2025年07月09日

「2025年7月に大災難」を予言した人は8月以降どう振る舞うのか…史実が示す「予言者が背負うリスク」

「2025年7月に大災難」を予言した人は8月以降どう振る舞うのか…史実が示す「予言者が背負うリスク」
島田 裕巳(しまだ・ひろみ)宗教学者、作家
2025.7.8 Woman

不吉な予言はなぜ世の中に広がるのか。
宗教学者の島田裕巳さんは「予言が多くの人々に信じられてゆくのは、社会不安が広がっている時代においてである」という――。

なぜ予言を信じてしまうのか

人間というものは信じやすい動物である。
人から言われたことを、そのまま信じてしまうことがある。

典型的なのは健康法である。誰かから、「この健康法がいいよ」と言われると、なぜそうなのかを確かめないまま信じ、その健康法を実践したりする。

日本には、「言霊ことだま」という考え方があり、言葉それ自体に力があると考えられているが、言われたことをそのまま信じてしまう傾向があるのも、それが関係するかもしれない。

まして、そこに証拠が示されれば、それを強く信じるようになる。
今回、たつき諒りょうという女性の漫画家が描いた『私が見た未来 完全版』(飛鳥新社)を通して広がった予言などは、その典型である。
「本当の大災難は2025年7月に」(本書の帯の文章)起こるというのだ。

著者は夢で、2025年7月に、日本列島の南に位置するフィリピンとの中間あたりで水が盛り上がり、それによって太平洋周辺の国に大津波が押し寄せるという光景を見た。
津波は、東日本大震災の3倍はあり、その衝撃で、香港から台湾、そしてフィリピンまでが地続きになるというのである。

著者は、7月5日と日付を特定しているわけではない。
ただ、その夢の一つを2021年7月5日の午前4時18分に見ているため、一般にその大災難は7月5日のその時刻に起こると信じられるようになったのである。

日本への観光客が激減するほどの騒ぎ

ただ、そんなことを漫画に描いただけでは、誰も信じたりはしない。

ところが、著者は1999年7月に刊行した『私が見た未来』のオリジナル版(朝日ソノラマ刊)で、その表紙に「大災害は2011年3月」と描いている。
そこから、東日本大震災を予言したと見なされ、2025年7月5日に大津波が起こるという予言も信憑しんぴょう性を持つことになった。現在、書店で売られている『私が見た未来 完全版』は、2021年に飛鳥新社から刊行されたものである。

完全版は電子書籍をあわせて100万部の大ベストセラーになったという。
しかも、その中国語版を香港のインフルエンサーが紹介したことから、この話が広く伝わり、日本への観光客が激減したとまで言われている。
現実に大きな騒ぎになっているのである。

ただ、これは『私が見た未来』を読んだ読者が共通して感じることであろうが、先ず何より、果たして著者は東日本大震災を予言したと言えるのかどうかには疑問符がつく。

7月の「5日」とは限定されていない

『私が見た未来』には、著者が津波の夢を見る場面が描かれている。
ただ、主人公は半袖のTシャツを着ていて、その夢を見たのは1996年夏のこととされる。

ではなぜ、それが2011年3月の予言になるのか。
著者は、その年号を『私が見た未来』の単行本の締め切りの日に夢で見たとしている。
ただ、夢で見たのは年号だけで、それは大津波とはまったく関係していない。
ただ、とても重要な日だと考えたので、表紙に書き入れたというのである。

著者には、夢を見た日の何年後かに、それが現実になるという考え方がある。
夢を見た日付を覚えているのは、夢日記をつけているからで、本には日記の写真も掲載されている。

著者は7月とはしているものの、5日と限定しているわけではないので、7月中に大津波が起これば、予言は的中したことになる。
その点では、7月5日が格別重要だというわけではないが、世の中では、もっぱら7月5日がその日とされていた。
そして大災難は起きなかった。

『ノストラダムスの大予言』とオイル・ショックの関係

これまでの人類の歴史の中で、予言ということはくり返し行われてきた。

旧約聖書には多くの「預言者」が登場する。
日本のキリスト教会では、神の言葉を与かる預言者と、未来を予測する予言者は違うものだということを強調する。
ところが、英語では、どちらも「プロフェット」で違いはない。旧約聖書には予言者だらけなのである。

比較的最近、多くの人が信じた予言が、フランスの占星術師、ノストラダムスによる予言である。
ノストラダムスは、その著書の中に抽象的な予言詩を数多く載せているが、もっとも話題になったのが、1999年の7の月に世界が滅びるという予言だった。

ただ、ノストラダムス自身は、「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」と書いているだけで、世界が滅びるとは言っていない。
これを世界が滅亡する予言として解釈したのが、五島勉ごとうべんの『ノストラダムスの大予言 迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日』だった。
そうした解釈は、五島の著作以前からあった。

この予言が信じられたのは、『ノストラダムスの大予言』の刊行日が1973年11月25日だったからである。
中東の産油国が原油価格を70%も引き上げ、第一次オイル・ショックが起こったのが、その前月10月のことだった。

予言を信じたちびまる子ちゃん

もう50年以上前のことになるので、当時の雰囲気を覚えている人も少ないかもしれない。
石油とは必ずしも関係しないトイレット・ペーパーがスーパーの棚から消え、それがテレビで報道されることで、騒然とした社会状況が生まれた。

それまで原油価格は低く抑えられ、それが日本を含めた先進国の経済成長を可能にした。
だからこそ、原油が高騰したことで、深刻な危機が到来したと思われた。
実際、第一次オイル・ショック以降、日本経済は低成長の時代に入る。

当時の私の記憶として、NHKのテレビ番組までが、石油が来なくなることでいかに日本に深刻な影響を与えるかをかなり扇情的なトーンで扱っていた。

そうしたことが子どもたちにどれだけ大きな影響を与えたかは、ちびまる子ちゃんの第69話「まる子ノストラダムスの予言を気にする」の巻を見ればわかる。

1999年7月に世界が滅びるということを聞いたまる子は、自分は34歳で死ぬのだから、勉強しても無駄だと考え、ハマジにつられて明日のテストの準備もしないで遊んでいる。

ところが、お姉ちゃんから、もしも何もなかったらどうなるの、バカなまま生きるのと言われて、目が醒さめ、テストの勉強をする。
なんとか65点をとることができたが、ハマジは0点だった。そういう話である。

社会不安が予言を広げてゆく

作者のさくらももこは1965年の生まれで、73年には8歳だった。それより上の世代は、世界が滅びるなどという予言を真に受けなかったが、小学校世代にはかなり強い影響を与えた。
やがて、オウム真理教に入信していくのはその世代である。
オウムの信者たちは99年に世界が滅びると信じ、その4年前の95年に自分たちで世界の終わり、ハルマゲンドンを招き寄せようとしたのだった。

『ノストラダムスの大予言』が、第一次オイル・ショックの1973年ではなく、もっと別の時期に刊行されていたら、さほど大きな影響を与えなかったであろう。
社会不安が高まっていた時代であったからこそ、子どもたちはそれに強く影響された。
オウムだけではない。73年以降、終末論を説く「新新宗教」が台頭した。
予言が信じられるのは、社会不安が広がっている時代においてである。

今も、社会不安は広がっている。
ロシアのウクライナ侵攻以降、世界は戦争の時代にむかっているように見える。
トランプ大統領の再選の影響もある。
多くの人たちが不安を感じており、だからこそ、『私が見た未来』の予言が一定の信憑性をもってくるのである。

認知的不協和を解消しようとする予言者

だが、予言というものは当たらない。
1999年の7の月に、恐怖の大王は降ってこなかった。
その時代、『ノストラダムスの大予言』の著者は存命で、一旦は読者に謝罪している。
ところが、2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが起こると、2年ずれたが、それをもって予言が成就したと主張するようになった。

五島勉やたつき諒は宗教家というわけではないが、宗教教団の中には、終末予言を行い、それで信者を集めることが少なくない。
たとえば、日本の大本おおもとという教団は「大正十年立て替え説」を唱え、それで多くの信者を集めるが、予言は外れ、かえって弾圧を招くことになった。
その際、予言が的中しなかったことに失望して大本を辞めたのが、のちに生長せいちょうの家を起こす谷口雅春まさはるである。

予言が外れたとき、宗教教団がどういった行動に出るかについては、レオン・フェスティンガーらによる古典的な研究『予言がはずれるとき』(新装版は勁草書房)がある。

そこでは、「認知的不協和の理論」で説明がなされている。
予言をしたにもかかわらず、それが外れたという矛盾した状況に直面したとき、宗教教団は、なんとかその矛盾を解消しようとする。
たとえば、自分たちが熱心に祈ったから世の終わりを回避できたのだと主張するようになったりする。
それで認知的不協和の状態を解消しようとするのだ。

予言を的中させた宗教家・日蓮

果たして、2025年7月が過ぎたとき、再びこの理論の有効性が証明されることになるのだろうか。
終末予言の研究としては興味深いところである。

ただ、中には予言を的中させた宗教家もいる。その代表が鎌倉時代の日蓮である。

日蓮は、「法華経」でこそ正しい仏法が説かれているとし、そこから逸脱した法然の唱えた念仏宗を激しく批判した。
そうした信仰がはびこっていると、「薬師経」に予言された七つの難が起こるとし、すでにそのうちの五つは起こっていると説いた。
残りは、海外の勢力が攻めてくる難(他国侵逼難)と、日本の国の中で反乱が起こる難(自国叛逆難)である。

そう主張したとき、おそらく日蓮の念頭には蒙古もうこのことはなかったと思われるが、「蒙古襲来」によって、日蓮の予言は的中した。
しかも、佐渡への流罪を許されて戻ってきたとき、幕府の役人からいつ再び蒙古が攻めてくるのかと問われて、今年中と答え、それも的中させている。

予言者が背負うリスクとは

日蓮は、仏典に書かれていることはすべて真実だと考えていたので、蒙古襲来の予言が的中したのも当然と思っていたことだろうが、彼の進言を幕府が取り入れることはなかった。
そして、佐渡から帰還してからは、鎌倉から遠い甲斐国(今の山梨県)の身延みのぶの山中に実質的に幽閉されてしまったのである。

予言者は、予言が外れるリスクを負わなければならない。
よしんば予言が的中しても、かえってそれゆえに怖れられ、世の中には受け入れられないのだ。

注目され、また心配されるのは、7月が過ぎてからの『私が見た未来』の作者のふるまいである。
果たして、五島と同じように一旦は謝罪するものの、しばらくしてから何かの出来事をもって予言が成就したと主張するようになるのだろうか。

今のネット社会は急に牙きばをむくことがある。
作者は今ごろ、その牙が自分に向く新たな未来の夢を見ているのかもしれない。

島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家
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老後、孤立しないためには? ひとり暮らし高齢者が大切にすべきこと

老後、孤立しないためには? ひとり暮らし高齢者が大切にすべきこと
7/8(火) MONEY PLUS

日本では人口が減少している一方で、世帯数は増加しています。
総務省統計局の「令和2年国勢調査」によると、1995年には約4390万世帯だったのが、2020年には約5570万世帯にまで増えています。

「どういうこと?」と思われるかもしれませんが、これは1世帯あたりの人数が減り、1人または2人の世帯が増えたことが理由です。
たとえば、ひとり暮らしも1世帯としてカウントされるため、世帯数自体が増加します。
つまり、日本では家族の形が大きく変わりつつあるのです。

人口減少とともに、「家族」から「個人」へのシフトが進んでいて、未婚率も年々上昇しています。
特に注目すべきは「生涯未婚率」(50歳時の未婚率)です。「令和2年国勢調査」における50歳から54歳の未婚率を見てみると、男性は1990年の4.4%から、2020年には24.2%に達していて、4人に1人が生涯未婚です。
女性も同様に、1990年の4.1%から2020年には15.2%に上昇しています。

生涯未婚の場合、老後をひとりで過ごす可能性が非常に高くなります。
このような状況を考えると、ひとり暮らしの高齢者は今後さらに増えていくと予想されます。
では、ひとり暮らしの高齢者の生活は、どのようなものになるのでしょうか?

高齢のひとり暮らしは、決して他人事ではない

「自分は老後も夫婦で暮らすから大丈夫」「子どもがいるから安心」と思っている方も、油断は禁物です。
配偶者が先に亡くなれば、自然とひとり暮らしになります。

たとえ子どもがいても、長い老後の間に関係が疎遠になることもあります。
また、「子どもには迷惑をかけたくない」と考える方も多く、ひとりで過ごすケースも少なくありません。

「ひとり暮らしの高齢者」は特別な存在ではなく、誰にでも起こり得ることなのです。

日常生活で困ることが増える

高齢になってからのひとり暮らしが、どれほど困難に感じるかは人によって異なります。
しかし、年齢を重ねるにつれて、自分ひとりでは解決できないことが増えていくのは確かです。
いかに周囲の助けを得られるかが、とても重要になってきます。
ところが、ひとり暮らし高齢者が増えている今、支援の手が行き届きにくくなり、助けを得ること自体が難しくなってきています。

助けが必要になるのは要介護状態になった場合や、認知症を発症した場合だけではありません。
食料品の買い物が困難になる、ゴミ出しが負担になる、スマートフォンの操作がよくわからない、郵送される書類を読むのが難しいなど、日常のささいな困りごとが積み重なっていくのです。

こうした日常生活の質の低下に対して、周囲が「このままでは暮らしていけないのでは」と心配していても、本人は困っていないことも多いのです。
そのため、介護サービスの利用や、高齢者施設への入所など、必要な支援を本人が拒んでしまうこともあります。

将来に備える準備の必要性

ひとり暮らしの高齢者の場合、周りに心配してくれる人がいなかったり、たとえ心配されてもそれを受け入れなかったりすることがあります。
そうした状況では、行政や福祉などの交的なサポートも行き届きにくくなってしまいます。

かといって、自分で将来を見通して、心身機能が低下する前に、任意後見契約や死後事務契約、遺言書、エンディングノートなどの準備を整えている人は、まだまだ少数派です。
人は誰しも、いつかは必ず死を迎えます。
しかし、望んで孤独死を選ぶ人はいないはずです。
多くの人が、尊厳を持って人生の最期を迎えたいと願っているのではないでしょうか。

そのためにも、できるだけ将来を見越して準備を始めることが大切です。
必要な準備は人によって異なります。任意後見契約が必要な場合もあれば、死後事務契約や遺言書が必要な場合もあります。
少なくとも、エンディングノートだけでも、まとめておくとよいでしょう。
自分の考えをまとめるのによい手段です。

「頼れる人」がいることの大切さ

何よりも大切なのは、人とのつながりです。
言い換えれば、「ご近所付き合い」や「友人関係」が重要です。
とくに男性は、ご近所付き合いが苦手な方が多い傾向にあります。
国立社会保障・人口問題研究所の「生活と支え合いに関する調査(2022年)」によると、単独高齢男性世帯のうち「頼れる人がいない」と回答した人は23.1%、「人には頼らない」と答えた人は10.5%で、合計すると33.6%にもなります。

一方、単独高齢女性世帯では「頼れる人がいない」と回答したのは7.2%、「人には頼らない」と答えた人は8.3%で、合計は15.5%にとどまります。
つまり、女性の方が頼れる人との関係を築けている傾向にあるのです。

長尾義弘(ファイナンシャルプランナー)
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2025年07月08日

参院選2025 物価高への対策 暮らしの不安拭えるのか

社説
参院選2025 物価高への対策 暮らしの不安拭えるのか
毎日新聞
2025/7/4 東京朝刊

 生活が苦しい人を支えるのは政治の役割である。
だが選挙目当てに大盤振る舞いを競うようでは、将来に重いツケを残しかねない。

 参院選が公示された。大きな争点となっているのは物価高対策だ。
与党は総額3兆円超という現金給付、野党は少なくとも5兆円に上る消費税減税を打ち出した。
「給付か減税か」というアピール合戦の様相を呈している。

 食品などの相次ぐ値上げに歯止めがかかっていないのは確かだ。
しかし目先の支援を訴えるだけでは、国民の不安は拭い去れない。

ツケ残す大盤振る舞い

 東京都豊島区の福祉施設で6月下旬、地元のNPO法人が開いた「子ども食堂」には、午後5時の開始前から親子が集まった。60人分用意された無料のカレーライスは1時間余りでなくなった。

 小学生と幼稚園児の子ども2人を連れた30代の女性は「食費がかさむので助かる」と語った。
事務のパートで働く自分と会社員の夫の賃金は上がり始めたが、物価上昇には追いつかない。
服の購入を控えるなど節約に努めている。

ただ、現金給付や減税については複雑な表情を浮かべた。
「家計の足しにはなるが、暮らしがこの先どうなるか分からない」と打ち明けた。
「国の借金が増え、そのうち私たちの首を絞めてしまうのかもしれない。大丈夫なのかな」と将来を案じた。

 物価高の打撃は所得が低くなるほど大きい。こうした人たちを重点的に支援するのが筋だ。

 だが自民、公明両党が掲げた1人2万円以上の現金給付は全国民が対象だ。
野党は消費税減税を公約するが、消費額が多い高所得者ほど恩恵が大きくなる。バラマキというほかない。

 財源もあいまいだ。与野党の多くは、増加している税収などを活用する考えを示し、「新たな借金はしない」と主張している。

しかし税収が伸びても、国全体の予算を賄えず、借金頼みに変わりはない。
政府は今年度も30兆円近い国債を発行している。借金の残高は1300兆円を超え、国内総生産(GDP)の2倍に上る。

 日銀の利上げで国債の金利が上昇しているのも懸念材料だ。
国の利払い費が増え続け、負担が雪ダルマ式に膨らむ恐れがある。

 今のうちに借金を極力減らす必要があるが、各党は返済に回すべき税収などを目先の人気取りの政策につぎ込もうとしている。

 財政が逼迫(ひっぱく)すれば、高齢化に伴う社会保障費の増大を支えきれなくなる。

 団塊の世代が全員75歳以上になり、医療・介護費は一段と増えると見込まれている。
サービスの維持が困難になりかねない。

 消費税は社会保障を支える主要な財源だ。いったん減税すると、元に戻すのは容易ではない。

 老後の生活への不安が高まれば、賃金を貯蓄に回す人が増える。
物価高で低調な消費がさらに振るわなくなり、経済が停滞する。

持続可能な展望示す時

 取り組むべきは、生活不安の根底にある構造的な問題の是正だ。

 戦後の経済成長を担った中間層が衰退し、格差が拡大した。
非正規雇用は全体の4割近くを占める。

 政府は「賃金と物価がともに上昇する好循環が回り始めている」と強調するが、働き手の約7割が勤める中小企業の賃上げは鈍い。

 政府はこれまでも国民向けの給付や減税を繰り返してきた。
低賃金の労働者に頼る構造を変えず、その場しのぎの対応に終始すれば効果は乏しい。

 慶応大の小林慶一郎教授は「格差是正と賃上げを両輪にして、中長期的な日本経済の底上げにつなげる政策が必要だ」と説く。

 高所得者に応分の税負担を求めて、得られた税収を低所得者に配分する仕組みを強化すべきだ。
財源をきちんと確保して、所得の再分配を進めれば、財政への懸念も和らぐ。

 中小企業などの生産性向上を後押しして、賃上げを促進することも欠かせない。
安心して暮らせる展望が持てるようになれば、消費が活性化し、日本経済が再生に向かう道筋も見えてくる。

 各党は、超高齢社会という現実を直視すべきだ。
そのうえで持続可能な社会の構築に向けたビジョンを示さなければならない。
posted by 小だぬき at 01:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする