2026年08月09日

医療費10割自己負担も… 期限切れでも使えた従来の健康保険証はついに終了 8月以降起こりうるマイナ保険証の“落とし穴” 注意すべき2つの有効期限

医療費10割自己負担も… 期限切れでも使えた従来の健康保険証はついに終了 8月以降起こりうるマイナ保険証の“落とし穴” 注意すべき2つの有効期限
8/8(土) CBCテレビ

ついに8月から、長年親しまれてきた従来の健康保険証が使用できなくなった。
医療機関などの窓口で、健康保険証を提示してもこれまでのようには受診できなかったり、3割負担などではなく、場合によっては10割負担の全額自己負担になったりはしていないだろうか。

「マイナ保険証一本化」

この言葉が新語、流行語大賞にノミネートされたのが2024年。この年の12月2日から、従来の健康保険証は新規では発行されなくなった。つまり、実質廃止されたのだ。

ところが、すんなり移行すると見られていた「マイナ保険証」へのバトンリレーは脆くも崩れ去り、政府の思惑通りにはいかなかった。

理由は、医療現場でのトラブルが主な原因だった。
全国の医師、歯科医師ら約10万人で構成される全国保険医団体連合会のアンケート調査では、実に7割の医療機関で「資格確認ができない」などのトラブルが相次ぎ、国会などでも「従来の健康保険証」を残すべきではないかと議論された。

■従来の健康保険証 なぜ7月末まで延長?

政府も、特に高齢者らはマイナ保険証へのスムーズな移行は難しいと見たのか、「資格確認書」という、従来の健康保険証と名称以外は全く同じ機能を持たせた紙の証明書を発行し、75歳以上の後期高齢者全員にも配布した。

これは、マイナ保険証を保有している、保有していないに拘らず75歳以上の全員に配布したため、「従来の健康保険証のままで良かったのでは?」との批判も相次いだ。
また、窓口で「従来の健康保険証」を提示する人もいたため、有効期限が切れていても、使用できる期間を延長し、この7月末まで使える暫定措置がとられていたのだ。

つまり、これまでは(1)マイナ保険証(2)資格確認書(3)従来の健康保険証の3つが使用できたのだが、8月からは(3)の健康保険証が使えなくなるため、(1)のマイナ保険証か(2)資格確認書での対応になる。

■マイナンバーカードの落とし穴 2つの有効期限

では、マイナ保険証はどれだけ浸透しているのだろうか?

まず、マイナンバーカードを保有している人は1億人を突破し、1億386万人と国民の8割以上にまで増えた。
マイナ保険証の利用登録は9487万人で、利用率は7割弱と徐々に増加していて、少しずつ移行しているようにも見える。

しかし、そのマイナ保険証も場合によっては使用できないこともある。

このマイナンバーカードには2つの有効期限があることを再確認したい。
カード自体の有効期限は10年、このカードの中にある電子証明書の機能の有効期限は5年と異なるのだ。

■今年 電子証明書の有効期限が切れる人は約1500万人

電子証明書だけ、なぜ5年ごとなのか?実は、セキュリティ上の安全性を維持するためなのだが、これがないとコンビニで証明書を発行することも、行政手続きでオンライン申請することなどもできなくなってしまう。
そして、何よりマイナ保険証としても使えなくなるのだ。

従来の健康保険証が使えなくなったからではなく、電子証明書の有効期限が切れたから、医療機関の窓口で10割負担になる可能性もあるのだ。

ちなみに、今年2026年に電子証明書の有効期限を迎える人は約1500万人、来年は約2100万人にも上るため注意が必要だ。マイナナンバーカードには、電子証明書の有効期限が氏名、住所、生年月日の下に明記されているので、一度確認してほしい。

■高速道路のETCカードは2001年スタート 25年立っても“二刀流”

本人の同意があれば、過去の診療情報など医療機関をまたいで共有できるため、医療の質が向上したり、救急現場での適切な応急処置に活用できたりとメリットもあると言われるマイナ保険証、より使い勝手が良くなるように、利用する国民、医療現場の声をしっかりと聞いてほしい。ただ、あまりにも拙速ではないだろうか。

今や9割以上の利用率を誇る高速道路のETCカード、スタートは2001年だった。しかし、20年以上経過してもETCレーン以外に一般レーンを設けている。そう、ETCカードへの移行も、未だに二刀流なのだ。

ただ、ETCの利便性を感じた国民が利用率を徐々に押し上げてきた。
その時と同じように、国民の理解を得るためには、利便性の向上と浸透するまでの時間が必要と言える。
しかも、そもそも、マイナンバーカード自体は、義務ではなく、あくまでも任意であることを忘れてはいけない。

【CBCテレビ論説室長 大石邦彦】
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2026年08月08日

9割が人生を後悔して死ぬ事実 大愚和尚が考える「何度でも挑戦できる」失敗を恐れない生き方

9割が人生を後悔して死ぬ事実 大愚和尚が考える「何度でも挑戦できる」失敗を恐れない生き方
8/7(金) AERA DIGITAL

大愚元勝(たいぐげんしょう)。佛心宗大叢山福厳寺住職。YouTubeのお悩み相談チャンネル「大愚和尚の一問一答」は登録者76万人を超える

 一度の選択ミスが、人生のすべてを決めてしまうように感じていませんか。
「一度ババを引いたらおしまいだ」という恐怖は、私たちを臆病にさせます。
しかし、本当にやり直しが効かないのは、人生でたった一度だけです。
大愚元勝和尚の著書『今こそ、あきらめ』(朝日新聞出版)から抜粋して、生きている限り何度でも挑戦できるという希望と、失敗を恐れない生き方について解説します。

*  *  *
■やり直しができないのは死ぬときだけ

 選択を間違えることは私たちの人生につきものでしょう。
ただ、「一度ババを引いてしまったら、二度とやり直しはできない」と恐る恐るしか前に進めない人もいます。

 私たちは生きている間、あらゆる事柄について選択しています。
引いてしまったものをババにするかババにしないかは、自分しだいです。
たとえそれが結果として選択ミスだったとしても、「いい経験だった」と思えれば悔やんだりすることはないし、その後の人生に活かされれば、決してババではありません。

 そして選択したあとで「しまったな」と後悔したときには、自分しだいで何度でも、また別の選択をしてチャレンジできます。
当たり前のことですが、死んでしまったらそういうチャレンジはできません。

 私はお葬式を「人生の卒業式」と呼んでいます。
ほんとうに人生をやり直しできない、後戻りできないから卒業式です。
緩和医療の医師・大津秀一(おおつしゅういち)さんは『死ぬときに後悔すること25』(致知出版社)という本の中で、9割の人が人生に対して後悔を持って死んでいくと書いています。
行きたいところに行かなかった、好きな人に告白しなかった、神仏の教えを聞こうとしなかったというふうに、大半の人が自分の死を前にして何らかの後悔を口にするそうです。

 つまり後戻りできない、やり直しできないのは死ぬときだけということです。
生きている間は何度ババを引いても大丈夫なのです。

■若いうちは「どれだけババを引けるか」

 生まれてこのかた一度も選択ミスをしたことがない人はいません。
何かに成功した人は必ず途中で失敗を繰り返しています。
誰もがそうやって自分の成功パターンをだんだん身に付けていくのです。
ですからババを恐れる必要はありません。

 むしろ若いうちは「どれだけババを引けるかチャレンジ」をしてもいいくらいです。

 人生は、小さくババを引きながら、小さな下手を繰り返しながら、だんだん巧みになっていく歩みともいえます。
つまり、自分がババにならないように死を迎えるそのときまで成長しようとする営みが人生です。

 いたずらにババを引くことを恐れて、人生を終えていくなんて、あまりに残念だと思いませんか。

(構成/高橋和彦)
*書籍『今こそ、あきらめ』より

大愚元勝(たいぐげんしょう)
佛心宗大叢山福厳寺住職。慈光グループ会長。僧
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2026年08月07日

なぜ日本人は「休むのが怖い」のか? 仕事を失うと“何者でもなくなる”と感じる切実な心理

なぜ日本人は「休むのが怖い」のか? 仕事を失うと“何者でもなくなる”と感じる切実な心理
8/7(金) ダイヤモンド・オンライン

 働きすぎは苦しい。それでも、仕事をセーブすることには不安を感じる。
「仕事ばかりの人生は何か違う」と思いながら、仕事を手放したら、自分には何も残らないような気もする。
私たちはなぜ、仕事と自分を切り離すことができないのでしょうか。

日本で17年間、新聞記者として働いた後、39歳でデンマークに移住した井上陽子さんは、「働き方は、アイデンティティに深く根ざした問題」だと話します。
デンマークに根付く、仕事でも休息でもない「第3の時間」を大切にする価値観について話を聞きました。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

● 働きすぎは苦しいのに、仕事をセーブするのは怖い

 ――長時間労働に違和感があっても、仕事をセーブすることに対して、不安や罪悪感を覚える人は少なくありません。井上さんにも、そうした感覚はありましたか。

 井上陽子(以下、井上):
ありました。私は39歳でデンマークに移住するまで、17年間、日本で新聞記者として働いてきました。仕事が好きでしたし、20代、30代は仕事を最優先にして走り続けてきました。

 日本で働いていた頃は、深夜まで働いたり、泊まり勤務をしたりするのが当たり前でした。
平日に家で夕食を作って食べた記憶は、ほとんどありません。
夜、早めに帰宅した日は、かえって居心地の悪さを感じるほどでした。
長時間がむしゃらに働けることを、自分の強みだと思っていたのです。

 ところが、デンマークでは、午後4時前後に仕事を終えるのが珍しくありません。
企業の管理職や官僚、外科医など、日本では多忙とされる職業の人たちも、午後3時半から4時台には子どもを保育園に迎えに行きます。

 私が金曜日の午後6時すぎまで仕事をして帰宅したとき、デンマーク人の知人から「金曜日に夜6時まで仕事って、何か緊急事態だったの? リラックスできなくて気の毒だったね」なんて、哀れみの声をかけられたこともあります。

 ――日本なら、午後6時の帰宅はそれほど遅いとは思われません。

 井上:
そうなんです。だから当時は、「私の働き方を否定された」という気持ちになりました。
自分なりに一生懸命築いてきた生き方に対して、「そんなに働くなんて気の毒だ」と言われたように感じたのだと思います。

 頭では「働く時間は短い方がいい」と理解しても、長年身につけてきた働き方は簡単には変えられません。
なぜなら、働き方は単なる時間の使い方ではなく、「自分は何者なのか」というアイデンティティと深く結びついているからです。

● 仕事ばかりの人生には違和感があるのに、なぜ働くことをやめられないのか

 ――仕事ばかりの人生に違和感を抱いていても、そこから抜け出せないのはなぜでしょうか。

 井上:
仕事に、自分の価値を重ねてしまっているからではないでしょうか。

 「ワーキズム(仕事主義)」という言葉があります。
仕事に収入だけでなく、自己実現や精神的な充実も求め、仕事を自分のアイデンティティそのものとして捉える考え方です。

 私自身、デンマークに暮らし始めて、自分がかなりワーキズム的な生き方をしていたことに気づきました。
自分の時間やエネルギーを「仕事をする自分」に過剰に投じる一方で、親としての自分、パートナーとしての自分、友人としての自分を軽く扱っていたのです。

 ――仕事が自分の中心になると、仕事を減らすことが、自分の価値を減らすことのように感じられてしまうのでしょうか。

 井上:
そうだと思います。仕事で成果を出せなかったら、自分の価値まで下がってしまう。
仕事を失ったら、自分は何者でもなくなってしまう。だから、毎日長時間働く生活に違和感があっても、手放すことができません。

 デンマークの大企業で幹部として働いていた友人に、仕事と自分の関係について話したとき、こう言われました。

 「もしもあなたが仕事とイコールだったら、仕事を失ったらどうなるの? 同僚が自分より優秀だったら? それだと、自分の価値が減るってこと?」

 「もしあなたがうまく書けなくなったら、世界に必要にされない、ってわけ? まさか。あなたの子どもも、夫も、あなたの友達も、あなたを必要としているんだから。あなたと仕事はイコールじゃない」

 とても強い言葉でした。仕事で評価される自分だけが、自分ではない。当たり前のことですが、当時の私には、そう考えるのが難しかったのです。

● 「休むのが怖い」のは、仕事以外の自分を失っているから

 ――デンマークの人たちは、なぜ仕事と自分を切り離して考えられるのでしょうか。

 井上:
仕事以外にも、さまざまな「自分」を持っているからだと思います。

 親としての自分、パートナーとしての自分、友人としての自分、地域の一員としての自分。
デンマークの人たちは、こうした仕事以外の自分も、仕事上の自分と同じくらい大切にしています。

 平日の夕方に保護者が集まり、学校のクラスについて話し合うこともあります。
父親も母親も参加し、子どもたちの関係をよくするために時間を使う。
地域の活動や個人的な活動に熱心な人も多く、仕事とは関係のない場所にも、自分の役割や人とのつながりがあります。

 一方、かつての私の生活は、「仕事」と「仕事から回復するための休息」の二つで成り立っていました。休日の過ごし方さえ、「仕事の妨げにならないか」が判断基準でした。

 でも、仕事と休息の往復だけを続けていると、「仕事以外の自分」を広げるための時間がなくなります。
その結果、ますます仕事が自分のすべてになり、仕事から離れることが怖くなる。そういう循環に陥っていたのだと思います。

● 「第3の時間」が、自分を取り戻す

 ――著書のタイトルにもなっている「第3の時間」とは、どのような時間ですか。

 井上:
デンマークには、1日24時間を「8時間の労働」「8時間の自由時間」「8時間の休息」に分ける「8-8-8」という考え方があります。

 この考え方のポイントは、労働時間を短くすることだけではありません。
仕事でも、仕事から回復するための休息でもない、自由な8時間を持つことです。
この本では、この自由な時間を「第3の時間」と表現しました。
1日を仕事のオンとオフの2つに分けるのではなく、3つに分けて考えるのです。

 ――「仕事以外の自分」を持つことが、仕事を失う不安からも自分を守ってくれるのでしょうか。

 井上:
デンマークでは、転職や解雇も珍しくありません。
先ほどの言葉をくれた友人も、その後、実際に会社を解雇されました。

 それでも、仕事上の評価と自分自身の価値との間には、健全な距離があるように見えます。
キャリアには浮き沈みがあるからこそ、仕事以外の自分を持つことが大切だと考えているのかもしれません。

 もちろん、仕事を頑張ることが悪いとは思っていません。
私も、新聞記者として仕事に打ち込んだ時期を後悔してはいません。
ただ、人生には、いろいろな「季節」があります。
ずっと同じペースで走り続ける必要はないし、仕事のペースを落とすことに引け目を感じる必要はない、と考えるようになりました。


井上陽子
posted by 小だぬき at 06:50 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする