「自分のやり方に固執する人」をどう説得するか?
変化が苦手な人には「3つのバイアス」がある
西 剛志 : 脳科学者(工学博士)、分子生物学者
2025/03/13 東洋経済オンライン
どんな職場にも、「昔ながらのやり方」を頑なに変えない困った人はいるものですが、脳科学者の西剛志氏によれば、変化が苦手な人には特有の3つのバイアスがあるそうです。
自分のやり方に固執する人の背中をそっと押してあげるにはどんな方法があるのでしょうか。
西氏の著書『結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ』から一部を抜粋・編集して、3つのバイアスへの対処法を解説します。
「人生を変えることができるんでしょうか?」
そんな質問をされたことがあります。
質問した人は、ずっと人生を変えたいと思いながら、変えられないことに苦しんでいるというのです。
「人生を変えたい」
そう願っている人も多いと思います。
一方で、
「人生を変えることには怖さがある」
そう思っている人も多いと思います。
変化することには、期待と不安が両立しています。
だから、変わりたいけど、変われない。
仕事で何か新しいことにトライしたい。
そう思っても、これまでのやり方をなかなか変えられない人もいると思います。
転職する、結婚する、離婚する、引っ越しする……、したいけどできない。
変化することが苦手な人にはどんな脳の特性があるか、それを知ることが変化することの第一歩です。
変化が苦手な人に特有のバイアスがあります。
そのバイアスがあることを理解しておくと、他人のことでも、そしてそれが自分のことでも、変化への対策を練ることができます。
変化が苦手な人が持っているバイアスは主にこの3つです。
1 現状維持バイアスが強い
2 サンクコスト効果が強い
3 確実性効果が強い
もし会社で自分の部下や上司がこの3つのバイアスを持っているようであれば、あなたがいくら「新しいことに挑戦しよう!」「変化していくことが大切です!」と伝えたとしても、たぶん伝わっていません。
まずは、この3つのバイアス所持者かどうかを知るところからスタートです。
そのうえで、どう伝えていくかを考えていく必要があります。
長いスパンで見れば「やって後悔したほうがいい」
現状維持バイアスとは慣れ親しんだ状態を変えることを嫌う心の傾向のことをいいます。
「やらずに後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい」という言葉がありますが、現状維持バイアスが強い人にはこの言葉は当てはまりません。
理由は、やって後悔のほうが、やらずに後悔より痛みが大きいからです。
現状維持バイアスが生まれるのは、行動することでの後悔(痛み)を避けたいからです。
ただし、この後悔は時間軸で変わります。
人は、最近あったことを振り返るなど、短期的な視点では「やった後悔(行為後悔)」を思い出しやすいのですが、人生を振り返るといった長期的な視点では「やらなかった後悔(不行為後悔)」を思い出しやすいことがわかっています。
これは現状維持バイアスが強い人でも、その傾向があるのです。
なので、長いスパンで見ると、「やらずに後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい」という言葉は、正しいということになります。
後悔しないように現状維持したのに、長期的には現状維持したほうが後悔につながってしまうのです。
なので、現状維持バイアスが強い人に挑戦や変化を促すときは、時間軸を変えて、長いスパンで話をしていくことが効果的です。
(出所:『結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ』より)
ちなみに、このバイアスが相手や自分にあるかどうかを調べる方法があります。
日々の行動を観察すると、現状維持バイアスが強いかどうかがわかります。
以下の項目にあてはまるかどうか、チェックしてみてください。
現状維持バイアス度チェック】
□レストランに入ったときに定番ものを注文しがち
□最新の商品にあまり興味がない
□ファッションや髪型がここ最近変わっていない
□つい、いつもと同じ場所や宿泊先に旅行しがち
□ルーチンワークが好き
3つ以上チェックがつくようなら、現状維持バイアスが高いと思われます。
「未来」から逆算して「現在」を見る
変化が苦手な人が持っているバイアスの2つめはサンクコスト効果です。このバイアスはコツコツと努力をしてきた人ほど強く持っているバイアスです。
サンクコスト効果とは、信じてコツコツと積み上げてきたことがもし間違いだったと明らかになっても、かけてきたコストがムダになることを恐れて、いまの行動を正当化しようとする脳の働きです。
たとえば、レストランで料理を頼みすぎてしまい、途中でお腹がいっぱいになっていても、もったいないと無理して食べることも、サンクコスト効果です。
仕事で進めてきた案件が、このままだとうまくいかないと明らかになっても、ここまでやってきたのだからとストップせずに続ける選択をする。これもサンクコスト効果です。
「もうここまで来たから後戻りできない」
そんなドラマの台詞に出てきそうなバイアスが、サンクコスト効果です。
人生においても、「ここまで自分の人生で蓄積してきたものを捨ててまで新しいことに挑戦するのにはハードルがある」と考えるのも、サンクコスト効果が影響しています。
ちなみに、この場合、「現状維持バイアス×サンクコスト効果」という感じで、ひとつのバイアスだけが判断や選択に影響しているわけではなく、いろいろなバイアスがそこに影響を与えているのです。
サンクコスト効果は多くの人が持っているバイアスです。
なので、自分も、相手もサンクコスト効果を持っているという前提でいたほうがいいと思います。
「サンクコスト効果が働いている」と思ったときは、視点を変えることがポイントです。
サンクコスト効果は、いってみれば過去から現在までに視点をあてたバイアスです。でも変化は未来にあります。
この先1年後、3年後、10年後を考えたときに、目の前にあるバイアスがどう未来に影響を与えるか、を考えてみるとバイアスの影響を逃れられる可能性があります。
たとえば、このままの状態でいったら3年後にはどうなっているか? そのイメージを明確にしていきます。
変化が苦手な人には、未来に視点をあてて伝えていくのです。
過去から現在を見るのではなく、未来から逆算して現在を見るのです。それが変化をしていく第一歩です。
現状維持バイアスも、サンクコスト効果もそこから逃れるには、視点を未来に向けることです。未来から見て「いまはこのままでいいのか」を考えることなのです。
(出所:『結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ』より)
「高確率と思える」ほうを選択したくなる
変化を阻害するバイアスの3つめは確実性効果の強さです。このバイアスにはこんな特徴があります。
くじを引いて当選したら5万円がもらえるとします。そのとき、当選確率が変化するとしたら、どれが一番うれしいですか?
1 90%から100%に上がったとき
2 40%から50%に上がったとき
3 1%から11%に上がったとき
多くの人は1と答えます。あたりまえといえばあたりまえなんですが、確実にもらえるほうがうれしいわけです。
しかし、当選する確率の上がり幅が同じであっても、成功率の上昇率がまったく異なります。
1 90%から100%に上がったとき→11%の成功確率アップ
2 40%から50%に上がったとき→25%の成功確率アップ
3 1%から11%に上がったとき→1100%の成功確率アップ
確実性効果が高い人は、ビジネスの分野でも1をとる人が多くなり、2や3はほとんど選びません。
しかし、ビジネスの世界では、サブスクや動画配信、AIなど従来なかった産業やビジネスが大きく発展しています。
「成功体験」よりも、今後伸びる「可能性」
確実性効果が高い人は、過去に成功している既存のビジネスをやろうとしますが、新しいビジネスはなかなかやろうとしません。
確実性効果が低い人ほど、成功体験ではなく今後伸びる可能性があれば、そこに投資しようと思います。
結果よりも伸びる可能性を見ることで、新しいビジネスでは成功しやすくなります。
過去の成功体験に固執してしまうのも、この確実性効果によります。
成功する確率が高そうなほうを選択したくなる。
でもビジネスの場合、その確率が高いものは、その分利益が薄くなることが往々にしてあります。
また、前回の成功が今回の成功につながるかわからないケースも多々あります。
それでも、高確率と思えるほうを選択したくなる。
でも伸び率が高いもののほうが、長期的に大きな利益を生むことがあります。
こういったバイアスが選択を誤らせることもあるのです。
西 剛志 脳科学者(工学博士)、分子生物学者