2017年04月08日

復興相の発言 政府の本音が露呈か

復興相の発言 
政府の本音が露呈か
2017年4月7日 東京新聞「社説」

 原発事故は国策が招いたという自覚はどこにある。
今村雅弘復興相が避難指示区域外の自主避難者をめぐる対応について「裁判でも何でもやれば」と話した。
政権の本音が露呈したのではないか。
 被災者支援の要にある大臣として、その認識には疑問符がつく。

 今村復興相は福島第一原発事故後、国の避難指示区域外から避難した「自主避難者」について「本人の責任」「裁判でも何でもやればいい」と記者会見で述べた。
全国に避難した自主避難者への住宅無償提供が先月で打ち切られたことを受けた発言だったが、自主避難者もまた国の原発政策の被害者であることを忘れている。

 自主避難者の多くは、放射性物質が広域に降り注がれたにもかかわらず、国の避難指示が限定的だったことに不安を感じ、自ら避難を決めた人々だ。
福島県によると全国に二万数千人。
母子のみの避難世帯も多く、東京電力からの賠償も行政支援もまともに受けられず、困窮した人が少なくない。

 今村氏は「私の発言で皆さまにご迷惑をかけたことはおわびする」と国会で謝罪したが、発言を撤回したわけではない。
暴言が今村氏ひとりのものなのかという疑念も抱かせる。
大臣を任命した首相にも責任があるはずだが、撤回を促す様子はない。
避難者を愚弄(ぐろう)する誤った認識が政権に共有されているなら問題である。

 「裁判でも」と今村氏が言うのは避難者たちが国や東電を相手に争う損害賠償訴訟を指すのだろう。
全国で約三十件が提訴され、原告数は一万人を超える。
だが裁判を起こしても納得できる結果が得られないことはある。
三月の前橋地裁の判決も原発事故を招いた国の責任を全面的に認めたが、賠償が認められた原告は半数で金額も少ない。
裁判を負わせることをよしとする発言は、負担が重くてもなお提訴を選んだ人々を嘲笑するかのようだ。

 避難指示解除と帰還を進める政府は今春、浪江、川俣、飯舘、富岡計四町村で約一万二千世帯、約三万二千人の避難指示を解除した。
除染が進んだと安全を強調するが地元に戻る人は少数派。
戻りたくても戻れないと思う人が少なくない。
避難指示の解除後は「自身の判断で避難を選ぶ自主避難者」とみられるのだろう。
 だが、これも自己責任で片付けるなら責任放棄だ。
国が招いた原発事故の被害を矮小(わいしょう)化せず、多様な声を聴きながら被災者救済に力を注ぐべきだ。
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2017年04月07日

共謀罪で小林多喜二の悲劇が再び現実に

“現代の治安維持法”
共謀罪が審議入り!
権力批判しただけで逮捕虐殺された
小林多喜二の悲劇が再び現実に!
2017.04.06 LITERA編集部

 本日6日より、いよいよ、「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が衆院本会議で審議入りする。
 与党は問題だらけのこの法案を、一部ではわずか30時間程度で審議を終わらせ5月中の成立を目指しているとも報じられ、おそらく与党は今回もいつもの通りまともな議論もしないまま強行採決に踏み切るつもりなのだろう。
「テロ対策」などと言われると、「まあ、テロ対策は必要かも……」とだまされる人もいるかもしれないが、そんなものは建前に過ぎず、安倍政権が目論む本質は、「治安維持法の復活」でしかない。

「現代の治安維持法」とも評されるこの「共謀罪」法案は、国家権力が恣意的な解釈でいくらでも市民の自由を奪い去ることのできる可能性を孕んだ危険な法律だ。
 それがいかに恐ろしいものであるかを知るために、過去に治安維持法がもたらした恐怖を振り返ってみたい。

『蟹工船』で知られるプロレタリア文学の代表的な作家・小林多喜二は、治安維持法によって命を奪われた作家であることはよく知られている。
 彼は、治安維持法により逮捕された人間に対し特高警察が加えた暴行を告発した『一九二八年三月十五日』を「戦旗」に発表したことがきっかけで小説家として本格的に世に知られるようになった。
しかし、結果的には、この作品の描写が特高の怒りを買ったことで後に逮捕され、1933年2月20日、取り調べ中の拷問により29歳の若さでこの世を去ることになる。
 いまこの国はその恐怖の法律を復活させようとしている。
この状況を見過ごしていいのか。「共謀罪」の成立がどれだけ恐ろしいことか認識するためにも、本稿ではその『一九二八年三月十五日』をご紹介したい。

ちなみに、『一九二八年三月十五日』の初出原稿は大量の伏せ字と削除文を含んでいるため、本稿で引用するのは、それらをすべて復元させたうえ現在の仮名遣いに改めた2003年に岩波書店から刊行されたものに統一した。
 小林多喜二のデビュー作『一九二八年三月十五日』は、1928年3月15日に日本共産党関係者など1000人以上が治安維持法で一斉に検挙された「三・一五事件」について描かれた小説。
このなかでは、何の容疑なのかもまともに教えられぬまま強引に逮捕され、そして、逮捕した人々に対して苛烈な暴力が加えられている様子を生々しい筆致で描いている。

 小説はまず、日本共産党や労働農民党などに関わった人々が一斉検挙されるところから始まる。
そこで恐ろしいのは、逮捕されるにあたり、なぜ逮捕されるのかという理由が警察からいっさい告げられないというところだ。
 労働組合の事務所にサーベルを所持した警察官がどかどかと入り込み、事務所にいた人間を検挙していくシーンでは、「馬鹿野郎、理由を云え!」と言った人間に対し、「行けば分る」の一点張りで、なぜ引っ張られなければならないのかをまったく説明されない。
さらに、その状況に「人権蹂躙だ!」と主張した組合員はなんと殴りつけられてしまう。
警察による拡大解釈が可能な現在の「共謀罪」でも、これとまったく同じ状況が起きる可能性は十二分にある。

 ただ、このぐらいの理不尽さは『一九二八年三月十五日』においてはまだ序の口。
小説はここからさらに恐ろしい展開を見せる。
運動を根絶やしにするため、取り調べに協力しない人間に対して苛烈な暴力が加えられていくのだ。
その描写の数々はまるで拷問の見本市のようである。
〈渡は裸にされると、いきなりものもいわないで、後から竹刀でたたきつけられた。
力一杯になぐりつけるので、竹刀がビュ、ビュッとうなって、その度に先がしのり返った。
彼はウン、ウンと、身体の外面に力を出して、それに堪えた。
それが三十分も続いた時、彼は床の上へ、火にかざしたするめのようにひねくりかえっていた。最後の一撃(?)がウムと身体にこたえた。
彼は毒を食った犬のように手と足を硬直さして、空へのばした。
ブルブルっと、けいれんした。そして、次に彼は気を失っていた〉

 拷問は単純に殴る蹴るの暴行だけではない。
こんな危険な手段まで用いられる。
〈そのすぐ後で取調べられた鈴本の場合なども、同じ手だった。彼は或る意味でいえば、もっと危い拷問をうけた。
彼はなぐられも、蹴られもしなかったが、ただ八回も(八回も!)続け様に窒息させられた事だった。
初めから終りまで警察医が(!)彼の手首を握って、脈搏をしらべていた。
首を締められて気絶する。
すぐ息をふき返えさせ、一分も時間を置かずにまた窒息させ、息をふきかえさせ、また……。
それを八回続けた。
八回目には鈴本はすっかり酔払い切った人のように、フラ、フラになっていた。
彼は自分の頭があるのか、無いのかしびれ切って分らなかった〉

 警察医がついているとはいえ、こんな危険な拷問を加えるというのは、最悪、取り調べ中に相手が死亡したとしても、適当に隠ぺいすればそれで話は終わるというぐらいに認識していたということの裏返しでもあるのだろう。
また、『一九二八年三月十五日』には、さらに、こんな拷問器具が用いられる描写まで登場する。
〈取調室の天井を渡っている梁に滑車がついていて、それの両方にロープが下がっていた。
竜吉はその一端に両足を結びつけられると、逆さに吊し上げられた。
それから「どうつき」のように床に頭をどしんどしんと打ちつけた。
そのたびに堰口を破った滝のように、血が頭一杯にあふれるほど下がった。
彼の頭、顔は文字通り火の玉になった。
眼は真赤にふくれ上がって、飛び出した。
「助けてくれ!」彼が叫んだ。
 それが終ると、熱湯に手をつッこませた〉

 こんな拷問を一度でも加えられれば、二度目以降は取り調べの声がかかっただけでもう気が狂いそうになることは容易に想像できる。
実際、そうなってしまった人もいる。
〈演武場では、斎藤が拷問されたので気が狂いかけている、といっていた。
それは、斎藤が取調べられて「お定まり」の拷問が始まろうとしたとき、突然「ワッ!!」と立ち上ると、彼は室の中を手と足と胴を一杯に振って、「ワアーー、ワアーー、ワアーーッ!!」と大声で叫びながら走り出した。
巡査らは始め気をとられて、棒杭のようにつッ立っていた。
皆は変な不気味を感じた。
拷問、それが頭に来た瞬間、カアッとのぼせたのだ、気が狂ったのだ、──そう思うと、誰も手を出せなかった〉

 活字を通して読むだけでも気が滅入ってくるような描写の数々だが、さらに恐ろしいのは、このような現状について、メディアを通して伝えることが許されないということだ
 前述の通り、『一九二八年三月十五日』が「戦旗」に掲載される際は、検閲にかかりそうなところは事前に伏せ字にしたり、削除したりしていたのにも関わらず、当局は「戦旗」を発売禁止にした。
また、その後、単行本とした発行された際にも発売禁止の処分を受けている。
 ここで出てくる登場人物たちはおおよそ実在のモデルがおり、当時、小林多喜二が暮らしていた小樽で実際に見聞きしたものが創作の動機となった。

「処女作の頃を想う」という文章のなかで彼はこのように綴っている。
〈雪に埋もれた人口十五万に満たない北の国の小さい街から、二百人近くの労働者、学生、組合員が警察にくくり込まれる。
この街にとっても、それはまた只事ではなかった。
 しかも、警察の中でそれら同志に加えられている半植民地的な拷問が、いかに残忍きわまるものであるか、その事細かな一つ一つを私は煮えくりかえる憎悪をもって知ることが出来た。
私はその時何かの顕示を受けたように、一つの義務を感じた。
この事こそ書かなければならない。
書いて、彼奴等の前にたたきつけ、あらゆる大衆を憤激にかり立てなければならないと思った〉  

特高警察の拷問がいかに残忍なものか、それを書いて大衆に伝えなければならない。
その義憤が作家・小林多喜二を生んだのだが、同時にそれが原因で彼は若くして命を奪われることになる。
権力を批判する小説を書いただけで逮捕され、拷問の果てに虐殺されたのだ。
恐ろしい話である。
 ちなみに、小林多喜二が亡くなった後、警察はその死因を心臓麻痺と発表したが、その死体は拷問の果てに全身が腫れ上がっており、特に下半身は真っ黒に変色していたと伝えられている。警察発表が嘘なのは誰の目にも明らかだった。
しかし、どの病院も特高警察に目をつけられるのを嫌がって解剖を拒否している。
『一九二八年三月十五日』には、小林多喜二の最期を予見させるようなこんな一文も含まれていた。
〈竜吉は警察で非道い拷問をされた結果「殺された」幾人もの同士を知っていた。
直接には自分の周囲に、それから新聞や雑誌で。
それらが惨めな死体になって引渡されるとき、警察では、その男が「自殺」したとか、きまってそういった。
「そんなはず」の絶対にない事が分っていても、しかしそれでは何処へ訴えてよかったか?
──裁判所? だが、外見はどうあろうと、それだって警察とすっかりグルになってるではないか。
警察の内では何をされても、だからどうにも出来なかった

 繰り返すが、これは20世紀初頭に起こった過去の出来事であると看過していい問題ではない。これと同じことが、いま現在この国で繰り返されようとしているのだ。


 17年4月5日の朝日新聞で、治安維持法や特高警察について研究している荻野富士夫・小樽商科大特任教授は「共謀罪」についてこのように警鐘を鳴らしている。
組織的犯罪集団の認定や正当団体の犯罪集団への移行は、いずれも警察側が判断し、拡大解釈の危険性が大いに残る。
恣意的な運用ができた『目的遂行罪』を武器に、特高警察が治安維持法の適用を際限なく広げていった過去を想起すべきだ

 一度「共謀罪」が成立してしまえば、それを恣意的に運用する権力に対し、市民は抗う術をもたない。
それは歴史が証明する通りである。
同じ過ちを繰り返さぬためにも、「共謀罪」には「反対」の声をあげ続けていく必要がある。
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2017年04月06日

自主避難者に「自己責任」とは何事、復興相辞任を

自主避難者「自己責任」とは何事
復興相辞任を
2017年4月6日(木) しんぶん赤旗

 東京電力福島第1原発事故の自主避難者への住宅の無償提供の打ち切りをめぐり、「本人の責任」「裁判でも何でもやればいい」などと国の責任を放棄する発言をした今村雅弘復興相の辞任を求め、東京都千代田区の復興庁前で5日夕、緊急の抗議行動が取り組まれました。

 今村氏は4日の会見で、帰還できない人は「自己責任か」と質問した記者に、「基本的にはそうだと思う」と答えていました。
さらに質問した記者に、今村氏は「出て行きなさい」
「うるさい」と質問を打ち切って退室しました。

 行動は、有志がインターネットなどを通じ呼びかけました。
リレートークでは、「原発事故は、国と東電が引き起こした人災。
『自己責任』は、加害者が言うことではない
「任命した安倍首相の責任も大きい」などの訴えが続きました。

 避難者の支援活動をしている西東京市の男性(66)は、
自主避難と言っても、放射線が子どもに与える影響を心配して避難せざるを得ない人たち。
住宅支援を打ち切った上に、事故がなかったかのように言うのは許されない」と語りました。

 今村氏は3月のテレビ番組でも、避難指示区域外からの避難者に対し「ふるさとを捨てるというのは簡単」だと述べ、支援の打ち切り・縮小を進める安倍政権の冷たい姿勢をあらわにしています。
posted by 小だぬき at 14:47| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

渡辺えり『バイキング』降板はなぜ? ネトウヨ化する番組で戦争反対を貫き弱者に寄り添う貴重なリベラル論客だ

渡辺えり『バイキング』降板はなぜ?
ネトウヨ化する番組で戦争反対を貫き
弱者に寄り添う貴重リベラル論客だったのに
2017.04.05 LITERA編集部

 先日、渡辺えりが3月いっぱいをもって『バイキング』(フジテレビ)の金曜レギュラーを卒業した。
 生討論スタイルを取り入れてから視聴率の好調が伝えられる同番組だが、そこでは安倍極右政権や前近代的な芸能界の既得権益を擁護し、大勢から外れた少数派や弱者を説教する、というネトウヨ芸人・小籔千豊に代表されるようなマッチョな保守オヤジ的発言が幅を利かせている。
そんななかで、愚鈍なまでに一貫してリベラルな主張を展開してきたのが、女優であり劇作家である渡辺えりで、その存在は貴重なものだった。

 たとえば、2015年の安保法制に関する発言は大きな話題となった。
この問題について国民的な議論が巻き起こっているのにも関わらず、それに対して「反対」の意見を言ってはならない空気がメディア上を支配していた時期に、MCの坂上忍は「(安保法案は)ぼく、大反対なんですね」と発言。
その言動にスタジオ中が凍り付くなか、渡辺えりだけは坂上の発言を受けて毅然と安保反対の意見を述べたのだ。。
「わたしもそう思いますよ
武力には武力でやったら、ずーっと続くわけですから。
それを止める勇気。
ほんとに大変だけれども、止める勇気をもたなくてはいけないとわたしは思いますね」

 彼女が「戦争反対」を表明したのは、このときがはじめてのことではない。
2003年、アメリカがイラク戦争を起こし、それに対して日本が「支持」を示したときには、いくつも直接的な行動を起こし、その戦争について反対の意思を鮮明に打ち出していた。
 そのうちのひとつが、反戦リーディング。
これは、演劇人として、表現を通じリアルタイムで現在の状況に対する意見表明をできないかと考えたもので、台本は戦況に合わせて刻一刻と変化していくものだった。
 演劇の性格上、長い準備期間もとれず、また参加者もボランティアで集められたものだったが、「反戦」の思いのもとに集まった演劇人たちの表現は、だんだんと話題を集めるようになっていく。

 しかし、彼女の行動はこれだけにはおさまらない。
ついには、アメリカ大使館および首相官邸に直接連絡するにまでいたる。
そのときのことを「論座」(朝日新聞出版)03年6月号では、このように振り返っている。
「アメリカ大使館に電話をして、「初めにどこを攻撃するのか教えてください。
そこの子供たちを避難させられませんか?」と聞いたのだ。
馬鹿な電話だが、その時は真剣だった。
「わかりません」当然の答えが返ってきた。
「じゃあ、ブッシュに子供たちを避難させるように頼んで下さい」と言ったら「自分で大統領に言って下さい」と言うのである。
ホワイトハウスのファックス番号を聞き、英語のできる知り合いに翻訳して貰って、すぐにファックスを送った。

 小泉首相にもファックスした。
うちの二十畳の稽古場に二十人のイラクの子供を避難させたい、と。
寄付を募ってジャンボジェット機をチャーターし往復すれば連れてこられるのじゃないかと本気で思ったのである」
 自分でも「馬鹿な電話だが」と振り返っている通り、確かに破天荒とも見なされかねない電話である。
この一連の行動のなかで知り合った識者から、現在のイラクで国外逃亡をしようとすると殺される可能性もあり、そのような行動は逆効果であることを知るのだが、途方に暮れた彼女に対してある記者が言った「渡辺さんは自分の知名度を生かして、デモに行ったり、反戦活動をしたり、目立つことをやれば良いんですよ。
そうすれば、もしかしたら、賛同者がいっぱいになって、止められるかも知れませんよ」(前掲「論座」)という言葉が、挫折しかけた渡辺の心に火をつける。

 その結果、次はどんな行動をとったのか?
 「創」(創出版)03年5月号ではこのように語っている。
「実は今朝(3月19日)、首相官邸に行って来たんですよ。
アポをとる時間がなかったので、首相に直接手渡すつもりで朝10時に、戦争反対、小泉内閣不支持という、斉藤憐さんが書いた緊急レポートを持っていったんです。
新聞によると首相は安倍官房副長官と会う予定になっていたので、車で通りかかった時に渡そうと思ったんですね。
でも官邸の護衛にあたってる人たちもいい人と難しい人がいるようで、「法律で決められている。これ以上入ったら逮捕せざるを得ない」と言われてしまいました。
それこそ武力行使だと言われましたね。

 その時に一瞬私は、むしろ逮捕されたほうがニュースになっていいかもしれないと思ったんですよ」
 この件に関しては、前掲「論座」でもこのように語っている。
「政治活動大嫌い。演劇は心を豊かにする遊び。
目立つことも大嫌い。
売名行為、絶対嫌。
こういう私が、記者の一言で変わったのだった。
ジャーナリストの緊急集会に参加したり、首相官邸にアポ無しで出掛けたのも、逮捕されれば記事になるかもしれないと思ったからだった。
自分の体を利用して何でもやれることはやりたいと心から思ったのだった」

 政治的発言をするだけでも敬遠される芸能界にあって、逮捕覚悟で官邸にアポなし訪問までしていたとは。
結局、逮捕されることはなく事なきを得たのだが、しかし、彼女がそこまでして戦争を止めようとするのはなぜか。
前掲「論座」ではこのように語っている。

「私には子供がいない。
だから、世界の子供を守る義務がある。
大人の仕事は子供を育てることである。
子供を大人にするのが、大人の役割である。
自分の子供を持たないものは、人が子供を育てる手助けをしなければならないと思っている」  だから、この世界のどこであろうと、弱い立場に置かれている子供たちを傷つける戦争には「反対」の声をあげずにはいられないのだ。

人間として至極真っ当な感覚だと思うのだが、いま現在のメディアではこのような考えをもつ文化人や芸能人がどんどん排斥される状況になっている。
 本サイトの対談連載で室井佑月は経済学者の金子勝に対し、メディア上からリベラルな語り手たちの立場が次々に奪われていく現状を、このように嘆いていた。
「発言する場所がなくなってきてる。
私も、いつか振り子が逆に振れるだろうと思って頑張ってるけど、でも長いよ。
本音を言える人がどんどんいなくなっていっちゃう。
目立ちたくないのに。私なんて、ただのおばさんだよ。
なんで怖い目に合わなきゃいけないの。
もっとみんなが声をあげてくれたらと思うよ」
「仲間が減ってくのも嫌。
しかも右の論客の人たちって楽しそうなんだよ。
テレビに出てても群れて、我が世の春みたいで、すごい楽しそう。
みんなで「先生のこの本、読みました!」なんて話しちゃってさ。
仕事なんか回し合っちゃってさ。
私は、どんどん仲間がいなくて寂しいのに。
奴らが羨ましくてしょうがない」

 そして、またひとり、渡辺えりというリベラルな語り手の発言の場が失われた。
渡辺の卒業理由や代わりの新レギュラーは発表されていないが、大勢迎合一色に染まったスタジオで、果敢に大真面目に、でも愛嬌をもって、ひとりリベラルな立場を貫き弱者に寄り添った発言をする彼女の存在は、本当に大事なものだった。
討論スタイルによる視聴率好転も手伝って、今後『バイキング』は裏の『ひるおび!』(TBS)のように政権PRに利用されたり、ますますネトウヨ番組化する可能性も高まっていくだろう。
渡辺の番組降板が残念でならない。
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2017年04月05日

「共謀罪」反対 広がる、国民を監視 自由脅かす 国民を監視 自由脅かす

「共謀罪」反対 
広がる 国民を監視 自由脅かす
2017年4月5日(水)しんぶん赤旗

政府・与党が6日にも審議入りさせ、今国会で成立を狙う「共謀罪」法案。
国民の思想・信条や言論・表現の自由を脅かす希代の悪法に、法律家団体など各界各層の反対の声と行動が急速に広がっています。

学 者  
「共謀罪」についての専門的な知識から同法案に強く反対しているのが、刑法学者です。
葛野尋之一橋大教授高山佳奈子京大教授ら7人の呼びかけ人が2月1日、「共謀罪」法案提出反対の声明を発表。
声明は、「テロ対策」とは関係のない国際条約の締結を口実とする法案提出の欺まん性や、歯止めのない捜査権限乱用の危険を告発しています。
同声明には、すでに160人を超える刑法学者が賛同しています。

 法学、政治学から自然科学まで幅広い分野の学者が結成し、安保法制=戦争法の廃止を主張する「立憲デモクラシーの会」も3月15日、「共謀罪法案に反対する声明」を発表しました。

法 曹 界
 法曹界でも反対の声や運動が広がっています。
 日本弁護士連合会(日弁連)によると、全国に52ある単位弁護士会のうち47会(3日現在)が共謀罪に反対する声明を出しています。
 各地の弁護士会では、共謀罪反対のパレード、街頭宣伝、出前講座、集会、シンポジウムなどを行っています。
日弁連は3月31日、「共謀罪」法案の国会上程に対する会長声明を発表。
「全国の弁護士会及び弁護士連合会とともに、市民に対して本法案の危険性を訴えかけ、廃案になるよう全力でとりくむ」と表明しています。
 社会文化法律センター自由法曹団青年法律家協会弁護士学者合同部会日本国際法律家協会日本民主法律家協会日本労働弁護団で「共謀罪法案に反対する法律家団体連絡会」を結成。
2月27日、「憲法違反の共謀罪創設に強く反対する共同声明」を発表しました。
同団体は市民とともに集会、宣伝、署名などを行っています。

市 民
 「共謀罪」に反対して市民が自主的に立ち上がっています。  
「未来のための公共」が毎週金曜日の夜に国会正門前で続けている抗議行動でも、「共謀罪」反対の声があがっています。
「共謀罪はいらない」「自由を守れ」のコールをはじめ、「共謀しているかどうかを判断するために、警察が怪しいと勝手に判断した団体や市民は、日常的に監視される」などのスピーチも。

国会前では、個人が呼びかける緊急抗議行動もおこなわれています。
 若い世代でつくる北海道のユニキタ(UNITE&FIGHT Hokkaido)は、「犯罪の疑いがあればその周辺の人たちまでもが監視対象になる。
メールやLINE、SNSものぞかれる。

そんな監視社会にNO!を」と札幌市内で緊急抗議を実施(3日)。
大阪市では市民有志がよびかけて「安倍政権の退陣を求める緊急行動」(3月31日)がおこなわれ、「共謀罪など許せない」の声があがりました。

言 論 界  
文学・文化にかかわる人々でつくる日本ペンクラブ(浅田次郎会長)は7日午後6時半から、イベント「共謀罪は私たちの表現を奪う」を東京都文京区の「文京シビックセンター小ホール」で開きます。
閣議決定に抗議し共謀罪とその先に来る監視社会に「NO」を宣言し、ひきつづきインターネットを通じ反対を発信します。
2月15日には、反対声明を発表しています。
 日本雑誌協会人権・言論特別委員会日本書籍出版協会出版の自由と責任に関する委員会は連名で3月21日、「内心の自由」「表現の自由」を脅かすとして反対声明を出しました。
 日本新聞労働組合連合(新聞労連)は2月23日に反対声明を、日本民間放送労働組合連合会(民放労連)は2月10日に法案の国会提出断念を求める声明、3月21日に閣議決定に抗議する声明を、日本出版労働組合連合会(出版労連)は、2月15日の臨時大会で「成立を断じてゆるしてはなりません」とする特別決議をあげました。
posted by 小だぬき at 11:39| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする