2018年12月06日

「死の恐怖を乗り越える術」多くの患者に出会い考えたこと

がんと向き合い生きていく
死の恐怖を乗り越える術
多くの患者に出会い考えたこと
2018年12月05日 日刊ゲンダイ(佐々木常雄)

「もう治療法はありません」
「あと3カ月の命ていです」
 担当医からそう告げられ、セカンドオピニオンを求めて私の外来へ相談に来られたがん患者がたくさんいます。

 まだほかに治療法がある患者には入院してもらって治療を行います。
しかし、もう治療法が残っていない患者にはどう答えればよいのか?
 しかも初めてお会いする方ばかりです。
結局、真実を話すしかありません。
それでも、眼光鋭く私を見つめる患者の目は、「生きたい」と訴えているのです。

 私は、そんな「生きたい目」とたくさん出会って、「死に直面し奈落に落とされた患者が這い上がる術」や「宗教なしで死の恐怖を乗り越える術」を知りたい、そしてそれを患者に伝えたいと思いました。
しかし、過去の医療において、このような医療は行われてはきませんでした。

 江戸時代に書かれた「医戒」には、
死を告げるとは死を与えると名づけるものである
医師はけっして患者の生きる希望を断ち切ることをしてはならない」とあります。
その伝統は長く続き、ずっと「短い命」、死を隠す医療が行われてきたのです。

 ところが、患者の知る権利や自己決定権が叫ばれるようになった2000年以後は、「あと3カ月の命です」などといとも簡単に告げられ、死の恐怖にさいなまれる患者が多くみられるようになりました。
平均寿命が延び、100歳を越える方も珍しくない時代になりましたが、がんにかかって途中で人生を諦めなければならない厳しさは変わりません。

 哲学者の梅原猛氏は
私たちの生命のなかには、永遠の生命がやどり、それが子孫に甦っていく。
この世の生命は受け継がれていくことに救いがある」と言われます。
しかし、それでは子に恵まれない方はどうすればよいのでしょうか。

 1万人をみとった米国の精神科医キューブラー・ロスは、「人間はさなぎから蝶になるように肉体を脱ぎ捨てて魂となって別の次元に入っていく。
だから死を恐れることはない」と患者に言って回りました。

牧師の窪寺俊之氏は、「たった数十年、仮のこの世に現れただけで、魂は宇宙の彼方に戻るのです。
死は怖くありません」と言っています。
両者とも宗教的な考えが背景にあるのです。

 ドイツの哲学者ハイデッガーはこう述べています。
「死んだら天国にいくとか、自分が死んでも子供が自分の生命を受け継ぐとかいうイメージによって、人は誰でも死の観念を隠蔽しようとする。
しかし、これらは死に対する十分な了解ではなく、ただその厳しさを覆い隠すだけのものである。
逆に、ここから死の不安ということが人間の気分の本質としてつきまとうことになる
「死を直視せよ。良心の呼び声が聞こえてくる」

 ただ、そう言いながら良心の呼び声の説明がないのです。
「がん患者・家族語らいの会通信」には、ある方のこんな言葉が記されています。
「人間の体は死によって解体しても、他の生物や物の一部として永遠に存在し続ける」
 こうした先哲の助言はたくさんあります。
しかし、その多くは自分自身が“安全地帯”にいるうえでの言葉に思えて、命が差し迫っている患者に響くのか、奈落から這い上がれる術になれるかどうかは疑問なのです。

■心の奥には必ず這い上がれる心がある
 悪性黒色腫にさいなまれ続けた宗教学者の岸本英夫氏は、著書「死を見つめる心」の中で「死を無である」とし、これを「大きな別れ」と解するとしています。
これはかなりの説得力を感じ、参考になるように思われました。

 さらに私は、奈落に落ちたが這い上がったと思われる患者に、「どうして這い上がれたか」を聞いてみることにしました。

そうした患者の言葉の中で、最も心に残ったヒントは「心の奥には必ず這い上がれる心がある」ということでした。
 私は拙著「がんを生きる」の中でこの点を取り上げました。
そして、自然に天寿を全うした方が「恐怖でない死」を得られるように、がんで亡くなるとしても安寧な心が表れることはできないのか。
それを模索することにしたのです。
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2018年12月05日

免疫力研究の第一人者も勧める免疫力アップの確実な方法

免疫力研究の第一人者も勧める
免疫力アップの確実な方法
2018年11月27日 日刊ゲンダイ(笹川伸雄)

 がんには「5年生存率」という言葉がある。
がんと診断されてから5年後に生存が確認できた割合を意味するのだが、「がんと宣告された人は5年生きればいい」と、私には聞こえる。
ちなみに、ステージWの食道がんの5年生存率は12.2%だ。
これは医療の、医師の怠慢、傲慢さではないか。

 先日、知人の女性と会った。
彼女は心から楽しそうに笑う。
周囲の人を明るくさせ、元気にさせる人気者だ。
話の内容からすると還暦は過ぎてはいるのだろう。
ところが、彼女は8年前にがんを患い、手術を受け、つらい抗がん剤治療とも闘った。
年に1度受けている検診では、再発の兆しは見られないという。

 一昨年急死した新潟大学名誉教授の安保徹氏は免疫療法で知られ、免疫力を高めればがんを克服できると話していた。
その手軽で確実な方法として勧めていたのが「笑う」ことだった。
笑いは副交感神経を優位にし、NK細胞の活性を高める。
「ストレスの強い人ほど効果が高く、どんなに面白いことがなくても鏡に向かってつくり笑いするだけで筋肉がほぐれ、免疫力を高めるいい結果が出ている」と述べている。

 医師で作家の鎌田實さんも、笑いの効用を説いている。
その中に例として2人の人物を出す。

1人は米国のノーマン・カズンズさん。
膠原(こうげん)病をステロイドなどの薬を用いずに治し、「笑いと治癒力」という世界的なベストセラーを著した。

もう1人が笹森恵子さん。
広島で被爆し、その後2度のがんを乗り越えた方だ。
彼女はノーマン・カズンズさんの養女になり、よく笑うようになった。

「笑うことがこの2人の命を支えてきたと感じた」(鎌田さん)
 さらにこうも言う。
感染症の時には交感神経が緊張する“頑張るという思い”の方が生き抜けられるが、がんと闘うのは副交感神経が支配するリンパ球。
「だから、がんと向き合うためには頑張るって思い過ぎないほうがいい
 私も笑いに包まれる日常を増やしている。
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2018年12月04日

「反対意見」がいくら正しくても組織で葬り去られる3つの理由

「反対意見」がいくら正しくても
組織で葬り去られる3つの理由
2018/12/03 ダイヤモンドオンライン(秋山進)

 先日、『経済学者たちの日米開戦』(牧野邦昭著、新潮選書)が秀逸だと友人たちの間で話題になった。
 第二次世界大戦前夜、陸軍が結成した通称「秋丸機関」に当時一流の経済学者たちが集結し、英米仏ソ中の連合国、日独伊などの枢軸国双方の経済、社会情勢を徹底的に分析し、それぞれの国家の戦争遂行能力を評価した幻の報告書が作成された。  

それによると、開戦しない場合でも、国力の継続的な低下は確実で連合国に屈服せざるを得ない、開戦した場合は、非常に高い確率で致命的な敗北を喫すると予測されている。

一方、きわめて低い確率ではあるが、ドイツがイギリスに短期間で勝利し、それを受けてアメリカが戦意を喪失すれば、有利な講和を結ぶことができる可能性があるとも書かれている。

いずれにせよ、進むも地獄、退くも地獄ではあるが、経済学者たちは対米英戦における明確な敗戦を予測していたというのである。

対米英開戦は陸軍が悪者なのか
 本書によると、この報告書は、国策に反していたため、すべて焼却処分に付されたと言われていた(記録では、主担当の経済学者がそのように発言しているのである)。
そして、「秋丸機関において『経済学者が対米戦の無謀さを指摘していたにもかかわらず、陸軍はそれを無視して開戦に踏み切ってしまった』という理解が定着し、現在ではそれが通説となっている」とある。

 陸軍がいかに非論理的であり、精神主義を押し通した合理性のない機関であったかということは、これまで幾多の論文、ドラマや小説などを通じてわれわれに繰り返し刷り込まれてきた。

本書は対米英戦の意思決定において、その通説が実態を正しく反映していたのか、そうでなかったのかを丹念に検証し、少なくとも開戦の意思決定においては、「通説通りではなかった」「合理的に判断し、わずかな可能性に賭けた」ということを、行動経済学の観点から考察し著した優れた書物である。 

  さて前置きが長くなったが、この手の話はよくある。
その後大失敗してしまった事業に乗り出す時に「その事業をやってはいけない」ことを明確に示す報告書が実はあった。
特定の大問題が起こりうることを事前に察知して、「経営陣に抜本的な見直しを求めた」提案書があったなど、その失敗の原因を調べる段になって、にわかにそれらの報告書が日の目を見ることがある。

 そして「実はその無謀さを指摘していた先見性のあるレポートがあったにもかかわらず、経営陣はそれをあえて無視した。彼らは非合理的で判断力を欠いていた」、「目先の利益確保ばかりに気をとられ、長期的な展望を持たなかった」などと喧伝される。
マスメディアが好む論法である。

 しかしながら、長年経営陣のサポートを務めてきた経験からすれば、あらゆる重要な意思決定の場面で、出来不出来に差こそあれ、秋丸機関の報告書と同様の、「それだけはやってはいけない」ということを示す報告書の類は「確実に存在」している。
 ただ残念なことに、内容が充実していたとしても、よくて、参考程度に一瞥(いちべつ)されるくらいであり、ほとんどの場合、一顧だにされないまま意思決定が行われる。

以下では、その理由を3つに分けて述べてみよう。
【理由1】読まれる前から“レッテル”が貼られている
 すべての報告書は党派性を帯びている。
あらかじめ派閥があって、報告書はいずれかの派閥の意見を代表していると考えられるのである。
つまり、誰もが読む前にその報告書になんらかのレッテルを貼っている。

 秋丸機関の報告書は陸軍省軍務局で作成されている。
当時陸軍内には大きな2つの系統があった。
軍令をつかさどる参謀本部と軍政を担当する軍務局である。
参謀本部が北進(ソ連進軍侵攻)を唱える一方、軍務局が南進(東南アジアへの進軍)を主張して、激しい論争を繰り広げていた。
その論争のさなかに、軍務局(南進を主張する派)からこの報告書がもたらされ、ライバルである参謀本部が推進する北進の無謀さを説き、米国参戦のリスクを指摘しつつも、南進のほうがまだ可能性が高いことを示している。

 すなわち、たとえ報告書が中立公正に作成されていたとしても、特定の機関から提出されると、その機関の持つ、もともとの主張、政策、思想を体現、または補強するものという認識で読まれることを免れないのだ。

 したがってその報告書と反対意見の人はこれを見ても、「どうせわれわれの派閥の方針をことごとくくじくための間違った主張をへんてこな理屈で固めているにすぎない」とまともに取り合わない。
 秋丸機関報告書の場合は、軍務局から出たので、参謀本部のほうは「どうせ軍務局がわれわれに対して『ためにする反論』をしかけている」と見たのである。

【理由2】予算取りが目的で、オーバーな表現
 不確実な未来にどう対応するか、いずれの方向に進むべきかといった内容の報告書の場合、実はその目的が、実際に起こる事象への対応や方策の提案よりも、「予算確保」にあることは決して珍しくない。
そうした場合には、報告書は声高に危機をあおり、資金の投下の必要性を書き立てる傾向にある。
 いきおい記述がオーバーになる。

そして、読む者はそこに引っかかりを感じて、眉に唾してその予測を大幅に割り引いて理解するのである。
自分が読者として、何度となくそのような経験をしていると、実際に担当者として自分が報告書を書く段になると、針小棒大に書くつもりなどなくとも、割り引いて読まれることを計算に入れて、やはり誇張して書かざるを得なくなる。

 こうして警告レポートなどの類は、警告の色を読者に察知されたが最後、逆に無視される運命にある。
さしずめオオカミ少年のようなもので、悲しい悪循環である。

【理由3】未来を語るものはホラ吹きと思われる
 以前、『専門家の予測はサルにも劣る』(ダン・ガードナー著、飛鳥新社)を引用し、予測がいかに当たらないものであるかということを書いた。
参照:『会社員人生で「旬の仕事」にありつく5つの方法』

 つまり、「当たる」と評判の人でも実は当たらないことのほうが多いのである。
 専門家Aさんが何かの予測をする。
普段からAさんの身近にいない人は、予測が当たった時だけ評判になるAさんに「予測が当たる人」という印象を持つこともあるだろう。
しかし、Aさんの身近にいる人(組織内の人)は、予測が当たらなかった多くの場合のことも合わせて、いや、むしろ、当たらなかった場合のほうをよりよく記憶しているかもしれない。
だから「予測が当たらない人、虚言、妄言を吐くやから」と思ったとしても不思議はない。

 ましてや先ほど挙げた理由1や2のような力学が働くため、往々にして論旨は党派性のバイアスがかかり、また極端な結論が表明されがちで、未来についての予測はかすりもしなくなることが多い。
せっかく一生懸命書いた報告書もうさんくさい占いと大差ないと認識されてしまうのである。
 こうしたわけで、戦略の無謀さを説いた正しい報告書は読まれず、重要視されないのである。

 正しい意思決定をするために、
あえて賛成、反対の2チームをつくって報告書を書かせる「レッドチーム」(ある対策が有効かどうか試すために、その対策を立てた側と敵対する考えを持つチーム)を利用する方法や、
賛成派も反対派も全員一堂に会したチームをつくる方法、
第三者に依頼する方法などがあるが、いずれにしても党派性からは完全に逃れられず、両論併記の結論になったり、さらには粗悪な折衷案に堕したりしがちである。

報告書を生かすも殺すもリーダーの器量次第
 このように重要な意思決定に対する報告書の類が、棄却されがちで重要視されないとすれば、どうすればよいのだろうか。  結局は、最終意思決定者たるトップの器量が組織にとって重要になるのである。

 世界観、ビジョン、価値判断基準などが明確にあり、現在考えられている施策に疑義を呈する報告書なりレポートなりを前に、しなやかな知性でもって党派性を超え、真理をつかみ、場合によってはビジョンや判断基準を変えることさえいとわないトップをいただいているかどうかこそが、難局にあっては重要なのだ。

 ちなみに日米開戦時の首相は東条英機だが、『失敗の本質』(中公文庫)の著者の1人でもある戸部良一氏は『自壊の病理 日本陸軍の組織分析』(日本経済新聞出版社)の中で、イギリスの歴史家アラン・ジョン・パーシヴァル・テイラーが、第二次世界大戦の各国の戦争指導者を描く際、ムッソリーニ、ヒトラー、チャーチル、スターリン、ルーズベルトという個人名のタイトルで各章を構成しながら、日本の記述の部分だけ、タイトルを「戦争指導者不明」としている旨を述べている。

 つまり、皮肉屋のテイラーからしてみれば、東条は戦争指導者に値しなかったということなのである。
戸部氏はさらに「参謀総長となり、戦略策定に主導的役割を果たしうる立場になっても、東条はそのイニシアティブをとろうとはしなかった。
イニシアティブをとらなかったのは、ヴィジョンがなかったからである」と続ける。

東条英機は本当は戦争指導者ではなかった?
 首相である東条は、組織的な機構上
(東条は首相であり、陸軍のトップではあったが、海軍に実権が及んでいなかった)、
当人の能力上(ビジョンがない)、
性格上(反対派の意見に耳を貸さず、イエスマンだけを重用する)、
3つの点から戦争指導者として必要な条件と資質を有していなかった、というのである。

 保阪正康氏による『昭和の怪物 七つの謎』では、当時の有力な軍幹部の証言をもとに「なぜ東条のような大局を見る目を持たぬものが、戦時指導を続けているのかという疑問は当時の軍人たちの総意であったことは認めなければならないだろう」と結論づけている。

 なにやら東条についての評言は、決して少なくない数の企業、機関、組織のトップの評としても、あながち当てはまらないわけではないのではないかという感想も聞こえてきそうだ。
 まさに「大変革の時代」。

皆さんの組織には反対派のレポートをあらゆるバイアスを排してしっかり読み、十分に理解したうえで、渾身の意思決定をするような本当のリーダーはいるだろうか。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社
代表取締役 秋山進、構成/ライター 奥田由意)
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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