2017年06月10日

スラム化する郊外とマンションの「現在」…高齢者と空き住戸だらけで修繕もできず

スラム化する郊外と
マンションの「現在」…
高齢者と空き住戸だらけで修繕もできず
2017.06.10 Business Journal

文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役

 野村総合研究所の予測では2033年には日本国内の空き家数は2000万戸を超え、空き家率は30%を超えるとされる。
一般的には空き家率は30%を超えると急速に治安が悪化し、環境悪化を嫌気した人々が、地域から脱出を始めるといわれている。

 つまり、日本は国全体が30%という「限界値」を超える異常事態になるのだ。
ということは、おそらくこの頃には日本の多くの地域社会が崩壊の危機に晒されることになる。

そしてこの崩壊は、地方の中山間地域から始まり、都市郊外部、そして都心部へと広く、深く「病が広がる」かのように蝕まれていくことになる。
 首都圏の不動産価格は、アベノミクス効果で全体が上昇しているかのように報道されているが、実態は異なる。
実は、首都圏郊外の不動産価値は、急速に下げ足を速めているのだ。
首都圏郊外部で育った年齢も若くてバリバリ働ける人たちは、都心部に生活拠点を移し始め、地域に残されるのは高齢者ばかりになっているのが現状だ。

 首都圏でも千葉県や埼玉県の郊外や、船橋や松戸といった中核都市でも駅からバスで行くような、昔「ニュータウン」と呼ばれた住宅地の中古価格は、マンションで「くるま一台分」(250万円から300万円)、戸建てでも1000万円を大きく下回るような「暴落状況」になっている。  

平成バブルの頃はおそらく4000万円から5000万円くらいはしたであろう物件の価値が、10分の1程度にまで縮小しているということだ。

  地域社会との接点が希薄
 残念なことに首都圏郊外のニュータウンと呼ばれた多くの地域は、1970年代以降に開発された新しい街で、地域に根差した文化や伝統といったものは存在しない。
住民の多くは、元サラリーマン。
家と会社との間を往復するばかりで、地域社会との接点が希薄だった人たちだ
 家は核家族が中心。
祖父母などが同居しているケースは稀で、両親と子供たちだけという二世代だけのものが中心だ。

 地域社会としては、住宅が分譲された同時期に一斉に入居した、ほぼ同じ年代、同じ経済状況の人たちばかりだ。
初めのうちは若くて活気があふれていた街も、住民は一斉に歳をとり、街中から子供たちの声は消え、高齢者ばかりのひっそりとした街になる。
子供たちはすでに学校を卒業し、都心部の会社に就職し、会社から近くの都心居住を選択している。
夫婦共働きが当たり前の現代。
子供を保育所に預けて都心まで1時間半以上もかけて通勤するなどという生活スタイルは、そもそも「あり得ない」のだ。
 また、彼らは自分たちが育った都市郊外部に対してあまり愛着を持っていないのが特徴だ。
当たり前である。
小学校くらいまでは地元の学校に通っていた彼らだが、地域の公園で遊んでいたのは小学校低学年まで。
高学年からは連日の塾通い。
ひたすら学校と塾と家との間を往復するだけの生活は、父親のそれとあまり変わりがない。
親たちの故郷像にある、小鮒を釣った川もなければ、兎を追った野原もないのだ。
 彼らが経験したのは、私立中学に合格したのち、やはり父親と同じように電車に乗って、学校と家との間をひたすら往復するだけの生活だ。
地域社会に溶け込む余地など、もともと残されていないのだ。

このようにまったく地域に対して「無関心」で育った子供たちは、都心居住を選択したのちは、自分たちが「育ったはず」であるニュータウンには戻ってはこない。
そもそも地域に対する愛着など欠片もないからだ。
 子供たちがまだ小さかった頃には、サラリーマンの父親のなかでも少しは元気があった人たちが、盆踊りを催して壇上で太鼓をたたき、お祭りや食事会などを企画し、地域社会の絆をつくろうとしてきたが、それも今は昔。

 地域に残された人たちが高齢者ばかりになると、なんだか活気がなくなり、お祭りに集まる人たちも急速に減ってしまう。
そのうちみんな億劫になって家に引き籠もるようになる。
ただでさえ、新たに開発された土地で、伝統も文化もない地域だ。
集まってきた人たちの「出自」もさまざまである。
職業はほとんどがサラリーマンで、何か特殊な技能や能力があるわけでもない。

 もともとサラリーマンという種族は、会社以外の人生というものを味わったことのない人たちだ。
会社の「役職」だけが自分を表現する手段だった彼らにとって、言うことを聞いてくれない妻や子供に加えて、いまだかつて「触れて」もこなかった地域社会の人たちと交わり、今さら新たな自分を再構築していくことはなかなかにして困難な作業といわざるを得ない。

 子供たちが「後を継ぐ」わけでもなく地域社会から次々と櫛の歯が抜けるように去って行ってしまった地域では、地域の絆を保つ術がどこにもないというのが実態なのだ。

老朽したマンションの実像
 空き家といえば戸建て住宅ばかりを思い浮かべがちだが、マンションになると事態はさらに深刻だ。
マンションの多くは区分所有という権利形態だが、この形態が曲者だ。
分譲時点では多くの所有者は同じような経済状態、家族構成だったものが、時代の経過とともに変化する。
子供たちは家を出て、やはり親の元に戻ってはこない。

 戸建てに比べ、マンションは近所づきあいにあまり気兼ねしなくてよいと考えて入居した人が多いはずだ。
しかし建物も老朽化して、いざ大規模修繕や建替えを考えなければならない時点に至って、人は初めて、これらの決断に際して、他の区分所有者と真剣に向かい合わなければいけないことに気づくのだ。
 分譲当時はマンション住戸の多くに所有者が住んでいたものが、賃貸に拠出していたり、親が亡くなってそのまま空き住戸になっている住戸も目立つ。
なかには寝たきりの状態の高齢者の単身世帯まで出現しているのが、老朽化したマンションの平均的な実像だ。

 ここでマンション全体として「何か」を決めようとしても、区分所有者同士の意見を集約することは非常に難しくなってしまう。
管理組合総会でも住民エゴがまともにぶつかり合い、物事を決められない。
空き住戸が増えて管理費や修繕積立金が思うように集まらなくなるにつけ、マンションから逃げ出す住民も増え始める。
ひとりだけ優等生を演じても、マンションは区分所有者全員の協力を得ていかなければ、実質は何事もスムーズに決まっていかないという性格を抱えた、実に「やっかい」なコミュニティーなのだ。

 マンションというコミュニティーの崩壊だ。
マンションはいわば建物内でのひとつの地域社会でもある。
ひとつひとつのマンション内での地域社会の崩壊がやがて地域全体の崩壊につながっていくことは容易に想像できるだろう。
 地域社会が崩壊していくことは、スラム化への道でもある。
空き家や空き住戸には不法滞在の外国人や不逞の輩が巣食い、地域は不法地帯へと変貌を遂げていく。
これまでこうした光景は遠い外国での話で、自分たちは関係がないと思ってきた我々日本人も、遠くない将来、こうした事態に確実に直面することになるのである。

 日本社会は今、急速に「二極化」している。
「富める者」と「困窮する者」への二極化だ。
地域社会の崩壊は、これまで地域を支えてきた中間層が衰退し、大多数の困窮者が空き家や空き住戸に巣食い、地域ごとスラム化する危険を孕んでいる。
 多くの地域社会が崩壊を始める日本で、「家」というひとつの地域社会の単位が今危機に晒されているのである。

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読売は"弱者をたたき、強者を助ける"のか

読売は"弱者をたたき、
     強者を助ける"のか
6/9(金) 15:15プレジデントONLIN配信

沙鴎 一歩ジャーナリスト

加計学園問題は国会で野党の追及が続き、安倍晋三首相は真相解明に消極的な答弁を繰り返している。
そこで加計学園問題についての新聞記事を読み比べてみると、読売新聞の「弱気」と朝日新聞の「勢い」がよくわかる――。

■毎日コラムも「ヘンな記事」と指摘
 各紙の社説に触れる前に、毎日新聞6月5日付夕刊の客員編集委員、牧太郎氏のコラム「大きな声では言えないが……」を取り上げる。
 コラムは「5月22日、読売新聞朝刊に奇妙なスキャンダル記事? が掲載された」で始まり、「前川喜平・前文部科学省次官が歌舞伎町の出会い系バーに頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった」と続く。

 記者会見を開いて「記録文書は本物だ」「行政がゆがめられた」と証言したあの前川前事務次官のスキャンダルだ。
復習しておくと、記録文書とは、安倍首相の知人が理事長を務める加計学園の国家戦略特区への獣医学部新設計画に関し、文科省が特区担当の内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だと聞いている」といわれたと書かれている文書のことである。

 牧氏は「具体的な『犯罪行為』には触れていない。ヘンな記事だ! と思った」と指摘し、「《売買春の可能性がある風俗産業→そこに頻繁に通っていた元官僚→そんな人物の言い分を信じてはならない》の三段論法? 
 だが、僕には『前川さんVS安倍内閣・読売新聞』の構図に見えてしまう」と述べる。
なるほどその通り。

■「西山事件」を連想させる展開に
 次に「あの『西山事件』を思い出した」と書いているが、この私(沙鴎一歩)も読売の記事を読んで西山事件を連想した。
だから前回この欄で「下ネタで問題の焦点をぼかして相手を攻撃し、世論を見方にしようとする作戦はこれまでもよく使われた」と書いたのである。

 牧氏のコラムによると、西山事件は第3次佐藤栄作内閣のときに起きた。
ニクソン米大統領との沖縄返還協定に関する出来事だ。
米国が支払うことになっていた「地権者に対する土地原状回復費400万円」を実際には日本政府が肩代わりする密約が結ばれていた。
毎日新聞政治部の西山太吉記者がその密約をにおわす記事を書き、社会党議員に情報を提供した。
社会党は西山記者が提供した外務省極秘電文のコピーを手に国会で追及。
世論は佐藤内閣を強く批判した。
 ところが、極秘電文を西山記者に流したのは、西山記者と親しい女性事務官だった。
2人は国家公務員法違反の疑いで逮捕、起訴される。
起訴状には「ひそかに情を通じ」という言葉が記載され、「週刊新潮」が2人の男女関係を報じると、世論は一変してしまった。
 山崎豊子氏の小説『運命の人』のモチーフとなり、テレビドラマにもなっているから、ご存知の読者は多いだろう。
それにしても「権力は恐ろしい」(今回の牧氏のコラムの見出しにもなっている)。

■読売は異例の「弁明」を掲載
 毎日新聞の牧氏のコラムが出る2日前の6月3日付の読売新聞朝刊の第2社会面。
ここに社会部長名で「次官時代の不適切な行動」「報道すべき公共の関心事」との見出しを付けた記事が出ている。
牧氏が「ヘンな記事」と指摘した前川前事務次官の出会い系バー出入りスキャンダルの読売記事(5月22日付朝刊)についての弁明記事だ。
いや、言い訳がましい記事に読めてしまう。

 冒頭から「読売新聞の記事に対し、不公正な報道であるかのような批判が出ている。
民進党の蓮舫代表らは、この問題について『極めてプライべートな情報』とも指摘した。
しかし、こうした批判は全く当たらない」と主張する。
 そのうえで「記者会見した前川氏は『私の極めて個人的な行動を、どうして報じたのか』などと語ったが、辞任後であっても、次官在職中の職務に関わる不適切な行動についての報道は、公共の関心事であり、公益目的にもかなうものだと考える」と述べる。

 なるほど、その通りかもしれない。
しかしながら、どうしてこの時期に記事にしたのか。
もっと言わせてもらえば、なぜこの時期に前川氏の個人的情報をつかめたのだろうか。
その情報を知っているのは、文科省の幹部ぐらいのはずである。
 それに「青少年の健全育成や教職員の監督に携わる文科省の最高幹部が、違法行為の疑いが持たれるような店に頻繁に出入りし……」とまで社会部長が書くほど大ニュースならば、なぜ第1社会面のトップにするなど大きく扱わなかったのだろうか。

 加計学園問題に関わる記録文書が大きなニュースになっているなかで、前川氏のスキャンダルを明らかにする以上、批判を受ける覚悟も必要ではないか。

■読売は弱気になってきた? 
 ここまで書き進めたところで、6月7日付の読売新聞朝刊の社説を見てみよう。
 見出しが「獣医学部の要不要論を冷静に」である。
なんとおとなしいではないか。
書き出しも「獣医学部の新設手続きが適正かどうかは、冷静に議論すべきだ」と始まる。
 社説の文中、「首相は、愛媛県今治市での学部新設について、自らの関与を改めて明確に否定した」と書いてはいるものの、「政府も、獣医学部新設を認めた理由や経緯の詳細について、より分かりやすく、積極的に説明することが求められよう」と述べるなど、それなりに客観的である。
さらに社説の最後は「国家戦略特区は、地域を限定してさまざまな岩盤規制に例外を設ける制度だ。
それだけに、行政手続きの透明性や公正性をしっかり確保しつつ、進めることが重要だ」とまっとうな主張を展開している。
 これは想像だが、読売は少しばかり弱気になってきているのではないか。
週刊誌では「権力にすり寄る」などと批判され、世論からも「保守色が強い」とみられている。今回の加計学園問題では特にその傾向が強い。

■「特ダネ」を出した朝日の勢いは強い
 社外から批判に加え、社内でも意見が分かれているのだろう。
新聞記者は本来、反骨精神が旺盛だ。
強者をたたき、弱い者を助けるのを生きがいにしている。なかでも社会部の記者はその精神が強い。
ここが政治部の記者と大きく違うところだ。
それはどこの新聞社でも同じである。
政治部と社会部の対立、社説を書く論説委員同士の対立など、あれだけの大新聞社だけにいろいろとあると思う。

加計学園問題に関し、読売社説がどう変わっていくのか。
おおいに興味がある。
 最後にこの読売社説と同じ時期に書かれた他社の社説の見出しを挙げる。
「首相らの答弁 不信が募るばかりだ」(6日付朝日)、
「事実解明進まぬ『加計』問題 首相の答弁姿勢を疑う」(6日付毎日)、
「加計学園問題 説明責任は首相にある」(7日付朝日)、
「加計学園問題 再調査を拒む不誠実」(7日付東京新聞)。

 以上だが、5月17日朝刊の1面トップで「新学部『総理の意向』」「文科省に記録文書」との見出しを掲げ、記録文書の存在を明らかにする特ダネを出した朝日新聞の勢いは強い。
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2017年06月09日

「牛歩」はみっともない戦術じゃない

「牛歩」は
みっともない戦術じゃない、
政権の暴走に抵抗する
     当然の手段だ!
 野党は徹底抗戦を!
2015.09.16 リテラ(エンジョウトオル)

*小だぬき→安保法制を「テロ等準備罪・共謀罪」に読み替えてください。
6月8日現在の情報では、日本は6月13日に戦後最大の危機を迎える。
 犯罪を実行していなくても、計画段階で逮捕および家宅捜査することができる「共謀罪(テロ等準備罪)」を、与党はこの日の参院法務委員会で強行採決する構えだからだ。
犯罪を「計画した」「合意した」と判定する権限は警察などの捜査機関が100%持つため、“警察全権委任法”といっていい。
ニュースサイトで読む:
http://biz-journal.jp/2017/06/post_19395.html Copyright c Business Journal All Rights Reserved.

*****************************
 参院平和安全法制特別委員会で安保法制が強行採決されるのか。
緊迫の度合いが強まってきた。
地方公聴会と同日に委員会採決を行うことになれば、これは異例中の異例の展開。
菅義偉官房長官は「野党が合意したから強行採決ではない」と言い張っているが、馬鹿を言え。

民意を無視して押し通すなど、これは立派な強行採決だ。
だいたい肝心の法案は、審議によってその立法事実さえ失った状態ではないか。

 たとえば、安倍首相がさんざん繰り返し言っていた「ホルムズ海峡での機雷掃海」も、今月14日の委員会で本人自ら「具体的に想定しているものではない」と前言撤回。
さらに、昨年5月の会見以降、安倍晋三首相が集団的自衛権行使の根拠として触れ回っていた“日本人の母子を守るために”邦人が乗った米艦を日本の自衛隊が防護するという話ですら、8月26日の委員会で中谷元防衛相が「邦人が乗っているかは絶対的なものではない」と発言。
日本人を守る目的がなくても集団的自衛権を行使することを認めた。

だいたい、統合幕僚長と米軍が安保法制の成立を「今年の夏までに」と確約していた内部文書にしたって、はぐらかすばかりできちんとした説明も行われていない。
 一体誰が、こんな状態で納得をするというのか。
挙げ句、「法案が成立し、時が経ていくなかで間違いなく理解は広がっていく」(安倍首相発言、14日)だ? 
主権在民を無視した、このような暴挙は到底許せない。

 この、戦後史上もっとも最悪な独裁政治に抗う方法は、もはやアレしかない。
そう、「牛歩」戦術だ。
そしていまこそ、野党に強く要求したい。牛歩をやれ!と。

 牛歩というのは、強行採決に抵抗するための手段として編み出された方法で、日本においては戦前から受け継がれてきたスタイルだ。
強行採決されそうな議案に対し数の力では負けてしまう野党が、まずは内閣不信任案や問責決議案、不信任決議案などを提出。
投票にまでもちこんで、投票を行う際、わざと牛のようにノロノロと、あるいは足踏みをすることで時間をかせぐことにより、会期末による流会(法案の成立断念)や与党からの留保を狙うのだ。

 今回の安保法制でも野党側はこうした抵抗策を考えており、時事通信の記事(9月16日付)によると、参院本会議採決へと動けば、中川雅治・参院議運委員長の解任決議案、山崎正昭・参院議長の不信任決議案、安倍晋三首相と中谷元防衛相への問責案などを提出することを想定しているという。
また、「新国立競技場の建設計画見直しで責任論が出ている下村博文文部科学相らの問責案」も提出すべきという意見もあるらしい。
とにかく数を打って少しでも時間を引き延ばそうという算段だが、そこで時間かせぎの真打ち(?)たる牛歩の出番となるわけだ。

 ただ、問題なのは、牛歩には悪しきイメージが強い、ということ。
1992年、自衛隊の国連平和維持活動(PKO)協力法案の採決に際して、当時の社会党などの野党がこの牛歩戦術を採用。
31時間も牛歩をつづけ、じつに4泊5日におよぶ徹夜国会で徹底的に抗したが、結果としては自民党をはじめとする与党が数で押し切り、あえなく失敗した。
 しかも、この牛歩は国民から大顰蹙を買った。
メディアはこぞって牛歩を取り上げ、「国民がしらける あんな牛歩で「戦った」とは笑止千万」「低次元の牛歩国会」「生理的苦痛残るだけ」と批判を展開。
国民からも「みっともない」「無駄な抵抗」「潔くない」とブーイングが起こった。

 そのため、今回の安保法制でも、牛歩戦術を野党が取ればこうした世論が生まれる可能性は高い。
牛歩はその名の通り、ビジュアル的にも情けなさが伴う。
ここにつけ込んで、露骨な政権擁護に傾いた読売新聞や産経新聞、フジテレビに日本テレビ、普段は批判を恐れて政治ネタを扱わないワイドショーなどは、ここぞとばかりに牛歩を嘲笑い、“みっともない野党”を印象付けるだろう。
言わずもがな、ネット上ではネトウヨが大挙して炎上祭りを展開することは必至だ。

 だが、牛歩とは、まったくもってみっともない戦術などではない。
これは真っ当で立派な抵抗手段なのだ。
 そもそも牛歩戦術とは、広い意味での議事妨害(フィリバスター)といわれるものだが、おもにフィリバスターというと長時間の演説で進行を妨害する方法(牛歩にならって「牛タン戦術」とも呼ばれる)のことをさす。
2004年の年金制度改革法成立のとき、民主党の森ゆうこ議員が参院厚労委員長解任決議案の演説で3時間1分(戦後最長記録)もかけたが、これがフィリバスターだ。
 また、議事妨害にはほかにも「ピケ」(ピケッティングの略)という方法もある。
ピケットとは「監視員」という意味だが、議場などの入口で与党議員の入場を阻止したりすることをいう。

1996年に住宅金融専門会社処理問題で公的資金を投入するかどうかで与党と対立した小沢一郎率いる新進党が、このピケを行い、22日間ものあいだ委員会室を封鎖。
赤じゅうたんに座り込んで煙草を吸うなどの議員の姿がメディアで紹介された。
しかし、このときも案の定、新進党は大バッシングに晒される結果に。
その後、新進党は求心力を失った。

 一方、アメリカなどの国では、フィリバスターは当然の権利として周知されている行為だ。
その例として、1939年に公開された映画『スミス都へ行く』(監督/フランク・キャプラ)という作品がある。
選挙によって議員となった青年スミスがダム建設に絡んだ不正を知り、それを告発しようとするものの逆に議会で除名のピンチに立たされてしまう。
そこで一発逆転を狙い、フィリバスターを実行して大演説をぶつ──という物語だ。

 もちろん、こうした映画が“民主主義のあるべき姿”“正義のかたち”として支持されているだけでなく、実際にアメリカ議会では1957年にストロム・サーモンド議員が24時間18分にもわたって演説を行い、上院の最長記録として残っているし、「安倍首相と政治手法がそっくり」と評判のジョージ・W・ブッシュ前大統領が独裁的な政治を進めていたときも、フィリバスターによって阻止してきた部分がある。

 数の論理ですべてを決定するのではなく、少数意見にも耳を傾け、合意の道を探る……。
そのひとつの方法が、議事妨害にある。
いま、日本で行われているのは、いくら国民がおかしいと言っても安倍首相が「私は総理大臣なんですから」の一言で押し通そうとする、権力を笠に着た思い上がりの政治だ。
これに抵抗するには、最後まで愚直に抗うこと。
それしかない。
 だから、野党の議員たちよ。
あらゆる手を尽くし、やれることは全部やるのだ。
そしてメディアのバッシングを恐れず、牛歩を実行しろ。
ピケもやれ。
大いにやれ。
それはあなたたちがいまやれる、唯一の仕事だ。

 前述した『スミス都へ行く』では、マスコミは有力議員の言いなりになってスミス議員を猛バッシングするが、そんな逆境のなかでもスミスは23時間ものフィリバスターに挑む。声が枯れ、ボロボロになり、その上、偽物の抗議文書を大量に突きつけられるスミス。
それでも、彼は議会の真ん中でこう声を上げる。
「あきらめません。これしきの事で。
僕はここに立って闘い続けてみせる。
嘘の山に囲まれても!」

 もうすでに「結局、何やっても可決されるんだし」というような諦めモードの議員もいるだろう。
だが、市民は諦めていない。
地方公聴会の会場となった新横浜では、強行採決に反対する人たちがシットインで抵抗した。
警官に蹴られても引き倒されても、反対の意志をしっかり表現するために、この政治に対して懸命に抗った。
次は、あなたたちの番だ。

 わたしたちは見ている。
どこまでやるのか、本気で止めたいと思っているのか、野党の態度をしっかり見ている。そのことを忘れないでほしい。
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加計学園問題と改憲宣言で追い込まれた政権の自滅への道

永田町の裏を読む
加計学園問題と改憲宣言で
追い込まれた政権の自滅への道
2017年6月8日 日刊ゲンダイ

高野孟ジャーナリスト

 どうも安倍政治が悪い方へ悪い方へと傾いているように思うのだが、と自民党のベテラン秘書に問うと、ズバリ「その通り」という答えが返ってきた。


「森友学園もさることながら、加計学園の方が深刻だ。
前川喜平前文科事務次官の反乱を抑え込もうとして、出会い系クラブ通いをするような卑しい人間なんだという人格攻撃を仕掛けた菅義偉官房長官の小細工が過ぎて、かえって傷口を広げ大失敗。
また安倍晋三首相も、加計学園問題から目をそらせようとしたのか、2020年9条改憲宣言をしたが、これも拙速粗暴に過ぎる。
追い込まれて、焦ってジタバタしてオウンゴールを繰り返すという悪いパターンに入ってきた」と嘆く。

 実際、JNNの6月初旬の世論調査でも、加計学園問題では、政府側説明に「納得できない」が72%、前川前次官や総理秘書官らを「国会に呼んで話を聞くべき」は70%に達する。
7割というのは厚過ぎる世論の壁で、蹴散らして進もうとすれば必ず傷を負う。

 改憲宣言も、一見するとなかなか巧妙に組み立てられていて、9条1項・2項はそのままにして第3項を「加憲」するという形で、護憲派を動揺させ民進党内の保守派を誘い出す一方、公明党を引きつける。
他方、大学授業料無償化を掲げることで維新の会に手綱をかける。
「しかし」とベテラン秘書が言う

あまりに軽々しい。自民党が“党是”として掲げてきた改憲って、こんな話だったっけ? と驚いた党員が多い。
党がまとめた改憲草案と整合しないことも戸惑いの要因。

何よりもまずいと思うのは、党憲法改正推進本部で長年苦労し、衆参両院の憲法審査会を通じて民進党はじめ野党との合意を丁寧に積み重ねることに腐心してきた、保岡興治本部長、船田元同代行、中谷元同代理など我が党の“憲法族”主流を脇に押しのけるような人事をして、首相側近の下村博文を本部長補佐、西村康稔を事務局長補佐、佐藤正久事務局次長などを押し込んだことだ。
『野党との合意などまだるっこしいことを言っていては進まない』という安倍の前のめり姿勢の表れだ」
 この調子でいくと、年内にも自民党として安倍宣言に沿った案をまとめ、来年前半には発議して国民投票を実施するということで突き進むのだろうが、両院の憲法審査会で自民党案を“強行採決”するということができるのかどうか。
安倍も菅も近頃、目が血走っているようで気味悪い。
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2017年06月08日

加計学園問題 自民党に自浄能力はない こんな自民党でいいんですか?

加計学園問題 
自民党に自浄能力はない 
こんな自民党でいいんですか?
擁護する経団連榊原会長、読売新聞
猪野 亨(弁護士) 2017年06月07日 10:24

衆議院292人、参議院114人、計406人が自民党会派に所属する議員数です。
 議長の分が抜けていたり、無所属が含まれたりもしますが、これがおおよそ自民党所属の国会議員数です。
 今、森友学園問題に続いて、加計学園問題が安倍氏が文科省に圧力を掛けていたという疑いが濃厚な中で、というよりも誰もが、「真っ黒」と思う中で、安倍自民党政権は、とにかく、この問題については、「無視」するという姿勢を鮮明にしています。

 文科省幹部が作成したとされる文書について
「確認できない。」
 前事務次官である前川喜平氏が本物と証言すると、前川氏への誹謗中傷攻撃。
 NHKが文科省幹部で共有していたと報じられたことについても「再調査の必要はない」
 文科省幹部の10人の間でのメールのやり取りについて、文科省に在籍していることは認めながら、やはり「再調査の必要はない」
 松野博一文科相にいたっては「職員が実名で告発するなど、出所が明らかにならない限り、調査をしない」
「「加計」メール 告発、実名で顔出せば「対応検討」 文科相が言及」(東京新聞2017年6月6日)

「メールは民進党が入手し二日に写しを公表。
また、NHKの取材に対し、現役の職員を名乗る男性が文書がメールで共有されたことなどを、匿名で顔を出さずに証言している。
会見で、松野氏は「報道があったことは承知しているが、実際にそれが文部科学省の職員から発言があったかどうかについて確認することができないので、それを前提にした質問に答えることは差し控えたい」とした。
記者が、「(職員が)実名で顔も出して告発すれば検討するのか」とただすと、「こういったところから出て、ということが明らかになれば、調査に関して対応をしっかり検討する」と話した。」
 実名で内部告発しないと応じないというのは、実名で「言えるものなら言ってみろ」という脅しです。
 朝日新聞が現役の文科省幹部に対する取材で文書が複数の幹部で共有されていたと証言したと報じています。

「文科省対応「おかしい」加計文書、共有証言の現役職員」(朝日新聞2017年6月7日)
「取材に応じた現役職員は「自分が見た文書、メールと同じで共有されていたものだ」と認めた。
文科省の調査結果には「自分は(文書の存在を)知っていたから、大丈夫なのだろうかと思った」と疑問を呈し、「安倍政権の方針に反対ではないが、今回の政府の対応はおかしいと思っている」とも述べた。」

 このような状況になっても、安倍政権は、「無視」するのでしょう。
 というよりも事実確認のための調査をするまでもなく真実だということは安倍氏自身が認識していることです。
 真実だからこそ調査をしない、すべて安倍氏の意向を忖度しているからだというのは、常識的な感覚があればわかることです。
 一番の問題は、自民党内で疑問を呈する声がほとんど聞こえて来ないことです。
 400人以上もいる国会議員の中で、批判の声を出しているのは、せいぜい石破茂氏と村上誠一郎氏くらいなもので、自民党内では全く批判の声が聞こえて来ないということがこの問題の深刻さがあります。
 安倍氏に対しては、ものを言えない、これが自民党です。
 安倍氏のこの発言は、党内、官僚を黙らせる象徴でもあります。

「安倍首相、前川前次官を批判=「なぜ反対しなかったか」」(時事通信2017年6月1日)
「首相は「私の意向かどうかは、確かめようと思えば確かめられる。次官であれば『どうなんですか』と大臣と一緒に私のところに来ればいい」と述べ、当時の対応を疑問視。前川氏が「行政がゆがめられた」と主張していることに対しては、「なんでそこで反対しなかったか、不思議でしようがない」と不満をあらわにした。」

 「文句があるなら来いや」と脅しているようなものなのですが、自民党議員も官僚もこれで黙りです。
以前からですが、安倍氏は、自分に反抗する者の存在を許しません。
「安倍氏って陰湿なんですね、総裁選の裏側 刃向かう者は「粛正」だ!」  
 400人もいる自民党国会議員は、すべて安倍氏に何もいえない存在でしかありません。
 本来なら、自民党総裁の首をすげ替えて自浄能力を発揮しなければならないはずです。
それができないのであれば、自民党議員みな同罪です。
 要は、自民党総裁の地位も延長される、そうなると次期選挙はどうしても安倍総裁のもとで選挙が行われる、安倍氏を批判したら公認がもらえない、黙っていようという姿でしかなく、議員としての資質にも欠くものです。
  背景には、安倍政権の支持率が下落したとはいえ50%前後の支持率があることがありますが、だからといって議員が黙りという姿勢は無責任です。

「加計学園、森友学園問題 
「確認できない」という逃げ惑う
安倍政権擁護する発想がわからない」
 ところで、財界も同レベルの発言をしています。
「加計問題審議「優先順位違う」 経団連会長」(朝日新聞2017年6月5日)
「経団連の榊原定征会長は5日の会見で、学校法人加計(かけ)学園の獣医学部新設問題をめぐる審議が国会で続いていることについて、「もっと審議して欲しい項目は山ほどある。優先順位からすると加計学園ではない」との考えを示した。」  あからさまな安倍政権擁護です。
 榊原会長は、安倍氏に直談判し、「自ら解明せよ、そうすれば野党からの追及を受けることもなく、国会審議で無駄なことはしなくて済むだろ。」くらい言えないものですか。
それとも、この安倍政権の真っ黒な部分が公になると、財界にとっても不都合なことでもあるのですか。
 それこそ榊原氏は、安倍氏と直談判できる立場にあります。
 にもかかわらず、このようなに野党を誹謗中傷するのは、財界も安倍政権とブラックな関係だということでしかありません。

 この安倍政権に加担する読売新聞もひどすぎますが、とにかく黒い集団が安倍氏を擁護しようというのですから、恐ろしい政治です。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする