴。
5月には第3回口頭弁論が控えている。

日中戦争前夜と同じ軍靴の響き
 荻野教授は、共謀罪には、第一次安倍内閣から練られた計画性を感じるという。
「第一次安倍内閣は、まず教育基本法を改正しました。
そこから始まっています」
 教育基本法は、日本国憲法を国民に根づかせるための重要な法律。
しかし、それを愛国心や郷土愛を養うように改正したのだ。

「これは異分子をあぶり出して排除していくためのものと言えます。
巧妙にメディアを操作し、また保守勢力をけしかけて、自分たちにとって不純なもの、健全でないものをつぶしていく。
『美しい国』とは、見たくないものは消していく、という意味にも聞こえます」

 最近の流れは日中戦争に突入する時期と似ていると、荻野教授は危惧する。
「1937年、日中戦争前夜、軍機保護法という軍事機密を保護する明治時代の法律が復活、対象範囲が拡大され、刑罰が強化されました。
これは流言飛語(デマ)を流したり、軍機を話したりすると検挙される法律です。
そして治安維持法の2度目の“改正”、続いて国防保安法が公布・施行され、政治的な機密が保護された。
全国一斉に防諜週間が始まり、“国民防諜”が叫ばれました。
日本が本格的に戦争に突入しようとする時代に、戦争を遂行するのに障害となる報道や思想の持ち主の口を封じたのです。
これらの法律は、戦後GHQの人権指令によって、廃止されました。

 しかし、なんだか私にはあの時代の軍靴が再び聞こえるような気がするんです。
特定秘密保護法は、かつての軍機保護法と国防保安法を合体させたような法律といっても過言ではない」

治安維持法と「共謀罪」の比較
 まきさんも、2006年の第一次安倍内閣発足時、その「第一声」に違和感を覚えたひとりだ。当時のメールマガジンに、次のように書き記している。

美しい国日本をつくっていくために全身全霊で打ち込んでまいりたい……。
そのために、教育基本法も「改正」し、入管法も「改正」、共謀罪もないといけない、何より「憲法改正が必要だ」と言っているように聞こえてきます。
共謀罪があるような国が、はたして『美しい国』なんでしょうか?》  
まきさんは今、あらためて問いかける。

犯罪を計画しただけで逮捕されるような共謀罪が成立したら、どんな恐ろしいことが起こるのか? 
言論や思想の弾圧が始まるのです。

横浜事件は大昔に起こった過去の事件ではなく、今日的な“生きている事件”。
若い人たちにも、それを理解してほしいのです」

<取材・文/小泉カツミ
ノンフィクションライター。
医療、芸能など幅広い分野を手がけ、著名人へのインタビューも多数。
著書に『産めない母と産みの母〜代理母出産という選択』(竹内書店新社)ほか
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2017年04月16日

「戦争反対」の集会企画で罪に? 共謀罪成立で一般人まで監視対象に

「戦争反対」の集会企画で罪に? 
共謀罪成立一般人まで監視対象
2017年04月15日 20時00分 週刊女性

共謀罪は市民運動がターゲット
「政府として緊張感を持って、ていねいな説明に努めていく」
 4月6日から衆院本会議で審議入りした「共謀罪」法案について、安倍首相はこのように強調した。
“ていねいな説明”は、強行採決の末に可決・成立した安保関連法や沖縄・辺野古問題でも繰り返されてきた、おなじみのフレーズだ。
 17日以降にも始まる実質的な審議に向けて、民進党は40項目の質問リストを用意。
これまでの国会審議で、金田勝年法相が具体的な答弁を避けた内容を中心に徹底追及する構えだ。
また、共産、自由、社民の野党3党も廃案を目指す方針を表明、激しい攻防が予想される。
 これに対し、国会会期中である6月18日までの法案成立を目指す政府与党。

 安倍首相は「3年後に東京五輪・パラリンピックを控え、テロ対策に万全を期すことが開催国の責務」と主張し、法案の早期成立への意欲を隠さない。
 共謀罪は2003年、’04年、’05年と過去3度にわたり国会へ提出され、すべて廃案となった“いわくつきの悪法”だ。
’00年にイタリア・パレルモで署名式が行われた国連の『国際組織犯罪防止条約』(以下、パレルモ条約)を批准するにあたり、国内法の整備が必要として登場した。
それがいま、「テロ対策」と称して再び甦ったというわけだ。

テロは 防げないけれど
          「一般人」は狙い撃ち!
 共謀罪の最大の特徴は、まだやってもいない犯罪で罪に問われ、処罰されかねないところにある。
日本弁護士連合会の共謀罪法案対策本部・副本部長を務める海渡雄一弁護士はこう話す。
「誰かにナイフで傷つけられたとか、詐欺でお金を盗られたとか、具体的な被害が発生してから犯人を捜すというのが普通の犯罪。
ところが共謀罪は、まだ何も発生していない、事件が起きるかどうかもわからない段階で、法律に違反することを話し合っただけで罪になってしまいます」

 憲法違反と指摘するのは、九州大学の内田博文名誉教授。
何が犯罪で、どういう刑罰を科すかあらかじめ法律で決めておき、社会に有害な結果が発生したことだけを犯罪とする刑法の基本原則に反しています。
しかも、行為ではなく思想や信条、あるいは、どういう集団に属しているかで処罰が事実上、決まってしまう。
人権侵害で、その意味では違憲と言っていい

 今回出された「共謀罪」法案のポイントは、
●犯罪を実行するために集まった「組織的犯罪集団」が対象
●処罰をするには現場の下見、資金や武器などの物品調達といった「準備行為」が必要
●犯行を途中でやめた場合でも共謀罪が成立
●犯行前に自首した場合は刑を減免

 277の犯罪が対象となり、懲役・禁錮4年以上のすべての犯罪を対象としていた676から「絞り込んだ」と言われているが、絞り込む際の基準は不明、以下のようにテロの実行とは無関係な犯罪が6割を占める。

【「共謀罪」対象277犯罪の内訳】
●テロの実行(110):組織的な殺人、サリン散布、ハイジャック、流通食品への毒物混入など
●薬物(29):覚せい剤、ヘロイン、コカイン、大麻の密輸、譲渡など
●人身に関する搾取(28):人身売買、強制労働、臓器売買ほか
●そのほか資金源(101):組織的な詐欺・恐喝、通貨偽造、マネーロンダリングなど
●司法妨害(9):偽証、組織的な犯罪に関わる証拠隠滅、逃走援助など

 海渡弁護士によれば、 「所得税法違反に金融証券取引法違反、偽証罪と、それほど重要でないおかしなものも多く含まれている一方で、ひとつでも治安維持法並みに危ない組織的業務威力妨害罪、組織的強要罪などが入っている」

普通の会社でも犯罪組織に?
話し合った時点で「共謀罪」は成立。
ただし準備行為がなければ処罰できない 

 まず、過去の政府案で“団体”とされていた適用対象が“組織的犯罪集団”に変わった。
「字面だけ見ると犯罪を繰り返しているような、まさに暴力団をイメージするかもしれませんが、それだけに限らない。
たとえ普通の会社であっても“団体の性格が変わったときには組織的犯罪集団になりうる”と金田法相も認めています」
 それを判断するのは捜査当局。
取り締まる側にゆだねられてしまう。

「これで構成要件を厳格化したと言われていますが、何の歯止めにもならない」
 また、犯行に合意した時点で共謀罪は成立。
途中でやめたとしても、摘発されてしまう。
「例えば、自衛隊の官舎に“南スーダンから即撤退”というステッカーを貼り付けようと話し合えば、建造物損壊罪の共謀罪になりうる。
貼りに行こうとすること自体が罪になりますから、実際に貼る前に捕まってしまいます」

 ’06年の国会で、法務省刑事局長から「目配せでも共謀罪は成立する」と聞き出したのは当時の保坂展人衆院議員(現・世田谷区長)。
だが、海渡弁護士がネット時代に懸念するのは“現代版の目配せ”だ。
「今のデジタルな世界で、目配せが何に当たるかというと、おそらくLINEの既読スルーではないかと思うんです。
政府や法務省はまだ認めていませんが、論理的には適用されうる。
 また、LINEはグループを作ったりもするし、そこでのやりとりは記録として残る。
これも場合によっては組織的犯罪集団とみなされ、ログが犯行の証拠となるおそれもあります」  

さらに今回の法案では、共謀罪を処罰するには準備行為が必要となる。
だが、どんな行為が該当するのかは不明瞭だ。
「例えば、ATMでお金を引き出したり、食事をとったりする。
日常的に誰でもやっているようなことが準備行為になりえます」
 と海渡弁護士。

準備行為と誰がどう判断するのか?
「捜査当局のさじ加減ひとつ。
どうにでも勝手に解釈できます。
まず逮捕して、ガンガン取り調べをして自白させればいい。
あるいは電話やメールを盗聴して、証拠を押さえるとか」
 恣意的な捜査を防ぐ歯止めにはなりえない。

もの言う自由と運動つぶしが狙い
駅に掲示のテロ対策に関するポスターには
市民の協力を求める一文が
 前述したとおり、そもそも共謀罪は、パレルモ条約の批准を目的に法制化される前提だ。
過去3度の政府案に安倍首相が「喫緊(きっきん)の課題」と位置付けるテロの言葉はどこにもなく、また今回の法案も正式名称は『組織犯罪の処罰および犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律』。
野党の追及を受けて、ようやく改正案に「テロリズム集団」の言葉が加わったものの、当初はひとつも表記がなかった。
 海渡弁護士が言う。
パレルモ条約は暴力団やマフィア対策。麻薬の密輸や人身取引、金融機関に対する詐欺などの経済犯罪を取り締まるもので、テロ対策ではありません。
条約の本文やガイドに、国内法の原則に基づいて法制化すればいいと書いてある。
堂々と、批准しますと言えばいいんです」

 テロ対策に穴があるというのも「大嘘」だという。
「日本は、テロに関する国際条約はすべて批准ずみです。
政府は共謀罪が必要な事例に、ハイジャックでチケットを手配するとか、サリンをまくときに原料を調達する段階で取り締まる法律がないと言っていますが、2つとも予備罪で罰せられます。
共謀罪をテロ対策だと嘘を言うことで、むしろ本来必要なテロ対策の議論ができなくなってしまう」(海渡弁護士)

 内田名誉教授も、テロ対策は「あくまで名目」として、共謀罪では効果がないと断言する。 「テロを本当に取り締まろうと思えば徹底的な情報掌握が必須。
しかし日本は、テロが多発するイスラム圏の情報を持っていません」

 共謀罪はテロに使えない。
にもかかわらず新設しようとする狙いを、内田名誉教授は「戦争反対を含めた運動つぶし」と見る。
テロリストに対しては役に立たないんだけど、おかしいじゃないかと声を上げる人たちを押さえつけるには、非常に有効な法律になっているからです
 例えば沖縄では、共謀罪の先取りを思わせるような事態が進んでいる。
新基地建設への抗議行動で逮捕・起訴された沖縄平和運動センター議長の山城博治さんが先月18日に釈放されたが、器物損壊容疑での逮捕以来、公務執行妨害などの罪状で再逮捕が繰り返され、5か月以上も勾留されていた。
再犯の恐れがあるとみなした人を刑期終了後も拘禁した、戦前の予防拘禁を彷彿とさせる。

「やむにやまれぬ思いで工事を止めてほしいと訴える行為に対して、威力業務妨害なんだと。
政府が基地反対運動をどう見ているか、よくわかる例。
逮捕・起訴されているのはまだ少数ですが、共謀罪ができたら、座り込み抗議の現場にいた人、その場にいなくても、例えばカンパをしようと話し合いをした人たちは組織的威力業務妨害罪で摘発できます」
 と海渡弁護士。

同様に、さまざまな市民運動がターゲットになりうる。
「脱原発の運動に、現職の公安刑事が忍び込んでいたことがありました。
彼は情報収集が目的でしたが、これからはそこへ挑発行為が加わるかもしれない。
実際にアメリカで、ベトナム反戦運動のとき、FBIが捜査官を大量投入して過激な方針を提起させ、それに応じて組織を一網打尽にして逮捕するようなことをやっていたんです」

 共謀罪がある限り、もの言う自由を封じ込めるおそれは尽きないのだ。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする